町山智浩『プラハの春 不屈のラジオ報道』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年12月2日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で『プラハの春 不屈のラジオ報道』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日は来週12日金曜日から公開になるチェコとスロバキアの合作映画で『プラハの春 不屈のラジオ報道』という映画を紹介します。

(町山智浩)今、流れてる曲、これは1960年代の終わりにチェコのバンドのブルーエフェクトというバンドが出した『I Like the World』という英語の歌なんですけども。これ、基本的にはチェコの言葉で歌ってるんですけどね。これはその当時、1960年代後半のサイケデリックロックと言われるジャンルなんですよ。この頃、イギリスとかアメリカで流行っていたそのサイケデリックロックっていうのは一体何か?っていうと、もう具体的にはLSDとかマリファナの影響を受けたロックですね。で、当時、ベトナム戦争もあったんで、そういったドラッグを使って人々の心をつなごうという思想があったんですよ。当時。それがサイケデリックで。それでみんなでドラッグをやって、愛と平和を訴えるというそういう特定のジャンルがあったんですよ。その当時。

で、山奥でレイヴをやるっていうのはこの頃から始まったんですよ。ヒッピーの人たちがね。ただ、この曲のすごく重要なところはこれがチェコで作られた歌だということなんですよ。それまでチェコではこんな音楽を演奏することも、聞くことも一切禁じられていたからです。というのは第二次大戦が1945年に終わって。ソ連が東ヨーロッパを全部、占領しちゃうんですね。

で、チェコに限らず、ポーランドとかルーマニアとかハンガリーとか、そういった国はみんなソ連の占領下に置かれて共産主義になってたんですよ。で、そこではその西側と言われた資本主義の国……イギリスとかフランスとかアメリカの音楽とか文化を見たり聞いたりすることは一切、禁じられていたんですよね。ところがこの今、聞いた完全なそのサイケデリックロックがチェコで、この1960年代終わりにそういうバンドが出てきたってことがすごく重要なんですよ。それが聞けるような状態になったんですよ。

これは一時的に変わったんですね。それを「プラハの春」と呼んでいます。これはですね、前に『ソウルの春』という映画を紹介したんですけど、覚えてます? あれは1979年に韓国でずっと軍事独裁政権をやっていたパク・チョンヒ大統領が暗殺されて。それでみんなが「やっと民主化されるんだ! やっと自由な社会が来るんだ!」って喜んでいた時のことを『ソウルの春』と呼んだんですよ。でも、それは全斗煥のクーデターによってまた潰されて、韓国はまた軍事独裁政権に戻っちゃうんですけど。その時、『ソウルの春』とそれを呼んだということがすごく重要で。それは先にプラハの春という言葉があったからです。

で、それ以外でも政治がすごく軍事独裁政権とかやっていたところが自由化で緩むことを「◯◯の春」って呼ぶのは、このプラハの春というのが一番最初にあったからなんですよ。で、その中でラジオを放送する人たちの物語がこの『プラハの春 不屈のラジオ報道』という副題がついてますけど。この映画なんですね。これね、そのチェコの方の原題はそのまま「電波」っていうタイトルなんですよ。「ラジオ」っていうタイトルなんですけど。本当にラジオ局の話なんですが。

ラジオ局の話

(町山智浩)で、少しずつ自由化されていったその時代にですね、主人公はラジオの放送技術者なんですよ。放送を電波に乗せるという技術を担当しているエンジニアの人が主人公で若者なんですが。トマーシュという名前ですね。これは「トーマス」のチェコ系の名前ですけど。トマーシュという若者が主人公で。彼は別にラジオをやっていても完全に技術だけの人なんですよ。ところがある日、上の方から言われるんですね。「君はチェコの公共ラジオに入りたまえ。技術者として今、募集してるから君は入れ」と言われるんですね。で、「なんで?」って聞くと「スパイをやれ」と。なぜなら、その時の国営ラジオ局はチェコでですね、非常に一番先立って自由化を進めていたところで、政府の批判をし始めていたんですよ。それまでは政府の報道っていうのは政府から降りてくるものをただ垂れ流すだけだったんですよ。共産主義なんでね。

