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伊集院光とピーター・バラカン 『暴力脱獄』とラジオを語る

伊集院光とピーター・バラカン 『暴力脱獄』とラジオを語る 伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう!
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ピーター・バラカンさんがTBSラジオ『伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう!』に出演。おすすめ映画『暴力脱獄』を紹介しつつ、伊集院光さんとラジオについて語り合っていました。

(伊集院光)さあ、お待たせいたしました。映画には一言も二言もあるゲストの方に、週末借りたいおすすめの1本、週末これ借りよう作品をうかがいます。本日のゲストは、ピーター・バラカンさん。よろしくお願いいたします。

(ピーター・バラカン)よろしくお願いします。

(阿部哲子)よろしくお願いします。

(伊集院光)いま、もう入っていただいたCMの間にも、相当聞きたいことがあって、矢継ぎ早に質問してたんですけども。

(ピーター・バラカン)(笑)

(伊集院光)あの、FM局のなんか偉い人。なんつーんですか?役職。

(ピーター・バラカン)一応、執行役員という。名ばかりですよね(笑)。

(伊集院光)でも、そういう局の方針とか、この局はこうやってやっていきましょうみたいな意見を言えるところを、もともとしゃべり手のバラカンさんがやるって聞いて、すげーな!ちょっと憧れちゃうなと思って。

(ピーター・バラカン)僕もすごく期待してましたね。本当になんか素晴らしいことができるんじゃないかな?と思って。まあ、リスナーはすごく喜んでくれたんですよ。僕が考えた編成ね。ただね、それが・・・要するに利益を生むのにはね、やっぱり時間がかかるもんで。そこまでね、支えてもらえなかったというところですね。

(伊集院光)難しいですよね。局はこの不況の中、少しでも儲かるやつ。しかも、明日儲かるやつってなるじゃないですか。

(ピーター・バラカン)そうなんですよ。結局ね。

(伊集院光)で、しゃべり手はしゃべり手で、そりゃね、僕らだって給料もらうわけだから、儲からなくていいとは思わないけど。

(ピーター・バラカン)そうですよね。

(伊集院光)この部分に関しては、お金に換えちゃダメなんですっていうところが、ちょっとあるじゃないですか。

(ピーター・バラカン)そうなんですよ。うん。それがなかなか・・・まあ、僕も甘かったっていう部分はきっとあったと思うんです。

(伊集院光)バラカンさんが、そこ自由なら、こういうラジオ局をやりたい。ラジオはこうあるべきっていうの、ありますか?具体的な。

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ピーター・バラカンの理想のラジオ局像

(ピーター・バラカン)まあ、あの僕の場合は音楽ですからね。だから、しゃべり手の一人ひとりが自分が本当にいいと思っている曲を選んで、自分の言葉で自由に紹介する。そういうラジオをやりたいんです。これはでもね、世界どこに行ってもいまはね、ないんですよ。そういうラジオ。

(伊集院光)あ、世界中に、ないですか?

(ピーター・バラカン)個別の番組で多少はありますけど。局全体がそういうポリシーでやっているところは、70年代半ばぐらいでもう、終わっちゃっているかもしれませんね。特に90年代以降、アメリカなんかでもね、複数の放送局を持てるように規制緩和が進んだんですよね。90年代に。そうするとね、もうみんなチェーン化していったんですよ。放送局が。

(伊集院光)ほう。

(ピーター・バラカン)そうするとね、みんなやっぱりね、合理化して。できるだけ安くやるようになって。で、たとえば数十局の放送局を1人の人が選曲して。DJたちはほとんど介在しないような、そういう現象まで起きるようなね、そういうことがどんどん起きてるんですね。いま、ラジオの世界。

