町山智浩さんが2026年3月10日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でティモシー・シャラメ主演映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はですね、今週13日金曜日から公開のアメリカ映画で『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』という映画を紹介します。
(町山智浩)この音楽って何年ぐらいの音楽だと思います? これはまさに80年代、テクノポップというのが流行って。今、考えると全然テクノじゃないんですけど。デジタルじゃなかったりするから。これから、未来の音楽はこうなるんじゃないかっていう……イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)とかね、みんながやってた頃の80年代テクノポップなんですけど。これがこの映画の一番最初にかかるんですね。
ものすごく未来的じゃないですか。でもこれ、1952年が舞台の映画なんですよ。これね、すごく本当に変な映画で。この『マーティ・シュプリーム』っていう映画はね、僕がいろんな映画を見てきた中でもこんなにガチャガチャした映画は初めてです。ウルトラガチャガチャ映画なんですけど。で、まずこの『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』という映画は卓球についての映画です。
主人公のマーティっていうのは実在の卓球チャンピオンをモデルにしていて。そこに写真があるんですが、マーティ・リースマンっていう人が1950年代に活躍して、世界チャンピオンとかになっていたんですね。それをティモシー・シャラメくんが演じます。はい。ティモシー・シャラメといえばもう今、なんていうかハリウッド一の美少年俳優ですね。演技もすごくて。この間の『名もなき者』ではボブ・ディランの役で。それで楽器も歌も全部、自分でこなしたということで話題になりましたが。
今回ですね、この『マーティ・シュプリーム』では卓球のシーンを全部、自分でやって。それで今回のアカデミー賞、もうすぐですけど。アカデミー賞の主演男優賞のトップランナーですね。ということで、顔もいいくせに才能もあって。「この野郎!」とか思うわけですが。シンプル嫉妬ですが。こんな美少年に嫉妬してどうするんだ?って感じですが。
ただね、最初、彼が卓球選手を演じるんで6年間も卓球のトレーニングをしてきたという風に報道されて。で、このマーティというのは実在の卓球のチャンピオンだと言われたんで「じゃあ卓球スポーツ映画かな?」と思って。『世界をつかめ』だから世界チャンピオンになるための話なんだと思っていたら……これもね、報道はすでにされてるんですけれども。最後に対決する彼自身のライバルは日本人です。
それでこれ、日本で撮影したんで結構、話題になったみたいですけど。上野かなんかで撮影してるんですね。不忍池あたりで。ティモシー・シャラメが来て、上野で撮影したらしいんですけど。で、これ実際にこのマーティという本当のチャンピオンが世界チャンピオン戦で日本の選手に負けたんで。それで屈辱を晴らすためにわざわざ日本まで追っかけてきてですね。実際には大阪で試合したらしいんですけど。復讐戦を挑んだという実話がありまして。それを今回、映画化したという風に報道されてたんですよ、すでに。
だからこれはものすごい熱いスポーツ根性映画で『ロッキー』みたいなものになるのかなと思ったら全然、違う映画でした(笑)。これね、マーティというこの主人公は卓球の世界チャンピオンであるんですけど、卓球って全然儲からないらしくて。プロでも。で、金がないから自分を負かした日本人選手と試合しに日本に行く金がないんですよ。で、その金をなんとか工面するために口八丁手八丁でニューヨーク中を駆けずり回るというアクションコメディでした。金策映画でした。
ティモシー・シャラメが口八丁手八丁で金策する映画
