サンキュータツオさんがTBSラジオ特番『嗚呼、素晴らしき珍論文』で厳選した珍論文を紹介。『奇人論序説 あの頃は河原町のジュリーがいた』の著者、飯倉義之さんと論文について話し合っていました。
(ナレーション)サンキュータツオプレゼンツ 嗚呼、素晴らしき珍論文。珍論文ナンバー2、『奇人論序説 あの頃は河原町のジュリーがいた』。2004年 世間話研究第14号。『1970年代、京都の繁華街 四条河原町に沢田研二にちなんで「河原町のジュリー」と名付けられた名物ホームレスがいた。本稿では、河原町のジュリーをめぐる、特にインターネット上で交わされた話を分析し、奇人談の成立と展開について考察する』。嗚呼、素晴らしき珍論文。研究題材が特徴的なこの論文の著者、國學院大學文学部日本文学科准教授 飯倉義之さんがお二人目のお客様です。
河原町のジュリーの研究。
国学院大学、飯倉義之先生。
若い研究者ですが、お話もわかりやすい!
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— サンキュータツオ@『ヘンな論文』発売中 (@39tatsuo) 2015, 5月 17
(サンキュータツオ)えー、『世間話研究』。この本を見つけた時、僕、腰くだけそうになったんですけども。
(小林悠)(笑)
(サンキュータツオ)ええと、ツチノコの研究とかね。
(飯倉義之)まああの普通、世間話っていうと暇つぶしの雑談とか井戸端会議みたいなのを言うんですけども。
(サンキュータツオ)おばちゃんたちがしてるもの、みたいな。
(飯倉義之)だからあの、世間話研究会例会をやっている時に、前を通っているおばちゃんが『あら!私、先生になれるわ!』って言いながら通って行ってるから。
(タツオ・小林悠)(笑)
(飯倉義之)あの、民俗学。柳田国男が始めた日本民俗学の中で、口承文芸って、口伝えのものを研究する。民謡ですとかことわざですとか民話ですとか。その中で、民話の中でも、フィクションの昔話と、ものの由来になっている伝説と、現代の私たちに身近な珍しい話しである世間話っていう3つを、柳田国男は設定しまして。これを見ていくことで、我々のお話、物語を見ていこうとしたんですね。
(サンキュータツオ)うーん。
(飯倉義之)なので、世間話っていうのは現代の私たちに身近で、いま、生まれてる話っていうことです。
河原町のジュリーを選んだ理由
(サンキュータツオ)ああ、なるほど!いままさに生まれているということなんですね。えっと、先生はですね、この論文で河原町のジュリーという題材、なぜ選んだんでしょうか?
(飯倉義之)えー、まあ京都のお住まいの方だったり出身の方から、こういう変わった人がいて・・・っていう話はちょくちょく聞く機会があったんですね。
(サンキュータツオ)じゃあ先生は京都出身ではなかった?
(飯倉義之)もう千葉県出身、千葉県育ちですから。
(サンキュータツオ)それでじゃあ、そういう人がいたんだと。
(飯倉義之)で、やっぱり世間話研究にも、近所の変わった人に尾ひれがついていって・・・みたいな話の分析の論文があったんで。河原町のジュリーもそういう人なんだろうなって思ったところ、たまたまグレゴリ青山さんっていう漫画家さんの方が、エッセイ漫画でちょうど描いているのを見たんですね。
(サンキュータツオ)ええ。
(飯倉義之)で、やっぱり有名なんだと思って。で、ちょうど2004年ですんで、当時ブログが流行り始めてたんです。
(サンキュータツオ)うん。
(飯倉義之)なんで、いまだったらブログでみんな、いろんなことを言ってるんじゃないかな?と思ったら、まあ、いろんなことを言ってまして。
(サンキュータツオ)ああ、そうだったんですね。
(小林悠)そもそも、本当にいた人なんですか?