(伊集院光)僕、思うんですけど、ラジオっていま数字1%だったら、すごいな!とか。まあ2%なんか夢のようだっていう。要はクラスに1人いればいいんです。そいつの選曲が好きだっていうやつが。テレビだともっとマスなものだから、20ほしい、30ほしいってなっていくと、そりゃ嫌いな人は1人もいないような曲だったりとか。なんとなく聞き流せる曲がいいじゃないっていうのはわかるんですけど。

(ピーター・バラカン)なってしまうね。うん。

(伊集院光)ラジオは癖あっていいじゃないですか。あの、俺だけかもしんないけど、ピーターが好きなんだよ!っていうやつがいたら、あいつがかける曲だったら聞いてみようか?っていうの、まあ、時間かかりますよ。

(ピーター・バラカン)ええ。

(伊集院光)同級生だってわかり合うのに1年、2年かかるんだから。でも、僕思うんです。そこ、尖ってないと、ラジオである意味があんまりない気がするんですよね。

(ピーター・バラカン)いや、僕も本当にそう思いますよ。そもそもいま、ラジオ離れが、特にFMに関してはね、すごく進んでいるからね。その、離れてしまった人たちを、じゃあどうやって取り返すか。これがまずね、難しいですよね。どんなに内容がいい番組をやっても、わかってる人は聞いてくれるけど、わかってない人はね、聞いてもらえない。で、どうやってメッセージを届けるか?って、そういうこともやらなきゃいけないんだから。広報活動も大変だし。

(阿部哲子)そうですね。

(伊集院光)僕、だけどむしろチャンスだと思っているのは、いま世の中にいっぱい音楽があふれていて。インターネットでもいっぱいアクセスできて。自分が好きなジャンルで、自分が知っているものにたどり着くのは早いじゃないですか。すごい早いけど、知らなかったものを聞くっていうことってあんまりないんです。で、そうすると、だいたいの好みが俺と合っているピーター・バラカンのラジオで俺の知らない曲がかかったっていうことはとても楽しみなことで。僕、この『TSUTAYAに行ってこれ借りよう!』っていう番組を映画好きな人にも聞いてほしいけど、ぜんぜん興味ない人にも聞いてほしいんですね。

(ピーター・バラカン)はいはい。

(伊集院光)他人のチョイスの映画を見るっていう幸せがぜったいあるはずだって僕、思うんです。自分が知っているものの中から、これだけレンタルDVD屋さんがあれば、知ってるものだけ借り続けることもできるけど。『俺、その映画、1回も聞いたことないけど、なんかあの番組は言っている映画、ちゃんと見てから聞いた方が面白いんだろ?』っていうだけで付き合ってもらったら、まあ面白いってことがあるはずで。ここからプレッシャーかけますけど、ピーター・バラカンさんの責任においてね(笑)。

(ピーター・バラカン)(笑)

(伊集院光)あの人がすすめたっていうだけで見た映画が面白いって、すごいことじゃないですか。

(ピーター・バラカン)こりゃあもう、なによりもうれしいですね。

(伊集院光)その出会いはやっぱりラジオで。

(ピーター・バラカン)それはもう、ラジオの醍醐味なんですよ。

(伊集院光)醍醐味なんですよね。だから俺ら、チャンスなはずですよね。じゃあその、映画の方のチャンスということで。今日はそのピーター・バラカンさんのおすすめ映画。なんでしょうか?

(ピーター・バラカン)これはね、原題は『Cool Hand Luke』。日本ではね、『暴力脱獄』っていうひどい邦題がついている(笑)。

(伊集院光)ひどい邦題がついてますね(笑)。

(ナレーション)『暴力脱獄』。舞台はフロリダの刑務所。ポール・ニューマン演じる主人公のルークは酔った勢いで町のパーキングメーターを壊して収監されます。刑務所でルークを待っていたのは過酷な労働や体罰で囚人たちを支配しようとする所長と看守たちでした。しかし、権力に屈しないルークは囚人たちの尊敬を集めて、彼らの偶像的存在になっていきます。実際に牢獄生活を送ったドン・ピアーズの小説を映画化した作品です。

(伊集院光)っていうかね、勝手に俺らが想像しているバラカンさんだと、もっと素敵なタイトルの映画がくるかと思いますよ(笑)。

(阿部哲子)うん。

(ピーター・バラカン)ですよね。

(伊集院光)『暴力脱獄』、くると思いませんよ(笑)。アメリカ映画ですか?

