町山智浩さんが2026年5月19日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『OXANA 裸の革命家・オクサナ』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日もね、フランス映画なんですけど。『OXANA 裸の革命家・オクサナ』という映画をご紹介します。
(町山智浩)はい。いきなりすごい音楽でしたけど。これはね、スペインのインダストリアルバンドのトキシック・アーミーというバンドの『Oksana』という歌で。この今日紹介するオクサナという人はまあ活動家でもあって、アーティストでもあった人なんですけれども。彼女が亡くなった直後にですね、彼女に対して捧げられた歌が今、流れてる曲なんですよ。これはオクサナ・シャチコさんという人で。オクサナ・シャチコさんっていうと、日本人みたいに聞こえますね。
この人はですね、ウクライナでその頃、ウクライナがロシアの支配下に入っていた時にですね、プーチンに対して激しい戦いを挑んで。その後、非常に若く、2018年に31歳でお亡くなりになった女性なんですね。この人が世界的に有名だったのは彼女、抗議活動の時におっぱいを出したことです。もうマスコミがバッと来てるとこでおっぱいをペロッと出して。そこに「プーチン独裁者」って書いてあるわけですよ。そういうことをやったんで、スケベな親父とかは結構知ってる人なんですが。
ただこの人はなぜ31歳で亡くならなければならなかったのかということを彼女の生涯を追っていくという映画なんですね。フランスで作られた映画で。この人は何をしたかというと、一番最初にこの人、オクサナさんが注目されたのはですね、ウクライナが……まあソ連が崩壊して、ウクライナがそこから独立してしばらくやってたんですがその頃、ウクライナは貧しかったんですね。で、何が起こったかというとまあ大変なセックスツーリズムの場所になっちゃったんですよ。まあ、物価が安いですからね。
だから西側諸国との間に経済格差があって。西側諸国の人たちがその頃、これはロシアもそうだったんですけども。ロシアやウクライナに女の子を買いに行ってたんですよ。これがものすごい規模だったんですよ。だからその当時、ロシアとかウクライナのホテルに旅行した人だったら知ってると思うんですが。そういった人たちがよく言っていたのはホテルのロビーにとにかく綺麗な女の子がずらっと並んでいたという。高級ホテルですよ。そういう場所になっていて、それを政府が放任していたんですよ。
それに対してこのオクサナさんはその頃、大学生だったんですけれども。「こんなのはおかしい。なぜ放置してるんだ? ウクライナは世界の売春宿じゃない!」というので抗議運動を起こしていって。その過程でテレビが来てるところでおっぱいを出しちゃったんですね。ということなんですけど……これは今、日本でも起こってることですね。
これ、一番の問題は経済格差が他の国との間に激しく起こってしまったってことがあると思うんですよ。日本が安くなっちゃった。で、ウクライナもそうだったんですね。で、また日本と同じでウクライナもですね、その時にそれを買う人たち、買う男たちを全く取り締まらなかったんですよ。それに対してこのオクサナさんと大学生の友達たちが抗議運動を起こしたということがまず最初なんですね。
ウクライナのオレンジ革命
(町山智浩)で、こういったことがウクライナで起こった理由は実は彼女がその高校生ぐらいの時、ウクライナでは2004年にオレンジ革命というのが起こるんですよ。それはですね、ウクライナって一応、独立したんですけどずっとロシアの支配下に実際は置かれている形だったんですね。衛星国家みたいな感じだったんですよ。で、その与党の現職のヤヌコビッチ大統領というのは一応、独立国にも関わらずそのロシア、プーチン大統領の言いなりだったんですね。
で、それに対して「ウクライナはロシアの支配下から脱出して、ヨーロッパ・EUに加盟しよう」という野党が出てきて。で、2004年に大統領選があったんですけども、この現職のロシア派・プーチン派のヤヌコビッチが勝つんですね。ところがその後、いっぱい選挙の不正が出てくるんですよ。で、いろんなところで不正をヤヌコビッチがしていたことが発覚していって、国民がものすごくデモを起こしてですね。「もう一回、選挙をやり直すべきだ」ということで。もう、それには耐えられなくなってとうとうもう一回、選挙のやり直しをするんですよ。ウクライナで。そしたら、今度はその野党の方が勝つんですね。これがいわゆるオレンジ革命と言われるものなんですよ。
