町山智浩『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年4月15日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はゴールデンウィーク明けの5月9日、日本公開の映画なんですが。『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』という映画を紹介します。これはリー・ミラーという実在の人物、女性の伝記映画ですね。この人はどういう人かというと、モダンガールっていう言葉が昔あったんです。モガっていう。1910年代、20年代ぐらいにアメリカの女性たちがですね、それまでは「主婦」が唯一の女性の理想像だったところに、そういった生活感を持たない、働く女性としてのファッションアイコンが生まれたんですね。

1920年ぐらいかな? そのモガの代表だったファッションモデルの人です。リー・ミラーという人は。で、その当時創刊された『VOGUE』というファッション雑誌……今もありますけども。そこの専属モデルとして活躍された人で。

その後、このリー・ミラーさんは1930年代にパリに行って、30年代にフランスでシュールリアリズム運動というのがあったんですよ。これはダリとかが有名ですけれども。まあ「シュール」って言葉をよく言うじゃないですか。へんてこな時に。それは最初、アート運動として起こって。それまで写実的な絵を描いていたのが、そうじゃなくて現実にはないような……マグリッドの絵みたいなね。宇宙に石が浮いてたりね、影が変だったりとか、現実にないようなものを描く、リアリズムじゃないものを書くというシュールリアリズム運動というのがあったんですが。それでヌードモデル兼写真家として活躍します。このリー・ミラーさんは、パリで。

で、その後、1940年代は第二次大戦になって。ヨーロッパ戦線で連合軍がナチに支配されたヨーロッパに上陸するんですが。その連合軍に同行して、最前線で戦争写真を撮り続けました。これ、三つはバラバラなんですけど1人の人がやったんですね。これがリー・ミラーというとんでもない女性なんですけれども。これがね、アメリカで公開された時に同時にアメリカで公開されていたのが『シビル・ウォー アメリカ最後の日』という映画なんですよ。

これは去年、公開された映画の中では一番すさまじい映画だったと思います。内容は、アメリカの大統領が任期を勝手に延長して、しかもFBIを潰すということをしたためにアメリカ国民が怒って、内戦に突入するという映画なんですが。これ、ほとんど現実になりましたね。あとは内戦だけだな。はい。

まあ、そのすさまじい内戦を描いた映画が『シビル・ウォー』だったんですが。それで主人公が女性の戦場カメラマンなんですよ。で、これをキルステン・ダンストという女優さんが演じてるんですが、彼女の役名が「リー」と言うんですね。で、それはこのリー・ミラーに対するオマージュなんですよ。

『シビル・ウォー』のリーの元ネタ

(町山智浩)で、そこに写真があると思うんですが、椅子に座って横を向いているリー・ミラーさんの写真があると思うんですが。これが彼女が19か20歳ぐらいの頃ですね。彼女、道端でね、スカウトされたんですよ。ニューヨークを歩いてたら、車に轢かれそうになったらしいんですけど。そこでたまたま彼女を助けた紳士がですね、コンデナストという人なんですが。

この人はあの『ニューヨーカー』という文芸誌がありますね。それとか『VOGUE』、ファッション誌とか『Vanity Fair』っていうファッション誌ですけど。そういうのを創刊したハイクオリティマガジン……これはものすごく高い広告が入る、超ブランドの。グッチとかね。そういう雑誌の創刊・発行人の人ですね。

この人が偶然道端でそのエリザベス・ミラーさんっていう……「エリザベス」を略して
リー・ミラー」って言ってるんですけども。彼女を見つけてですね、「モデルならない?」っていうことでモデルにしちゃったんですよ。で、まあこのイラストのモデルにもなってますけど。『VOGUE』の表紙の。写真の、まあファッションモデルとして2年間、ニューヨークのトップモデルとして活躍するんですけど、彼女自身はもともと写真を撮っていた人だったんですよ。

で、まあ撮られることに飽きちゃって。で、パリに行ってそこでですね、マン・レイというシュールリアリズムアーティストと会うんですよ。で、このマン・レイという人はものすごくたくさんシュールリアリスティックな写真を撮っていることで有名な人なんですけれども。彼の恋人兼モデル兼共同制作者としてリー・ミラーさんは数々の名作を、まあ作るんですね。今、僕言いよどんだのはこれがかなり後で問題になったからなんですけど。

一番、この人がやった仕事として有名なのは「ソラリゼーション」という写真技術を発明したことです。これ、そこに彼女のヌード写真があると思うんですけど。これ、すごく影の部分が光っている写真じゃないですか。

マン・レイと共同で作品を発表

(町山智浩)これ、ネガとポジを合わせるとこんな感じになるんですよね。で、この技術を偶然発明しちゃったのがこのリー・ミラーさんなんですけれども。で、あとこの唇の絵はどこかで見たことあると思うんですけど。これ、一番有名なマン・レイの作品ですね。