(飯倉義之)はい。あの、実在の人物で。
(サンキュータツオ)まあ、伝説のホームレスって言われている人ですよね。で、アダ名が河原町のジュリーという。
(飯倉義之)亡くなったのが昭和59年なので、まあ人々の記憶の中にはまだ根強くありますよね。
(サンキュータツオ)そうなんですよね。えー、これ、なにをどうやって調べたんでしょうか?
(飯倉義之)まずあの、Googleで『河原町のジュリー』とか『河原町 ジュリー』とか『四条河原 ジュリー』とか『ホームレス ジュリー』とか。いろんなキーワードを入れて。
(サンキュータツオ)検索した。ええ。
(飯倉義之)で、その結果、2004年の時点では88件ヒットしたんですね。意味のあることを書いているのが。で、実際に会ったことがあると、なにせホームレスって実際に会うとちょっと怖かったり、独り言を言ってたり。あと、目が合うと追いかけてきたなんていうのが実際に会った人の感想なんですけども。
(サンキュータツオ)うん。
(飯倉義之)遠くから見ていたり、死んだ後に『こういう人がいたんだ』って知った人はもっとこう、インドの聖者みたいなイメージでブログに書いたり。あと、『ジュリーが来ると火事がない』とか『ジュリーに会うといいことがある』とか。
(サンキュータツオ)(笑)
(小林悠)もう、縁起物じゃないですか。
(飯倉義之)『ジュリーに店の前で寝られると繁盛する』とか。なんかそんなような、福の神的な。
(サンキュータツオ)なんかいろいろ噂、あるんですよ。
(飯倉義之)『実は1億円以上貯金がある』とか。
(サンキュータツオ)そうそうそう!
(小林悠)なんで知ってるんですか、それは?誰が知ってるんですか?
(サンキュータツオ)誰かしゃべったことがある人がいるんじゃないか?とかね。
(飯倉義之)あと、『大会社の社長や重役だったんだけど、世の無常を知って・・・』。
(サンキュータツオ)あるある!そういうの、ある!そうですよね。
(飯倉義之)あと、なにかこう、『すごく愛した人がいるんだけど、その愛した人を失ってしまい、何もかもよくなって・・・』。
(サンキュータツオ)切ない(笑)。なるほどね。
(飯倉義之)だからこういうホームレスの境遇に陥るには、きっとなにかあるんだろう。で、ジュリーっていう人はなんでジュリーか?っていうと、そもそも長髪だったからなんですけど。当時、男性の長髪って言ったら沢田研二さんしかいなかったみたいな。
(小林悠)あ、顔がジュリーに似てるからとかじゃないんですか?
(飯倉義之)あんまり似てなかったみたいですね。顔は(笑)。
(小林悠)あ、すっごい私、イケメンを想像していたんですけどね。
(サンキュータツオ)まあ、でもそうですよね。ジュリーって言われると、イケメン・・・まああと、なんかね、ジュリーの歌を歌っていたんじゃないか?とかね。諸説ありますけど。
(飯倉義之)まあ、長髪っていう説がいちばんかな?っていうのがあるんですけど。
(サンキュータツオ)たぶんその、顔がきれいかどうかはちょっと、わからないんじゃないですかね。遠巻きだと。
(小林悠)やっぱりその響きでもっとこう、夢の様な世界が広がっていきますよね。いろいろ想像しちゃいますよね。
(サンキュータツオ)そこが小林さんの乙女なところ。
(飯倉・小林悠)(笑)
(サンキュータツオ)そうですよね。亡くなった理由も、いくつかあるんですよね。
(飯倉義之)そうですね。あの、これはもう冗談だろ?っていう他ないんですけども。『保健所の人が「こうやって不潔にしていると体に悪いから」って言ってジュリーを入浴させてあげて。髪を切ったら体を守る防寒の垢と髪の毛がなくなってしまったので凍死した』っていうのが。
(サンキュータツオ)(笑)