ところが、その自分で実際に取材して事実関係をたしかめて。あと、実際にそのラジオ局のアナウンサーたちが自分のコメントをつけたり、ニュースに対する考えを述べたりするようなことが始まっていたんですね。少しずつ。で、「それはちょっと由々しき事態だから、君は内部に入ってその実態を報告しろ。スパイとして潜り込め」って言われるんですね。で、「なんでそんなことをしなきゃいけないんだ?」って思うんですけど。そうすると「君の弟は学生運動に参加してるだろう? 君の弟は政府に逆らってるんだ。この命令に逆らったら、弟をどうにかしちゃうよ?」という風に脅されるんですね。

で、仕方なく、その自由化が進んでいるラジオ局に入って裏切り続けるという裏切り者の話なんですね。彼を潜入させたんですね。ところが潜入してるうちに、そのラジオ局が素晴らしいことにだんだんとこのトマーシュは気がついていくんです。

で、この映画、さっきからロックがかかってんですけど、すごくロックがいっぱいかかるんですね。パーティーをやっていたりしてても。それはね、当時本当にチェコでいくつかの本当のロックバンドが出てきて。その当時、流行ってた曲がかかってるんですけど。あと、モータウンとかアメリカとかイギリスのロックもかかりますけどね。で、それはそれまで考えられなかったんですよ。

これ、レコードとかはたぶんいろんな裏ルートで手に入れてたと思うんですよ。ただ、それを聞くってこと自体で通報されたりしていた世界なんですね。で、前にご紹介した映画で『アイム・スティル・ヒア』っていう映画があったのですが。あれは70年代のブラジルの軍事政権の話でしたね。で、あれもレコードをチェックしてたでしょう? あれだって秘密警察の奴らが家に入ってきて、レコード棚を探ってね。それで反政府的なレコードを聞いてないか?っていうチェックをするところから始まるんですけど。あのチェックされた人たちはみんな、結構ブラジルを脱出しちゃった人たちなんですけどね。軍事政権とうまくいかなくて。

で、この映画前半はすごく、どんどんどんどんチェコが明るくなっていくのが描かれます。もう今までつらかったのがどんどん楽しくなってきて。で、主人公は恋人もできてね。スパイのくせにね、そのラジオ局の取材者とできちゃうんですけど。で、本当にパーティーばっかりやって浮かれてるんですけど。でも時々ね、政府の方から「お前、またなんかチクれよ」って言われて密告させられたりしててね。その板挟みになってくるのがこのトマーシュなんですけども。

この映画ね、前半と後半が全然違うんですよね。前半はもう自由化されて。「これでやっと俺たちは解放されて、チェコ人が自分の政治を決められるんだ!」っていうね、本当に希望に満ちているんですよね。だから結局、その頃は共産主義だから共産党一党しかないんですよ。で、議会なんてものはないし。しかもそのチェコの共産党もソ連の共産党の言うことを聞くしかないというですね、どうしようもない状態だったんですけれども。

そこでアレクサンデル・ドゥプチェクという政治家が出てきて。それで彼、共産党の人なんですけれども。「ソ連と違う独自の我々の政治をするんだ。チェコは独立国として自分の道を歩むんだ」ということで。「人間の顔をした社会主義」という風に言ってたんですけど。とにかく自由がちゃんとあって、ちゃんと野党とかもいて。で、議会で決めていくような社会主義にしていこうと言って改革を始めるんですね。

で、その時に彼が改革を始める時、それまでのその守旧派の政治家を失脚させるのにこのラジオがすごく活躍するんですよね。で、これ、ミラン・ヴァイナーというね、ラジオ局のプロデューサーが出てくるんですけど。彼、実在の人物です。もう政府を批判することは絶対、許されなかったのにもう政府の汚職まで暴いちゃうし。で、それを逆に……言わないんですけど。すごい技でもって政府の政治家を失脚させるんですけど。あの辺もすごい駆け引きですごい活躍するんですが。このミラン・ヴァイナーっていう人が。

で、トマーシュは彼の下で働いてるうちに、その彼を尊敬するようになってくるんですよ。本当はスパイなのにね。でも、こんな自由化はやっぱりソ連は許さなかったんですね。で、チェコが勝手にやってるということでもうソ連側は「これはダメだ。シメたるわ」っていうことで何万人の軍隊と戦車をチェコに向かって送り出します。

