町山智浩 ギンズバーグ最高裁判事の後任人事問題を語る

町山智浩 ギンズバーグ最高裁判事の後任人事問題を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年9月22日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で亡くなったアメリカの最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグさんの後任人事問題について話していました。

(町山智浩)今日はですね、ちょっと映画の話じゃなくて、アメリカで金曜日にアメリカの本当に大切な人が亡くなって。今、アメリカは騒然としてるんですね。その人についてお話しします。はい。ルース・ベイダー・ギンズバーグさんという87歳の女性なんですけども。この人がすい臓がんで18日の金曜日に亡くなったんですね。で、この人はアメリカの最高裁判所の判事なんですよ。ただ、判事さんっていうのは今までにもいろんな人がいたんですけど。この人の場合は非常に特殊で、亡くなったことで大変な問題になっています。

まず、アメリカの最高裁判所について説明すると、大統領と議会と最高裁判所が三権分立ということで。アメリカの国家の最高機関なんですけれども。大抵、どこの国も立憲主義ですから、国を支配するのは「人」ではなくて「法律」なんですよね。法律、憲法が一番トップに来る。で、大統領よりも憲法が上にあるから、大統領が憲法に合ってる行動をしなければ、その大統領の行動も全部ダメになるわけですが、それを決めるのが最高裁なんですよね。憲法判断をするという。で、アメリカでは9人の最高裁判事がいて、多数決で決めるんですよ。それが憲法に合っているかどうかっていうのを。

(赤江珠緒)9人で多数決をする。

(町山智浩)そうです。だから「5対4」とかで多い方が決めるみたいな感じなんですけども。で、ギンズバーグさんがすごく特別なのは、他の最高裁判事と違ってこの人は本当にたたき上げの弁護士時代から、その87歳の歳になるまでの60年ぐらいに渡って、数々の判例を勝ち抜いてきて。それで、その「全ての人の平等」っていうアメリカの憲法に書かれているアメリカの理想を実現に向けてきたという人なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)まず、この人自身が非常に貧しいところで育って。ユダヤ系の移民一世の人の娘さん。だからこの人は移民二世なんですね。それ下町で育って、17歳の時のお母さんを亡くして。すごく苦労して……ただ、優秀だったんで奨学金でハーバードの法学院に入ったんですけども。そうしたら、そこには周り、女性なんか誰もいないんですよ。当時、弁護士なる女性なんか誰もいないから。で、差別をされながら、なんとか弁護士になったんですけども。でも、弁護士の資格を取ってみたら今度は弁護士事務所がどこも彼女を雇わないんですよ。

(赤江珠緒)なんで? 女性だから?

(町山智浩)女性だから雇わない。で、彼女が最初に弁護士としての仕事を始めたのは、アメリカに「ACLU」っていう団体がありまして。それは「アメリカ自由人権協会」というんですが。これはお金のためじゃなくて、アメリカの普通の人たち、お金がない人たちに無料で弁護士が協力するという弁護士団体なんですね。たとえばお金がなくて差別に苦しんでる人がいたとして、その人は弁護士料が払えないから差別に負けちゃうじゃないですか。そういう人たちのために弁護士が戦ってあげるための団体なんですね。で、運営は寄付とかボランティアによって成り立っているんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)そこで彼女は弁護士として働き始めて。それで次々と……最初は男女の不平等について戦っていたんですね。たとえば、この人が勝った裁判では空軍の職員だった奥さんがいて。ところが、普通だったらもらえるはずの住宅手当とか家族手当をその女性がもらえなかったということでそれを訴えたという事件があって。その時に軍側が言ったのは「奥さんは扶養家族なんだからそんな手当はいらないでしょう?」っていうことなんですね。

(赤江珠緒)ええーっ? 空軍の職員なのに?

(町山智浩)はい。で、「それはおかしいだろう? 男だったら世帯主で家族を養う。女だったら扶養家族って、それはなんだ?」っていうことで裁判で戦って勝ったんですけどもね。まあ、日本なんかはいまだに給付金が世帯主にしか振り込まれなかったりするみたいですけども。アメリカでは1950年代、60年代に彼女、ギンズバーグさんが戦っていったんですね。それで大事だったのは、その頃も裁判官とか判事とかっていうのはみんな男なんですよ。

