菊地成孔と高橋源一郎「文章を書くこと」を語る

菊地成孔と高橋源一郎 同世代の人々を語る NHKすっぴん!

菊地成孔さんがNHKラジオ第一『すっぴん!』にゲスト出演。高橋源一郎さんと文章を書くことについて話していました。

(藤井彩子)ありがとうございます。では、最後のキーワード。文筆家としてのお話もうかがっていきたいと思います。「いっぱい書いてますよね」っていう話を先ほどからしてるんですけれども。

(高橋源一郎)本当に、これはもう菊地さん、素晴らしい文筆家なんですけど。

(菊地成孔)恐縮です(笑)。

(高橋源一郎)いやいや、これはお世辞ではなくて。でも、思ったんだけどよく「文体」って言うじゃないですか。で、文体って実はもう使わないんですよね。そういう言葉は。いまは「ボイス」って言うんですね。「声」。つまり、「この人にはこういう声がある」って。

(藤井彩子)もう「文体」っていう言い方はしないんだ。

(高橋源一郎)もうそれはある意味古いっていうか。それは形……形式だから。でも、声っていうのはまさに生きて動いている。その菊地さんのボイスが、これは音楽と一緒ですよね。この声って。

(菊地成孔)そうですね。僕は基本的には、こういう風に言うとなんか持って回った言い方ですけども。全部……「いっぱいやっている、あなたはいろんなことをしている」って言われるんだけど、1個のことしかしてなくて。全部、音楽のことをやってるんですよ。全てが。

(高橋源一郎)それが菊地さんのボイスだよね。

(菊地成孔)そうですね。

(藤井彩子)その文章を書くことも音楽の延長線上にあるっていうことですか?

(菊地成孔)そうですね。僕は文章修行をしたことはないし、文筆家になりたくてなったわけじゃなくて。自分のライブのフライヤーにちょっとなんか書き添えるたりすると気が利いているじゃないですか。それでずっとネットに書いてたら、なんかある日、小学館の人が現れて「本にしないか?」って言われて。「嘘でしょう? これはなんかの詐欺だ」って思って。

(高橋源一郎)フフフ、それが『スペインの宇宙食』。

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(菊地成孔)それが1冊目のエッセイ集で。その後もやっていますけど、音楽と切り離されてなにか物を書いているという意思が全くなくてですね。しゃべってることも音楽と一緒ですし。

(藤井彩子)全て音楽と関わりのあることっていうことなんですね。で、そのご担当だった『粋な夜電波』では構成も書いてらっしゃいましたし、名物の前口上。この番組では一部紹介させていただきました。

(高橋源一郎)そう。すいません。申し訳ございませんが。

(藤井彩子)今日はなんと、夜電波ならぬ朝電波をやっていただけるとうかがっております。

(菊地成孔)まあ「やっていただける」っていうか……(笑)。

(藤井彩子)やっていただけるんですよね?

(高橋源一郎)ですよね?

(菊地成孔)NHKの圧力に負けて……(笑)。

(藤井彩子)フフフ、ごめんなさい。すいません(笑)。

(高橋源一郎)もうこれをやっていただくために来ていただいたようなものなので。

(藤井彩子)では、お願いします。

(菊地成孔)ああ、もうこれは始まるんですか?

(藤井彩子)これはいつかの放送の再現っていうことになるんでしょうか?

(菊地成孔)そうですね。最初はね、「書き下ろせ」っていう話が来たんで、「もう番組は終わったので、おろせません」っていう話で。

(高橋源一郎)フフフ、ですよね(笑)。

(藤井彩子)ちなみに、いつのものを?

(菊地成孔)2016年ですから、もう相当前ですね。3年前の10月14日のものです。

(藤井彩子)では、お願いします。

菊地成孔『粋な夜電波』前口上

(菊地成孔)もし、あなたが棘を抜きたいなら、1人でソファーに腰掛けて、棘が刺さっている場所を探し、むしろこれからの飲み物であるシャンパンのオンザロックでやって来る秋に、自律神経を多少翻弄されながら。もし、あなたに恋の記憶がおありなら、思い出したくない、あるいは思い出すがはやめられない、そいつまでをも持ち出し、翻弄された自律神経との感覚的類似。棘を探す冷静な視力。シャンパンに氷を入れる手つき。お気に入りのソファーの香りを嗅ぐ。

あらゆる傷、あらゆる性衝動。動物の力、人間の力、神の力、シャンパンと氷の力。つまりは夜のあなたの持ちうる能力を全て使って棘が刺さっている位置をまんまと見つけ、それを抜き、襲ってくるのは快楽そのものとしか言いようのない小さな一瞬の痛み。異物が体内から消え去った安心感。そして安心感というものが必ず生み出す寂しさ。その後、やってくるのが最大の恵み、音楽の始まりであります。本邦唯一のフリースタイルラジオの時間にようこそいらっしゃいました。