で、これをそのオクサナさんたちが10代の時に体験してですね、「もうウクライナは変わっていくんだ」ということでなんというか、そういう運動を起こしたんですけど。ヤヌコビッチ大統領はその後、また大統領に返り咲いちゃうんですよ。なのでその中でオクサナさんはヤヌコビッチ大統領の体制とその裏にいるプーチンと戦い続けるという形になってくるんですね。
で、オクサナさんが学生たちと一緒に作った女性解放運動団体は「フェメン」という名前なんですけど。これはフェミニズムから作った言葉なんですけどね。存在しない言葉です。フェメンというグループを作って、まあ最初はそういった形でセックスツーリズムとかと彼女たちは戦っていたんですよ。ところが、やっぱり最終的にはその背後にいる巨大な体制であるロシア、プーチンとの戦いになっていくんです。
で、またこのフェメンがすごく人気が出てきて。少しずつ賛同者が全世界規模に広がっていくんですよ。で、さらにそのロシアでプーチンと戦ってるもう一つのフェミニズムグループでプッシーライオットってご存知ですか? で、そのプッシーライオットとも共闘することになって女性たちがプーチンと戦うという形になっていくんですけど。その中で、ウクライナの隣国のベラルーシに行って……ベラルーシにも独裁者がいてですね。それはルカシェンコ大統領っていうんですね。そこで反プーチン、反ルカシェンコのデモをやっていたら、捕まっちゃうんですよ。
これはその昔、KGBって言われていたロシアの保安局が彼女たちを捕まえて。それは2011年の12月だったんですけれども。彼女たちを寒い森の奥に連れていって「そんなに裸になりたいんだったら、裸にしてやる」って脱がして。で、頭からガソリンをかけたんですね。で、「火をつけるぞ!」って言って脅したところでそのまま森に放置したんですよ。凍死する寸前だったみたいですけど。で、最初はそういう形でやってたものが非常に危険な状態になってくるんですね。彼女たちの活動が。
で、しかもウクライナはまだその頃、返り咲いたロシア派の大統領が支配しているんで、ロシアの諜報局もウクライナで彼女たちに対して圧力をかけていて。それでもね、彼女たちはプーチンに対する反対運動を続けて。ドイツでやっぱりおっぱいを出してるんですよ。プーチンに直接、対峙してオクサナさんは。で、まあそういうことをやってたんでとうとうね、プーチン側、ロシア側からテロ組織扱いをされてしまうんですね。で、フランス大使館に逃げ込んでフランスに亡命しました。
というね、なんかさっきの映画じゃないですけど出来事の数が多すぎて。次から次に展開するという感じになってるんですよ、この映画。で、「今の一体、何だったの?」と思うんですけど、もう次に行っちゃってる感じがちょっとあってね。そのぐらい波乱万丈な女性だったんですね。で、今度フランスに行くと彼女たちフェメンの活動はすごい有名になっていて、フランスにも支部ができてるし。ヨーロッパ全体、各地に支部ができてるという巨大組織になっていくんですけども。そうしたらですね、このリーダーであるオクサナさんはこのフェメンから外されていっちゃうんですよ。
これ、こういった運動ではよくあることですね。言い出しっぺがだんだん弾かれていくっていうのは非常によくあることですけども。この場合ね、フェメンがどんどん政治活動団体として政治活動が中心になっていくんですよ。ところが、オクサナさんは実はそういう意識はなかったんですね。彼女はそのセックスツーリズムに対する怒りからこの運動を起こしたんですけども。でも彼女はもともとね、芸術家だったんですよ。アーティストで。これね、この映画の中でそのオクサナさんの子供の頃が描かれるんですけど。ものすごく貧しくて。父親は酔っ払って働かなくてね、お母さんを殴ったりしてるんですけど。
ところが彼女、オクサナさんはものすごく絵が上手かったんで。で、そのロシア正教の教会の非常に真面目な熱心な信者だったんで、教会の宗教画を描き始めるんですよ。非常に幼い頃から。これはね、ロシア正教においてイコンという言われるものなんですが。キリストやマリア様やいろんな聖人、セイントとか天使とかの絵を板に描いていくという芸術なのかな? なんですけれども。彼女は天才的で、小さい頃からその描いた絵を教会の司祭が売りさばいていたというぐらいのプロ級の腕だったんですね。
で、真剣にそのイコンの勉強もしてですね、完全にプロのイコンアーティストだったんですよ。ただね、彼女は「これはおかしい」と思い始めたんですね。これね、イコンって非常に奇妙なもので。見るとわかるんですが、いわゆる普通の絵じゃないんですよね。これ、デッサンが間違ってるんです。これね、要するに西洋においては人間が正しい形で……いわゆる解剖学的に正しく描かれるようになったのってルネッサンスからなんですよ。