(ピーター・バラカン)アメリカ映画です。1967年。僕が高校生の時の映画なんですけども。当時、公開された時に普通に映画館で見ています。

(伊集院光)へー。そん時の衝撃は?

(ピーター・バラカン)は、大きかったですね。あの、ポール・ニューマンが主演なんですけど、冒頭のシーンがまず面白いんですよ。雨がこう、しとしと降る中でね、ポール・ニューマンがビール飲んでいてね。瓶ビールですけどね、その首にオープナーをチェーンにかけて。

(伊集院光)はい。栓抜き。

(ピーター・バラカン)で、栓抜いてね、ビールをラッパ飲みしてるんですけど。パーキングメーターがポン、ポン、ポンとこう、並んでいるんですよ。道路沿いに。そのパーキングメーターの頭の部分をバカデカいね、レンチっていうんですか?ガチッとこう、はめて。グルグルグルグル、そのパーキングメーターを酔っぱらいながら回っていて。

(伊集院光)ほうほう。

(ピーター・バラカン)で、ガチャッてこう、頭が落ちるんですよ。そんなことをもう、3つも4つもね、落としてあって。それを順番にやっつけてるんだけどね。もう、パトカーが来て。ピーポーピーポー。それで逮捕されるんですよ。で、次のシーンはもう、刑務所入りしている。で、その刑務所っていうのはもう、深南部。フロリダのものすごく暑いところのね・・・南部の刑務所ってチェーンギャングっていうのがあるでしょ?足に鎖をつけて。

(伊集院光)鉄の鉄球をつけられているような。

(ピーター・バラカン)で、外で肉体労働をさせられる。あの世界になっちゃうんですよ。まあ、60年代のその当時の話だと思うけど。

(伊集院光)うわっ、なんかもうすでにそのオープニングの景色だけで、もうロクでもないやつですよね。もう。

(ピーター・バラカン)いや、それがそうじゃないんですよ。

(伊集院光)違うの?

(ピーター・バラカン)彼は、戦争で勲章をもらっているぐらいの。まあ、少なくとも勇気のあるやつなんですね。でも、要するにパーキングメーターは何か?っていうとね、あれはつまらない権力の象徴だと僕、思うんですよ。

(伊集院光)ああ、なるほど。お金を払えば、違反してもいいってことですもんね。あれね。ある意味ね。ここは駐車禁止っていうことで言えば、道路になにか停めたら妨げになるっていうことでできているはずなんだけど。お金を払ったやつだけは見逃しますっていう、とても変わった、ねえ。変な話ですもんね。

(ピーター・バラカン)で、そういうつまらない権力に、まあ抵抗して、結局刑務所に入るんですけど。その刑務所の中のね、囚人たちはみんなもう、大人しくね、言われる通りにしてるんですね。で、その刑務所の中の権力にも、彼はいろいろと反抗していく。

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『暴力脱獄』3つの見どころ

(伊集院光)反抗していくんだ。へー。これ、一応3つにわけてポイントを紹介してもらうというシステムを取っているんですけど。1個目のポイントは?

