菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』の中で映画『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』について話していました。
(菊地成孔)名演に続きまして名演を。映画『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』の中でもドン・チードル、この楽曲を当て振りですが、吹いております。見事な当て振りぶりというかですね。お聞きください。『MILES AHEAD』より『Springsville』。
Miles Davis『Springsville』
はい。『菊地成孔の粋な夜電波』。ジャズミュージシャンの菊地成孔がTBSラジオをキーステーションに全国にお送りしております。今週はスペシャルウィークですね。菊地成孔のジャズ夜話(やわ)。「よばなし」でしょうか? まあ、どっちでもいいんでしょうか。伊藤博文(いとうひろふみ/はくぶん)。どっちでもよかった時代がありましたね。昔の日本語はたおやかだったもんですけども。というわけで菊地成孔のジャズ夜話。映画公開記念、菊地成孔がマイルス・デイヴィスとチェット・ベイカーの映画を語ると題してお送りさせていただきます。
今年はマイルス・デイヴィスの……まあ、マイルス・デイヴィスはご存知ですよね? ジャズトランペッターですけども。奇しくもという感じでマイルス・デイヴィス、そしてチェット・ベイカー。こちらもトランペッター、そしてシンガーですけども。この2人のジャズ・ジャイアンツの映画がどちらも12月に公開されるという……『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』という映画。そして『ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE』という映画。これはチェット・ベイカーの映画なんですけども。まだマイルスの映画『MILES AHEAD』の方はこのオンエアーの段階で公開されておりません。全国順次ロードショーで12月23日。クリスマスの……最近は言わないですね。80年代はよく言ったものですけども、クリスマスのイヴイヴ。クリスマス・イヴのイヴですね。から、東京では東宝シネマズシャンテ。大阪では大阪ステーションシティシネマで公開されまして、明けて17年の1月7日より各都市、TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、ミッドランドスクエアシネマ、TOHOシネマズ天神、札幌シネマフロンティアという風に全国に拡大、順次ロードショーされていくわけですけども。
最近、この番組を聞き始めた方とかね、「今回はマイルスの映画の特集だ!」っていうんで初めて聞いたっていう方とかね、いらっしゃるでしょうから。おなじみの方には、「もうその話、聞いたよ」っていう話なんですけど。まあドン・チードル……ドン・チードルは有名ですよね。ドン・チードルがいちばん有名なのは、なんだろうな? 『ホテル・ルワンダ』ですかね? あるいは、『アイアンマン』の後半から出てきた役でしょうか? まあ、いっぱい出ている人で黒人の俳優ですけども。ドン・チードルが監督、主演、脚本、制作……もうなんていうか、ワンマン映画なんですよ。それで、まあマイルスをしかも演じています。
そうですね。同じ話をするのもなんなんですけど、とはいえ、もうさすがにね、ジャズ・ジャイアンツの伝記映画の主人公の顔が1人ズレているよ問題はね、もうこの番組といわず、いろんなメディアで100回ぐらい言ってきたんで全カットしますけど、今回ドン・チードルが演じておりますマイルス・デイヴィスですが、ドン・チードルが似ているのはマイルス・デイヴィスではなくてマックス・ローチの方です。
ドン・チードルとマックス・ローチ
夜電波で菊地さん「ドン・チードルはマイルス・デイヴィスよりマックス・ローチに似てる」っつってたけど似てるかなあ? pic.twitter.com/SDDzTBiZ1w
— ワゴム (@wa_gomu) 2016年9月4日
なので、この映画はですね、テイとしては……マイルス・デイヴィスっていうのは5年間、体調不良と、精神的にもそうだったんでしょうし、音楽的にもイマジネーションが枯渇したんでしょうね。まあ、いちばん大きいのはやっぱり体調の不良なんだけど。この人、糖尿だったりね、股関節をやっちゃったり。車の事故が多かったりして、満身創痍の人なんですよね。マイルスって。いつも痛みと戦っていた人ですからね。で、その5年間というのはほとんど何の資料もないの。断片的なゴシップがあるだけなんだよね。で、この映画はその5年間の中のある1日。1日だけです、本当に。まあ2日かな? 股掛け、夜中夜通しするから。夜通しする2日間を描いただけの映画なんですね。ほぼほぼ。
一見ね、新しい資料が出てきて「実はこういう史実があったんだ」っていうことで映画化されたようなテイをしているんですけど、これは完全にね、ドン・チードルの妄想なんですよね。で、ストーリー自体ははっきり言って荒唐無稽です。他意はありませんけども、荒唐無稽っていうことのたとえで言いますけど、ドン・チードルの少年ジャンプですよね。ここにフライヤーがあります。ストーリーが書いてあるんで読みますけどね。「1970年代後半のニューヨーク。長らく音楽活動を休止中のマイルス・デイヴィスの自宅に彼もカムバック記事を書こうとしている音楽記者デイヴが……」。これがですね、実質上のダブル主演ですね。ユアン・マクレガーがひさびさにでっかい役をやっているんですけども。これ、『Rolling Stone』誌の記者っていう感じなので。