(町山智浩)巨大な唇がね、空に浮いてるんですけど。この唇はこのリー・ミラーさんの唇なんですよ。非常に薄いんだけれども、格好のいい唇でね。で、こうやって2人でいろんな作品を作っていたんですが、シュールレアリズム運動というのは非常に大きな運動となっていって。その中で彼女は女性としてはほとんどいなかったんで。他にね。まあミューズとしてパリでちやほやされたんですが。

このマン・レイさんと大喧嘩になっちゃって、それで別れるんですが。これね、作品をマン・レイは全部、「マン・レイ作」として発表していたんですよ。それでリー・ミラーは「私も作者なのに! 一緒にやったんじゃないの?」ってことでもって喧嘩になって別れて。で、その後、結婚してエジプトに住んだりとかしてたんですけど。この人は。

この人、本当に波乱万丈なんですよ。エジプトの大金持ちの実業家に見染められて結婚してるんですね。たしかね。で、ロンドンに引っ越したところでですね、第二次世界大戦が始まって、猛爆撃を食らうんですよ。ロンドンが。まあ、映画でも紹介しましたけどね。『ブリッツ』っていう映画でね、ロンドンがドイツ軍からものすごい爆撃を食らっていて。で、彼女はその写真を撮るんですね。爆撃で。瓦礫になったところを。

で、それを彼女は『VOGUE』誌に送るんですよ。昔、世話になったから。で、ファッション誌に送るんですけど「なんでこんなのを送ってきたんだ?」って話になるわけですよ。「載せなさい! これが現実なのよ! ファッションとかやってる場合じゃないでしょう?」みたいな話になって。で、「私はこの戦場に行きたいの。現場で戦争を見なきゃいけないの。それはアメリカに伝えるから『VOGUE』誌の専属カメラマンとして従軍したい」って言い出すんですよ。

で、『VOGUE』誌ってファッション誌なんですけど。まあ、彼女がそう言うから、しょうがないやって感じになるんですね。でも最初、軍隊側は嫌がっているんですよ。だって「最前線に女を連れていけねえよ」みたいな話になるんです。「でも来ちゃったし……」みたいな話になって。で、ナチスドイツ軍によってヨーロッパ全土が支配されている状態で、イタリアから連合軍……イギリス、アメリカ、フランスとかの連合軍。まあ、フランスは二つに分かれちゃうんですけどね。フランス本土はナチに占領されて、傀儡政権になってるんですが。その連合軍がイタリアから上陸するんですけど、その上陸作戦に彼女は参加するんですよ。

で、現場、最前線で……写真がそこにあると思うんですけども。戦闘をしている真っ最中の写真を撮るんですね。この人はね、だから今、ロバート・キャパという人がすごく戦場カメラマンとしては有名だったりするんですけども。あの人より実際はすごいんですよ。ロバート・キャパという人は実は写真がでっち上げだったりね、捏造したりとかですね、うまくいってなかったりするんですけど、この人の方が写真は全然すごいんですね。強烈で。

これ、もう本当に銃弾が飛び交ってるところで撮ってる写真ですね。イタリア戦線ではね。で、その横にある写真があると思うんですけども。このリー・ミラーさんが撮影したのはこれ、パリがナチから解放されるんですけども。かなり長い間、ナチの支配下に置かれていたんで、フランスの女性たちはそのままそれが続くんだと思ってナチス・ドイツ軍の士官たちと結婚したり、恋人関係にあったんですよ。

で、その女性たちをみんなで捕まえて丸刈りにしてリンチしているところですね。それを撮ったんですね。このリー・ミラーさんは。これも残酷ですよね。でもね。というか、フランスってナチに加担してユダヤ人狩りとかやってるんですよ、みんなで。それなのに急に知らんぷりして「お前は売国奴だ! ナチの男と結婚しやがって!」ってこんな風にいじめをやってるんで、もうフランス人も大概だなと思うんですけど。そういう証拠写真を撮ってガンガン送るわけですよ、『VOGUE』の方に。

で、『VOGUE』の方も困るんですよ、結構。これね、僕は今日は送ってないんですけど。彼女が撮った死体写真とかも、すごい量なんですよ。で、その敵も味方もそうだし。ナチスの側の政治家とかが一家心中したりしてる写真とかもあるんですよ。すごいんですけど、ガンガン撮っていくんですよ、このリー・ミラーさんは。

で、一番この人が歴史に残るというか、すごいことをしたのはですね、結局そのまま連合軍と一緒にドイツに入るんですね。ドイツに入ったら、そこにナチスの収容所があるわけですよ。ダッハウって言うんですが。で、そこの中でユダヤ人が……ユダヤ人とかナチスに反対した人とかゲイの人とか共産主義者とかがみんな、逮捕されてたんですけども。で、そこで何が行われていたのか、誰も知らなかったんですよ。収容所の中で。

