町山智浩 映画『トロフィー』を語る

町山智浩 映画『トロフィー』を語る こねくと

町山智浩さんが2026年6月23日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『トロフィー』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日もね、日本映画なんですが『トロフィー』という日本映画を紹介します。この映画はですね、主人公は14歳の少女です。もう僕からすると孫ですね。で、彼女は朝鮮学校に通っている中学生です。で、この子が日本人の女の子と友達になって。それがBTSなんですよ。BTSつながりで友達になって。で、チケットを取りたい。ただ、中学生はお金がないわけですよ。それで彼女のお父さんは朝鮮学校の校長先生なんですが。これを井浦新さんが演じてますけれども。その彼が祖国である朝鮮人民共和国、北朝鮮からもらった勲章をなんというか、ネットで売っちゃうっていう話なんですよ。チケット代目当てで。

それで「これ、どうすんの?」っていう話で。それでこれ、重い話なんですがでも、すごくかわいい、楽しい映画ですよ。この女の子たちが……まあ1人は朝鮮学校に通っていて、1人は日本の公立学校に通っていて。で、交流会をやってちょうど、なんていうかキーホルダーみたいなのをつけて、そこにBTSって書いてあるから。「私も好き、推しは誰?」とか言って仲良くなっていって。キャッキャキャッキャ、女の子同士でやって。で、新大久保に行ってね。で、いっぱい色んなコリアンのご飯、ストリートフードを食べてね、キャッキャッやっているっていう、もうその辺は楽しいですよ、すごく。

で、この主人公の女の子、ソヒちゃんを演じる人はですね、本当に新人で。当たり前ですが。14歳だから。恒那さんという女優さんですけれども。で、彼女はですね、その朝鮮学校でやっていることは朝鮮舞踊なんですね。部活なんですけど。まあそれであんまりうまくないんですよ。ところが、主役の本当に上手い子が怪我をしちゃって。で、このソヒちゃんが主役をやんなきゃなんなくなるという。で、大会が迫っている。それはコンテストなんですよ。で、優勝したいというのと、そのどうしてもBTSのコンサートに行きたいっていう話。その2つが並行して進むんですけども。

まあ、これは現代の話なんでね、昔とはかなり違っていて。これ、監督がですね、現在30代の監督でソン・ミョンア(孫明雅)監督なんです。36歳ですね。で、彼女が実際に朝鮮学校に通ってた時の思い出が元になってるんですけども。彼女が行っていたころはまだね、学校に行くのにチョゴリを着てたそうです。民族服のね。で、今は普通の他の高校生とかと変わらない格好なんですね。だからもう、わからないわけですよ。だけど、小物なんかにね、ハングルが刺繍してあったりして。それをちょっと人から見えないところに隠したりするっていう。やっぱり差別があるからね。はい。だから昔、東京でもチョゴリを着て通ってる子たちがいましたけど。僕が若かった頃はね。

その子たちは結構、勇気が必要だったと思いますよ。嫌がらせとかも受けたりしてね。で、まあこのソヒちゃんが朝鮮舞踊を踊るんですが、それにもいろんな葛藤があるわけですよ。まず、そういう踊りってどう思います? これね、まあすごく悪い印象としては喜び隊だと思われるんですよ。そういう葛藤もあるし。ましてやもう、テレビとかで「北朝鮮のミサイルが発射されました」っていうニュースやってるわけですよ。

で、もちろんその昔と違って現在は拉致事件もありましたしね。で、北朝鮮というのは実際はどういう国なのかっていうことがかなり報道されて、かなりわかるようになっていたんですね。僕が子供の頃はそれ、わからなかったんですよ、全く、何が起こっているか。で、わからなかったから朝鮮籍の人たちが日本から北朝鮮に渡って、それで大変な目に遭っていましたね。収容所に入れられたり、殺されたり、人質に取られたり。全然わかんなかったんです。何が起こってるか。

でも今はもう丸見えじゃないですか。だからその中でその朝鮮学校に通ってる子たちって、ものすごい……なんていうか、学校で教えられることとテレビとかで報道されてることが全然違うわけですよ。たとえば朝鮮戦争はどうして起きたかとか、そういうことでもその解釈が違うわけですよ。絶対、学校側のストーリーと。だからその中で引き裂かれながら育っている少女なんですね。

