町山智浩 映画『ジェニーの記憶(The Tale)』を語る

町山智浩 映画『ザ・テイル』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ジェニーの記憶(The Tale)』を紹介していました。
(※放送時には邦題が決まっていたなかったため、英語タイトルの『The Tale』でお話されています)

(町山智浩)で、それ(ハーベイ・ワインスタイン問題)とちょっと関連する話なんですけども。今回紹介する映画は『ザ・テイル(The Tale)』という映画なんですね。これは日本公開がまだ決まっていないと思うんですが。「テイル(Tale)」っていうのは「お話・作り話」みたいな意味があります。で、これはジェニファー・フォックスという女性のドキュメンタリー映画作家が自分自身が13才の頃にあったトラウマを探っていくという映画です。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)この映画は劇映画なんですけども。その劇映画の中でジェニファー・フォックスを演じるのはローラ・ダーンという女優さんですね。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』でものすごいかっこいい役をやってズルいなという。

(赤江珠緒)ああ、たしかにかっこよかった。宇宙船に乗っていてね。

(町山智浩)そう。いきなり出てきて、いきなりかっこいい役をやってズルいと思った人です。あの人がこのジェニファー・フォックス監督を演じています。

(赤江珠緒)ホルド役の人だ。

(町山智浩)で、このジェニファー・フォックスという人はドキュメンタリー作家としてものすごく評価されていて、大学の授業とかを持っていて。世界中を駆け回ってドキュメンタリーを撮り続けている人なんですけども。お母さんから電話がかかってくるんですね。で、お母さんが「家の中を掃除していたら、あなたが中学生の時に書いた作文が出てきて。その内容を読んでびっくりしたわ。あなた、なんかすごく年上の男性と恋愛関係にあったの?」って電話をかけてくるんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)それに対してジェニファーは「いや、そんなこともあったけど、先生には『作り話だ』と言ったし、実際に私は自分の意志で年上の男性と恋愛していただけだから大丈夫だし、何も心配しないでいいわ」ってお母さんに言うんですよ。ところがね、そのことを彼女はずっと忘れていたんですね。

(赤江珠緒)うんうん。記憶になかった。

(町山智浩)記憶になかったんですよ。それでなにが一体あったんだろう?って思い出そうとするんですけど、その思い出す過程が映画になっているんですよ。で、回想シーンになるとそのジェニファーは13才のジェニファーになるんですけど、それは結構大人っぽいティーンエージャーの女優さんが演じています。で、その13才のジェニファーは近所の乗馬塾に通っていて、その乗馬の女の先生のミス・Gさんというきれいな人にかわいがられて。で、そのミス・Gが連れてきた男性の陸上のコーチをしていたビルという人とも仲よくなっていくんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。

(町山智浩)で、そのビルという男性と13才のジェニファーがなんか恋愛関係にあったらしいんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)ところが実際にどうなったのか? ジェニファーは全然思い出せないんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、そこで35年ぶりにミス・Gとか乗馬学校の友達に会いに行って、一体何があったのかを聞いてまわるという話なんですね。

(赤江珠緒)へー。自分のことだけど、そこの部分が全然記憶がないということですか?

35年前の記憶を辿る

(町山智浩)曖昧なんですよ。はっきりしないんですよ。ただね、男の人と一緒にいてちょっとエッチな感じになっていくとすごくフラッシュバックをすることが彼女にはいまもあるんですね。なにが蘇ってくるのかはわからないんですけど、すごく嫌悪感みたいなものがあるんですよ。

(赤江珠緒)ほー。

(町山智浩)で、その正体がなんだろう?っていうのだけは気にかかっているんですよ。でも、それを考えるとすごく辛くなるから考えないようにしているんで、思い出せないんですね。自分の記憶にブロックをかけているんですよ。で、それを探るという話でね。この映画、実はすごくよく似た映画があります。アニメなんですけど、イスラエル製のアニメで『戦場でワルツを』という2008年の映画があるんですよ。

(山里亮太)昔、こちらでご紹介してもらってね。見ました、見ました。

(町山智浩)それは主人公というか、その監督自身がですね、1982年にイスラエルの兵士としてレバノンに国境を超えて侵攻した時の記憶が本人にはないんですよ。で、どうしてもそれが思い出せなくて、一緒に戦場に行った友達にどんどん話を聞いていって、その聞いた、録音した音声にアニメーションで絵をつけていくという不思議なアニメなんですね。で、それはどうして記憶をなくしていたか?っていうと最後にわかるんですが、まあ大虐殺。パレスチナ系の難民の人の大虐殺の現場を見てしまって、その罪悪感で自分の記憶からその周辺の記憶を消していたことが最後にわかるという映画だったんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)それが『戦場でワルツを』という映画だったんですけど、それに非常にこの『ザ・テイル』という映画は似ているんですよ。

(赤江珠緒)あ、じゃあジェニファーも13才の頃に何か、記憶をブロックしたいことがあった?

