町山智浩映画解説 イギリス映画『ベル ある伯爵令嬢の恋』

シェアする

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、イギリスの貴族の娘として育てられた黒人女性ベルの生涯を描く映画『ベル ある伯爵令嬢の恋(BELLE)』を紹介していました。


(町山智浩)そうなんですよ(笑)。というね、話があってですね。歴史っていうのは面白いですけどね。女の人っていうのは、影の存在みたいになっちゃっているんですけど。実際はね、表に出ない形で歴史を動かしたりしてたりするっていう話を今回しますね。はい。前振り長いんですが(笑)。

(山里亮太)つながった!

(町山智浩)今回、イギリス映画で『BELLE』という映画を紹介します。邦題がまだね、決まってないんですけど。もう年内に日本公開されると思いますが。BELLEというのは、女性の名前なんですね。で、この人本名、フルネームはダイド・エリザベス・ベル(Dido Elizabeth Belle)っていう名前の人で。1761年生まれなんですけども。これね、この人はほとんど最近までイギリスでも知られてなかったんですよ。存在が。ただ、その2005年にですね、ある絵に描かれていたことがわかって。この人の存在が明るみになっていったんですね。

(赤江・山里)ふん。

(町山智浩)このベルっていう人の絵が、そちらにいっていると思うんですけども。手元にありますか?

(山里亮太)あります。


(赤江珠緒)キレイな女性ですね。

(山里亮太)2人、映ってますね。

(町山智浩)そう。2人の女性がいて。1人は白人の、いわゆる貴族の女性ですよね。で、その後ろにいる褐色の肌の女性がベルなんですよ。で、これがマンスフィールド伯爵という、いまも続いている貴族の大物の家に飾られていたのが公開されて、世間の目に触れた時にみんな驚いたんですね。この絵はなんだろう?と。つまり、その当時、18世紀の貴族の絵に褐色の肌の人、いわゆる黒人、アフリカ系の人が映っている場合、大抵召使いか奴隷だったんですね。

(赤江珠緒)ああ・・・

(町山智浩)で、足元とかにひざまずいてたり・・・

(赤江珠緒)かしずく感じで。

(町山智浩)そうそう。かしずいたり、料理の皿を持っていたりだとかですね。そういった感じで、いわゆる召使いをしている状態の絵なんですよ。普通は。

(赤江珠緒)これ、もう明らかに、なんかキレイなドレスを着て。着飾ってらっしゃいますね。

(町山智浩)これ、明らかに主役ですよ。この絵のね。目を引かれるのは彼女ですよね。

(赤江珠緒)ねえ。ちょっとなんか、満島ひかりさんにもお顔が似てるような。キレイな。

(町山智浩)そう。目にすごく生き生きした表情があるんで。この絵を見た人は、この人が主役だと思いますよね。この絵のね。で、もうひとつは2人の頭の位置が並んでいるんですよ。貴族とご主人と奴隷を描く時に、頭の高さを同じには絶対しないんですって。

(山里亮太)ほう!っていうことは、この関係はちょっと違うってことですか?

(赤江珠緒)2人とも、目線がこっちに向いてますね。ばっちり。

(町山智浩)そう。目線がこっち向いてるっていうのも重要なんですよ。奴隷が描かれた場合に、絵描きの方を見ることは許されてないんですよ。ところが彼女は完全に絵描きの人の方を見てて。で、しかもこの手前の白人の貴族の人は、その褐色の肌の女性の腕をつかんでますよね。自分から。これ、どういうことか?っていうと、この2人は実は姉妹のように育った2人なんですね。

(赤江・山里)はあ。

(町山智浩)で、この2人は実際は従姉妹なんですよ。で、幼いころからずーっと姉妹として育てられてきたんですね。1人はお母さんがアフリカ系で、1人はイギリス人なんですけども。これは2人とも、マンスフィールド卿というですね、イギリスの最高裁判所にあたる王座裁判所の最高判事の姪っ子なんですよ。2人とも。この絵に描かれているのは。で、そこから2005年にですね、イギリスの歴史研究家がですね、この絵の2人っていうのはどういうことでマンスフィールド卿の姪だったんだろう?ということを調べたんですよ。

(山里亮太)ふんふん。

(町山智浩)で、このベルっていう女性はですね、お父さんが海軍の軍艦の船長で。で、マンスフィールドの甥だったんですね。それで、スペイン軍とそのころイギリスっていうのはものすごい戦争をしてたんですよ。世界の覇権を巡って、スペイン海軍とイギリス海軍っていうのは全世界で戦争をしていたんですけども。それで、西インド諸島でイギリスの海軍の軍艦がスペインの奴隷船を拿捕したんですね。で、それに乗っていたのがこのベルのお母さんだったんですよ。

(赤江・山里)はあ。

(町山智浩)で、その海軍の軍艦の艦長だったジョン・リンゼイっていうマンスフィールドの甥っ子はですね、恋に落ちちゃうんですね。その女性の奴隷と。アフリカから送られる途中だった。で、2人の間に生まれたのがこのベルだったんですよ。ところがまあ、そのリンゼイ艦長には奥さんがいたんで。イギリス人の。で、ただこの娘をここで奴隷として非常に苦労させるのは嫌だ!って言って、その娘を自分で連れて行って。イギリスに連れ帰って、子どもがいないマンスフィールド伯爵に預けたんですね。娘として育ててくださいと。

