渡辺美奈代さんが2026年10月6日放送の猫舌SHOWROOM『豪の部屋』に出演。吉田豪さんといまだに語られ続けている「秋元康が『夕やけニャンニャン』おニャン子クラブのプロデューサーだった」という誤解について話していました。
(吉田豪)何もわかんないままおニャン子に入って、その盛り上がりを見て。どういうような思いがあったんですか?
(渡辺美奈代)だからね、それもすごくいろんなところで聞かれるんですけど。もうね、感情もないままに走っていた。
(吉田豪)その辺の話、いくら掘られても何も出てこない感じがありますよね?(笑)。
(渡辺美奈代)本当に申し訳ないんですけど、全くなくって。
(吉田豪)覚えてない?
(渡辺美奈代)覚えてないっていうのと、もうやることが多すぎて。私の頭に残っていないんですよ。もう終わるのが過ぎていくっていう感じで。もうレールを敷かれたらその上を走るだけしかなかったんで。選ぶレールもなかった、みたいな。
(吉田豪)だから毎回のように聞かれる質問に手応えがない感じで答えてるのをいっぱい見てるんですよ。それはしょうがないですね。
(渡辺美奈代)そうなんです。
(吉田豪)だから秋元康さんの話とかを聞かれてもそんなに会ってないし、みたいな。
(渡辺美奈代)そうなの。レコーディングも秋元さん自身もお忙しかったと思いますよね。なので、レコーディングはもうFAXで歌詞が流れてくる。だから「FAXの男」って私は言ってたんです。
(吉田豪)言ってたみたいですね。
(渡辺美奈代)でも後藤次利さんは必ずスタジオに来てくれるんです。
(吉田豪)みたいですね。で、それに対して秋元さんが「それは下心があったからだ」っていうのを返してましたけど(笑)。
(渡辺美奈代)ないないない(笑)。ないです。
(吉田豪)「俺は違う」みたいな言い方をしてましたけど(笑)。それぐらい距離もあったし。
(渡辺美奈代)そうそう。で、まあ10代ですもんね。
(吉田豪)で、秋元さんも当時、まだ20代じゃないですか。
(渡辺美奈代)そうですよね。なのでまあ、子供だし。そんなね、遊びに行くこともないですしね。お話もね、そんなに……難しいですよね。合わるのは。
(吉田豪)盛り上がるわけもなく。そもそも接点もない。
(渡辺美奈代)そうですね。
(吉田豪)だからよく誤解されてるのが……いまだにその「『夕やけニャンニャン』おニャン子クラブは秋元康がプロデュースした」みたいな。
(渡辺美奈代)でもあれは本当は違うんですよね。
(吉田豪)それぐらいの感覚なんですか?(笑)。
(渡辺美奈代)違う違う。フジテレビの方と秋元さんが……。
(吉田豪)まあ、正確には笠井さんがたぶんプロデューサーとして……。
(渡辺美奈代)ねえ、笠井さん。そうですよね。
(吉田豪)当時の秋元さんはまだ若手放送作家、作詞家として売れ始めたぐらいの時期で。
(渡辺美奈代)そんなイメージでした。
(吉田豪)そうなんですよね。だから秋元さんは中核・中枢を担って何かしたわけではなく。本人もよく言ってたのが「笠井さんに言われたまま、何度も直しとかを食らいながら作詞をしていた」みたいな。
(渡辺美奈代)そう。そんなイメージでした。私も。
(吉田豪)そう。なので秋元さん、よくぼやいてるんですよ。「俺じゃないよ」っていう。
(渡辺美奈代)ねえ。でも、どうなんでしょうね? 今、同じようにね、AKBの方ともされてるから。実際はでも少し、そういう提案があったからですよね?
(吉田豪)まあ、だから放送作家的にたぶんいろんなアイディアとか出したけど。命名から何から、その全ての責任が秋元さんみたいにされていて。「俺じゃないよ」っていう。あれはだから、むしろフジテレビの企画でやってたもので。それで秋元さんがよく言ってるのはおニャン子クラブってあれだけ人気があったのにグループとしての寿命は短いじゃないですか。
(渡辺美奈代)そうなの。2年……2年半ぐらい?
(吉田豪)2年半とかですね。結局、番組が終わっちゃうとグループも終わるしかなくて。
(渡辺美奈代)そうなんですよね。
人気がなくなったわけでもないのに番組終了とともにグループ解散
(吉田豪)で、番組自体も……だから僕もよく言ってるんですけど。あれ、おニャン子の人気がなくなったとかじゃなくて。単純に司会とか、番組のシステムが変わって視聴率が落ちるとか。やっぱりね、鶴太郎さん、とんねるずさんがいる時は強いけど。それが他の人になったら……っていう、仕方ない事情に巻き込まれた形だったと思うんですよ。
(渡辺美奈代)ああ、そうですか。
(吉田豪)そう思ってます(笑)。
(渡辺美奈代)ありがとうございます。
(吉田豪)だからグループとしての人気が落ちたわけじゃないのに、それで終わっちゃったから秋元さんはその反省からテレビをかませずにグループを作ろうとして。それでやったのがAKBっていう
(渡辺美奈代)なるほど! ああ、そうなんですね。
(吉田豪)そうなんですよ。
(渡辺美奈代)なので劇場から始まったっていう。なるほど。
(吉田豪)そうです。で、時間がかかって。それで後からテレビ番組がついてくる分には、番組が終わってもそれに巻き込まれることはないっていう。
(渡辺美奈代)なるほど! 学習されたんですね。
(吉田豪)そうです。おニャン子の失敗って言っていいのか、わかんないですけど。それがあったので……っていう。
(渡辺美奈代)たしかに。なので歌番組とかもフジテレビさんが私たちのあれを持ってるので。他局さんの歌番組ってなかなかね……。
(吉田豪)そうなんですよね。あれだけ売れていたのに。
(渡辺美奈代)順位はなかなか上には上がれず。
(吉田豪)『ザ・ベストテン』とか『トップテン』とかあった時代なのに。まあソロでは出てたけど、おニャン子ではあまり出れてないっていう。
(渡辺美奈代)出れてなかったですね。そうでした。そうだ、懐かしい、そうでした。
(吉田豪)それは大人の事情がいろいろと……。
(渡辺美奈代)そうですね。大人の人ってすごい(笑)。
(吉田豪)『夜ヒット』とかに出るのは大丈夫でも……っていう。
(渡辺美奈代)そうですね。フジテレビですもんね。そうでした。あらま!
(吉田豪)「あらま」(笑)。
(渡辺美奈代)そうだった。

なにかあるたびにこの誤解の話が出てきて、秋元さん的にもちょっと気の毒ですよね。『夕やけニャンニャン』おニャン子クラブを作ったのはフジテレビ!