「……デイヴが押しかけてくる。しかし、体調不良に苦しみ、ドラッグと酒に溺れるマイルスは創作上のミューズでもあった元妻・フランシスとの苦い思い出にもとらわれ……」。で、音楽をロバート・グラスパーがやっているということで話題になったんですよね。この映画、とにかくね、これ以上の説明ができないんでね。で、マイルスがとにかくピストルをぶっ放しますから(笑)。ギャング団と自分の未発表の録音物を取りあうんですよ。マフィアとマイルスが取りあうのね。そんで、人工股関節のまま走ったり転げたりするマイルス、ピストルをマフィアと撃ち合うマイルスっていう見たこともない映画(笑)。もうブラックエクスプロイテーション映画(黒人B級アクション映画)みたいなことに途中、なっちゃうの。で、その間に一緒に、歩みもままならぬマイルスを助けて冒険するのがユアン・マクレガーなんですよね。
まあ、この映画のいまここに、さっきも申し上げましたがフライヤーがあるんですよ。で、フライヤーってね、著名人が並んでいて、コメントがいっぱい並んでいるじゃないですか。これ、読んでいいのかな? これを読むのがいちばん面白いと思うんですけど。ラジオ的には(笑)。いまからギリギリのことを言うんで。ギリギリの企画を2つ、言うんでね。どっちもOKだったらどっちもオンエアーしてください。こっから面白いんで。面白いですけど、ギリギリなんで。まずですね、面々を見ると、私は駆り出されましたので、逃げられず……「逃げられず」ってどういうことだよ?っていう感じなんですけど(笑)。コメントをしております。まず、菊地成孔さんがいます。で、まあまあマイルス・デイヴィスの日本の第一人者といえば、中山康樹先生ですけども、中山康樹先生は死んでしまったので、いまだと中山康樹先生とガチンコ関係にいた小川隆夫先生がフロントに躍り出た形になっているんですけどね。
で、じゃあ小川先生がこの映画にコメントしているか?っていうと、していないんですよ。小川先生、するべきなのにね。いちばんするべき人じゃないですか。「ここにあるヒントが……」としか言いようがないんですけど、じゃあ誰がコメントしているか? まずね、日野皓正さんがコメントしています。ポップスシンガーからいつの間にかジャズピアニストに転向されていた大江千里さんがコメントしています。ドラマーの神保彰さんがコメントしています。ジャズ評論家であり、この番組にも登場していただいた瀬川昌久先生がコメントしています。ジャズミュージシャンのTOKUさんがコメントしています。ブロードキャスターのピーター・バラカンさん、小説家、そしてマイルス・デイヴィスファンであることを公言しておりまして私とも何度も対談の話が立ち上がっては諸事情によって流れている平野啓一郎さんがコメントしています。まあ以下略っていう感じなんですけど。
で、日野皓正さんのコメントが面白いんで、読みますね。「知らなかった。親父の歴史がここに!」って書いてあるんですけど……日野さん、作り話ですよ、これは!っていう(笑)。日野さん、本当の……(笑)。日野さんもアッパーですからね。バッと見て、「ああ、こんなことがあったのか!」っていうことだと思うんですけど。これがね、まずこの映画に対するコメントとしてはいちばんいいんじゃないか?っていうね。もう完全なバカ負け。日野さんをバカ扱いしているわけじゃないですよ。バカ扱いしているわけじゃありません。が、これこそがね、”バカ負け”というに相応しい。「知らなかった。親父の歴史がここに!」……作り話です!っていうね。はい。
で、TOKUさんは私もよく知っていますけども、「70年代のマイルスの音楽活動休止中の生活は想像していた以上に厳しかったことがよくわかった。銃撃戦のシーンには面食らった」。面食らいますよね。だってジョージ・アバキャンに撃つんだよ? ギャング団だけじゃなくて。ギャング団に撃つのはまだね、作り話、少年ジャンプとしても面白いですけど。ジョージ・アバキャンにコロンビアの社内で撃つんだから(笑)。ジョージ・アバキャン、もう大変な大プロデューサーですね。マイルスの大恩人ですね。実在の人物ですからね。ギャングは実在しませんけども、実在する人物に撃っちゃマズいだろ?って思うんですけど、このTOKUさんの最後のところに「グラスパーによれば、本当にあったそうだ」って最後に書いてあるんですよ(笑)。この部分がね、千両!っていうかね。
「銃撃戦のシーンには面食らった。グラスパーによれば、本当にあったそうだ」っていうね、この正直者というかね、TOKUさん、本当にナイスガイなんですけどね。グラスパーに聞いたっていうね。ちょっと俺はグラスパーにもこういう話、英語で聞けるんだぞっていう自慢もちょっと入っているのかもしれないですけども(笑)。そんな嫌な人じゃないですけどね。TOKUさんは。ただ、ここのところは面食らったんだけど、面食らったってままコメントを終えると配給会社の人に悪いなっていうTOKUさんの優しさが出ていると思うんですよ。
で、菊地成孔先生のですね、コメントはですね、「ドン・チードルのスーパーワンマン映画。気持ちいいぐらいの見事な成り切りぶりと荒唐無稽ギリギリのアクションストーリー! マイルスがマフィア相手にピストルをぶっ放す!!」。で、素稿には「(笑)」っていうのが入っていたんですけど、掲載されたら「(笑)」が消されてました(笑)。自分で消したかな、俺、送る前に? 最初「(笑)」を入れていたんですよ。だってぶっ放すんだもん、マフィア相手に。ここはね、もう笑って楽しまないと……マイルスファンってみんなすっげーシリアスだからね。だから、まあ笑ってあげるところがいちばん愛情があるとこだと思ったんですけどね。やっぱダメなんですかね?