(赤江・山里)うん。

(町山智浩)と、いうことだったんですよ。で、そこにはほとんど同い年の、1才ぐらいしか違わない従姉妹がいて。そっちもお母さんが死んだんで、マンスフィールド伯爵、預かってたんですね。で、その2人は本当に幼いころからずーっと成人するまで姉妹として育てられてたんですよ。だからこの2人は白人と黒人であるにも関わらず、仲が良さそうで。完全に仲が良くてですね、対等で、手をつないでるんですね。

(赤江珠緒)あー、そういうこと・・・

(山里亮太)でも、そんなの成立するんですか?だって周りからね、そういうことを。ルール違反じゃないですけど・・・

(赤江珠緒)当時としては。

(町山智浩)そうなんですよ。だから隠してたんです。マンスフィールド伯爵は。この彼女、ベルの存在を。だから最近まで、21世紀になるまで知られてこなかったんですよ。

(山里亮太)すごい。逆に2005年まで、誰もこのことを知らなかったって、すごいですよ。

(町山智浩)そうなんですよ。で、それを描いているのがこの映画なんですけど。このマンスフィールド卿っていう人が非常に重要なんですね。イギリスの歴史にとっては。っていうのは、この人が、イギリスっていうのはそれまで奴隷貿易っていうのをやっていたんですよ。ずっと。で、前リバプールの話をしましたよね?ビートルズの故郷であるリバプールに僕が行った話を。

(赤江・山里)はい。

(町山智浩)僕、その時にビートルズ博物館っていうのを、港にあるところに行ったんですけど。その時にビートルズ博物館と同じ建物にもうひとつの博物館があったんですよ。それは奴隷博物館なんですよ。イギリスは昔、アフリカから奴隷を船に乗せて、リバプールで一旦停まって、そこからアメリカの方に送っていたんですよ。それでものすごくお金を儲けたんです。リバプールっていう街は。で、そういうことをやっていたんですけども、このマンスフィールド卿っていうのは裁判官として、その奴隷制度を終わらせる第一歩を刻んだ人なんですね。

(山里亮太)へー。

(町山智浩)ところが、なぜ彼が黒人奴隷制度っていうものを廃止する方向に持っていったか?っていうのは、いままで謎だったんですが、これで謎が解けたわけですよ!

(山里亮太)あー、そっか!自分のまあ、娘。

(町山智浩)だったんですよ。本当に娘としてかわいがってたんですよ。っていう歴史上の謎が解けた絵だったんですよ。という話なんですね。

(赤江珠緒)ご自身の家族のためでもあったんですね。

(町山智浩)そうなんですよ。だから最初はね、結構びっくりして、育てられないよ!みたいなことを言うんですけども。育てていくうちに、やっぱり愛しちゃうんですね。娘として。で、もう要するに肌の色とか関係ないんだということですよね。ただそれは表立って言ってないんで、なんにも書類が残ってないんですよ。

(赤江・山里)へー!

(町山智浩)ただこの絵と、その彼が下した判決だけが証拠なんですよ。という映画がね、BELLEなんですけど。このマンスフィールド卿が判決を下した裁判っていうのは、2つあるんですね。重要な裁判が。ひとつはね、サマセット裁判っていうので。これ、アメリカの方で奴隷だったサマセットっていう奴隷がですね、主人にイギリスに連れて来られた時に、脱走したんですね。で、それを匿ったイギリス人たちがいて。それで主人の方はこれを返せ!と。私のものだ!と。言って裁判になったんですけども、その時にそのマンスフィールド卿が下した判決っていうのは、『たとえアメリカで彼が奴隷だったとしても、イギリスにおいては奴隷ではない。イギリスには、奴隷制度というものを規定する法律自体がない。だから彼は自由だ』って言って、開放したんですよ。

(赤江・山里)ええーっ!?

(町山智浩)で、これがかなり決定的なものになったんですね。当時、イギリスにも奴隷がいっぱいいたんですけど、法律で規定されてなかったんですよ。で、いわゆる最高裁判事にあたるマンスフィールドがこういう判決を出したんで、これが奴隷制度の根本的な廃止に向かっていくきっかけになるんですね。

(赤江・山里)ふーん。

(町山智浩)で、もうひとつが酷い事件で。ゾング号事件っていうのがあったんですね。これね、ゾング号っていうのは奴隷を輸送する奴隷輸送船なんですけども。それが150人の奴隷を海に投げ捨てるっていう事件を起こしたんですよ。

(赤江珠緒)海に投げ捨てる!?

