町山智浩 映画『落下音』を語る

町山智浩 映画『落下音』を語る こねくと

町山智浩さんが2026年3月31日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『落下音』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はですね、楽しくみんなが見れるっていう映画じゃないんですが、ちょっとこれは紹介したいというのがありまして。2本、紹介します。1本目は『落下音』というドイツ映画です。この映画はですね、ホラー映画なんですね。一応、ホラー映画ということで。

ただ、ホラー映画というとお化けが出たり、サイコキラーの怖い連続殺人鬼が出たりするんですけど、そういうのは一切ないです。人怖系……まあ、難しいところです。これですね、ドイツの4つの時代の4人の少女が主人公なんですよ。で、第1の時代は1910年代。これ、第一次世界大戦中です。

で、もう一つの時代はナチスドイツ政権下で戦争中の1940年代。で、もう一つはナチスの後、ソ連が入ってきてドイツは東西に分割されたんですね。で、この舞台となる街は東側、東ドイツで共産圏だった時の1980年代。それが3つ目。で、4つ目は現在のドイツです。それぞれにそれぞれの時代の少女が出てきて。これは一つの農家が舞台で、彼女たちはみんな、血が繋がっている状態です。100年ぐらいの歴史の中で4つの時代で4人の少女たちの物語なんですね。

で、この4人の少女はそれぞれ死に魅了されてるんですよ。たとえば1910年代の少女はその頃、ドイツでは死後家族写真っていうのがあって。人が亡くなった時、遺体と一緒に家族写真を撮るっていう文化があって。たとえば、だから息子さんが亡くなっちゃった時は息子さんに正装させて椅子に座らせて。全員で家族が並んで家族写真を撮るんですよ。

で、場合によってはまぶたを縫って目を開かせて、本当に生きてるように撮るんですよ。で、その写真に取り憑かれるんです。その1910年代のアルマという7歳の女の子が。で、自分で死体のふりをして、そういう写真のポーズを真似したりするんですね。で、その第一次世界大戦の後の、第二次世界大戦のナチス政権下ではですね、エリカという思春期の女の子が第一次世界大戦の時に足を切断したおじさんに取り憑かれて。

そのおじさんの真似をして。足を自分で縛ってですね、松葉杖で歩いてみたりして。まあそういう、そのおじさんが足をなくしてしまった理由っていうのも恐るべき理由なんですけれども。まあ、そういった形でまたこのエリカちゃんも大変な運命になってくるんですが。他の2つの時代の女の子たちも死を夢見たり、死を想像したりするんですね。これ、一体何だろうと思うんですけれども、この映画ね、その想像するところがすごくよくできているというか、怖くて。

映画全体がどこまでが現実なのか? どこまでが妄想でどこまでが夢なのかをわからなくしてるんですよ。これ、どうやっているかっていうと、ピンホールカメラというもので撮影してるんですよ。ピンホールカメラってね、子供の頃に学校の理科の実験でやったことがある人、いると思うんですよ。箱に針で穴を開けて。そうすると、そこからその針の穴がレンズの代わりをして、反対側に画像を映し出すっていうシステムがあるんですね。光の屈折で。で、それをそのデジタルカメラにつけて撮影してるんですよ。

1回、正対した絵をひっくり返して、それをさらにデジタル化して。上下ひっくり返すんです。ピンホールカメラって上下がひっくり返るんで。その話も出てくるんですけど。これ、だから本当に画がボヤボヤッとしていて。なんかこの映画全体が心霊写真みたいなんですよ。この映画ね、何が難しいってねその4つの時代をポンポン飛んでいくんですけど、飛び方が連想ゲームのように飛んでいくんですよ。1個ずつじゃないんです。

それは意味があるんだけど、その意味が何なのかは見ないとわからないんですよ。その4つの時代を飛んでいく。しかも、たとえば1980年代のアンジェリカちゃんのシーンに1940年代の女の子のナレーションが乗っかったりして。音と画面も合ってないんですよ。それもわざと合っていない理由があるんですが、それより一番怖いのはこれ、『落下音』っていうタイトルなんです。「落下」ってのは「Fall」なんで、落下と崩壊は英語やドイツ語では一つの言葉なんですよ。

で、ずっと画面で何でもない女の子たちの戯れとかが映されている間に音がゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ってなっていて。何かが崩壊していく音がずっと高まっていくんですよ。これ、怖いんですよ。で、この音が一体、何の音か?っていうと落下音、崩壊音なんですけども。これは彼女たちの心が砕けて崩れていく音なんですよ。

女の子たちの心が崩れていく音

(町山智浩)で、それは一体何なのか? この子たちはなぜ死に取り憑かれて、なぜ心が折れていってしまうのか?っていうと、それははっきり言って男尊女卑が原因なんです。これね、1910年代のドイツの田舎の方では女性たちにほとんど何の権利もなくて。たとえば恋愛結婚なんてありえなかったし。14、5歳ぐらいになると誰かに結婚させられるか、女中にさせられるんですよ。

で、女中として売られた先では全く人権がなくて。はっきり言って、その家の男性の慰み者になるんですよ。で、そうするとまあ妊娠したりしますよね。そうならないように不妊手術を強制されたり、まあ人間としての価値が全く認められてない社会なんですね。そこに生きてるわけだから、生きてるか死んでるかわからないんですよ。自分たちが。

先のことを考えられないんです。だから、女の子が死んだふりをしたりするんですね。で、それは1910年代の話ですけど1940年代はナチスの時代ですからまた、ひどいわけですよ。で、それだけじゃなくてそこの地域はソ連軍に占領されるんですね。これ、実はソ連軍はものすごい数のレイプをやったんですよ。ドイツに対して。で、レイプされた少女たちとか、レイプされそうになったり、それを恐れた少女たちが集団自決をしてるんです。川に飛び込んだりして。

で、実は万単位で集団自決が東ドイツ側ではあったんですよ。その後、1980年代の東ドイツではその集団自決やソ連軍によるレイプが完全なタブーになっていて。それ自体を語ることが許されなくて。その体験をした人、その記憶を持ってる人たちはそれを記憶の奥に押し込めて、みんなおかしくなっていくんです。だからこの映画におけるその呪いであるとかホラーはドイツっていう国の女性たちが味わった歴史なんですよ。

これはすごい映画で。これ、監督はですね、マーシャ・シリンスキさんという女性なんですけれども。ドイツの田舎に行って色々調べてみたら、いろんなものが出てきて。で、記録とかを見たら恐るべきことがわかって、それを映画にしていったと言ってるんですけども。で、これ、『落下音』というタイトルなんで映画は2時間半もあるんですが。最後の30分で本当に落下が始まるんですよ。この少女たちがみんな、それぞれの違った意味で落下をし始めます。これはちょっと画面を見てもらわないとわからないんですが。ただ、その落下は悪いものとは限らないんです。

それはそれぞれの少女たちで違いますんで、映画を見てもらうしかないなというところで。説明しにくいんですが。そういうなんか歴史の映画でありながらホラーであって、女性映画であるというね、ちょっとすごい映画が『落下音』という映画でした。

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『落下音』予告

アメリカ流れ者『落下音』

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