宇多丸 藤子不二雄Aを追悼する

宇多丸 藤子不二雄Aを追悼する アフター6ジャンクション

宇多丸さんが2022年4月7日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で亡くなった藤子不二雄A先生を追悼していました。

(宇多丸)ということで今日、改めまして言っておきますと8時台の特集で映画『ドラえもん』特集するわけですが。『ドラえもん』はもちろんね、藤子・F・不二雄先生なわけですけども。F先生とかつて、コンビを長年組んでおられました藤子不二雄A先生。安孫子素雄先生がお亡くなりになったということで。88歳っていうことですね。番組の頭でもちょっと訃報をお伝えしたんですけど、それに関してメールも結構来てるので。それのご紹介をさせてください。

「午後一番で飛んできたニュースが藤子不二雄A先生、自宅で死去。ショックです。『プロゴルファー猿』、読んでたな。『怪物くん』、読んでたな。たくさんたくさんありました。天国でF先生に会いましたか? 先生、いろんな漫画をありがとうございました。ご冥福をお祈りします」という。

もう一通。「藤子不二雄Aこと安孫子素雄先生が旅立たれましたね。安孫子先生といえば、やはり代表作は『まんが道』とそのシリーズということになるんでしょうが、個人的には『少年時代』こそが安孫子素雄の最高傑作だったと思っています。あの作品に描かれている少年たちは誰も彼もが本当に生々しくて痛ましくて素晴らしかった。若い人たちもこの機会にぜひ読んでいただきたい作品です。安孫子先生ら、トキワ荘世代の漫画家たちの偉業について、改めてこの番組でも取り上げてくださったら嬉しいです」という。

あまりにもね、ビッグネームすぎて、なかなか意外と扱うことがあれになっちゃったけど。とにかくね、A先生はいずれお話を伺いたいね、なんてことを言ってるうちにこうなっちゃって。本当にそこは我々も悔やまれるところですよね。『少年時代』、最高よ。

(宇内梨沙)へー! どんなお話なんですか?

(宇多丸)疎開だよね。戦時中に田舎の都会から疎開した少年が主人公で。そこですごいいじめとかにあったりするんだけど、その中のボス的な少年と最終的には親友になっていって……みたいな。でもね、とにかく結構人間のどす黒い面を……当然、藤子先生はどっちもね、A先生もF先生もそのダークサイドを描くんだけど。特にA先生の場合、絵柄そのものが黒いっていうか。線も太ければ、その黒みの部分が超生きてて……とか。なんか、それこそ『猿』の「ドキャッ」みたいな擬音も含めて、ちょっと禍々しい印象が強いっていうかね。もちろん禍々しいことはF先生も全然書くんだけど。ダークネスの描き方の角度が違うだけで。

むしろね、A先生は絵面とか扱う題材はダークなんだけど、でもご本人がすごく陽性なお人柄でもあったからっていうんで。なんか、たとえばサブカル的な趣味がすごく入ってるっていうところかな。たとえば僕はすごい好きなところで言うと、『魔太郎がくる!!』はすごく有名ですけど。「うらみはらさでおくべきか」って。『魔太郎がくる!!』のいじめられっ子じゃないバージョン的な『ブラック商会変奇郎』っていうね。新宿副都心の高層ビルの中に変奇堂っていうすごい変わった骨董屋があって。そこの息子というか、子供。中学生かな? それが主人公なんだけど。ああいうちょっと変な人というか、悪い人とかにいろいろ事件にあって。で、マスクをつけて変奇郎に変身して。で、「ドーン!」って。また「ドーン!」ですよ。

(宇内梨沙)ダークヒーロー系の。

(宇多丸)「ドーン!」とかってやっていろいろ解決していくっていうやつで。僕、すごいやっぱり「副都心の真ん中にこんなお店があるなんて!」みたいな。で、そこにいろいろとまた、先生が世界で買い付けてきたいろんな変わったものが漫画に実際に出てきて。

(宇内梨沙)たしかに。設定がまたすごい独特ですね。

(宇多丸)でね、なんていうか、ちょっとダーク。ちょっと禍々しい感じ。でも、その中で少年が活躍する感じがすごい好きでしたね。『魔太郎』もいいけど『変奇郎』もねっていう感じでね。