(町山智浩)投げ捨てる。130人から150人ぐらいの奴隷を海に投げ捨てたんですね。これ、どうしてか?っていうと、その頃の奴隷っていうのはどういう形でアフリカから輸出されてたか?っていうとですね、人間用の船に乗せてなかったんですよ。

(赤江珠緒)奴隷船は、まあ劣悪だったって言いますもんね。

(町山智浩)貨物船なんですよ。で、立ったりできないように、1人の奴隷の腕ともう1人の奴隷の足を手錠で結ぶんですね。鎖で。そうすると、立てないじゃないですか。頭と足が入れ違いになっているわけですから。その状態で、立てない状態で船の貨物室に敷き詰めるんですよ。寝かせて。440人の奴隷を積んでいたって言いますけど。そのゾング号は。それで、そのままですね、なんと3ヶ月以上かかるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!?

(町山智浩)3ヶ月以上かかって、アメリカまで連れて行くんですね。これ、ずーっと貨物室で寝たまま、3ヶ月以上。それでいて、垂れ流しですよ。はっきり言って。糞尿も。で、どうなるか?ってみんなほとんどボロボロになって。病気でどんどん死んでいくんですよ。

(赤江珠緒)まあ、そうでしょうね。

(町山智浩)これは酷いですけど。で、そのゾング号では3ヶ月ぐらいたってですね、60人ぐらいの奴隷が死亡したんですけども。感染症があったんですね。ものすごく不衛生ですから。で、100人以上の奴隷が感染していることがわかったと。で、その時の船長たちはですね、130人以上の奴隷をですね、海に投げ捨てたんですよ。生きたまま。

(赤江珠緒)えっ!?

(町山智浩)それも、2人ずつの奴隷が手と足を鎖でつながれたままですよ。で、これ絵になってるんですけど。そちらにあると思うんですが。これね、19世紀のイギリスの風景画家のターナーっていう有名な人がいるんですけど。その人が描いた『奴隷船』っていう絵なんですね。これ、僕この間、ボストンの美術館で実物を見ましたけど。これ、近くで見るとわかるんですけど、その海のところにぐちゃぐちゃして描かれているのはこれ、奴隷たちの手や足なんですよ。

(赤江・山里)うわー・・・

(町山智浩)鎖で結ばれているんですよ、これ。

(赤江珠緒)助かりようがないですよね。

(町山智浩)助かりようがないです。これ、生きたままやったんですよ。で、裁判になったんですけど、どういう裁判か?っていうと、これが驚くんですけども、要するに事故で150人ぐらいの奴隷を失ったから、事前にかけておいた保険でこの損害賠償をしてくれって保険会社にこの船長、請求をしたんですよ。

(赤江・山里)えっ!?

(町山智浩)つまりこれは、牛や馬が輸送中に病気になって死んだのと同じだから、保険を最初にかけてあるから、この150人分の奴隷の損害賠償をしてくれと。損害保険を払ってくれと、保険会社に請求したんです。この投げ捨てた船長が。

(山里亮太)物としてとらえた。

(町山智浩)物として。これがゾング号事件なんですよ。普通これ、殺人事件で裁かれるかと思うじゃないですか?裁判っていうと。そうじゃなくて、保険料支払え!っつったんですよ。

(赤江珠緒)はー!すごいですね。自分で投げ捨てておいて。

(町山智浩)そう。自分で投げ捨てておいて。で、これをマンスフィールド卿が担当することになるんですね。この事件を。裁判長として。で、ここでベルっていう娘がですね、なにをするか?っていう物語がこの映画のクライマックスになってくるんですよ。

(山里亮太)おー!なるほど!

(町山智浩)はい。この事件を知って。で、彼女はすごく勉強ができたんで、裁判記録とか全部読めるんですね。それで彼女がいろんな活躍をするわけですけども。という話です。

(山里亮太)そっか。でもちゃんと勉強とかもさせてもらえてたんですね。ベルは。じゃあ。

(町山智浩)あ、だからすごく頭が良かったみたいで。実際にその、アシスタントみたいなことをしてたみたいですね。彼女は。お父さんのマンスフィールド卿の。

(赤江珠緒)へー!たしかにこの絵を見てみても、すごく聡明そうな女性ですもんね。

(町山智浩)そう。やっぱり顔で、表情でわかりますよ。頭がいいか悪いかってね。やっぱりね。はい。で、そういう話でね。つい最近まで、この女性の子孫も存命されてたみたいですけどね。というね。歴史って面白いんです。ひとつのマンスフィールドさんが奴隷制度をやめさせたってことが、21世紀になってね、まさかその愛する娘がアフリカ系だったってことが判明するっていうのは、すごいことだな!って思いますけどね。

(赤江珠緒)そうですね。本当に。で、この絵がそれを物語ってる。本当に十分な絵ですもんね。こう、幸せそうな2人の少女の絵ですもんね。

(町山智浩)もう顔を見ると、不幸じゃないことがわかりますもんね。

(山里亮太)素敵な笑顔の絵です。

(町山智浩)そうなんですよ。それはダイド・エリザベス・ベルっていう人なんで。どんな絵かは、ネットで調べると出てくると思いますんで。はい。ということで、BELLEという映画でした。

(赤江珠緒)はい、ありがとうございました。今日は映画BELLE、ご紹介いただきました。一枚の絵からね、こんなドラマがね、わかるという映画でした。

<書き起こしおわり>