(町山智浩)はいはい。それはどうしてか?っていうと、世論調査をした結果がそうだったから、データに基づいてその選挙当日のヒラリーの当選する確率は85%だという風にニューヨーク・タイムズは発表していて。で、トランプは15%しか勝つ可能性はなかったんですけども、これに対してマイケル・ムーアは「いや、これはトランプが勝つよ」ってずーっと言っていたんです。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)その理由がこの映画の中で明らかにされるんですけども、マイケル・ムーアっていう人はミシガン州のフリントという昔、自動車工業で栄えた町の出身者なんですよ。で、彼はもうとにかく労働組合とか労働者の立場から政治を斬っていくという映画を作り続けている人なんですね。で、そのミシガン州とウィスコンシン州とオハイオ州、ペンシルバニア州というのは五大湖という大きな湖の周辺にある重工業地帯で。ただ衰退しているから「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」って言われている地域なんですよ。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)そこの利益を代表してマイケル・ムーアは「我々を救ってくれ!」とずーっと言い続ける映画を20年以上、30年ぐらい作っている人なんですけども。トランプと大統領選挙を争ったヒラリー・クリントン候補は全く選挙期間中、そこに来なかった。
(赤江珠緒)えっ、行かない?
(町山智浩)行かなかったんですよ。最後の最後にやっと来たんですよ。「来ないとマズい」っていうことで。それで全くその地域の重工業地帯に対して救済するような政策を打ち出さなかったんですよ。
(山里亮太)それはその地域は行かなくても票が取れるという自信があったんですか?
(町山智浩)行かなくても他の地域で取るつもりだったんですね。その地域は捨てて行っちゃったんですよ。ところが、ドナルド・トランプはそのラストベルトを徹底的に重点的にそこに行ってはっきりとこういう風に言ったんですね。「あなたたちは忘れられた人々だ。あなたたちはアメリカの権力を持っている人たちから忘れられている。そんなあなたたちを救います!」という風に公約して。で、具体的には日本の自動車に関税をかけるとか、中国の物に関税をかけるとか。で、いま実際に実行していますよね?
(赤江珠緒)いま実際に言っていますよね。
(町山智浩)で、彼がそこを取ったんですけども、マイケル・ムーアはもともとその立場の人だから「ああ、これはトランプが当選する」って思ったんですよ。
(赤江珠緒)はー! そこの熱量を考えると、完全にトランプにみんな行っていると?
(町山智浩)はい。その地域はね、選挙人数っていうのがあって各州ごとに大統領選挙の時には得点みたいなものが決められているんですよ。ラストベルトはそれが大きいんですよ。昔、重工業地帯だったから人口が集中していたから、まだそのご老人とかがいるんですごくたくさんのポイント(選挙人数)をそこで勝つと取れるんですよ。だからマイケル・ムーアは「これはトランプが勝つぞ!」って言っていたんですよ。で、この映画は民主党がいかに労働者とか貧困層を切り捨てていったのか?っていうことを徹底的に糾弾する内容になっているんですよ。
(赤江珠緒)ああ、逆に民主党の方を?
(町山智浩)はい。それがこの『華氏119』という映画なんですね。で、とにかくね、さっき言った無党派の話なんですけども。2016年の大統領選挙においてはトランプが獲得した票っていうのは6300万票。これに対してヒラリーさんは6600万票。300万票ヒラリーさんの方が多く取っているんですよ。でも、さっき言った選挙人制度っていうのがあるから、票の数では決まらないんですね。大統領は。
(赤江珠緒)アメリカはね。
(町山智浩)ところが、投票をしなかった有権者。無投票の有権者は実は1億人もいたんですよ。
(赤江珠緒)おおーっ!