(ピーター・バラカン)この映画から1つね、アメリカでは誰でも知っているセリフがあるんですよ。

(伊集院光)ほう。

(ピーター・バラカン)それは、ポール・ニューマンに対して刑務所の所長が言う言葉なんです。すごいゆったりとしたしゃべり方をする、南部訛りなんですね。で、ポール・ニューマンに対して、『What we’ve got here is a failuer to communicate.』。つまり、お前にはコミュニケーションは全くできていないっていうことをね、映画の間にたぶん3回ぐらい言うと思うんですね。だから要するに、どっかもう、権力を持っている側が伝えようとしていることが伝わっていないっていう。

(伊集院光)うんうん。

(ピーター・バラカン)そのセリフを、ある意味この映画を全て象徴してるものだと思うのね。そのセリフを彼が言う時のね、雰囲気がね、なんとも言えない。その所長ってね、そんな大きい役じゃないんだけど、ものすっごく味がある。

(伊集院光)いますよね。そういう名脇役。その人の、その俳優人生でもそうだし、1個の作品で出てくるシーンも大して多くなくても、多くても、なんか響いちゃうっていう。忘れられない人っていますよね。

(ピーター・バラカン)うん。

(伊集院光)えっ、お前とはコミュニケーションが取れていない?どういう使い方なんだろう。

(ピーター・バラカン)まあ、見てのお楽しみですね。

(伊集院光)2つ目はなんですか?

(ピーター・バラカン)『Cool Hand Luke』という原タイトル。彼はね、ルーカス・ジャクソンっていう名前なんですけど、ルークはルーカスの愛称ですね。で、Cool Handっていうのはポーカーをやっている時に、Handっていうのは手の内なんですね。Cool Handはその、どういう手の内なのか、人にはわからないとか。クールにしてるから。

(阿部哲子)ポーカーフェイスみたいな。

(ピーター・バラカン)そういうことです。で、そういうポーカーをやっているシーンもあるんですけど。彼は結構ギャンブル好きというかね。まあ、人に『これ、やるか?』って言われたら、『よし、じゃあやってやるぞ!』っていうようなところがあって。ある時ね、『お前、1時間で固茹で卵50個、食べられねえだろ?』って言われて。『じゃあ、食べてやる!』。そのシーン。

(伊集院光)ええっ!?なに?俺は、なんとかできるけどね(笑)。

(ピーター・阿部)(笑)

(伊集院光)そのシーンですか?

(ピーター・バラカン)固茹で卵ですよ。

(伊集院光)固茹でかー!飽きるなー!

(ピーター・バラカン)あれはたぶん、2つも食べられないだろうね。

(伊集院光)なんか、粉っぽいやつですよね。

(ピーター・バラカン)そうそうそう(笑)。

(伊集院光)マヨネーズ、なしですよね?いや、でもなるほど。そのシーン。へー。

(阿部哲子)ゆで卵50個。

(伊集院光)3つ目はなんですか?

(ピーター・バラカン)3つ目はね、ポール・ニューマンの笑顔。あの、いろんなシーンでね、ポール・ニューマンの笑顔が出てくる。もうたいへんな目にあわされることがいっぱいあるんですけど、肝心なシーンのところで、彼のなんとも言えない素晴らしい笑顔があるんですよ。あの笑顔を見れば、全てがこう、救われる。

(伊集院光)へー。なんかその、ジャケットの写真がいま横にあるんですけど。かっこいいっていうのはすごくわかりますけど。笑顔がいいんですか?

(ピーター・バラカン)素晴らしいです。

(伊集院光)それはもう、いわゆる、いますよね。男友達の中に。なんつーのかな?ガチャガチャなやつなんだけどね。そいつと付き合って得ばかりじゃないんだけど。なにかわかんないんだけど、人間的魅力にあふれる笑顔のやつ、いますよね。そういうことなのかな?