父親は朝鮮学校の校長先生

(町山智浩)だからそのお父さんがね、朝鮮学校の先生なんですよ。井浦新さんが。だからその立場で言うわけですよ、オフィシャルな話を。朝鮮学校側の。家でもね。でも子供としてはネットを見たりしてみんな、知ってるわけですよ。テレビでもやってるし。だからお父さんがなんかそういう、まあ先生としてのね、北朝鮮政府の教育方針に則った形でしゃべったりするとね、「そんなに北朝鮮がいいんだったら、帰れば?」とか言うんですよ、この子。ソヒちゃんはお父さんに。「なんか言ってること、おかしいんじゃねえの?」みたいに思ってるんですよ。その辺がもう、ちゃんと描かれてる映画なんですね。

これ、ものすごくつらいところですよね。これね、監督のお母さんが本当に朝鮮学校の先生だったそうです。ソン監督のお母さんは朝鮮学校の先生だったんですけど、もういろいろ大変で。まずその頃、日本人拉致問題が明らかになって。それを北朝鮮政府も認めるという形になって。それまでずっと、そういう話はあったんだけど、認めなかったんですよ。朝鮮学校も。「それは嘘だ」と。でも、これを政府が正式に認めたって形で、今まで学校の先生が生徒たちに教えてたことは嘘になっちゃったんですよ。

それで先生に対する信頼もなくなっちゃうし。先生自身も自分でそう信じて言っていたから、先生自身も自信を失っちゃうんですよ。っていったことがね、本当にこれ、知られてないことなんですけど。本当に内側からそれが描かれてて。これはちょっと、なかなかすごい映画ですよ。

それでよく「韓国、朝鮮、コリアンの人なんか会ったこともない。知らないよ」とか言う人いるけど、絶対にそれはないですから。絶対、人生で10人以上は会ってます。友達だったりしますよ。知らないだけです。それはもう、知らないだけなんで。でも、このソヒちゃんはもう一つ、大きい問題が書いてるんですよ。朝鮮学校で働いているお父さんだから、お金がないんです。校長先生だけど。要するに、日本の公的機関からお金が流れないんですよ。朝鮮学校って。

今、すごい問題になってる高校の無償化問題からも朝鮮学校は除外されてるんですけど。だから、彼らはその在日の人たちの助け合うお金だけでなんとかやっているから、お金が全然ないんですね。これね、お母さんを市川実日子さんが演じてるんですけど。ソヒちゃんのお母さんは、韓国籍にしてるんですよ。で、まあ南北が分断された時にどっちかを選んだんですね。日本に在日の人たちは。で、その時か、その後か、韓国籍にした方が生きやすいんでそっちを選んだのがお母さんで。で、ずっとその井浦新さんを支えてきたんだけど、さすがに生活が苦しくなってくるんですよ。

洗濯機が壊れても買えないし。で、その辺が家庭内でも夫婦間でもうまくいかなくなってきて、結構どんどん大変なことになってはいくんですけど。でもまあ14歳の少女が主人公だから、見ていてそんな辛くないですよ。かわいいから。彼女の視線だけで描かれてますから。で、ただね、この朝鮮舞踊を踊るんですけど。踊りの先生が「全然踊れてない」って言うんですよ。で、「この踊りは朝鮮っていう国、祖国への思いがないと踊れないのよと。あなたは全然、ないでしょう? 祖国への思いが」って言うんですけど、あるわけないですよね。だって日本で生まれて日本で育って。お父さんも日本で生まれて日本で育ったんだもん。そんなもの、全くないし。

で、彼女のそのひいおじいさんか。四世だから。出身地が済州島なんですよ。で、実は日本にいる朝鮮籍の人たちも多くは済州島とか、南の出身です。その国籍を選ぶ時に韓国籍にしなかっただけです。だから北には何のルーツもないんですよ。それなのに「祖国だと思え」って言われるわけですよ。で、彼女はそのお父さんにも……まあ娘って、お父さんにひどいこと言うね。「そんなに祖国がいいんだったら、北朝鮮に帰ればいいじゃないのよ」とか言うんですけど。お父さんにとっても別にそこは本当の意味で故郷でも何でもないんですよ。