平野啓一郎さんもね、もう本当に小説家っていうか文士ならではのね、「この不思議な映画は……」っていう話なんですよね(笑)。「この不思議な映画はマイルスファン、ジャズファン、音楽ファンの間で末永く語り草になるだろう。結局、いつか見ることになる。ならば、いま見るべし」っていう。勧めたいんだか勧めたくないんだかギリギリのところをですね、小説家らしい弁舌巧みな感じで解説していますけどね。まあ、瀬川先生はさすがですよ。「マイルスがバードランドの入り口で警官に引っ叩かれる事件はちょうどニューヨークにいた時なのでよく覚えている。まるでマイルスと一緒にニューヨークのジャズシーンを辿っているような気分にしてくれる映画だ」っていうね。まあ、マイルスの過去の50年代の回想シーンに関して、自分もその頃ニューヨークにいたんで……っていうね。
これはもう全然、100点満点でしょうね。日野さんと瀬川先生が100点満点なんですよ。「知らなかった。親父の歴史がここに!」って、ない!っていうの(笑)。ぶっ放してないって思いますよ(笑)。「グラスパーによれば、本当にあったそうだ」って、みんなして一生懸命この映画を守ろうとしているのが見え見えなんですけど。まあ、とにかくそういう感じで荒唐無稽で非常に楽しい映画なんですね。で、もう1個ね、どうしても私にしか指摘できない大発見があるんですけど……ええと、止めておきます(笑)。一応、収録しておきますか? 使えないと思うんですよね。一応、収録しておいてあとでカットになっても全く問題ないという形にしておきましょう。私はこの映画に(以下、放送されず)……ということはほぼ間違いないと思いまます。ダメですね、カットですね(笑)。もうダメ。これ、ほぼ間違いないと思いますけども、これ、カットでいいです。
えー、ロバート・グラスパーが劇中の音楽をやっていますが、そのうちのほとんどは、つまりオリジナル・サウンドトラックはマイルスの代表的なナンバーが11曲。つまり、伝記映画――これは伝記じゃないけど半伝記映画っていうかね――は、本人の音源を使うか使わないかがすごい分かれ目になるんですよ。この作品では使っています。で、オリジナル音源に合わせてドン・チードルが見事な当て振りを見せつけるというのがこの映画の売りになっていますので。このOST自体はマイルスのアルバムをみんな持ってりゃだいたい大丈夫なんですけど。この映画に向けて『Everything’s Beautiful』っていう要するにリミックス盤ですよね。これ、コロンビアのマイルスの音源を全部使用許諾を受けたんじゃないかな? グラスパーは。いまをときめくロバート・グラスパーですからね。
で、このアルバムはまあ、そうですね。グラスパーのいつもの調子なんですけど、ただヒップホップみたいに元ネタとしてマイルスの音源が全開放されたっていうことが話題になったんで、グラスパーがどんな風にマイルスを料理するのかな?っていうことが期待されたの。で、期待された結果、フタを開けたら「まあ……そうね」っていう感じなんですよね(笑)。「まあまあ、楽しくやったよね」っていう感じでその期待値がね、やっぱり上がっちゃうんですよ。で、グラスパーがやったことっていうのはすごい肩の力が抜けていて。まあ、マイルスの音源っていうお宝の山にね、ややもすると押しつぶされてしまうと思うの。ジャズ・ミュージシャンは。で、そのお宝の山の前で押しつぶされないように気楽にいつも通りに自分の作風で作りましたよっていう感じでやっていて、まあエリカ・バドゥが歌っていたり、ハイエイタス・カイヨーテが歌っていたり。ほとんどの曲にフィーチャリングのシンガーが入っていて、まあマイルスの音は遠くで聞こえて。遠くで「これ、マイルスのトランペットかな? 遠くでウェイン・ショーターかな、これ? 遠くでこのピアノはハンコックかな? グラスパーかな? どっちかわかんねえな」みたいな感じの(笑)。「これはジョー・ザヴィヌルかな?」みたいな音が軽くするR&Bのアルバムに仕上がっています。そこから1曲、聞きましょう。絶対、要するにマイルスの音源が全部開放されたらこれ、やるだろうなっていう、まあマイルスの声を使って。あと、マイルスの複数の音源をミックスした上で仕上げています。1曲目ですね。特にフィーチャーされているのはマイルスの話し声ですね。『Talkin’ Shit』。
MILES DAVIS & ROBERT GLASPER『Talkin’ Shit ( feat. Mire )』
<書き起こしおわり>
https://miyearnzzlabo.com/archives/41279