だから「これはひどい格差で大変なことだ。困っているんだ」って言っても、それがなかなか分からないんですよ。「なんで?」って言われちゃうんですよ。だから、彼女の場合には裁判で勝つってこと以上にその裁判所で「どうしてこれが差別で、どうしてこれを無くさなければいけないのか?」ってことを裁判官に教育したんですよ。「あなたは男だからわからないでしょうけども……」って。だから、彼女が演説したものがすごく大事なものとして歴史の中で残っていくんですね。

(赤江珠緒)これはすごいな。まさにこじ開けていく……。

(町山智浩)こじ開けていく。無理やりこじ開けていくんですけども。ただ、すごく1個1個の裁判を地道に勝っていったので、彼女のやり方ってよく言われてるのは「編み物を編むようにして、アメリカという国の自由と平等を1個1個編んでいったんだ」っていう。で、そうやってずっと地道に戦っていったことが評価されて、最高裁の判事に90年代に選ばれるんですね。クリントン大統領によって。

最高裁判事としての戦い

で、そこからの戦いが大変だったんですよ。というのは、判事ってさっき言ってみたいに最高裁判事9人で決めるわけですから。その中で他の判事を説得をしなきゃならないんですよ。だから「私はこう思うんだけど」っていう風にね。ただ手を挙げるだけでは勝てるわけじゃないわけです。で、最高裁のそれぞれの判事はみんな大統領が任命していくんですよ。それで大統領は共和党の大統領の場合には共和党っぽい、保守的な人を最高裁判事に選ぶわけですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうですよね。自分に似通っているとか、自分の思想とか、自分が優位になるとか。

(町山智浩)そう。それで民主党の大統領は民主党に有利な判定を下しそうな最高裁判事を選ぶわけですね。そうやって選ばれた判事が集まっていて。それでなおかつ、判事の人は1回大統領によって選ばれて上院議会で承認されたら、もう絶対に罷免することができないんですね。つまり、気に食わない判決をする人をクビにすることができないようになっているんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そこはもう独立性を保つためってことですか?

(町山智浩)そうです。三権分立の司法の独立性を保つために、手が出せないようになっているんですね。

(赤江珠緒)なるほど。それで定年もないんですね。アメリカはね。

(町山智浩)定年もないです。終身です。亡くなるまでなんです。日本は定年がありますけどね。だから、日本なんかは政治家が検事とかをいろいろいじったりして。人事をやったりしますけどもね。

(赤江珠緒)定年を伸ばそうとしたりとか。いろいろありました。

(町山智浩)そういうようなことがないようになっていて。それで、ただその判事の中で多数決を勝ち取るためには、中での戦いがあるんですよ。で、このギンズバーグさんはすごく戦ってきて。たとえば、軍の学校があるんですけど。軍の学校はそれまでは女性は入学禁止だったのを女性も男性も区別なく入学させるようにしたりしたんですね。で、彼女がそういう風に戦ってきたからアメリカって2000年ぐらいに僕がアメリカに来た段階では、就職の時に性別も年齢も家族の有無も結婚してるかどうかも、一切聞いてはいけなくなっていたんですよ。

(赤江珠緒)へー! ああ、履歴書みたいな、そういうのはもう一切ない?

(町山智浩)履歴書はあるんですけど、それは職歴だけ。だって関係ないじゃん。働くのに。なぜ結婚しているかどうか、子供がいるかどうか、男か女かっていう情報が必要なんですか? 年齢だって関係ないでしょう? 大事なのは職歴だけなんですよ。そういう風になったのはこの人たちが戦ってきたおかげなんですよ。

で、いろんな形で……たとえば男女の差別だけじゃなくて、インサイダー取引を有罪にしたり。知的障害者の住宅差別を有罪にしたりとか。あと水質汚染をしていた工場に罰金を科したりとか。だから、いろんな形でアメリカを良くする判決を勝ち取ってきた人なんですね。ただ、このギンズバーグさんは勝ち取ってきたこと以上に負けた時の方が注目される人なんですよ。

(赤江珠緒)えっ、負けているのに?

