ジェーン・スーさんが2026年1月13日放送のTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』の中で訃報が伝えられた久米宏さんを追悼していました。
(ジェーン・スー)先ほどニュース速報でTBSラジオをお聴きの皆さんにとってはもう、親っていうのも変だし。でも親戚のすごく頼りになるおじさんって感じかな?
(山内あゆ)私たちTBSアナウンサーにとっては大先輩の久米宏さんが1月1日、肺がんのため亡くなったということがわかりました。81歳でした。簡単にプロフィールを振り返りましょうか。久米宏さんは埼玉県出身。1967年に早稲田大学を卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。『ぴったし カン・カン』や『ザ・ベストテン』といったバラエティ番組に出演し、その軽快な司会進行がお茶の間の人気を集めました。1979年に退社後、フリーアナウンサーに。そして1985年からはテレビ朝日の『ニュースステーション』のキャスターとなり、フランクでわかりやすい語り口が多くの視聴者の支持を得て、番組は18年余り続きました。
そしてその後、TBSラジオに戻ってきてくれたというのが、私たちにとってもとても嬉しいことでしたよね。TBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』は2020年まで放送され、ギャラクシー賞のDJパーソナリティー賞を受賞しています。この番組では堀井美香さんがもう抜群のパートナーとして頭角を現したと言っていいのでしょうか?(笑)。
(ジェーン・スー)ねえ。山内さんも思い出はいろいろありますか?
(山内あゆ)でも私は本当にもう、『ニュースステーション』に行ってしまって。TBSラジオに戻ってきた時に何回か、お仕事をさせていただいたというくらいなんですけど。まあ、かっこいい方でしたよね。
なにかと気にかけてくれていた久米宏さん
(ジェーン・スー)『生活は踊る』の前の『相談は踊る』の時にね、来てくださったことがあって。なんか私のことを気にかけてくださっていたんですよね、あと、東京の昭和のあの時代を生きてきた人の特有って言うんですかね? うちの父が87ですけど。それと似ているところがあって。背格好とかもそうなんですけど、どっちかっていうとまあ教養とかね、思慮深さっていうのは久米さんの方が5億倍ぐらいありますけど。何でしょうね? 照れ隠しでちょっとこう、いけずなこと、乱暴なことを言ったりとかですね。まあ本当のことを言いながらこう、自分の感情の波みたいなものは隠して。ちょっとこう、かわいらしいところがまあ、傍から見てると少しずつ漏れてはいるんですけど。本人としてはそれはあんまり悟られたくないような照れ隠しの強いところとか、そうですね。うん、うちの父とすごい似ているなっていうところもあったりして。私は勝手に親近感を持ってたんですけど。何かと気にかけてくださって。この番組が始まってからも2018年の長峰さん。
(山内あゆ)はい。長峰由紀アナウンサー。
(ジェーン・スー)が、代打を終えられる時に釧路ひめ(くしろひめ)っていう謎の料理研究家を架空に、アナグラムで作り出してですね。久米宏をいじってね。で、それを長峰さんに隠してたんですよ。で、「ゲストは釧路ひめさんです」って言って久米さんが鍋を持って入ってきたのかな? 長峰さんも久米さんが大好きだから。今、だからちょっと長峰さんのことを考えたり、堀井さんのことを考えると胸が痛くなるんですけど。
言葉を選ばず言えば、みんなに慕われていたけれど、誰にも懐かない人だったので。私が傍から見てる限りは。誰かを従えることもなければ、「久米軍団」みたいなのを作ることもなければ、イエスマンで周りで固めるようなこともおそらくなかったでしょうし。で、自分がもう表に出るタイミングじゃないなと思って、悟ってからは本当に出なくなって。たぶん、それはご本人の自由意思で、固い意志だったと思うので。そこはもう尊重というか。だからあんまり湿っぽくなりたくないこともあって。「ああ、そうですか。お疲れ様でした」っていうぐらいの感じで送り出せるといいなと私も思ってるんですよね。たぶんご本人がそういうジメジメしたものを気にいらないタイプの人だったと思うから。