(小林悠)そんな弱いわけないじゃないですかー。
(サンキュータツオ)いやいや、わからないですよ。
(飯倉義之)チワワぐらい弱いってことになっちゃいますからね。
(サンキュータツオ)(笑)
(小林悠)プルプル震えちゃいますよ(笑)。
(サンキュータツオ)たしかに。まあでも、それ、どれひとつとして確実なものがよくわからない。
(飯倉義之)そうですね。確実なのはずっと四条河原のあたりを放浪していて。最終的に公園で亡くなっていたというところは確実なんですけども。
(サンキュータツオ)そうなんですよね。
(飯倉義之)で、こういった、たとえば大会社の社長で贅沢三昧だったのに、もうなにもかも、そんなのは虚しいって言ってホームレスになって暮らしているみたいなストーリーって、結構私たちの世の中にあふれていて。たとえば、『大会社の重役に地位を捨てて田舎暮らしを始めたロハスな生活の○○さん』なんて。よく、紹介されそうですよね。
(サンキュータツオ)ありますよね。
(小林悠)ああー。
(飯倉義之)そういう風に考えて物語に落としこむと、いろんなことが私たち、スッと納得できるんですね。それが話型というもので。お話のパターンが世の中にいっぱいあって。文化の中に。で、それを、なにか理解できないもの。たとえば、道端で寝っ転がってゴミを漁る生活をしたいっていうのが理解できない。まあ、いろいろあるんですよね。事情は。借金とか。ちょっと、病とか。でも、それは私たちが、『贅沢三昧していた人がその暮らしに飽きて、なにもかも世の中を捨てた』っていうお話のパターンで理解すると、『あ、あの人は偉い人だ』という風にスッとこう、暮らしの中で納得できる。
(サンキュータツオ)うん。
(飯倉義之)で、1個言えるのは、それで貧困の中で苦しんでいる人がいるってことをちょっと隠しちゃうっていうこともあるんですね。自分たちが、それを直視するのはちょっと嫌なんですね。やっぱり。そこでお話を使うことによって、それを自分の理解しやすいように、自分の心地いいように作ってしまう。
(サンキュータツオ)ああー。
(飯倉義之)これ、逆に働くと、誰かを攻撃するようなデマができてしまうんですね。
(サンキュータツオ)なるほど、なるほど。そっかー。
(飯倉義之)芸能人の方、よく言われますよね。なんか、裏で悪いことをしているとか。そういうのも、あいつらがなんか派手にやっていて、やっかみらしい。じゃあ、攻撃できるような話をフッとふられると、そこで納得しちゃう。
(サンキュータツオ)美談もそうですよね。
(飯倉義之)そうですね。
(サンキュータツオ)根拠の無い美談とかもまあ、一人歩きしちゃいがちっていうのもありますしね。
(小林悠)でもあの、本当はホームレスなんだけど、実はお金持ちで・・・みたいなそういう物語の体型ってすっごい昔から日本人、好きな話じゃないですか?
(飯倉義之)そうですね。
(小林悠)本当はお釈迦様の生まれ変わりなんだけど、親切にしたら後々、幸せになっちゃいました、みたいな話とか。結構そういう物語、日本人好む傾向があると思うんですけど。
(飯倉義之)そうですね。他所から、ここではないところから誰かがやって来て、その人を親切にした人は後で褒美がもらえ、意地悪にした人は後で罰せられるっていう、異人歓待とか異人訪問譚っていう。これはもう、神話とか昔話の世界からあるお話のパターンなんですね。だから日本人は、少なく見積もっても1200年ぐらいはこのお話のパターンを喜んで受け入れて。
(サンキュータツオ)そうなんだ。ええー!先生は、普段はどんな研究をなさっているんですか?
(飯倉義之)普段は口承文芸で、昔話や伝説や世間話っていうものを、まあ日本の文学の中で考えてみる。
(サンキュータツオ)ええーっ!