(町山智浩)この人は「反論の人」って言われてるんですよ。反対意見という。最高裁で彼女が押していた判決が負けた場合に反対意見を表明するんですけど。その時に彼女はすごくいい言葉で反対をするんですよ。それでその方が勝った人よりも心を打つ言葉で、非常に重要になってくる人なんですね。たとえば、こういう裁判が2013年にあったんですけれども。アメリカでは1965年に黒人も投票できるようにする投票法っていうのが作られたんですね。それまで、黒人は南部では投票ができなかったんですよ。

で、「憲法で守られた投票の権利を守るために、誰でも投票ができるように国は守らなければならない」っていうことになったのに、南部の方では黒人にこれ以上投票をされると困るからということで、それを妨害するような形で南部の州が勝手に投票に関する法律をコロコロ変えようとしてきたんですね。で、一番簡単にやる方法は黒人が住んでいる地域の投票場を潰してしまうっていうやり方なんですけども。これはすごい簡単ですね。

(赤江珠緒)物理的に。

(町山智浩)そう。そういうことをやっていて。それに対して「これは憲法違反である。投票法違反である」ということで最高裁まで持ってきたんですけど、彼女は負けちゃったんですよ。それは、その時に最高裁判事は共和党側の人が多数だったからです。共和党の人たちを支持している人たちっていうのは白人の人たちが圧倒的多数なので。それで南部の方で(共和党を支持する人が少ない)黒人の投票率が上がると、非常に共和党としては困るので。その党派性に非常に引きずられて、明らかに憲法違反であるその投票法への州による侵害を認めちゃったんですよ。

「それでもいいよ」っていうことにしちゃったんですね。それに対してギンズバーグさんがはっきり言ったのは「これは傘を奪うような行為だ」っていう。「傘というのはこの場合、投票法のことだ。人が投票できる権利を持てるということは、大雨から自分を守るための傘を持つことと同じなんだ。その傘をあなたたちは奪ったんだ」って言ったんですよ。

(赤江珠緒)ほー! 短い言葉ですけど。そうですね。

(町山智浩)短い言葉ではっきりと言うんですよ。だからすごくそういう点でね、非常に尊敬されてきた人なんですけども。ただ、トランプ大統領になってから2人の判事が任命されて。このギンズバーグさんを入れた状態で最高裁判事は5対4になっちゃったんですね。5人が共和党側の判事で、4人が民主党側の判事ということになったんですが。ギンズバーグさんが亡くなったので今、5対3の状態になってるんですよ。で、そのギンズバーグさんの欠員をトランプ大統領が「今週中に埋める」って言ってるんですよ。亡くなってすぐなのに。喪も開けないうちに後任を指名して。来週には上院議会で後任の新しい判事を承認しようとしているんですよ。

(赤江珠緒)それはもう自分が大統領のうちにっていうことですか?

早急に後任を指名しようとするトランプ大統領

(町山智浩)大統領のうちにっていうことです。まあ、もうすぐ大統領選挙なんで。ただ、実はオバマ大統領の時代。2016年にですね、スカリアさんっていう共和党側の判事さんが亡くなったことがあって。2月ぐらい亡くなって。で、当時、大統領選挙まで270日あったんですが、その頃って今もそうですけれども、上院議会は共和党の方がちょっと多数派なんですよ。53対47とか、そのぐらい。3人ぐらいの差で共和党の方が多いんですね。だから、その2016年の時には上院議会がオバマ大統領が指名した後任の判事の承認をしなかったんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうか。共和党にとっては逆だから。

(町山智浩)逆だから。「民主党に有利な判事は私たちは承認しない。270日後に選挙があるから、270日後の選挙が決まったら、その大統領に任命をさせるべきだ」と言って、上院を多数支配している共和党は判事の承認を拒否したんですね。2016年に。で、今回はギンズバーグさんが亡くなったのが選挙までわずか47日ということだったんですけども。今回、全く同じ共和党は「すぐに判事の欠員を埋めよう」って言ってるんですね。トランプ大統領の政権で。

(赤江珠緒)うわあ、筋が通らない!

(町山智浩)そう(笑)。もう本当にね、言っていることがコロコロ変わるんで。まあ今、アメリカで大問題になっているんですよ。

(山里亮太)ああ、そういうことか。この問題……。

(町山智浩)で、問題はそれでギンズバーグさんの欠員をトランプ大統領を埋めてしまうと、最高裁判事は6対3になるんですね。共和党側が6、民主党側が3ということで。で、共和党側の、そのトランプ大統領時代に新たに選ばれた判事の人たちはみんな50代なんですよ。で、任期は終身だからあと30年ぐらいは判事をし続けることになるんですね。それで民主党側の判事は1人、 スティーブン・ブライヤーさんっていう人がいて。その人は80代なんですよ。だから下手をするとその人も変わっちゃう。

そうすると、今回の選挙でトランプ大統領が負けたとしても……そして今、共和党と民主党が拮抗している上院で、改選選挙で民主党が勝って上院でも民主党が多数派になったとしても、三権分立の一番大事な司法だけは共和党が支配をし続けることになるんですよ。今後20年以上は。だから、共和党にとってはそれがすごく大事なんです。というのは、共和党は今までの何十年間の間に、そのギンズバーグさんたちが決めてきたいろんな判例を全部覆したいんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ! じゃあ、今まで判例で勝ってきたものも? もう1回?