(町山智浩)びっくりしましたよ、本当に。もう、とにかく金がないから、ありとあらゆる手段で金を儲けようとするんですよ。で、一番基本的にこのマーティっていう実在の人物の方もやっていたのは、卓球詐欺ですね。これはね、要するに卓球場があるじゃないですか。どこでも。卓球場に行って、みんなが卓球しているところに行って、下手くそな卓球をしているんですよ、まず最初、このマーティが。で、「下手だな」と思ってると、一番うまそうなやつに「ちょっと俺と勝負しろよ」って言うんですね。で、ちょっとやるとマーティの方がわざと負けるんですよ。
そうすると「よし、今度こそ勝つから金を賭けようぜ」って言うんですよ。それで、賭け金を釣り上げてくるんですよ。それでも、何回か負けてやるんですよ。で、「今度こそ! 今度はもう有り金、全部でやろうぜ!」って言うんです。で、「みんなも!」ってそこの周りにいたいる人全員に対して「みんなもこれに賭けようぜ!」って言って金を集めるんですよ。そこで本気を出すんですよ(笑)。
でもこれはね、ビリヤードとかでもハスラーって言われてる人たちはそうやって金を稼ぐんですよ。昔は賭け将棋士とか、いっぱいいて。そうやって金を稼ぐんですよ。昔からある詐欺なんですけど。で、これをまたティモシーシャラメが口八丁手八丁でやるわけですよ。で、金を持ってバーッと逃げるわけですよ。「ああ、インチキだった!」って分かったところでね、ガーッと札束つかんで逃げたりするんですけど。
それだけじゃなくてね、こいつは女たらしなんですよ。シャラメですからね。でね、最初も人妻かなんかとエッチしてるんですけど。そうすると突然ね、画面がいわゆる顕微鏡の映像になるんですよ。そうすると、このシャラメがシャラメの遺伝子を発射するじゃないですか。言いにくいんですけど、遺伝子を運ぶ人たちがいるでしょう? いっぱい。それがバーッと泳いでいくんですよ、ものすごい勢いで。もう「俺が一番だ!」って感じで。で、そこにさっきの音楽がかかるんですよ(笑)。
それで「主演 ティモシーシャラメ。『マーティ・シュプリーム』」ってタイトルが出るんですよ(笑)。ただ、そのものすごい猛然とね、猛スピードで泳いでいくそのシャラメ虫がこの映画全体のテーマになってるんですよ。とにかくね、このマーティっていう男はもうずっと、まずしゃべり方が早口。で、いつも前のめり。で、いつも「絶対、俺が勝つ! 絶対勝つ!」って言ってるんですよ。金はないんですけど。そうすると、もうとにかくそのためだったら何でもするんで、口八丁手八丁で嘘ばっかりついて、人をだまして。で、バレそうになると逃げる、捕まる、殴られる、殴り返す、逃げる。その繰り返しなんですよ。
「短距離走の全力疾走でマラソンを駆け抜ける映画」
(町山智浩)この映画ね、アメリカの批評で出てきた言葉がね、「短距離走の全力疾走でマラソンを駆け抜ける映画」っていう風に書かれていたんです。すごい大変なことになってるんですけど。これね、たぶんね、「ハイパーアクティブ」って言われる人なんですね。たぶん、この主人公は。で、もう落ち着きが全然ないんですけど。僕、あんまり他人事じゃないんですが。
でね、またそうやっていろんなことをして人をだまして金を集めて逃げてってのを繰り返す中でですね、セックスもします。で、人妻をいろいろだましてお金を取ろうとしたりですね。その相手がグウィネス・パルトロウだったりしてね、結構すごいんですけど。まあ、シャラメだからできることですね。というね、もうめちゃくちゃな映画でね、面白かったですよ。
これね、編集とかもそうなんですけれども。いわゆる映画ってダレ場ってあるじゃないですか。ちょっとゆっくりして、映画のテンポが緩んできて。で、そこでじっくりと主人公が自分自身を見つめ直すっていうようなシーンって必ず映画にはあるんですよ。特にクライマックスの対決の前は必ずダレ場があるようになってるんですよ、映画って。で、それはそこでこの映画の意味とか、主人公の生き方とか、そういったものを問い直すようなね。観客自身がちょっとふと落ち着いて、自分自身を見つめ直したり、観客がそのキャラクターについて考えたりするようなダレ場というものは普通、クライマックスの前に設定されてるんですよ。でも、この映画にはそれがないです。
全力疾走してるんで、「この映画はどうなっちゃうの?」っていうぐらいね。もう2時間以上全力疾走なんで、見てる方もヘトヘトに疲れてくるんですけど。しかもこれ、マーティっていう実在の卓球選手の話を基にしたって言いながらですね、銃撃戦は始まるし、車は爆発するしね。そんなわけねえだろ?って思うんですよ。そんな騒ぎがあったら……人がいっぱい死んでるし、大問題になってるよと思うんですけどまあ、映画なのでってことでね。