「『魔太郎』もいいけど『変奇郎』もね」(宇多丸)

(宇多丸)もう一通行こうかな。「宇多さん、宇内さん、こんばんは。お昼すぎにあった藤子不二雄A先生の訃報に驚きました。私は都内でお店を経営しているのですが、その商店街を歩くA先生を数年前までよくお見かけしていたのです。ちょうど3年前も商店街を歩く先生を確認し、『今日もお元気でいらっしゃるな』と思っていたら、お店の前で先生が『ちょっと待って』と2人のスケボー少年を止めていたのでした。

『何事だろう?』と思っていたら、胸に抱いているスケボーを指さし、『これを書いたの、俺だよ!』と言ったのです。そのスケボーの裏面に書かれていたのは『忍者ハットリくん』でした。先生との年の差はお孫さんぐらいのスケボー少年に気さくに話しかけ、一緒に写真を撮っている姿をたまたま目の前で目撃しただけなのに、私は泣きそうになりました。そして今夜の特集は『ドラえもん』。なんだか縁を感じますね」というね。いいですね! すごくA先生らしいエピソードだな。

(宇内梨沙)『ハットリくん』のスケートボードかー。かわいいな(笑)。

(宇多丸)かわいいよね! 最近もね、ファッションブランドの忍者モチーフのコレクションで『ハットリくん』のプリントのやつとかあって。あれ、買っておけばよかったなって思ったりしますよね。あと、A先生おすすめ……もちろん超ビッグタイトルね。さっきのその『少年時代』や『まんが道』はもちろんのこと。宇内さんとかね、『笑ゥせぇるすまん』なんかが……。

(宇内梨沙)『笑ゥせぇるすまん』、アニメ大好きで。

(宇多丸)たまにね、「ホーッホッホッホ」って真似しちゃうぐらいだもんね。「おやおや……」ってね(笑)。

(宇内梨沙)「ココロのスキマ、お埋めします」って(笑)。

(宇多丸)「欲を出さなければよかったのに」って、お前のせいだろ! みたいなことがちょいちょいありますからね(笑)。あとね、僕はやっぱりすごくダークなまま終わる感じの大人向け短編のシリーズが印象に残っていて。たとえば『明日は日曜日そしてまた明後日も……』っていう。

(宇内梨沙)えっ、なんかタイトルから怖い!

(宇多丸)これ、さっき調べたら1971年の作品で。短編の読み切りなんだけども。要は、今で言う「ひきこもり問題」ですね。それを描いた作品で。もう完全に、そういう青年のことを描いていて。

(宇内梨沙)ずっと日曜日が続いている、みたいな。

(宇多丸)そうそう。で、会社に行こうとしたんだけど、行けなくて。公園でずっと時間をつぶしていて。それがバレちゃって……みたいな。本当に胸が痛くなるような話とか。

『明日は日曜日そしてまた明後日も……』

(宇多丸)あとはね、単行本未収録なんですけど。これ僕、ファンの方の作ったZINEで実は初めて読んだんだけど。『わが分裂の花咲ける時』っていうこれも71年かな。これも非常にダークな短編で。言っちゃえば「分裂病」と呼ばれていた頃の統合失調症の青年が主人公で。でも、その彼から見た世界っていうのは花火がすごくきれいにバーッてなっていて。世界をあくまで主観的に描いたまま、最初から最後まで行って終わるの。だから「花火だ」っつって終わるみたいな。すごいなんかね、読後感が不思議な感じの……。

(宇内梨沙)他の人の目線は一切入らず?

(宇多丸)一切入らないの。青年側の視点のみで描かれていたりして。それもすごく……で、あの頃の先生がよく使っていた手法で。実際の写真を白黒に移し替えて、トレースしてやるということだとか。人の顔がいきなり超リアルになったりとか。そういう手法もよく使われていて。それなんかもすごい、ちょっと一度読んだら忘れられないあれですね。

(宇多丸)あと、ギャグ系で言うとやっぱりF先生が『ドラえもん』とかみたいな、ほんわかほんわかと……まあ、ダークな面もあるんだけども。絵面からして割と……。

(宇内梨沙)一般的にはファミリーに……。

(宇多丸)そう。まあ、品はいい方っていう感じだと思うけど。やっぱりね、A先生のギャグは、僕が大好きなのは『オヤジ坊太郎』というシリーズがありまして。これは最高ですよ! 小学生なんだけど。ヒゲが生えていて。頭はつるっぱげで。チョロンと毛が1本、生えていて。なんだけど、人目を避けて頭の毛を1本引っ張るとヒゲが引っ込んで体がムクムク大きくなって超イケメンの大人になるっていう。

(宇内梨沙)ええっ? 変身の仕方がすごい!

