菊地成孔が大瀧詠一に捧げるラジオ ポップス解説『ヴァースの歴史』

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菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』でポップス解説を行い、その放送を亡くなった大瀧詠一さんに捧げました。クラシック・オペラ・ジャズ・オールディーズ・HIPHOPにおける『ヴァース』についてその歴史と役割の変遷を振り返っています。


(菊地成孔)さて、2曲(『”Vissi d’arte, vissi d’amore”歌劇≪トスカ≫ 第2幕 「歌に生き、恋に生き」・カラヤン』、『アリア 私が土の下に横たわる時 オペラ「ディドとエネアス」より・菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール』)聞いていただきましたけども。まあまあ、話はわかるよと。なるほどね、ただ、話はわかるという程度だよねという方もいらっしゃると思うんですけど。さっきの2曲ね、200年も離れているんですけど、共通した点があると思うんですよ。それはさっき言った、『アリアだから情緒的で主人公が歌って、サクッと短くポップな感じでしょ?』って。そうなんですけど、もう1個、共通点がありましてね。気がつきました?じゃあ、もう1回聞いてみましょう。まず、トスカの方ね。



(菊地成孔)この部分。曲が始まる前に置かれている前菜みたいなのがくっついてますよね?で、こっから歌が始まるわけでしょ?いままでのところ、いらないっちゃいらないですよね。いらなかないですけど。キーも違いますし、テンポも違いますよね。こういう、なんか最初にもったいつけて入っているわけですよ。もったいつけてるわけじゃないんですけど(笑)。最初にくっつくわけですよ。こういうのがね。200年前の(ヘンリー・)パーセルの方も聞いてみましょうか。



(菊地成孔)ここまでね。ここまで、別だもんね。で、こうなって・・・で、こっからですもんね。こういう風になってますよ。このことをですね、レチタティーヴォっていうんですね。各国語であるんで、ヨーロッパ文化って発音をどこにするかって決めなきゃいけない。イタリア語に統一しますけど。レチタティーヴォっていいます。レチタティーヴォは日本語に訳すと、すごい難しい史学の言葉だったり文学の用語だったりするんで。パッといまでも現代語でわかるようなあれがないんですけどね。韻律とかね、詠唱とか難しくなっちゃうんですけど。とにかく、前菜みたいに歌の前にピュッとくっついてるんですよ。

レチタティーヴォ

レチタティーヴォ自体はさっきのトスカに至るころにはもうだいぶ形式化、簡略化されてて。もっと古い時代であればあるほど、レチタティーヴォは厳格なものなんですよね。バッハの『マタイ受難曲』なんてレチタティーヴォ、アリア、レチタティーヴォ、コラール、レチタティーヴォ、アリア、レチタティーヴォ・・・順番にくるのね。だからもうなんというか、ひとつのガッチリとした形式で。1曲ずつ独立してたりするんですよ。それがだんだんだんだん昔のものになっていって。オペラに至るころには、歌はじまる前に一節やっていきますよ、ぐらいになっていくんですね。

まあ、オペラのころになってくると、レチタティーヴォ・ストロメンタートっつって、要するにちゃんとオーケストラが演奏しているレチタティーヴォですけども。さっき、私のCDで聞いたペペ・トルメント・アスカラールがやったやつだと、レチタティーヴォ・セッコっつってね。『セッコ』っていうのは英語で言うと『ドライ』かな?乾いているっていうか。いちばん最初のレチタティーヴォ・セッコっていうのはチェンバロだけだったんですね。チェンバロでコードちょっと弾いて、これから歌う歌の内容をダイジェストで解説するような。で、もっと昔になると、セリフがあって、これからこんな歌を歌いますよってことを言葉で言う時もあって。これがだんだんだんだん、メロディーになっていったんですよ。大雑把に言うとね。

で、さっきやったのはセッコの方ですね。ハープとヴィオラがちょっと鳴るぐらいですから。レチタティーヴォ・セッコの方ですけども。まあ、いずれにせよ前菜みたいなものがくっついてきて、メインが出てくるというような形にだんだんなってくるんですよね。で、まあこの伝統がですね、もうそろそろ話の流れはわかると思うんですけども。この血脈が生きているのが、やっぱりジャズですよね。ジャズというか20世紀初頭のポップソングですよ。久しぶりでラテンクォーターのライブ盤、聞いてみますけどね。いちばん有名なジャズのレチタティーヴォはこれでしょうね。ナット・キング・コールのライブ。ラテンクォーターのね。聞いてみますね。



(菊地成孔)はい。まあもったいないですけどね。下げちゃうのがね。これは有名なホーギー・カーマイケルの『星屑・Stardust』っていう曲ですけども。まあ、Stardustでこのレチタティーヴォを演奏しない、歌わないっていうのはないんじゃないかな?これ、切り離せないですよね。これ、対になってますよね。ただね、ジャズのスタンダードって実はほとんどの曲にね、これくっついてるんですよ。ですけど、20世紀も真ん中から後になってくると、まあかったるい。かったるいわけじゃないんですけど、特に演奏する場合はやらないでもうすぐ歌の方。本歌の方に入っちゃうっていう。それで広まっちゃったんで、『ええ?この曲にこんなのついてたの?』っていうの、多いですよ。