(ピーター・バラカン)ちょっとひねくれているところもあるんだけど、そういうタイプの笑顔なんですね。どちらかって言うと。ちょっと斜に構えたところもあったり。

(伊集院光)へー。それは、阿部さんとか女性評価がどうなのかも楽しみな。

(阿部哲子)はい。そうです。なんか頭の中で出たイメージは、勝新さん。

(伊集院光)あ、この番組では何度か見てますけども。勝新さんとかの笑顔、なんか本当にいい笑顔するんで。

(ピーター・バラカン)ああ、そう。

(阿部哲子)そのイメージがパッといま、お話をされて。

(伊集院光)じゃあそこは楽しみにしたいですね。そしてこの『暴力脱獄』というタイトルから俺が想像しているストーリーとずいぶん違いそうだなっていう感じはいま、してますけども。いや、まあ我々も、それからあと、ラジオをお聞きのみなさんも、お時間ありましたらぜひ、この暴力脱獄を見ていただいて、2週間後にその感想をという。

(ピーター・バラカン)ぜひぜひ。楽しみにしています。

(伊集院光)ピーター・バラカンさん、どうもありがとうございました。

(ピーター・バラカン)こちらこそ。

(伊集院光)ありがとうございました。

※ゲスト退出後のアフタートーク

(伊集院光)いやー、CM中もいろいろお話しましたけど。ピーター・バラカンさん。FMラジオに熱い人で。僕は基本的にAM育ちなんでAMラジオに熱いので。一緒にお話して。最後に、『伊集院さんもどっかの放送局の偉い人に1回、なった方がいいよ』って話をして。『いや、もしなった暁には、契約切られると思いますよ。先輩と同じようになると思いますよ。契約更新にならないと思いますよ』みたいな話をしつつ(笑)。

(阿部哲子)(笑)

(伊集院光)2週間後の先週あれ見たよ編でまたご登場いただきまして。推薦していただいた『暴力脱獄』の感想を話したいと思います。ということで、この時間のお相手は・・・

(阿部哲子)阿部哲子と、

(伊集院光)伊集院光でした。

<書き起こしおわり>

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『暴力脱獄』鑑賞後の感想トーク

(伊集院光)さて、先週あれ見たよ編です。本日の映画には一言も二言もあるゲストは、ブロードキャスターのピーター・バラカンさんです。よろしくお願いします。

(ピーター・バラカン)よろしくお願いします。

(阿部哲子)よろしくお願いします。

(伊集院光)もうね、見てきました。1968年日本公開のポール・ニューマン主演の映画『暴力脱獄』ということですが。

(ピーター・バラカン)はい。

(伊集院光)まずね、なにより言えることは、この邦題は間違っている!

(ピーター・バラカン)ですよね(笑)。

(伊集院光)この邦題はね、ひどいです。

(ピーター・阿部)(笑)

(伊集院光)あのね、この邦題を見て期待している人も肩すかしされるし、これを見て、そういうやつだろと思ったあなた。そういうやつじゃないです、これ。いわゆるバイオレンス映画だと思っちゃいますよね。

(ピーター・バラカン)全く違いますね。

(伊集院光)で、しかも手を変え品を変え、脱獄の工夫をするような映画だと思っちゃうじゃないですか。そういうんじゃないんだよな。たぶん、詳しい方には隠れてないんだろうけど、僕にとっては、よく僕はこの作品を見逃してきたなと。もう大お気に入りになりました。

(ピーター・バラカン)ああ、よかったよかった。

(伊集院光)なんか、あと変な話ですけど、ピーター・バラカンさんのこと、好きになりました。すごい。

(ピーター・バラカン)ああ、そう(笑)。

(伊集院光)あの僕、もうぶっちゃけ言いますね。僕、ずーっとAMの、割とルールのない深夜放送をやってきたから。で、その深夜放送を20年以上やったっていう自負もあるから。そこに思い入れがすごい強いんですね。そいで、バラカンさんが逆にFMで活躍されていることも知っているんですけど。

(ピーター・バラカン)はいはい。

(伊集院光)でも、AMとFMってぜんぜん違うみたいな変な意地があるんです。

(ピーター・バラカン)ああー、はいはい。

(伊集院光)で、たとえばFMはすごく音楽が中心だけど、AMは俺のトークが中心なんだ、みたいな自負があったりして。どっかで、AM、FMは相容れないものなんだろうなって構えがちょっとあったんだけど。この映画は、その壁を取り払うっていうか。