(町山智浩)すごく変なのは、全体で3億人いて、無投票の人が1億人なのにトランプに投票をした6300万人の票のためにアメリカは支配されるんですよ。少数派なんですよ、実は。全体からすると少数派なんですよ。でもそれって、どうしてそういうことが起こるか?っていうと、投票に行かなかったからですよね? 投票率が55%を切っているのかな? 投票率が下がると、国民全体の中での少数派が実権を握っちゃうんですよ。それが投票率が下がることの恐怖なんですよ。
(赤江珠緒)うんうん。
投票率が下がることの恐ろしさ
(町山智浩)で、国民全体でのトランプの支持率っていうのはいまも40%台をグルグル回っているわけで、不支持率が50%を超えたりするような世界なわけですよね。で、支持している人がわずか国民の有権者の中の4割しかいないのに、彼が政権を握っちゃうんですよ。国を握っちゃうんですよ。だから投票率っていうのは恐ろしいんですよ。投票率が下がるということは。
(山里亮太)しかも、その4割に向けてばっかりの政策になっちゃうっていう。
(町山智浩)そうそう。だから自分に投票してくれたラストベルトの人たち向けの政策だけをやり続けるということが行われているわけですね。現在。じゃあ、投票をしなかった人たちは政治に無関心なのか? そうじゃないんですよ。投票をしたい人が立候補しなかったからなんですよ。それは政党政治において代表を各政党が決めてしまうから。自分たちの好きな人が勝つとは限らないから、政党の中で決まっちゃうから。予備選っていうのがありますけども。それこそ自民党の総裁選みたいなもので、党員だけが投票をするんですよ。
(赤江珠緒)そうですね。
(町山智浩)それで決定されるから、そうじゃない、党員じゃない人たちが候補者を選べないんですよ。
(赤江珠緒)これ、本当におかしいですよね。
(町山智浩)これ、だからアメリカ映画の話のように聞こえるんですけど、全世界どこでも通用する問題なんですよ。党の中で投票で候補者が決まって。そうするともう本当は無党派の人たちの方が人口は多いのに党に所属しているような人たちだけが政治を切り盛りしていくっていう、政治家を決めていくっていう状況、これはおかしいだろう?っていうことなんですね。で、たとえばですけど、トランプの取っている政策というのはいくつかあるんですけども、「地球温暖化はない。CO2なんかは出していいよ」っていう風な政策を彼は取っていますけど、じゃあアメリカ国民全体ではそれに対してCO2規制、地球温暖化対策はどうしたらいいのか?っていうと、「対策をしなければいけない」と思う人は74%なんですよ。
(赤江珠緒)すごい高いじゃないですか!
(町山智浩)そう。74%が「地球温暖化をなんとかしなきゃ!」って言っているのに、残りの26%の「しなくていい」と言っている人の方に実際の政策は動くんですよ。だから怖いのは、「どの政治家も俺の支持する人じゃない」って思っても、「この人だけは大臣とか大統領にしちゃいけない」って思ったらその反対候補に投票をするしかないんですよ。でも、そういうことってなかなかできないんですよ。落とすために投票をするんですよ。自分がなってほしくない人の。
(赤江珠緒)落とすために。なるほど。
(町山智浩)で、あとはこの映画の中に出てくるのはドナルド・トランプは人工中絶の権利を奪おうとしているんですね。それを違法化しようとして、いま最高裁の判事を指名しようとしてドタバタやっているんですけど。じゃあ人工中絶の権利は女性に認められるべきだと思っている人はどれぐらいか?っていうと、71%なんですよ。
(赤江珠緒)もう大半の人が思っているのに……。
(町山智浩)大半の人が思っているのに、そうでない29%の方のために政治が実際に行われていくという。あと、公立大学の無償化に賛成する人は60%。託児所の無償化に賛成する人も60%。軍事費削減に賛成する人も60%。大銀行の解体に賛成する人も60%。なのに、トランプはそっちの方には行かないんですよ。それはわずかな人たち、投票をした人たちによって彼が選ばれているからで。あと、銃の問題で銃規制があるんですけど、トランプは銃規制なんかする必要はない。銃は自由に所持していいって言っているんですけど、じゃあアメリカで銃を持っている人は国民の何%だと思います? 銃を所有している人。一挺でも。
(赤江珠緒)ほとんど持っているようなイメージがありますけども。
(町山智浩)ちなみにアメリカに存在する民間人の銃の数っていうのは合計で3億挺です。人口は3億人。じゃあ、何%の人が銃を所有しているでしょうか? 一挺でも。
(赤江珠緒)いやー、半分?