(飯倉義之)で、特に現代について関心がありますので。たとえばあの、学校の怪談ですとか、都市伝説なんかも民俗学では世間話。現代にある記事異聞の一つと考えるんですね。なんで、そういったことについても研究をしています。
(サンキュータツオ)ええー!?
(小林悠)トイレの花子さんとかですか?
(飯倉義之)人面犬ですとか。
(サンキュータツオ)妖怪とかにも興味、あるんですか?
(飯倉義之)そうですね。あの、そういった世間話って珍しい話とかなんで。で、珍しい話だと、怪談ってやっぱり人気があるんですよ。で、その中で妖怪なんかについても、いま妖怪バブルが来てますけども・・・
(サンキュータツオ)(笑)。たしかに妖怪バブル、来てますね。妖怪ウォッチでね。
(小林悠)そうですね。
(飯倉義之)実は妖怪って、あんまりフォークロアの世界では目撃されていないんですよね。なんか、気配がしたとか、音が出るとか、夜中通ったら声をかけられるとか。でも、いまのブームの中の妖怪って、もう姿形があって、名前がついていて、謎の能力が提示されているっていう形になっていたり。
(サンキュータツオ)もっとなんかビジュアルに訴えかけてくるものって感じですよね。
(飯倉義之)だから、お話の話型っていうんじゃないですけど、妖怪を見るのに妖怪図鑑的な見方ができてるんだなっていう。妖怪観の変化にはちょっと興味が強くありますね。
(サンキュータツオ)ああー!なるほど。それは、昔はそういうのは気配だったんだ。全部。
(小林悠)人間、本能的に怖いんですかね?
(飯倉義之)で、あと、恐怖を呼ぶものって、妖怪なんですけども。だいたい、ババア、ジジイ、坊主、小僧なんですよ。
(タツオ・小林悠)おおー!たしかに。
(飯倉義之)『○○侍』とか、いないんですよ。
(サンキュータツオ)たしかに、いないですよね。社会的弱者っていうとあれですけどね。
(飯倉義之)あと、女性も多いですね。女。濡れ女とか。針女とか。なので、これ、いまタツオさんがおっしゃった通りに、社会の中心にいるものが排除している人たちをそこに投影するんですね。だから、普段、自分たちが中心にいるって考えているのが成人の男性で。その人たちが、自分たちが虐げているものに復讐されるのが怖いんですね。
(サンキュータツオ)ああー。後ろめたさがあるから、そういう話が生まれてくるっていうことなんですね。
(飯倉義之)自分たちと違う人たちっていう他者観もありますし、なににやられたら怖いか?っていうと、その人たちが戻ってくること。自分たちと同列のやつらがやるんだったら、やるかっていう感じになるんですけど。摩訶不思議な力でやり返されるっていうことに、倍の怖さを感じるんですよね。
(サンキュータツオ)ああー!面白い!
(小林悠)なんか潜在意識みたいなものが、そういうのに現れちゃうってことなんですね。
(サンキュータツオ)ね!まあでも、わかんないですよ。女性の社会進出が進むにつれ、男の妖怪が出てくるかもしれないですよ。
(小林悠)(笑)。その可能性も。
(飯倉義之)実際に出てきてるんですよ。
(サンキュータツオ)マジっすか!?
(飯倉義之)メディアで噂の、『ちっちゃいおじさん』。
(サンキュータツオ)ああー!ちっちゃいおじさん!
(小林悠)聞いたことある。
(飯倉義之)だから僕はたぶん、おじさんの地位が社会的に低下して。いま、メディアなんかで中心にいるのは若い女性とかイケメンなので。おじさんが周縁に追いやられていることの象徴じゃないかな?と。
(サンキュータツオ)うわー!なるほどねー!
(ナレーション)珍論文ナンバー2。『奇人論序説 あの頃は河原町のジュリーがいた』。國學院大學文学部日本文学科准教授 飯倉義之さんでした。
<書き起こしおわり>
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