『マイ・ファニー・ヴァレンタイン・My Funny Valentine』ってね、まだ季節的に先ですけどね。ヴァレンタインになったらヴァレンタイン特集しようかな、って思ったりもするんですけど。エラ・フィッツジェラルド版のマイ・ファニー・ヴァレンタイン、聞いてみましょう。これは珍しくレチタティーヴォからやってますね。あの有名な『My funny Valentine Sweet comic Valentine』の前に、こんなのがついてるのね。



(菊地成孔)はい。これが正式な形なんですよ。ですけど、まあいまは省かれちゃいますね。これ、もうね、この曲に限ったことじゃなくて。みなさんご存知の曲。まあ歌曲だった場合ですよ。後になってできたインストの曲はともかく、ジャズのスタンダードの元になったボーカル曲に関しては、ほとんどくっついてるんですよ。でね、その場合もうレチタティーヴォって言わないの。番組後半のテーマっていうかね。後半じゃないですけど。もう終盤ですけどね、『ヴァース(VERSE)』っていうんですよ。V-E-R-S-Eでヴァースってなりますけど。ヴァースは『前歌』って訳されることが多いですね。ヴァースがあって、前歌があって、本歌があるんだという形式をとってますね。

ヴァース

まあいま、目の前にエラ・フィッツジェラルドのCDがいっぱいあって、どれを聞いても有名な曲から無名な曲まで、全部入っています。ヴァースが。で、ヴァースやって歌に入るんだけど、ここにおいていかにジャズの歌曲がアリアを真似てたか?っていうことがわかりますよね。20世紀までにオペラの中のアリアっていうのは、まあその当時レチタティーヴォでしたけど、実質上の、後にヴァースと呼ばれる元になる、前歌がくっついて本歌に入っていたわけです。ところが、ジャズもくっついたわけね。名前は変わって、さすがにレチタティーヴォとは言わないんですよ。ジャズは。で、ヴァースっていうの。

音楽の用語とかね、言葉っていうのはどんどん変わりますよね。たとえばね、最近ではもう死語・古語ですけど、『エッチ』。エッチっていうのはあれ、『変態』っていう言葉のHなんで。要するに相当な病的な人のことを指す言葉だったの。最初はね。エッチってのが。で、それがちょっと好色ぐらいのことになって。『エッチね』みたいな。それからもっと無味乾燥な性行為そのものを指す動詞みたいになって、『エッチする』みたいになってって。こう、意味が変わっていく。意味がパスされたっていうよりは、意味がただ、衝撃的なものが麻痺してきて軽くなってきただけですけどね。

まあ、関係無いですけど、いましゃべりながら思いついたんですけど、私、フェティッシュの『フェチ』っていう言葉がエッチと同じように『エフ』って略されないかな?って90年ぐらいに思っていて(笑)。『あの人、エフだよね』とか『これからエフで』っていう風に。フェティッシュのことが『エフ』にならないかな?って思ってたんですけど。まあ、そっちはなりませんでしたね。その話はどうでもいいんですけど。

そんなこともありますけど、ヴァースっていうのもね、HIPHOPのマニアだったら『おおー!』と思うと思うんですね。いま、HIPHOPでヴァースっていうのは、ラッパーの歌っているラップのことですからね。で、ポップスにおけるサビのことはラップでは『フック(HOOK)』っていうんですよ。いま。H-O-O-Kね。ひっかける。カギでグッとひっかけるフック。つまりまあ、耳をキャッチするわけですけども。サビはフックっていう。印象的な部分はね。覚えられるところは。で、その前にバーッ!って1人ずつ歌うのを、いまヴァースって呼んでるんですよね。まあそれも、ヴァースのいちばん新しい言い方で。

その前はですね、もうジャズとか、こういったいまみたいな・・・ジャズはポップスに転化されていきますよね。ポップスだとこうなってくるんですよね。ポップスもありますよね。十分にね。バリー・マンっていう人のね、これもまあ、オールディーズファンの間では有名な曲ですけど、『シビレさせたのは君(Who put the bomp)』っていう曲ですが。こんなのもよく聞くじゃないですか。



(菊地成孔)これ、聞けますよね。チェッカーズみたいね。まあ、これ聞いて『チェッカーズみたい』って言っても、相当その人、歳ですけど。まあまあこういうフィフティーズのオールディーズポップスもこんなのありますよね。この曲だけじゃないですよ。いま、偶然目の前にMCAのレーベル別のオールディーズの10枚入りみたいなのがあって、そこから適当に突っ込んだだけですけど。まあ、有名どころだとビートルズもこのぐらいまではやっていますよね。ビートルズはヴァース、ある方ですよ。これは有名なヴァースですよね。一瞬ですけどね。ビートルズがいかにジャズから・・・最近の学生はもう、ビートルズが何年代の人とか知らなかったりするんですけど。いかにビートルズがまだオールディーズを引っ張ってたか?っていうのがよくわかりますよね。これなんか聞くと。