(町山智浩)はい。で、お母さんのところに行って。お母さんが慌てているから。「私は大丈夫。あの頃、13才だけどすごくいまと変わらないし、すごく大人だったわよ」って言うんですね。で、彼女の回想シーンでもすごく大人っぽい女の子の女優さんが演じているんですよ。ところが、お母さんはびっくりして。「なに言ってんの? あんたが13才の時は他の子よりもずっと子供だったわよ! 小学生みたいだったわよ!」って言うんですよ。で、「嘘だ!」って13才の時の写真の自分を見ると、もうほとんどちっちゃい子みたいなんですよ。

(赤江珠緒)あ、じゃあ忘れているだけじゃなくて、書き換えられているの?

(町山智浩)記憶が書き換えられていて。「私はその頃、しっかりした大人で自分の意志で年上の男性と恋愛関係にあったんだ」って思い込んでいるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)でも実際にはほんの子供だったんですよ。で、そのミス・Gに35年ぶりに会うと、そのミス・Gからいきなり「ごめんなさい! 私のせいで……」って言われるんですよ。謝られるんですよ。で、探っていくと、そのビルという男はミス・Gと……そのミス・Gっていう人はお医者さんの奥さんなんですけど、密かに恋愛関係にあって。で、このビルという男は自分と複数の女性との間に肉体関係があって、しかもその女性たちにその女性の周辺にいる少女たちを生贄として差し出させていたことがわかってくるんですよ。

(赤江・山里)ええーっ!?

(町山智浩)そういうのをどんどん調査してわかっていくっていう映画なんですね。これは。で、まあこのジェニファーという人はもうまともにその後に恋愛ができなくなって。まあ性的なことに対しても非常にリラックスできないから快感を味わえないっていうトラウマをずっと抱えていたんですよ。その原因がわかっていくんですね。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)これはね、本人が名前を出してやって。しかも、このジェニファー・フォックスという監督はこの映画を作る前にすでにかなり有名なんですよ。日本ではほとんど作品が公開されていないですけど、アメリカでは非常に有名な映画監督で賞もいっぱい取っている人なんですね。

(赤江珠緒)もともと地位もあるという方なんですね。

(町山智浩)そうなんですよ。で、40を過ぎて「でもなんか自分の中で何かおかしいことがある」っていうことで。それもお母さんからの電話がきっかけで探り出していくんですよ。

(赤江珠緒)でもそんなに完全にポンと抜けるぐらい……やっぱり辛すぎて、自分を守るために?

(町山智浩)自分を守るために話を書き換えちゃているんですね。だからすごくきれいなものとかにしちゃっているんですよ。たとえば自分が13才で、じゃあその相手のビルっていう男は何才だったのか?っていうのは映画の中でもなかなか出てこないんですよ。で、途中で判明するんですけど、40なんですよ。

(赤江珠緒)うわっ! ええー……。

(町山智浩)そう。だからそのへんがわかった時、そのジェニファーの話を聞いていた人が「これは完全に犯罪だ! お前はなんでこんな犯罪だっていうことを自覚しなかったんだ!?」って言うんですよ。でもそれは、自分がそんな目にあったっていうことを考えたら壊れちゃうからですよ。だから「なんでもなかったんだ」って思うために話を自分の記憶の中ででっち上げていたという。ただ、客観的な証拠が次々に出てきて、自分はもうほとんどレイプされたんだっていうことがわかっていくという話なんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

自分を守るために記憶を書き換える

(町山智浩)これは結構強烈な映画でしたね。はい。で、もうアメリカではこの人、シナリオを書いていろんな映画会社に持ち込んだんですけど、どこもお金を出してくれなかったと。そんな少女が虐待されるとか、そんなものにお金を出しても回収はできないだろう。そういうこと自体がアメリカではタブーなので、あまりいじりたくないということでお金は結局出なくて、ヨーロッパの映画会社にお金を出してもらっているんですよ。

(山里亮太)ええっ!