そう。本当に気にかけてくださってたんだなっていうのを行動で示してくださる方で。2020年かな? 6月。伊集院さんの後に番組に来てくださって、ちょっとオープニングに出てくださったりとか。あとは堀井さんの『生活は踊る』の金曜日が2020年の9月に終わってるんですよ。で、そこから『OVER THE SUN』につながるわけですけど。で、その時もコメントくださったりとか。あと向こうの番組にも呼んでいただいて。あと番組の終わりに何か、私が甘いものとかいろいろ持って行ったことがあって。その時になんか、なんでか私も覚えてないんですけど。和菓子と一緒におこわか何かを持ってたんですよ。
で、和菓子屋さんっておこわとかお赤飯とか、売ってるじゃないですか。私、何を思ったのかおこわも持っていったら「君ね、僕はおこわが一番好きなんだよ! おこわ、美味しいよね!」っておこわを持って帰ってくださって。
久米宏からのアドバイス
(ジェーン・スー)1回だけ、ご飯を食べに行ったんだよな。堀井さんも一緒に。で、まあ憎まれ口を聞きながら、いろいろアドバイスを頂いたりして。まあ、なかなか守れてませんけど。「エンディングだけはちゃんとやりなさい」っていうのはおっしゃってましたね。「そこさえきれいにきちんと終われば聴いてる人の耳心地がいいから。バタバタバタッと終わんないで、エンディングだけはちゃんと終わりなさい」みたいなことはおっしゃっていて。それだけかな? その放送のアドバイスみたいなので私が……たぶん、他にもいろいろ言ってくださったと思うんですけど。記憶に残ったのは。
まあ、でも本当に権威みたいなものを根っから嫌ってらっしゃる方で。そこが私は本当に尊敬に値するというか。まあ人間、歳を重ねていったら軍団を作りたくなりますし。肯定されたくなりますし。一家言、何かを残したくなりますし。そうなってくると思うんですけど。そういうところに対して一切、欲を出さない美学というか。
(山内あゆ)そういうものを長峰由紀さんがすごく受け継いでるなって今、すごく感じました。
(ジェーン・スー)そうですよね。長峰さんの辞め方、完全にそうでしたもんね。「おーい! おーい、もうちょっと話、聞いてくれー!」って。でも長峰さんも全くそこは同じで。行動で愛情を示してくださる方なんで。そこはやっぱり久米さんの美学なんでしょうね。
(山内あゆ)うんうん。
(ジェーン・スー)まあ、でもたぶんここにいる……帰ってきてくれると思うんだけどね。このスタジオに。
(山内あゆ)1月1日に亡くなっていたということで。今日、発表になりましたから。
(ジェーン・スー)あとさ、すごいどうでもいい話、していい?
(山内あゆ)どうぞ。
(ジェーン・スー)ちょっと前……何年か前なんですけど。なんか……皆さん、これからは面白話として聞いてくださいね。本当の話じゃなくて、面白話として聴いてほしいんですけど。何年か前にすごい霊感が強い友達がいて。めちゃめちゃ霊感が強い友達に私が「こういうスタジオでやってるんだよ」って言ったら「このめちゃくちゃ背がでかいおじいちゃん、誰?」って言われて(笑)。
(山内あゆ)ええっ? ここで?(笑)。
(ジェーン・スー)「それ、完全に永(六輔)さんじゃねえか!」っていう話になって(笑)。ここの前のスタジオ。だから向こうのスタジオの時。「このすごい背のでかい、頭の白いおじいちゃん、誰?」って言われてゲラゲラ笑っていたんですけど。来ますよ、次も。今度はこっちに(笑)。
(山内あゆ)来ますね(笑)。
(ジェーン・スー)こっちに来てくれるはず。住んでくれるはず。久米さんもね。まあ、ご本人の意思を尊重した形で。いろいろ思い残すところとかもあったと思うんですけど。ご本人の意思を尊重した形でTBSからは、うん。自分で場所を作らないで。最後はたぶん……ラジオ、聴いていてくれていたと思うんだけどね。何年か前だけど最後、ちょっとコミュニケーションを取った時には「聴いている」って言っていたから。
(山内あゆ)ああ、そうですか。
(ジェーン・スー)そう。ありがとうございました。本当に。いろいろと私たちに教えてくださって。姿でね。姿で教えてくださって。でも、いろいろ聞きたかったけどね。今の日本とか、海外、世界情勢とかについての久米さんの意見はすごい聞きたかったけど。でも、それは言わないでおく。そこは、何て言うの? うーん……意地汚いことはしたくないのよ。久米さんに対して。わかる? なんとなく。だから、ありがとうございました!
「久米さんにいろいろ聞きたかったけど、それは言わないでおく。久米さんに対して意地汚いことはしたくない」という最後のスーさんのコメントにグッと来ました。スーさんと久米さんの楽しそうな交流、ラジオで聴いていてとても楽しかったのを思い出しました。久米さんの御冥福をお祈りいたします。