こういうことが起きるんですね。ちなみにこれ、全然関係ないんですけど。僕のおじさんが北朝鮮が攻めてくるその朝、ソウルに戦車が本当に入ってくるのを体験して。「びっくりした」って言ってましたけど。彼はその後、北朝鮮軍に捕まって北に送られたけど、自力で脱出してきたんですけどね。まあ、昔はいろんなことがあったんですね。今もありますが。

それで戦車が入ってくるということはわかったんですけども。戦車の目的は一体何か?っていうと、これがラジオ局なんですね。これね、その当時は要するにテレビもあるんですけど、とにかくラジオ局を制覇することが政権の取り合いにとって一番、大事なものなんですね。で、NHKに行くと、その話をしてませんか? 渋谷のNHKって中、迷路みたいになってるでしょう? で、「なんで迷路みたいになってるの?」って聞くと、必ず社員の人はこういう話しませんか?

「不審者が入ってきた時のため」っていうのも、その不審者はただのおっちゃんだったりしないですよ? これ、武装勢力ですよ。革命とかクーデターがあった時にまずやるのはテレビ局とかラジオ局を押さえることなんで。その時に時間を稼げるようにっていうので迷路みたいにしてあるって説明を必ずNHKの人、しますよね。

で、このチェコの国営放送局が一番、とにかく自由化の中心になっていたんで。「こいつを潰せ!」ってことでソ連軍が戦車をそこに向かって走らせてくるんですけど。その間、ずっとそのチェコのその放送局はそれに抵抗する人たちのための情報を、一番的確な情報を伝える中心部になってくるわけですよ。ソ連軍に対する抵抗の。で、その中でこのトマーシュが、今までは単に技術者として番組に関わらないでいて。で、スパイをやっていたんですけども、彼の技術を使ってソ連軍と戦うようになるっていう話ですね。

これ、トマーシュって両親が亡くなっちゃって。自分1人で弟を育ててきて。で、もうとにかくこの弟を守るっていうことは自分の人生の目的なんだと思ってるから。だから政治とか、どうでもいい。生活を守る、家族を守るってことだけだから、それだったらもうどんなに横暴な政権の言うことでも聞きますっていうのでやっているんですけど。ところが、その彼が一番重要なものすごい圧力と戦う要になっていくって話が、よくできてるんですね。

で、これ、戦車が来てるんだけども、頼れるのはラジオだけになってくるんですよ。今ね、僕はアメリカに住んでますけど。本当にトランプ政権が「電波を止めるぞ」とか、テレビに対してやってるんですよ。ただ、その相手がコメディアンなんですけど。お笑いの人たちが……アメリカではお笑いの人たちは昔から、ずっと政権批判をするんですよ。でも、トランプはそれが我慢ならなくて。「こんなもの、ぶっ潰すぞ!」って。で、放送っていうのは政府から認可されてるんですね。で、その許認可、ライセンスを取り消すぞと言って脅しをかけてその番組を潰させたりしている状態なので。このチェコの、もう本当に1960年……何十年も前なんですけど。これが今現在、アメリカで起こってるんでね。

これはいつでも、とにかく電波とかメディアっていうものは本当に政治の一番の攻撃対象になるし。もし、それを潰されちゃうと本当に自由ってものはなくなっちゃうんでね。実はものすごく大事なもんだなということがここでわかって。それで今、かかっている曲があるんですけど。これね、プラハの春って実際にはもう、最終的にはソ連によって潰されちゃうんですよ。ところが68年にそれが潰されて、それから20年ぐらい経ってですね、ソ連が崩壊して本当にチェコが自由化されたんですよ。

で、その時にその間20年間、さっき言ったロックバンドの人たちは演奏ができなかったんですよ。でも地下で地下コンサートをやり続けて。で、今かかってる曲もそうなんですけども。チェコが解放された時、みんなが広場でこの曲を歌ったりしたんですよね。だからそのラジオも大事だし、ロックも大事なんですけど。やっぱりそれはすごくメディアとか音楽の自由さっていうのはその国の自由さの本当にバロメーターだなとわかりますね。もう本当、テレビとかラジオやってる人とかね、それこそ出てる人もみんな、見てほしいのがこの『プラハの春 不屈のラジオ報道』です。

『プラハの春 不屈のラジオ報道』予告

アメリカ流れ者『プラハの春 不屈のラジオ報道』

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