町山智浩さんが2025年4月29日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『サブスタンス』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日、紹介する映画もね、ちょっと音楽をかけてほしいんですが。この、かつてのスターの映画なんですよ。
(町山智浩)この歌は聞いたことありますか? これ、日本ではラブシーンとかがコメディとかがバラエティの中である時、やたらとかかってたんですよ。90年代に。コント番組とかで2人の恋愛が盛り上がっていくところでこの曲をかけるんですけど。なんでそうなったか?っていうと、実は元になってる映画があるんですよ。それが『ゴースト/ニューヨークの幻』という1990年の映画なんです。
陶芸をやって。ろくろを恋人同士で回すところがね、ロマンティックというかなんというか、エロティックなんですよ。もう象徴しているものがよくわかるというね。で、この『ゴースト/ニューヨークの幻』に主演したデミ・ムーアさんという女優さんがいまして、。この人は僕と年が同じです。62年生まれで、今年63歳になるのか。で、この人はですね、この『ニューヨークの幻』で大スターになりまして。本当に世界のトップスターになった人ですね。ただ、2000年代入ってから……ブルース・ウィリスっていう俳優がいるんですけど。『ダイ・ハード』に出ていた。彼との間に娘を3人、もうけて。その子育てに熱中してたんで映画にあんまり出てないんですけど。2000年以降は。ただ、この彼女のもう素晴らしいカムバック作が今回紹介する映画『サブスタンス』です。
(町山智浩)もういきなりホラー映画なことがわかりますね。音楽で。怖いです、怖いです。これね、『サブスタンス』というのはそのデミ・ムーア扮するかつてスターだった女優さんが禁断の若返り術に手を出してしまうというホラー映画ですね。この映画のね、すごいところはまあ、ホラー映画なんですけど。しかもすさまじい特殊メイクによる、グッチャングッチャンな映画なんですけど。
これね、アカデミー賞でなんと作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、メイクアップ賞の五部門にノミネートされたんですよ。で、メイクアップ賞は取ってるんですけど。これね、作品賞にホラー映画のノミネートされるということは本当に少ないんですよ、今まで。だから、作品として非常に優れているというところがあるんですが、ホラーとしても徹底的にやっています。
どのぐらいやってるか?っていうとですね、これは「そこまでやるの!?」っていう感じの悲鳴でした。映画館は。笑ってる人もいた。同時に。『サブスタンス』はね、すごく悲鳴のあり方がね、面白くて。アメリカの映画館だと「きゃっ!」とかそういうんじゃなくて「やめろーっ(Stop It!)」とかね、そういう声が上がるような映画でしたね。アメリカの映画館はね、みんなすごくスクリーンに向かっていろんなことを言うから、面白いですよ。常に応援上映状態です。日本のお客さんは静かですけど。だからね、みんな「ワーッ!」って叫んだ後、笑うみたいな感じでしたけど。前にご紹介した『ベイビーガール』でも、もうあれなんですけど。
アントニオ・バンデラスに対してニコール・キッドマンがもう20年ぐらい、一緒に結婚している旦那に向かって「あんたとのセックスで1回も行ったこと、ないわよ!」って言った時、客が悲鳴と笑い声を同時にあげてましたけど。悲鳴をあげてたのはたぶん男性だと思います(笑)。笑ってるのは女性だと思います(笑)。「それを言うか!」っていうすごいシーンでしたけど。で、この『サブスタンス』なんですけどもこれ、主演のデミ・ムーアさんが演じるのはですね、かつてはハリウッドの大女優だったんですけど今、女優としての仕事はなくてテレビでエクササイズの番組をやってるんですね。
で、まあ、いわゆる昔、エアロビと言われたものをやってるんですけど。写真を見るとね、これ、デミ・ムーアさん、62歳ですけどこのスタイル。ものすごいスタイルの良さなんですよ。で、しかもそのエクササイズだから本当にもう股割りとかですね、徹底的にやって体の柔らかさもすごいんですけど。それで本当にこの人、頑張ってるなというのはわかるんですが。ところが、プロデューサーからですね、「若い子に変えたい」って言われちゃうんですよ。
で、僕は思ったのは62歳でこれだけ美しさを保ってるんだから、それ自体が売りになると思うんだけどね。「すごいでしょう?」っていうことはあるんだけどまあ、このプロデューサーがね、なんていうかスケベな親父なんですよ。で、これを演じるのはデニス・クエイドという俳優さんでこの人もかつてのハリウッドスターです。で、彼が演じるプロデューサーの役名が「ハーヴェイ」っていうんですけど。これはハーヴェイ・ワインスタインというね、実在したハリウッドのプロデューサーで大量の女性たちにセクハラとかレイプをしていて今、刑務所入って裁判を続けてますけど。で、その名前を引っ張ってるんで、まあ最悪なんですよ。この男は。
で、どのくらい最悪かというとですね、トイレで用を足した後、手を洗わないんですね。これ、本当に嫌でしょう? これね、『シェイプ・オブ・ウォーター』っていう映画があって。過去に。これもアカデミー賞の作品賞を取っていますけども。これで出てくる悪役が同じことをしてるんですよ。で、「なんで手、洗わないの?」って言われて「トイレの後、手洗うっていうのは女々しいからな。本当の男は手を洗わない」って言うんですけど、そんな決まりはねえよと思いましたけど(笑)。
で、それのパロディなんですよ。このデニス・クエイドが手を洗わないっていうのは。で、その後ね、すさまじいシーンがあって。デニス・クエイドが手を洗わない手で何をするかというのは、映画館でご覧になってください。そこ、本当に観客から悲鳴が上がりましたね。「ひーっ!」っていう悲鳴がね。
危険な闇の若返り術に手を出す
(町山智浩)で、まあこの男が「若い子に変えたい」っていうもんでまあ、若返り術……『サブスタンス』という非常に危険な闇の若返り術にこのデミ・ムーアさんが手を出してしまうんですよ。そうすると、まあそれもね、どういう風に変わるかというのもね、びっくりするような若返り方をしますんで。もう「ええっ!?」みたいな若返り方をしますんで、これも映画館でご覧になっていただいた方がいいんですが。で、その若返ったデミ・ムーアさんがめちゃくちゃ売れちゃうんですね。
でも、若いままになるんじゃなくて、戻らなきゃならないんですよ。一定時間ごとに戻らないとならないんですね。これ、コナン君みたいなシステムですね(笑)。ただ、そのコナンと違ってですね、若返った間、払わなきゃならない代償があるんですよ。タダでは若返れないんですよ。で、大変な事態になっていくというね、コメディです!
