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藤波辰爾 カール・ゴッチの下での修行を語る

藤波辰爾 カール・ゴッチの下での修行を語る SHOWROOM

藤波辰爾さんが2022年1月25日放送のSHOWROOM『豪の部屋』の中でフロリダのカール・ゴッチの家に1年間、寝泊まりして行った修行の模様を振り返っていました。

(吉田豪)ベテランのプロレスライターの方とか、僕も交流があって。当時、聞いたのがやっぱり、レスラーはとんでもないやつばっかりで。安心して一緒に寝たりとかできるのが藤波ぐらいだったって言っていて(笑)。

(藤波辰爾)これ、レスラーとして喜んでいいのかわかりませんけどね(笑)。もっとレスラーは強面でいなきゃいけないのかなとか思ったけど。僕はそんなに器用じゃないからね。

(吉田豪)そこまで作れはしないっていう。

(藤波辰爾)リング上とリング外ではあんまり、自分で変われないんでね。

(吉田豪)でも、そこが良かったんだと思いますよ。たぶん子供たちが最初に藤波さんに夢中になったのは、そういうところだと思うんですよね。

(藤波辰爾)体もね、そんなにレスラーレスラーっていう体ではなかったんでね。

(吉田豪)細いけれども、すごい切れのいい体をしてっていう。

(藤波辰爾)まあ身長は180そこそこでしょう? で、体重が80キロ……90キロあるかないかぐらいだったでしょう? だからちょうど自分がプロレス……格闘技の経験がないんだけど。陸上競技をやっていたんで。走ることとバネだけはあったんで。だからそういうあれが、まあジュニアヘビー級に適していたっていうことでしょうね。

(吉田豪)藤波さん、格闘技経験がなかったっていう話をよくされてますけど。でも体は相当、鍛えてらっしゃったわけですよね?

(藤波辰爾)そうですね。僕はだから日本プロレスの時は見様見真似で。先輩たちに教えられて、ロックアップから始まって。デビューは日本プロレスでするんですけど。それから海外遠征……日本プロレスから新日本プロレスに変わって、初めて僕が海外遠征に出された時に、カール・ゴッチのツテでドイツに行って。それから、フロリダに行って。で、フロリダでカール・ゴッチとマンツーマンでずっと、これが1年ちょっとあったんで。これが自分にとっての本当の格闘技との出会いですよね。

(吉田豪)ゴッチさんの下にいた人っていっぱいいますけど、長期間いた人って、そうはいないんですよね?

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カール・ゴッチの家に1年間、寝泊まりする

(藤波辰爾)そう。だからそのカール・ゴッチの家で寝泊まりしてやっていたの当時、僕だけなんですよね。あと木戸さんも一緒に行ったんだけど、途中で帰っちゃう。で、前田も高田も佐山もみんな行くんだけど、そんなに……一緒に寝泊まりじゃなくて。一応、短期間で手ほどきを受けたっていう感じなんだけど。

(吉田豪)絶対大変じゃないですか。ゴッチさんと長期間一緒にいるのって。

(藤波辰爾)あんまり僕が格闘技を……ベースにアマレスだとか、柔道とか、レスリングとか、あるわけじゃないから。全てが新鮮なんですよね。だから全てを受け入れられやすかったんですね。

(吉田豪)そうなんですよね。たぶん長州さんはベースにレスリングがあったから、受け入れられなかったわけですよね。

(藤波辰爾)だから長州もカール・ゴッチ教室でフロリダに行ったんだけど。カール・ゴッチさんが長州のアパートに迎えに行くと、長州はゴッチさんがいない間にひそんでね、行かなかったらしいんだけどね。

(吉田豪)らしいですね。

(藤波辰爾)でも、長州は長州でね、気持ちはわかるよ。彼はやっぱり自分で日本の、なんていうのかな? 新日本プロレスの門を叩く前には、やっぱり全日本だとかね。要するに、誰も手を付けられないトップの選手でしょう? そこまでやってた選手が自分がやっぱりなんとなく、なにをやっていいのかわからないっていう部分で、入りづらかったんでしょうね。うん。

(吉田豪)藤波さんは柔軟に。本当に何もないから、全てを受け入れて。

(藤波辰爾)そうですね。だから日本プロレスに入った時にもね、先輩たちにいろいろしごかれたり。中にはいろいろといびられたりしたこともあったんだけども。でもそれが全てね、「ああ、この世界はこういうもんだ」っていう風に自分が受け入れちゃうっていうか。ちょっと半分、鈍感な部分もあるでね(笑)。

(吉田豪)明らかに間違ったことでも「そうなんだ」っていう?(笑)。

(藤波辰爾)今、考えるとあれは絶対にいじめだったんだよ(笑)。

(吉田豪)だって藤波さんの最近出した自伝。これにも僕、読んでびっくりした話がありましたよ。猪木さんに突然、木槌で手を叩かれて。

(藤波辰爾)ああ、これですね。

(吉田豪)はい。素晴らしい本です。

(吉田豪)木槌でバーン!っていきなり叩かれて?