(ピーター・バラカン)おお、すごいな、それは。

(伊集院光)俺、これ最後にまとめて話すといちばんかっこいいのに、この調整ができないあたりもAM深夜放送育ちなんですけど。

(ピーター・阿部)(笑)

(伊集院光)俺ら、『あいつ、また脱獄するんだろ?』って思われている人だと思うんです。ラジオパーソナリティーって、僕は『とんでもないトークをするんだろ?とんでもないことをやらかすんだろ?』って。たぶん、バラカンさんは『俺たちの知らない曲を持ってきてくれるんだよね?で、下手をすれば、放送局はあんまかけてほしくなくても、かけてくれるんだよね?』っていう風に思われている仕事ですよね。

(ピーター・バラカン)うん。

(伊集院光)で、思われたいじゃないですか。

(ピーター・バラカン)はい、はい(笑)。

(伊集院光)でも、なかなか看守の目は厳しいじゃないですか。いろんなことが起こる中で、絶対にがっかりされたくないし。で、俺も『ちょっと待ってくれ。今は、とりあえず看守が5枚ついている。鎖が2本ついちゃっているから、ちょっと待ってくれ』っていう時期に見捨てられるのが怖いんです。いつも。

(ピーター・バラカン)ああ、うんうん。

(伊集院光)で、自分もいつか、何度も痛い目にあってくると、脱獄を諦めるようになってきたりとか。看守の杖を持って、横に犬、みたいなことも出てくるでしょう。そう見える日も出てくるけど。もうこの映画を見て、自分にも言い聞かせる。『見てろよ』っていう。『俺はちょいちょい脱獄するやつだぞ』っていう感じとかをすごい思って。たぶん、いまはバラカンさんと一緒に見た阿部さんと、リスナーでこの映画を一緒に見てくれた方にはほぼ、通じることだと思うんですけど。

(ピーター・バラカン)うんうんうん。

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つまらない権力の象徴 パーキングメーター

(伊集院光)バラカンさんが前回の放送でちょっと言ってくれた、パーキングメーターっていうのはルールと管理の象徴で。本来は交通の邪魔になるから停めちゃいけないのが駐車違反のはずなのに、お金を払えばそれは停めていいみたいな。ちょっと矛盾した社会の象徴でもあるっていうのは、実は映画には出てこないじゃないですか。そこまで、パーキングメーターがその象徴だっていう話は。

(ピーター・バラカン)ぜんぜん。うんうん。

(伊集院光)だけどそのバラカンさんの解釈を言っておいてもらったおかげで、すげー入りやすくて。

(ピーター・バラカン)ああ、そう。それはよかった。

(伊集院光)それがまた、過不足ないんですよ。あの感じが。あれがただの公共物を破壊する輩だと思っちゃうと、やっぱり入り口はおかしいんですけど。なんであれを破壊してるんだろう?っていうところに、ちょっとだけバラカンさんの言ってた、言われてみりゃあパーキングメーターって変っちゃあ変だよねっていう。

(ピーター・バラカン)つまらない権力の象徴みたいな。

(伊集院光)そういう見方もできるよね、みたいなのと、あの時のポール・ニューマンの顔を見ちゃうと、一気に映画に入っていっちゃう。こいつ、なんなの?っていう感じとか。よかったんだよなー。あの顔、なんでしょうね。どういう顔っつったらいいんですかね?あの、映画全体の中で出てくるポール・ニューマンの、いきいきとしている時の顔はわかるんですけど。そうじゃない時の顔がとてもいろんなことを含んだような顔をしてるじゃないですか。