これね、ホラーとコメディは一体なんですよ。怖い時に人は笑うでしょう? ひきつって。『異端者の家』も「えっ、ここでこんなものを出してくる?」っていうところとか、あったじゃないですか。それと同じような感じで「うわっ、怖いものが出るか?」と思うと、とんでもないものが出てくるっていうのが次々と繰り返されるのが『サブスタンス』なんですけど。
これね、やっぱり若返るっていうテーマをハリウッドに持ってきたっていうのは強烈なことで。デミ・ムーアさん自身がね、ものすごく若いから「どれだけ整形にお金をかけてるんだ?」って散々、言われてる人なんですよ。それで前に紹介した『ベイビーガール』のニコール・キッドマンもそうでしたけど。「だったらそれをネタにしちゃうわよ!」っていう映画なんですよ。
「あんたたちが若くないと仕事をやらないって言うから、私たち一生懸命やってるのよ!」っていうことですね。で、しかもデミ・ムーア自身がこの映画をプロデュースしています。でね、監督・脚本は女性です。だから『ベイビーガール』が全くそうだったんですよ。で、ニコール・キッドマンもデミ・ムーアももう60歳前後の人たち、女優さんっていうのはハリウッドでは放っておくと仕事が来ないんですよ。60歳前後でもね、ブラッド・ピットとかトム・クルーズとか、普通に仕事してるのに、女性はそのぐらいになると仕事がなくなっちゃう。「だったら私が自分でお金、出すわ!」っていう世界ですね。
で、これ、監督さんがですね、コラリー・ファルジャという女性なんですが。この人も元女優だったんですよ。で、監督に転身したのは「もう女優としては年を取ったから、。仕事がないよ」って言われたからなんです。で、頭にきたんでその時の怒りをぶつけた映画になってるんですよ。でね、その怒りを……要するに映画の業界人の、自分たちが平気でジジイをやってるくせに、女性にばかり若さを求めていくというそのジジイたちに対する怒りっていうのをぶつけるという風に言ったんですけど。本当に物質的にぶつけます。この映画は(笑)。すごい事態になってますよ、後半。もう怒り爆発っていう映画になってますから。
これ、言えないですけど……後半、怪獣映画になりますからね。「お前、言ってるだろう?」っていう(笑)。この映画、このデミ・ムーアがね、まあ本当にもう若くてその年齢に見えない人で。それで生きてるんですけど。ある日、ふと昔の同級生と出会うんですよ。そしたら昔の同級生がですね、普通の年の取り方をしてるんで、おじいさんになってるんですよ。
で、それは一種の鏡であって。「本当はこうなってるんだよ」っていうものを見せられるんですね。普通に生きていたら。そこがね、すごく彼女がそのまま老いを受け入れるか受け入れないかの分岐点なんですよ。ここが怖いんですよ。これ、結構ね、芸能人の話ではあるんですけど。今、もうみんな、一生懸命若くなろうとするじゃないですか。
もう男の人、実は結構整形してる人、多いですよ。シワとかね、いろんな形でね。それが悪いとかそういうんじゃなくて、この映画の中では「それでもいいけれども。いつか現実が追いつくよ」っていう話なんですよ。このサブスタンスという若返り術には注意書きがあるんですよ。それは「誰も自分自身から逃げることはできない」って書いてあるんです。
「誰も自分自身から逃げることはできない」
(町山智浩)でもこの映画、ある種の解放感があって。最後、ある種のハッピーエンドじゃないかなと思うんですけど。もう何もかもぶちまけて、めちゃくちゃにしちゃいますから。すごいですよ。大破壊になってきて。あのね、これね、CGを使ってないところもいいです。いわゆる特殊メイクでやってます。デミ・ムーアさんがスターだった頃、世界ではですね、スプラッター映画というものが流行って。特殊メイクでものすごい人体破壊とか、怪物を出す、作りあげるという映画が流行っていたんですが、その頃の技術を使ってます。
大変なことになりますから。これ、再来週公開かな? 日本では。再来週5月16日金曜日、公開です。映画『サブスタンス』、ご覧ください。