(町山智浩)そう。だからたとえば最高裁は1973年に「人工中絶の権利は女性の権利である」という形で憲法で認めたんですが。まず、それをひっくり返したい。憲法で「人工中絶は女性の自由である」っていうことになっていますが、それをつぶして「人工中絶が自由かどうか、罪に問われるのかどうかは各州が決める」っていう風にしたいんですよ。

(町山智浩)それからもうひとつ、撤廃したいのはオバマケアなんですね。国民皆保険制度。医療保険。それも1回、最高裁で「これは憲法的に正しい」っていう風に認められたんですけども、それをギンズバーグさんの欠員を共和党側の判事が埋めれば絶対に勝てる状態になるから。それで憲法的につぶしたいんですね。それも「各州が決めることであって連邦が決めることではない。だから連邦が仕切る保険制度もつぶしたい」っていう。で、次々にいろんな判例をつぶしたいんですよ。同性婚であったり。あと、やっぱり移民の権利とかですね。

(赤江珠緒)それはキリスト教福音派の人たちの主張に則った形にしていくという?

(町山智浩)そうですね。で、移民に関してはギンズバーグさん自身が移民二世だから、常に彼女は言っているんですよ。最高裁判事になった時も「私は移民の娘で、貧乏で。でも苦学して大学に行って今、最高裁判事になります。そんなことができるのがアメリカのよさなんです。だから、このアメリカのよさを守りたいんです」って言ったんですけど、それがつぶされようとしてるんですよ。今。

(赤江珠緒)アメリカ、大丈夫? そうですか。

(町山智浩)で、これに対抗するにはどうするかっていうと、つまり今回選挙でもし上院で民主党が多数派になったとしても、実際に議員が入れ替わるのは来年なんですよ。来年1月まではこのまま、現在の状況が続きますから。もし共和党が選挙で負けても、そのまま上院で承認をする気なんですよ。トランプ大統領も今回、選挙で負けても今年いっぱいは大統領ですからね。来年の1月までは。その間に、負けようがどうしようがとにかく最高裁判事を取り替えようとしているんですよ。

(赤江珠緒)うわあ、負けようがどうしようが、とんでもない置き土産を……っていうことになりますね。そうなるとね。

(町山智浩)そう。で、それに対して民主党が対抗する方法としては、フィリバスターというですね、演説を20時間とか1人ずつがやって時間を稼ぐっていう方法なんですが。でも、それは年末までは無理だろうと。で、もうひとつの方法はそれは流してしまって。今回の大統領選に勝って、上院も下院も議会での多数派を抑えてしまえば、この最高裁判事の「9人」という定数を増やすことができる。

(赤江珠緒)ほう。そもそものそこを変える?

(町山智浩)そう。「10人とか11人にしてしまえばいい」っていう作戦も考えられていて。大変な事態に今、なっています。アメリカという国が本当に大きく変わる状況なんですよ。現在。

(赤江珠緒)そうなんだ。まあ、罷免できないし定年もないという、独立性を保つということでいいところもあれば、デメリットも出てくるというかね。

(町山智浩)デメリットもあるんですよ。だから今、アメリカは大変なことになっているんです。なのでちょっとニュースとかを見てほしいなと思います。

(赤江珠緒)ちょうど町山さんの後ろに絵が書いてありますけども。「RBG」っていう。

(町山智浩)はい。ギンズバーグさんは「RBG(Ruth Bader Ginsburg)」っていうことで。『RBG 最強の85才』というドキュメンタリー映画がAmazonで見れますので。興味を持った人はぜひ、ご覧になってください。

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(町山智浩)それから、『ビリーブ 未来への大逆転』という劇映画で彼女が若い弁護士だったころの映画もあります。こちらもいいです。若い頃、苦労した時のドラマになっています。

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(赤江珠緒)まさにアメリカンドリームというかね、アメリカの象徴的な方だったんですね。今日は先日亡くなったアメリカの最高裁判所判事のルース・ベイダー・ギンズバーグについてお伝えしました。町山さん、ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした!

<書き起こしおわり>

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