(山里亮太)60%とか?
(町山智浩)わずか22%です。
(赤江珠緒)えっ? そうなんですか。銃社会、銃社会ってなんかもう大半の人が持っているイメージですけども。
(町山智浩)銃を所有している人はわずか22%。それが3億挺を持っているんです。少数派なんですよ。
(赤江珠緒)そんな割合? 2割!
(町山智浩)そう。銃所持者は少数派なんですよ。
(山里亮太)「銃を持つことは我々の権利だ!」って言っているのに。
(町山智浩)わずかな少数派なんだけども、その少数派の人たちに支持された人が大統領になっているから、国民の大半の意思に反した政治が行われるんですよ。
(赤江珠緒)それ、いままでの話を聞いているとね、だいたいトランプさんの政策って2割程度の人しか支持していないことばっかりじゃないですか。
(町山智浩)そうなんです。ただ、コアな人たちなんですよ。投票に来る。全米ライフル協会(NRA)に入っている人とか、キリスト教原理主義の人……中絶に反対している人。その人たちは投票率が高いんですよ。宗教団体と利権団体。で、投票率が下がると宗教団体や利権団体に国の政治を握られてしまうんだっていうことなんですよ。
(赤江珠緒)うーん、怖いですね。
(町山智浩)そう。だから政治に関心がないし、いい候補がいないからっていうことで投票に行かないのは非常に危険なことなんだっていう。
(赤江珠緒)まあ、そうですね。運転席のハンドルを預けちゃうことですからね。あとは乗っていて、そっちに曲がられても……って。でも、もうしょうがないですもんね。
(町山智浩)でも、その罪は民主党側にそういう人たち、トランプに反対するような人たちが投票をしたくなるような候補がいないっていうことも問題なんですよね。ヒラリーさんっていうのは実は中道派、中道派って真ん中らへんを狙うために、いま言ったような政策に対してあんまり積極的じゃないんですよ。たとえば銀行なんかとはべったりだし。そうすると、まあ大銀行に反対している人たちはヒラリーに投票をしない。そうするとトランプが大統領になってしまうというような事態があって。だからいま、実は今度の中間選挙では反ヒラリー、反主流派の候補が大量に民主党に出てきているんですよ。
(赤江珠緒)へー! 中から?
(町山智浩)中から。で、多くは女性です。今回、アメリカ史上始まって以来の女性候補が出てきて。その人たちが民主党のおじいさんの候補たちに対して予備選で戦いを仕掛けて、勝ちました。内部革命が起こっているんですよ、民主党では。でも、それは前に共和党で起っていたことなんですよ。共和党では共和党のすごく昔からやっている議員に対して反対運動を起こした人たち、右派の人たちが内部から「ティーパーティー」という感じで、内部で反乱を起こしたことがあって。それがトランプみたいな外部の人が共和党を乗っ取るということの布石になっていたんですね。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)で、民主党の方もこの間、バーニー・サンダースさんっていう人がそういう、非常に社会主義的な政策で出てきたんですけども、彼は負けて。ただ、今回は内部からそういう福祉を重視する議員たちが大量に出てきて。あと、女性の地位向上とかを目指す女性たちが出てきて。で、目指すのは議員全体の5割を女性候補にすることなんですけどね。アメリカはまだ2割なんですよ。だからまだまだということで。日本はもっと低いですけども。
(赤江珠緒)うわーっ!
(山里亮太)投票率の低さがいかに怖いのかっていうのがわかるな、これで。
(町山智浩)という映画でした。これ、日本公開は11月2日ですね。
(赤江珠緒)マイケル・ムーア監督の新作『華氏119』はなんとそういう内容だったという。
(山里亮太)トランプ批判なのかと思っていたら。
(町山智浩)そういう話じゃなかったですね。
(赤江珠緒)トランプさんが生まれてくるのにも実は理由があったんだということで。
(町山智浩)それを予測したわずかな人の1人のマイケル・ムーアが語るという。
(赤江珠緒)また徹底的に取材されてやっているんでしょうね。
<書き起こしおわり>