ただいまおかけになっている場所が特等席となります。招待状は人生という手厳しい官僚から毎週お送りさせていただいております。というわけで東京は港区赤坂、力道山刺されたる町よりTBSラジオがお届けしております赤坂ニューラテンクォーター公式認定番組『菊地成孔の粋な夜電波』シーズン12。本日のオープニングテーマ曲は今夜のゲストに敬意を表し、サルサという音楽の曾祖父であるキューバップ。

その覇者の1人、チコ・ファレリによるキューバップ版『男と女』。1967年の録音であります。そうそう私、さまよえるジャズミュージシャン、菊地成孔と申します。お見知りおきを。深夜、そして秋の到来というスローモーションにも似た変化を音楽と共に小1時間ばかりごゆっくり堪能ください。それは来るべき1960年代の東京に向けた大人の夜の世界。泰然自若、余裕綽々とまいりましょう。

(一同)(拍手)

(高橋源一郎)いやー、最高ですね。

(藤井彩子)ありがとうございます! 本当にありがとうございます!

(高橋源一郎)正直言って、今日はもうずっと菊地さん1人でしゃべってもらおうっていう(笑)。いやー、でもラジオ、いいですね。

(菊地成孔)そうですね。まあ、打ち切りになったんでね(笑)。クビを切られましたんで。

(藤井彩子)ラジオを聞いてらした方からメッセージが来ております。埼玉県の男性の方。「菊地さん、おはようございます。『悲しみよ、こんにちは。そして武器よさらば』。今日は菊地さんがゲストと聞き、楽しみにしています。菊地さんの赤坂での最後のメッセージ、『どうか音楽を聞き続けてください』。それを受けて僕はいろいろな音楽を聞くようになりました。そしたら喪失とケミストリーを起こして、ちょっと強くなった気がします。今日は仕事で生放送は聞けないから、夜に冷やしたシャルドネでもやりながら楽しみたいと思っています」。

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(菊地成孔)ああ、素晴らしいですね。ありがとうございます。

(高橋源一郎)やっぱり菊地さんの音楽もそうなんですけど、ラジオを聞いてもすごく音楽っていいですね。あ、すごいあまりにも当たり前の感想なんですけども。

(菊地成孔)ああ、音楽もう最高ですね。

(高橋源一郎)これ、たしか『スペインの宇宙食』の中に……もしかしたら他の本かもしれないんですけども。シュバイツァーの話を書いてありましたよね? アルバート・シュバイツァーはアフリカの奥で当時……。

(菊地成孔)シュバイツァー自身は敬虔なキリスト教徒で、オルガニストでもありましたし。なにせ、オルガン作る作り手でもあったんですね。

(高橋源一郎)それで、そのセッションをした写真が。

(菊地成孔)ランバネっていうところにシュバイツァーが行ったんですけど、そこでオルガンを作ったんですよ。自分用の。で、毎日教会音楽をオルガンで弾いていると、子供が集まってきて。それで太鼓で合わせてセッションしていたんですね。その写真が残ってるんですよ。

(高橋源一郎)でも、それはもしかしたらもうひとつのジャズみたいなのの誕生の可能性があったかもしれない。

(菊地成孔)まあ、ジャズはアフリカから合衆国につれてこられた人が作ったもので。まあシュバイツァー、ヨーロッパ人がアフリカに行ってヨーロッパ音楽とアフリカ音楽が接した瞬間っていうのがそのシュバイツァーのほんのちっちゃい瞬間で。まあ、そこは本の中の見立てとして、「ジャズの死んじゃった双子の片割れだ」という言い方をしてるわけですけども。

(高橋源一郎)かっこいいですよね。

(菊地成孔)まあ、なんか格好をつけてるわけですよね(笑)。

(藤井彩子)フフフ、お話が尽きませんが、そろそろお別れの時間が迫ってきております。菊地さんに選んでもらった曲でお別れしたいと思いますが、どんな曲を最後にお届けしましょうか?

(菊地成孔)『京マチ子の夜』という曲を作りました。『南米のエリザベス・テイラー』というアルバムに入っております。それでお別れをしたいと思います。どうもありがとうございました。

(藤井彩子)ぜひまたおいでください。今日はありがとうございました。今日のゲストは音楽家で文筆家の菊地成孔さんでした。ありがとうございました。

(高橋源一郎)どうもありがとうございました。

(菊地成孔)ありがとうございました。

菊地成孔『京マチ子の夜』

<書き起こしおわり>

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