(菊地成孔)こっからですからね。歌は。どんどんヴァースが短くなっていったのがわかりますかね?ほんの一節で、もう行きますよね。バーン!ってね。ビートルズがヴァースがある曲は、実はいっぱいあるんですけど。オールディーズ時代の名残ですよね。まあ、ビートルズはものすごい速さで進化していったんで、ここもリヴォルバー止まりですけども。いずれにせよ、オペラ以前からクラシックにあったものが、オペラまで来て、オペラからそのまま20世紀のアメリカンポップスに乗り入れているっていうことがヴァースでわかると思うんですよね。

っていうのがひとつと、あとヴァースっていう言葉自体は最初はこういう風に本歌に前置される前歌。予告編みたいなものをヴァースって言っていた。それが、ヴァースがもうなくなっちゃう。70年代以降、ロックもゆったりヴァースがあってから歌に入るなんてのはだいぶ牧歌的っていうか、古臭せーみたいな感じになってって、なくなるわけですね。そうすると、じゃあヴァースっていう言葉が消えちゃうかっていうと消えないんで。その後はね、歌のサビのことをヴァースって言うようになるんですよ。その時代、長かったですね。20世紀いっぱいっていうか、20世紀のポップスの黄金期、ほぼほぼサビをヴァースって言ってたのね。で、平歌があって、サビでしょ。だから『I LOVE YOU♪』ってところがヴァースですよね。そういう風な形できてたの。

で、そのうちHIPHOPが出てくると、HIPHOPはポップスとは作りが違いますから、HIPHOPにおける、それまでポップスがヴァースって呼んでいたものが、さっき言ったようにフックって名前に変わって。でもまだヴァースって言葉は死なないんですよ。ヴァースは生きてて。なんでヴァースっていう言葉がこんなに大切にされるのか?っていうのは英語ネイティブな方じゃないと、たぶんわかんないと思います。私にもわかりません。ぜんぜん。想像もつかないんですけど、なぜか大切にされている言葉で。いまは、HIPHOPにおいてはむしろ平歌のことを指しているんですね。だから次、新しい音楽ができたら、たぶんなにかヴァースはまた違った意味に変わると思うんですけど。いずれにせよ、音楽のどれかを指してるんですけどね。

とまあ、こういった話は私が私塾だとかいろんなところでしている話なんですけど。本当は先週、これをやる予定だったんですね。先週、昼行灯みたいな放送をしてこれをやらなかったのは、裏で『GO! GO! NIAGARA』の大瀧さんの特集があったからです。『さあ、亡くなったから追悼だ!』っつって、ガーッ!ってピラニアみたいにね、各局追悼番組やっちゃって。どれ聞いていいか困っちゃうってことになるのも野暮ったい話ですから。一週遅れでやらせていただきましたけども。まあ、ポップミュージックっていうのはこう、生きてて辛いから、聞くと元気になっちゃって。なんか栄養みたいな感じで。これでがんばるぞ!みたいな効用が、言っちゃいちばんですから。そんでいいと思うんですよね。私もそのつもりでやってるんですけど。

ただまあ、それだけってのもね。メシはかっこんで栄養になればいいんだ!って訳ではないですから。こう、ちょっといまの美術品だとかね、骨董品だとかね、絵画だとかね。そういうような感じでマニアックになっていってですな。ほんで研究したり、歴史的な流れを見たりすると面白いでしょ?面白いわけですよ。なんかこう、頭の思わぬところが刺激されちゃったりなんかして。でまあ、とはいえこういうことっていうのは相当やっぱり余裕がないとね。相当なご隠居じゃないと。こればっかり考えるってのはね。

大瀧詠一さんっていうのはこういうことばっかり考えていた人だと思いますよね。やっぱりね。でまあ、今年は年のはじめになんですけど、北東アジアの緊張感も、今年はかなり高いんじゃないかって、あらゆる人が言ってますよね。有識者じゃなくても、私、街歩いてても感じますから。まあ、高いと思うんですよ。高くたって、別にいいんですけどね。高いなら高い、低いなら低いで。それだけのことですけども。ただ、余裕がなくなってくると、音楽聞いてとにかく元気になろう!音楽聞いて盛り上がろう!どんどんどんどん、音楽がエナジードリンクみたいになってっちゃうっていうのは、やっぱり息苦しいですよね。

いちばんヤバいのは軍歌ですよね。まあ、軍歌は軍歌でマニアがいてね。面白かったりもするんですけども。まあまあ、ポップスをまるで絵画みたいに研究して、ウンチクをたれるなんつー余裕がどんどんなくなっていく世の中かな?って思った矢先の訃報でしたよね。今日の番組を大瀧詠一さんに捧げようと思います。ちゅうわけで、来週はまた通常放送に戻りますけど。ためしにこんなことをしてみましたということで。いかがでしたでしょうか?ご感想のメールなどもお待ちしております。

<書き起こしおわり>

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