プチ鹿島 勝谷誠彦を追悼する

プチ鹿島 勝谷誠彦を追悼する YBSキックス

プチ鹿島さんがYBS『キックス』の中で亡くなった勝谷誠彦さんを追悼。勝谷さんとの思い出などを話していました。

勝谷誠彦の××な日々。Vol.1(オンデマンド版)

(プチ鹿島)まあいちばん(M-1グランプリ敗者復活戦の会場を)揺らしていたのは誰か?っていうは……まあ、私のメールマガジンをご覧ください。

(塩澤未佳子)アハハハハハハッ!

(プチ鹿島)フフフ、今回、そういう連動方式を(笑)。

(塩澤未佳子)まあ、たまにはね。

(プチ鹿島)毎週月曜日に配信しておりますので。

(塩澤未佳子)たまには、そうね(笑)。

(プチ鹿島)というのはなぜか?っていうと、勝谷誠彦さんがね、57歳。お亡くなりになりました。

(塩澤未佳子)まだお若いですね。

(プチ鹿島)僕、実は2010年と2011年にイベントに出ていただいているんです。あの頃、居島一平と2人でね、『思わず聞いてしまいました!!』っていうトークライブをやってね。まあ、いろんな方に出ていただきました。勝谷さん、山本太郎さん、村西とおるさん、貴闘力さん。

(塩澤未佳子)おおっ! あのイベント。

(プチ鹿島)あと上祐史浩さんにも出てもらいました。つまり、思想信条一切関係ないんです。とにかくこの人の話を聞きたい。もしくは自分の見立てを当ててみたい。「それってこういうことですか?」っていう、そういうコンセプトでやったわけです。だからまあ、もう本当にいい意味でバラバラの人が1回1回出てくださったんですけど、勝谷さんは2回、出てくださったんですね。

(塩澤未佳子)へー!

(プチ鹿島)というのも僕は2000年代頭ですかね? これもメルマガで書いたんですけど。なんでこういう話をしているかというと、2000年代って森喜朗さんに対する加藤の乱とか、あとは田中康夫さんの長野県知事選。僕、長野出身ですから、「えっ、田中康夫さんが長野県知事選挙に出る!? なにかが変わるかもしれない!」っていう、まあ野次馬感とワクワク感があった。で、勝谷さんがそれにすごく噛んでいたというか、担ぎ上げていた、応援していたんですよ。で、その日記をずーっと2000年ぐらいに公開されていて。

(塩澤未佳子)ええ。

(プチ鹿島)で、僕は知らないでたどり着いて読み始めたら面白くてね。で、勝谷さんは2007年ぐらいからかな? いまから10年ぐらい前から有料のメールマガジンを……勝谷さんご自身は「有料配信メール」と言っているんです。つまり、「あなたに個人的にあてた有料のメールですよ」っていう。「メールマガジン」っていうと公になっちゃって、そこでの発言の責任って問われるから。悪い意味で。だから「これはあなたに個人的にあてた有料配信メールですよ。だったら好きなことを書いていいよね?」っていうテイで。まあでも、そういうメルマガなんですね。

(塩澤未佳子)はい。

(プチ鹿島)それがね、毎朝2時、3時に起きて、朝8時ぐらいには5000字以上のものが来るんですよ。それを勝谷さん、20年続けたわけですよ。結果的に。だってそうでしょう? 2000年頭、1999年ぐらいから日記を。だから、思想信条とか発言とか、僕は全てに賛同はできないけど、その姿勢がすげえ人だなってずっと思っていて。もともとはだって、お酒の……今回もお酒が原因だって言われていますけども。お酒をめぐる旅とか旅行の紀行文とか美味しいものとか、そういうライターで身を立てていこうって考えていた人で。ご本人もおっしゃってましたけども。

(塩澤未佳子)へー!

(プチ鹿島)だけど、森喜朗さんがあんなことになったから、おかしな人が出てきたから。「こういうの、いいのか?」っていう政治方面のコラムを書き始めたんですよ。だから僕、勝谷さんにお会いした時に「勝谷さんを世に出したのは森喜朗ですよね?」って言ったら、ご本人も笑ってらして。だからそういうことを約20年。「こういう切り取り方があるんだ!」とか……だから何度も言いますけど、発言とか考え方とか、全てに賛同はしませんよ。でも、「こういう切り口があるんだ、こういうことを考えているんだ」っていう、そういうのを毎日5000字ぐらい。

(塩澤未佳子)大変な作業ですね……。

(プチ鹿島)それが1年365日ですよ。

(塩澤未佳子)毎日? お休みなし?

(プチ鹿島)正月も関係ない。で、みんなの出勤時に合わせて朝の8時ぐらいまでには配信するという。だからすごいじゃないですか。これを1日も休みなくやっていた。そこはすごいなと。で、やっぱり何千人、何万人ぐらい会員がいたんでしょうね。そこで週末とかに毎週、本を紹介しているんです。で、影響力もあるんでしょうね。すぐにAmazonとかでランキングが上がるんですよ。で、僕の本も実は紹介してくださったことがあって。で、新聞の時事ネタの本とかも送ったら「ああ、鹿島くん。いい金脈をつかんだね」とか、「時事ネタのおさらいができるいい本だ」って。

(塩澤未佳子)うれしいことを……。

「鹿島くん。いい金脈をつかんだね」(勝谷誠彦)

(プチ鹿島)で、お礼メールを出すじゃないですか。「すいません、ありがとうございます」って。で、「実は今日、大阪に行くので、がんばります」と。勝谷さん、地元が関西だからね。そしたら「ああ、じゃあ関西だとここの立ち飲み屋さんに行ってごらん」とか教えてくれたりしてね。だからまあ、いろいろとその発言が取り沙汰されたりとか、そういう面もあるけれども。なんかやっぱり1対1ではあったかい人だったですね。で、僕はあの時に本当に「金脈をつかんだね」って書いてもらったのが本当に自信になったんです。うん……。

(塩澤未佳子)勝谷さんに言ってもらうっていうことはね、大きいですよね。

(プチ鹿島)……。

(塩澤未佳子)もっと、あれですね。話ができたらよかったですね。そしたら。

(プチ鹿島)……そうですね。

(塩澤未佳子)思い出すこと、たくさんありますもんね。でも、そうやってメールを通して、その後もお付き合いがあったっていうことですね。

(プチ鹿島)……まあ、本当に自信をいただいたんですよね。

(塩澤未佳子)それが、いまにつながるっていうことですもんね。

(プチ鹿島)……いや、本当にありがとうございます。ということで、はい。

<書き起こしおわり>

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