「帰れ」って言っても「帰るってどこよ? 日本で生まれ育ってんのに」っていう。だから彼女は「私にとって祖国って一体、何だろう?」っていう大きい問題と直面するんですよ。それがわからないと、踊れないんですよ。これ、歴史とも向かい合わなきゃいけないんですよ。だからその移民の人って、韓国だけじゃなくて、いろんな国の人たちがいるんですけど。日本にいて日本人でいるっていうことはあんまり、ただそれだけでは何も考えないでいいんですけど。まあ沖縄だったり、韓国だったり、どこでもそうなんですが。そういうマイノリティとして……僕なんかそうですけど。生まれ育つともう存在そのものが政治的にならざるを得ないんですよね。歴史の過程の中でいるわけだから。

それをこの14歳のソヒちゃんは、まあそれと向かい合うということになっていくんですけども。で、まあ彼女はお父さんの勲章を売っちゃうわけですよ。朝鮮政府からもらった勲章を。で、彼女自身はちょっと反抗心があるわけですね。でも、それが大変なことになってくるんですよ。で、それを売った人たちを探しに行くと、驚くべき真相が明らかになっていくんです。

誰が勲章を買ったのか?

(町山智浩)「誰が買ったのか?」ってことですよ。朝鮮の勲章ですよ。で、それを探し求めていくんですよ。このソヒちゃんと、その友達の日本人の未来ちゃんの2人で。それで、ちょっと深いウサギの穴に入っていくんですよ。僕もこれ、知らなかったので、ちょっとびっくりしましたよ。闇の世界に入っていくんですよ。一種の。これ、ちょっと驚きでした。「本当?」とか思って監督に「本当なんですか?」って聞いたら「本当です」って言われて。「その人たちにちゃんと映画の制作の協力もしてもらいました」っていうのでギョギョギョと思いました。

またそれが彼女にものすごいショックを与えるんですよ。本当にもう、踊れるようになるの?っていうね。それでお父さんの心を折っちゃったんだけど。それはなんとか治せるの?っていうことですよね。お父さん、もう本当に娘に勲章売られちゃったんで、もうくじけちゃうんですよ。だって普段からその自分の信じている祖国が本当に正しいのかどうかっていうので毎日、鞭で打たれてる状態ですから。お父さんは。そこで娘に勲章を売られちゃうんだもんね。これはもうお父さん、心がボキッと取られてますから。という話なんですけれども。これね、別にその朝鮮とか韓国とかに興味ない人でも見てほしいのは、これはやっぱり父と娘の物語だと僕は思ったんですよ。親子の話でね。

で、タイトルが『トロフィー』っていうタイトルなんですけれども。この『トロフィー』っていうタイトルの意味が最後にわかった時、僕は本当に号泣しました。で、監督にそう伝えたんですよ。「本当にもう最後、号泣しました」っつったら監督は「ああ、そうなんですか」って。いや、これは娘にはわかんねえんだ、親の気持ちは(笑)。もうね、でもこれは井浦さんが良かった!

れはね、やっぱりね、お父さんの気持ちで見ていただきたいなと僕の世代からは思うんですけど。ただ、娘さんからまた別の……監督は娘さんの側で撮ってるんでね。だからまあそういう意味でね、本当に世代を超えてぜひ、それこそ国籍も全部超えてね、見ていただきたいですね。だから「祖国って何なの?」っていうのは、実はそれは言わないですが。どこにあるのか?ってことですよ。それは、探さなきゃなんないんです。たぶんそれは人はみんな、そうなんです。全ての人が。僕なんて韓国人として日本に生まれて、日本国籍を取って、アメリカに住んで、アメリカで家族を持ってるわけで。じゃあ、僕にとっての祖国って一体何なのか?っていう話になるわけですよ。それは誰でも考えなきゃいけないことだと思います。はい。ということでね、この『トロフィー』っていうタイトルの意味をぜひね、見ていただきたいと思います。

映画『トロフィー』特報

アメリカ流れ者『トロフィー』

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