安住紳一郎と渡辺美里 TBS・林美雄アナウンサーを語る

安住紳一郎と渡辺美里 TBS・林美雄アナウンサーを語る 安住紳一郎の日曜天国

安住紳一郎さんがTBSラジオ『日曜天国』にゲスト出演した渡辺美里さんとTBSアナウンサーの林美雄さんや松宮一彦さんについて話していました。

(安住紳一郎)いや、だから当時は(TBSラジオ『スーパーギャング』の)新戦力ということで。「西川のりおさん、山本晋也監督に並び紅一点」って(笑)。

(渡辺美里)すごいところに選んでもらっていたんですね(笑)。

(安住紳一郎)すごいところに。ですねえ。

(渡辺美里)そう。安住さんがいつもテレビとかで会う時にチラッと、私をリラックスさせてくれようとしてかならずこのTBSの大先輩であるアナウンサーの林美雄さんの話をしてくださるじゃないですか。

(安住紳一郎)そうですね(笑)。

(渡辺美里)そのスーパーギャングも林美雄さんがTBSの廊下ですれ違った時……私が新人でデビューをする前にいろんな方にご挨拶に行くっていうことでうかがった時に、「君は目がいい。いい目をしているから、ラジオをやりなさい」って。よくわかんないけど……(笑)。

(安住紳一郎)へー!

(渡辺美里)で、MBSのヤンタンっていう番組もその当初、オオナベさんって呼ばれていたすごいプロデューサーの方がいらしたんですけども。やっぱりご挨拶に行った時に「君はいい目をしているねえ! 大事にしなさい。ヤンタン、ラジオをやろう!」っていうことで。だから、この目でラジオのレギュラーを2本、決めました(笑)。

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(安住紳一郎)決めましたか(笑)。林美雄さん、『パックインミュージック』をやっていて、当時は深夜ラジオ全盛だったので、ミドリブタとか呼ばれていたのかな? 結構ね、往年のファンの方はいまでも覚えてくださっている方、いると思うんですけども。私が入った時にはもう変なおじさんっていう感じの先輩で。で、当時私の研修担当だったアナウンサーが途中で病気になっちゃって入院をしたもんで。私の研修担当が急に林美雄に変わったんですよね。

(渡辺美里)はい。

林美雄の新人研修

(安住紳一郎)それで林美雄も特に新人を研修するようなこともやったことがないので、ノープランのまま私を預かることになったんで。林美雄さんのよく行くスナックで研修とか……。

(渡辺美里)フフフ、素敵な研修じゃないですか!

(安住紳一郎)いや、当時は早くいろいろなものを吸収したくて。仕事をやりたくて仕方がないから。「なんでこんなオヤジと一緒に俺は酒を飲んでいるんだ?」みたいなのがあったり。「安住、今日は日本舞踊を見てみよう」みたいな。「ああ、やってみるか。なかなかいいプログラムだな」って思ってなんか練馬の方の市民文化会館みたいなところに連れて行かれて。「じゃあ、見てみるか」って思って見ていたら、舞台袖から出てきたのが林美雄本人で。「なんで俺は美雄さんの日本舞踊を見せられているんだ?」って思ったら「最近、やっているんだよね。お客さんが少ないから、盛り上げてちょうだい」とか言われて。「バカヤロー!」って思ったんだけども(笑)。

(渡辺美里)アハハハハハハッ!

(安住紳一郎)変わった人でしたよね。

(渡辺美里)でもその研修の後に、爪楊枝をシーシーしながらスーパーギャングに来てくれていました。

(安住紳一郎)ああ、そうですか(笑)。

(渡辺美里)なので、やっぱりそれは社会を広く見る。いろんなものを見ようっていうことだったんだと思いますよ。

(安住紳一郎)ですよね。当時、競輪中継なんかをよく、テレビ埼玉でやっていたのかな? それで「安住、競輪をちょっと見てみなさい」って言うから。「じゃあ競輪中継とかやるのかな?」って思って。それで「あれですか? 今度TBSが競輪中継をやるんですか?」「やらないね。俺が車券を買っているから」って。「ええっ?」みたいな。

(渡辺美里)アハハハハハハッ!

(安住紳一郎)あとは林美雄さんの家に行って猫の面倒を見る1日とか(笑)。懐かしい……。

(渡辺美里)でも……「でも」って言うのもなんですけども、私もこの35年、音楽の世界で続けさせてもらっていて。ラジオっていうものを勉強させてもらい、またそうやって個人研修、付き合わされたっていうのかな? 一緒にいた安住さんもいま、大活躍ということで言えば、林美雄さんも見る目があったんじゃないですか? 自分で言うのもなんですけども。

(安住紳一郎)ちょっとね、変わった人で。在職中に亡くなったんですけども。もう亡くなって20年ぐらいたつかな? 56ぐらいで亡くなったのかな?

(渡辺美里)そんなに早くでしたっけ。

(安住紳一郎)ちょっとね、変わった人で。面白かったですね。で、アナウンサーの採用試験みたいなのがあるんですけど。他の人が履歴書を「○、×」みたいなことでやっているんですけども。なんか巡回をしていて。それで「×」に入った方の履歴書の中から何枚か引き抜いて「○」の方に寄せるような人で。

(渡辺美里)でも、そういう穏やかな人材って必要ですよね。きっと、いまもね。

(安住紳一郎)古き良き放送マンみたいな感じの人でしたね。

(渡辺美里)うんうん。なんか人としての豊かさみたいなものを感じますね。

(安住紳一郎)私もお世話になったので。渡辺美里さんに会うといつもね。

(渡辺美里)そう。林さんとの写真とか見せてくださったりして。テレビのガチガチの緊張感の前にちょっとリラックスさせてくれるっていうね。でもそういうのも林さんの、なんかそういうところを学んだところのひとつかもしれないですね。知らないうちにね。

(安住紳一郎)そうですね。で、林美雄さんがいて。久米宏さんが同じ年にいらっしゃって。で、宮内鎮雄っていうのがいて。それでその下に小島一慶、松宮一彦がいて。それで小林豊がいて……っていう、そういう流れになっているんですけども。ちょっとね、懐かしい話をしてしまいました。

松宮一彦の曲紹介

(渡辺美里)松宮さんもいっつも私は、だから自分のラジオが始まる前にずっと生放送の番組をされていて。もう見事なまでのイントロに乗っけて……だからそれは曲をじっくり聞き込んでいないと、楽曲を知らないとしゃべりを乗せられないし。そのギリギリのところで曲がキューッて行くから「おおう!」って思いながら。「もう絶対に女・松宮になりたい!」って思いながら。そこも勉強させてもらっていました。

(安住紳一郎)『SURF&SNOW』。松宮一彦さんも古いタイプって言ったら失礼ですけども。もう職人肌なんで。歌い出しの間にぴっちりと……。

(渡辺美里)そしてコンサートもたくさん見てらしたから。言葉に信用できる言葉をね、発する方だったなっていう気がします。

(安住紳一郎)いやー、本当にいろいろと先輩の話をありがとうございます。

(渡辺美里)こちらこそです。

<書き起こしおわり>

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