(藤波辰爾)もちろんね、「痛いふりをしろ」とか、そういうことじゃないんだよ。みんな、試合中にやっぱり攻められる。逆を取られる。指と手をねじられる。痛いんだけど……結局、本当に痛い時っていうのは要するにみんな、リング上で痛いんだけど、どこか無表情なんですよね。

(吉田豪)痛みが伝わらない。

木槌で叩かれて痛い顔を教えられる

(藤波辰爾)伝わらない。「お前ら、痛いんだろう?」「痛いです」「だったら痛い顔をしないと、もったいないだろう? お客さんは痛くないように受け取っちゃうんだから」ってね。それで猪木さんがゴングを叩く木槌、あるでしょう? 「ここに手を置け」って言って手を置いたら、上から猪木さんがそれでバチン!って叩いて。「痛え!」って。顔が変わるじゃないですか。「その顔がなんで、リング上でできないんだ? 痛いんだったら、その顔をするだろう? 別に痛くない時にその顔をしろとは言わない。痛い時は痛い顔をするのが生の表現なんだ」っていう。それはよく言われましたね。

(吉田豪)教え方、もうちょっとあるだろう?っていう感じですよね(笑)。

(藤波辰爾)まあ、本来はね(笑)。

(吉田豪)そういうのも藤波さんは「そうだ」って受け入れるわけですね?

(藤波辰爾)そうですね。僕の場合は猪木さんの付き人だったんで。だから猪木さんがリング上、それから私生活の部分もずっと見てきて。いい部分を猪木さんに見させてもらったんですね。

(中略)

(吉田豪)(コメントを読む)「ゴッチさんってやっぱり変わり者でしたか?」

(藤波辰爾)まあ、レスラーはみんなそうだと思います。ゴッチさんもそうでしょうね。でもゴッチさんは……周りのプロレスラーの中、先輩たちはね、「カール・ゴッチはプロレスの神様だ」っていうんだけども。僕なんかはやっぱりそういう、プロレス界がわかんない時にゴッチさんと会って。ずっと朝から晩まで練習してるから。でも今、思うとたしかにプロレス一筋の、プロレスだけの方ですよね。

(吉田豪)僕が好きな話が、浮浪者に「お前は何で働かないだ?」って説教したっていう話で(笑)。

(藤波辰爾)それはどうか分かんないけど。僕はそれはちょっと知らないですけど(笑)。

(吉田豪)これは佐山さんから聞きましたね(笑)。

(藤波辰爾)それは佐山がちょっと話を盛ったんだよ(笑)。

(吉田豪)盛ってますかね?(笑)。

(藤波辰爾)でも、練習とかね、体のことに関してはものすごかったですよ。やっぱり本当に体のデカさとか……要するに、どうやって作っていくとかね、どうやっての相手を仕留めるとかね、そういうのではものすごかったね。だから僕なんか全くそういう格闘技の経験ないから。あの人にだから全て、いろんなプロレスのこととか、格闘技に関しては全部、聞かされてね。レスラーっていうものは、とにかく格闘技一般、そうだけど。まず、スタミナがないといけない。コンディションがあって。その次に頭で考えて。力っていうのは一番最後。あんまり力に頼っちゃうとダメなんだとかね。そういうあれを聞かされて。常に格闘家はコンディションを最優先にしろって言われてましたね。

(吉田豪)ところがゴッチさん、すごい力が強かったっていう話を聞きましたけども。

ナチュラルな力の強さ

(藤波辰爾)そう。そういうバーベルとかっていう力じゃないんですよ。ナチュラルな力。だからフロリダのタンパに家があったんだけど、そこの敷地内には庭に大きな木があってね。その木から1本、ロープが吊るされていて。そのロープと、あと鉄棒と体操の吊り輪があって。それで毎日練習させられるの。だから朝起きたらロープを上ったり、鉄棒をやったりとか、吊り輪とか……あの頃、僕は十字懸垂とかできてましたからね。

<書き起こしおわり>

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