(町山智浩)で、次が大変でこのビルっていう男を誰が演じるか?って、俳優はみんな「嫌だ、嫌だ!」って誰も出ない。

(赤江珠緒)そりゃそうですよね。最低ですもんね。

(町山智浩)やらないとかね。この13才の少女を見つけるのも大変で。ものすごい撮影、製作をするまでが大変だったみたいです。で、結局彼女は映画館でこれをやってもアメリカだとアートシアター系の映画館……だから日本だと「単館」って言われるものなんですけども。本当にすごく見る人が少ないんですよ。本当に数も少ないし。だからこの人はHBOというケーブルテレビの方に直接その映画の配給権を売って、とにかくできるだけ多くの人に見せるようにしていますね。

(赤江珠緒)いやー、でもすごいですね。それを自分で……言ったら自分の身を切るような作品ですもんね。

(町山智浩)そう。そうなんですよ。だからものすごい勇気があることをしているんですよね。で、『ザ・テイル』っていうタイトルが「作り話」っていうのは、この彼女の心の中で書き換えられたからなんですよ。だからこの映画がすごく面白いのは、映画の中でまず最初、さっき言ったみたいに17、8に見える女の子がジェニファーさんの少女時代を最初に演じて、話が途中まで進むんですよ。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)ところが途中で「実は子供みたいな13才。小学生みたいな13才だった」っていうことがわかると、それまで再現フィルムをやったのにもう1回、13才の少女で再現フィルムをやり直すんですよ。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)すごい不思議な映画なんですよ。それで、しかも彼女。ジェニファー監督の頭の中で13才の自分がそういった目にあっていくのを証拠からどんどん映像を作り上げて行くわけですから。すると、この40いくつの監督自身が13才の自分に向かって「ちょっとあなた! やめなさいよ!」とか言ったりするんですよ。35年前の自分に向かって。

(赤江珠緒)そうか。そうか。

(町山智浩)「ちょっと考えて!」って言うんですけど、「なに言ってんの? 私をそんな子供扱いしないで!」って。自分が子供扱いされる反発から、どんどん変な方向にハマっていくっていうね。で、だんだん会話になっていくんですよ。その13才の自分と監督との。その場合、画面に2人とも出てくるんですよ。その35年後の映画監督のジェニファーさんと13才の少女のジェニファーさんがひとつの画面で話し合ったりとかですね。「それはちょっとおかしいと思うわ!」って言ったりね。すごく映画として不思議なことをやっている、映画としてもものすごく面白いですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)結構自由自在な感じなんですよ。でも、最後の方で真相がわかっていくんですけど、これはちょっと……うん。日本公開されるかどうかわかんないんであれなんですけど、まあ言っちゃうと犯人は実は大学とかの女子陸上でコーチをやっているすごく有名な男だっていうことがわかるんですよ。

(赤江珠緒)はー! そうなんだ。

(町山智浩)で、被害者も彼女だけじゃなくて、実はものすごい数いたらしいことがわかるんです。

(赤江珠緒)わーっ!

(町山智浩)っていう、怖い話で。いま、アメリカのオリンピックの女子体操選手にも何十年にも渡っていたずらしてきた医者が捕まったりしていますよね?

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)だから、話がひとつじゃなくて、本当に氷山の一角なんだっていうことがわかってくるんですね。だからこれは恐ろしいなと思いましたけども。日本だとちょっとまだ公開予定が……。

(赤江珠緒)日本公開は未定ということですが。『ザ・テイル』。

(町山智浩)という映画で『ザ・テイル』でした。

(赤江珠緒)いやー、これは聞いているだけで切なくなる……よくご自身のことに向き合ってこられたなという感じだと思います。

(町山智浩)でも映画としては推理物で、しかも自分の子供の頃と話し合ったりするという、映画的にも映像的にも非常に面白いエンターテイメントにもなっているところがすごいなと思いました。

(赤江珠緒)まあ誰しも、何才も前の自分と語り合うみたいな瞬間ってありますもんね。そういう感覚って映画じゃないけど、あったりするじゃないですか。

(町山智浩)ありますよね。記憶をいろいろ書き換えていて。昔付き合った女の子が頭の中でものすごい美人になっていたりね。

(赤江珠緒)そうね(笑)。

(町山智浩)そういうのもありますが(笑)。いろいろ補正されていると思います。みんな。

(赤江珠緒)今日はアメリカで話題の映画『ザ・テイル』を紹介していただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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