古代ローマでは正しく描いているんですが、ただ古代ローマとルネッサンスの間のいわゆる中世と言われる時期は全くデッサンができてなかったんです。その頃に描かれたんですよ。もともとのイコンと言われる絵は。で、その全くちゃんとした絵のデッサンとかをしない、素朴な信仰心によって描かれた絵こそが素晴らしいのだと。で、その中世に描かれた絵を徹底的に模倣するのが正しいイコンアーティストの仕事なんですね。
だから現代的な、たとえば要するにルネッサンス期とそのイコンの決定的な違いはルネッサンス期の絵というのはマリア様やキリストを生きてる人間のように描くんですよ。ところがイコンはそうじゃないんですよ。平面的でしょう? でも、それによって逆に生じるものがあって。それは聖なるものとしての崇高さなんですよ。人間として描かないから。これは非常に奇妙なアートなんですよ。で、自分の芸術的な創造性を加えちゃいけないんです。それを彼女は徹底的にやってきたんですよ。
それでイコンというのが面白いのは「描いた」って言わないんですよ。「奇跡が現れた」っていう風に言うんです。イコンを完成させることを。人間の体を通して神の奇跡が現れたという風に考えるんですよ。イコンって。で、彼女はそういうところでずっと縛られてきたんですけども、まさにそれは旧ウクライナ、旧ロシアの価値観の中で生きてきて。で、革命によって彼女は目覚めて。それで自分のアートをやろうとしたのが裸になることだったんですよ。
ところが今度はそれが政治という文脈になると、彼女自身がやろうとしたことと違ってきちゃうんですよ。で、彼女はそのフランスでアーティストになろうとして。「私は活動家じゃない」って……これ、『裸の革命家』ってタイトルになっているんですけども。「私は政治活動じゃなくてアートとしてやりたかったんだ」という話になってくるんですね。そうすると今度は「なんだよ。政治はお遊びかよ?」みたいなことを言われるんですけどこれもちょっと違っていて。彼女自身が、映画の中では出てこないんですが残している重要な言葉があって。「私にとって芸術というのは常に革命なんだ」って言ってるんですよ。つまり彼女の中では革命と芸術って一つのものなんですよ。
今まで、型通りの絵を描いてきた彼女が言ってるのは「芸術は革命的でないと芸術ではない。そうでないものは職人技でしかないから、工芸なんだ」。もう型通りの物を大量生産する人っていますよね。中国とかに行くと、いわゆるアートとされてるようなものだけどそれを100も200も作るわけですよ。素晴らしい絵とかを。でも彼らはアーティストじゃないですよね。芸術家じゃないですよね。職人であり、工芸家じゃないですか。決められた通りにやるから。
だから、それがアートになる時はそこに何らかの革命があるんだって彼女は言ってるんですよ。なるほどな。だから彼女の中では一つなんだけど、人はそういう風に一つだと思わないんですね。周りは。
それで彼女はね、実はそのイコンアーティストとしてフランスで活動し始めて絵が売れ始めるんですよ。そうすると彼氏が「ああ、もう絵が売れてんだからさ、芸術家になってさ、政治とかやらなきゃいいじゃん」って言うんですよ。でも、それも違うんですよ。一つなんですよ。
だから今、ミュージシャンの人とか漫画家の人とかが政治的な……今、日本は本当に政治がおかしくなってるから。さっき言った選挙不正もね、証拠が出てきて。国会で大変に追及されてますけどね。でも、「それに対して何か言え」っていう人と「『何か言え』って言われてやるのは違う」って人たちがいるじゃないですか。でもやっぱりね、その世の中がおかしい時にそれに対して何も感じないっていう鈍感さでは、いいアートはできないよね。
世の中がおかしい時、人が困ってる時にそれに対して鈍感でかわいいラブソングを作ってる人は、それは職人だけどアーティストじゃないんじゃない?って。あとはね、ラブソングを作ってもその中にちょっとメッセージが入っちゃったり……あれはね、入れてるんじゃなくて入っちゃうのがアーティストだと思うんです。要するに感受性が鋭いからこそ、世の中を無視しないで世の中で起こっていることをアートに反映せざるを得ないのがアーティストだろうと。ただ、それだけ繊細だとやっぱり傷つきやすいんですよ。
っていう映画がこの『OXANA 裸の革命家・オクサナ』という映画でしたね。そういうこともいろいろ考えさせられる映画でしたね。芸術家、政治家って、そうじゃないんじゃないのかと。やっぱり人間がやることだから、そこに境目はないんじゃないかなとかね。いろいろ思いました。はい。