これね、サフディ兄弟という映画作家がいて。そのお兄さんの方が作った映画なんですけども。今までもそういう全力疾走映画ばっかり撮ってる人なんですよ。この前に撮ったやつが『アンカット・ダイヤモンド』っていう映画で。宝石の取引をしている男がニューヨークでその『アンカット・ダイヤモンド』……つまり、まだ切ってないダイヤモンドの原石を巡ってドタバタする映画だったんですけれども。それもすごくガチャガチャした映画だったんですが、ただカメラが落ち着いてたんですよ、そっちは。カメラがあまり動かないでじっくり見せていたんで、主人公たちがガチャガチャしてても見られたんですけど。でも、今回はカメラも一緒に暴走しますんで大変な事態になってるんですよ。
というね、映画史上一番ガチャガチャしてる映画じゃないのかなと思って。で、面白かったのはね、とにかく勝つことしか考えないし、自分はもう最高だと……『マーティ・シュプリーム』の「シュープリーム」って「最高」って意味なんですよ。で、『マーティ・シュプリーム』っていうのは自分のことを「最高」って言ってるから『マーティ・シュプリーム』なんですよ。もう自称です。で、「俺は必ず勝つ!」っていうことをずっと言い続けてて、これは見ていて元気は出ます。
もうみんな、こういう元気をなくしてますよね。他人の迷惑考えないんですけど。この人、炎上とかそんなの考えてないです。ただ、めちゃくちゃやってるんで1回だけ、ダレ場じゃないけど主人公が追い詰められるシーンがあります。で、「お前は本当に悪いやつだ。人を騙してばっかりで、本当にクズ野郎だ!」って言われて。それで「お仕置きだ!」って言われるんですよ。その代わり、そのお仕置きを受ければお金が出るんですよ。彼が必要な。そこで、その卓球のラケットで尻を40回、ティモシー・シャラメ自身が叩かれます。
このね、マーティっていう人は今は卓球のラケットってスポンジのラバーがついてるじゃないですか。あれが出てきた時の人なんですよ。で、日本の選手はそれをつけていたんで、トップスピンがかかって勝つんですけど。彼はそれは邪道だと思って、板のまんまのラケットを使ってるっていう設定になってるんですよ。それで彼、実際に叩かれるんですがこれ、ティモシー・シャラメ自身が実際に叩かれてます。シャラメ、尻よく見えました。白くてプリッとしてるんですが、それが真っ赤になります。はい。
これ、すごいです。彼もなんか最初はスタントマンを使ったり、特殊メイクとか使おうかって考えたらしいんですけど。「ここで本気でやらないとアカデミー賞、取れない!」と思ったんでしょうね。よくわからないですか(笑)。これ、本人の意思で叩かれてますんで。そこも見ものですね、この映画のね。まあそういうね、むちゃくちゃな映画なんですけれども。ただ、音楽はずっとこういうテクノなんですよ。これがかかるんですよ。
たぶんね、これは監督自身の青春時代に流行っていた音楽なんですよ。だから80年代テクノポップなんですけど。この曲は全世界的にヒットしたティアーズ・フォー・フィアーズの『Everybody Wants To Rule The World』っていう曲なんですよ。
これは当時、米ソ冷戦だったんで核戦争の危機が近づいたんですね。80年代って。実はソ連とアメリカの間で。で、それに対して「なんでみんな、誰もが世界を征服したがるんだろう? 世界を支配したがるんだろう?」っていう風に呼びかけてる反戦ソングなんですよ。ただ、この映画の場合はマーティが世界を支配したいと思ってるから。世界一になろうと思ってるから、この曲がかかるんですけど。いや、もうこの映画を見た時はまだね、戦争が始まる前だったから笑って楽しめたんですけど。今、聞くとやっぱりこの曲の状況そっくりになっちゃってるんでね、なんとも言い難いものがありますが。
ただね、ティモシー・シャラメくんはこれでたぶんアカデミー賞主演男優賞を『罪人たち』のマイケル・B・ジョーダンと戦うことになります。『罪人たち』の方はマイケル・B・ジョーダン、一人二役やってるんで。双子の役で、それも性格が全く違う双子の役を演じ分けてるんで、これが結構アカデミー主演男優賞、歴史の中でも2人とも若手だし。もう一番盛り上がるレースになるんじゃないかと思います。