(宇多丸)大富豪のプレイボーイの大人になるんですよ。

(宇内梨沙)もう一度、タイトルうかがっていいですか?

(宇多丸)『オヤジ坊太郎』ですね。でね、これがとにかく子供のというか、だからその欲望の限り……「大人にさえなれば、何でもできるんだ」という欲望を全て叶えてみせるような漫画なんだけど。とにかくね、ギャグが……これは褒めてるんだけど。とにかく下品なの(笑)。うんこ、しっこ、唾、よだれ系、鼻水……。

(宇内梨沙)子供が大好きなものを全部盛り込んで。

(宇多丸)それと同時にさっきも言ったようにA先生ならではのサブカル趣味っていうのが……たとえばブルース・リーが流行っていればヌンチャクネタで。ヌンチャクでひと暴れするみたいなのが出てきたりとか。あとはまだ大学生の頃の原辰徳選手が超人気だったら、その原辰徳に会わせてやるって嘘をついて、さあどうしよう……みたいな。そういうようなのであるとか。めちゃめちゃね、サブカルネタとしても面白いというあたりで。『オヤジ坊太郎』。これ、また読み直したいですね。

サブカルネタとしても面白い『オヤジ坊太郎』

(宇多丸)とにかくね、「ウキーン少年合唱団」という会があるんですよ。ウィーン少年合唱団ならぬ。で、坊太郎の友達の3人組の男の子がいて。基本的にはスネ夫的だったり、ジャイアン的だったりするような人たちなんだけど。それがウキーン少年合唱団の中に入って、とにかくもううんこ、しっこ、ゲロ、全部入った大暴れをするという(笑)。少年御三家とかって言って大暴れするっていうくだりがあって(笑)。

(宇内梨沙)全然ウィーンと違うじゃないですか。

(宇多丸)最高なんですよね。はい。なんかだからそういう、なんていうかAさんならではの絵柄とか、そういうダークなのを扱いながらも、どっかちょっと本当に陽性なお人柄というか、そこが生きていて。だからF先生とはすごくそこは対照的ですよね。F先生はすごくソフトなタッチなんだけども。『SF・異色短編』とかを読むともう恐ろしい、みたいな。そうそう。だからなんていうか、両面というか。そんな先生方だったなという風に思いまししね。そんな感じでA先生の話をしてると、また作品の話なんかをしているといくらでもできちゃいますけど。とにかく、お会いできなかったのが悔やまれる。

もうひとつ、あれですね。『森田芳光全映画』なんてものを私、出しましたけど。『未来の想い出』という藤子・F・不二雄先生の原作を森田芳光さんが映画化したというか。映画版に作った作品があって。それの途中、いろんな漫画家の先生たちが出ていて。それこそ、トキワ荘世代も含めて結構出てくるの。漫画の受賞パーティーなのかな? 忘年会なのか、わかんないけども。そんなパーティーみたいので大御所たちが一斉に出てくるところ。そこで永井豪先生とかいろいろ中で、A先生も出てきて。

だからある意味、F先生とA先生が共演してるのが『未来の想い出』だったりするんですよ。そこでまた、なんていうかもう超レジェンダリーな漫画家他の人たちが、なんか本当にそこでしゃべっているのが素なの。「おい、お前。なんてことを言うんだよ」「バカヤロウ」みたいなことをお互いに言い合っていて。その先生方の様もかわいいっていう。

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(宇内梨沙)そのシーンもめちゃくちゃ貴重ですね。

(宇多丸)そうなんですよ。そうそう。F先生も占い師役で出てるんで。なかなかこれもね、貴重な一作だったなという風に思ったりします。ということで、改めまして藤子不二雄A先生、ご冥福をお祈りいたします。

<書き起こしおわり>

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