その収容所の中にとうとう連合軍が入るんです。中に入ったらもう、死体だらけなんですよ。要するにユダヤ人の人たちがご飯を食べさせてもらえないで餓死して、もう山積みになってるんですよ。で、それをこのリー・ミラーさんは撮るんですよ。これ、「ホロコーストが行われていた」ということの最初の証拠写真になるんですよ。これ、最初に撮った人が女性だって知らない人、多いと思いますよ。

ダッハウ強制収容所の写真

(町山智浩)ちなみにそのダッハウ収容所を開放したのは日系人部隊ですよ。今、トランプさんが日系人部隊の記録とかを抹殺しようとしてて、大変な問題になってますけど。日本人の人たちはアメリカで家族を収容所に取られて。家族が人質になってたんでアメリカ軍に参加して、ナチスと戦って、なんとユダヤ人の収容所を解放したんですよ。日系人が。今、日系人の博物館とか、アメリカ中にいっぱいあるのがトランプから資金を打ち切られて、大変な状態になってますけど。まあそういうところにこのリー・ミラーさんがいたんですけど。

これはね、こんなにすごい人が今までなぜ知られてなかったんだ?っていう。これね、息子さんも知らなかったんです。リー・ミラーさん、隠してたんですね。『VOGUE』誌とかに出た後、この人はマスコミから消えてたんですね。イギリスの田舎にずっと引っ込んで、子育てをして。で、亡くなった後に屋根裏から……息子さんが遺品を整理してたんです。70歳ぐらいでリー・ミラーさんは亡くなるんですけど。そしたら、ぞろぞろとすさまじい写真が出てきてびっくりしたんですって。

この人、リー・ミラーさんはものすごい怒りがあって。戦場で周りが止めるにもかかわらず、どんどん危ないところに入っていくんですけど。そのダッハウの収容所で大量の遺体を発見した直後、ミュンヘンが近くにあるんですけど。ミュンヘンにヒトラーが来ていた時、彼が住んでいたヒトラーのアパートがあったんですよ。そこまで飛んでいって、このリー・ミラーさんはとんでもないことをするんですよ。怒りのあまり。それもね、すごいんですけど。

これね、演じてるのは『タイタニック』の彼女ですよ。ケイト・ウィンスレットですね。エリザベス・ミラーさんを演じてるのは。この2人、顔が似てるんですよ。これね、息子さんが指名したみたいですよ。「お母さんに似てるから、彼女にやってもらいたいな」って言ってたらしいですけどね。

というね、結構これはずっと、世界史の中でも本当に忘れられてたことで。まあ、これはすごい女性がいたんだなという映画なんですけれども。ひとつね、『シビル・ウォー』を見てもらうとわかるというか、感じる話があるんですよ。ひとつ。『シビル・ウォー』という映画はアメリカが内戦状態になって、ものすごい激戦になっているところに突っ込んでいく女性カメラマンの話なんですけれども。彼女をずっとサポートしてる男がいるんですよ。

彼は恋人関係でもなんでもないのに、命がけでそのリーという……同じ役名なんですけども。キルステン・ダンスト扮するカメラマンをサポートし続ける献身的な男性が出てくるんですね。で、「なんでこの人はこんなに助けるんだろう。危ないのに」と思うんですが、その理由はこの『リー・ミラー』という映画を見るとわかるようになっています。

これね、先に『シビル・ウォー』を見ていた方がいいと思います。この非常に危険な撮影をしたリー・ミラーさんには1人、献身的な男性がいたんですよ。で、恋人でもなんでもないんですけども、彼女のために命がけで言いなりになってついてきた男がいるんですよ。どう見ても彼、好きなんですよ。リーさんのことが。でもリーさんは人妻なんですよ。でも命がけで、なんというかですね、寅さんのように彼女に尽くす男性が出てきます。ちょっとね、そこは泣けますね。

これね、『VOGUE』の写真としてリー・ミラーさんは撮っていて。『VOGUE』はそういう雑誌じゃないからその後、出さなくなるんですよ。で、アメリカ軍の記録としても撮ってないんですよ。だから出てこなかったみたいなんですけど。アメリカ軍は最近、そのトランプの指示で女性が戦場で活躍していた写真とかをすべて、公式のサイトから消したりしてるんですよね。

だからすごく問題になっているのは硫黄島で星条旗を立てたアメリカ兵の1人が先住民だったんで、それも消すとかね。で、日系人が混じっていたら消すとかをやってるんですけども。そういう中で彼女のこの映画が公開されるっていうのは非常に大きな意味があると思いますけどもね。トランプがそういうことをやっているのはいわゆるDEI、多様性に対して反対してるんで。だから多様性をアメリカ軍が昔からやっていたということは消さなきゃなんないんですね。一体、どういう国だよ?って思って、僕は本当にもう頭が痛いんですけど。

だから今までもこうや消されていた話なんですけれどもね、この映画で知っていただくといいなと思います。本当にすごい人がいたんだということですね。

『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』予告

アメリカ流れ者『リー・ミラー 彼女の瞳が映す世界』

タイトルとURLをコピーしました