(ピーター・バラカン)うんうんうん。

(伊集院光)なんかそれが・・・

(ピーター・バラカン)なんか切なさと、なにか超越しているような部分と両方持っている感じですよね。あの笑顔。

(伊集院光)そうなんですよね。寂しいような、呆れているような、覚めているような、どうしていいかわからないような、複雑な顔をしてますよね。それが、アメリカン・ニューシネマにおけるヒーロー像なのかもしれないんだけど。なにか、ハツラツとして颯爽として、喜怒哀楽がしっかりしてるみたいな、わかりやすい二枚目ヒーロー像じゃないですよね。

(ピーター・バラカン)ちょうどそうじゃないヒーローが出てき始める頃ですよね。だからその走りだと思う。本人がね、どこまで意識していたか。あの人、すごくね、しっかりとね、俳優としての勉強をしている人だけど。でも、そこまでの意識を持っているのか、なんか彼が持っているものが自然にわき出ている感じもしたんですけどね。

(伊集院光)なるほど。まあそこが、俳優の本質的な部分と、あとは監督の演出の部分のね、本当に相まったところが面白いと思うんですけど。監督はあとで、象徴的な笑顔をバンバンバーン!ってダイジェストで使うから、笑顔は絶対勝たせたいし。いい笑顔はくれって言ってると思うんですよ。で、その分、その笑顔以外のところみたいなのは、なんだろう?わざとらしくなっちゃダメだけど、大切じゃないですか。笑ってはいないということが。

(ピーター・バラカン)うん。

(伊集院光)かと言って、怒っているんでもなければ、わざとつまんなそうにするとか。その微妙な、あの感じがとても・・・生きている感じがするんですね。物語の人っていうんじゃなくて。その、映画の人っていうんじゃなくて、普通の人になるのは、あのなんでもない、なんでもある顔っていうのかな?全部の入ったような顔をしてると、なんか奥行きが出るっていうか。

(ピーター・バラカン)だからずっと一歩引いてるでしょ。彼は。あの、囚人たちと一緒に暮らしているんだけど、どっか自分だけちょっと別のところにいる。あの、道路工事している、タールを車が撒いて、その上に砂をかけるっていうシーンがありますよね。

(伊集院光)はい。

(ピーター・バラカン)で、途中でルークが思いついて。早く仕事をする。それで、1日かかるはずの仕事が半日で終わって、半日遊んですごせるっていう。あの時のね、顔がまたいいんですよ。

(伊集院光)いいんですよね。で、しかも、後々振り返ると、みんなのためになんかやってないんですよね。あいつが楽しもうとすると、みんなが巻き込まれるだけで。

(ピーター・バラカン)(笑)

(伊集院光)なんか本来だったら半分いじめみたいな重労働で、いつも大変なのにもかかわらず、今日はこの長い道のりをずーっと舗装工事を人力でやりますと。まあ、クソ暑い日に、まあ有毒物質も入っているでしょう。そのタールを撒きながらやる作業の中で、みんなが『おい、これちょっとでも手、抜かないと倒れるぞ』と思っているし。『こいつら、倒れるだろう』って思ってやらせているところに、まあ、まるでスポーツでもするかのようにみんなで、お祭り騒ぎでそれをすごいスピードでやって。タールを撒く車に追いつくぐらいのスピードでやって。みんなが、『こんなに気持ちよく仕事したの、初めて』みたいな。で、一緒に見ている俺たちも、なにかこの舗装工事が楽しいことでもあるかのような感じ、するし。

(ピーター・バラカン)でも、いまその話を聞いて思い出したんですけどね。池波正太郎さんの『男の作法』っていうノンフィクションの本があるんですけど。池波さんが若い時、たしか終戦直後かなんかで。税務署のね、集金係かなんかの仕事をしていたんですけど。普通、憎まれ仕事じゃないですか。ああいう仕事。でもね、ちょっと融通をきかせて、相手の気持ちを考えて仕事してたら、自分も相手も気持ちよくなって仕事ができたっていう。

(伊集院光)うんうん。

(ピーター・バラカン)だから、どんな仕事でもね、ちょっと工夫をすれば、その仕事が人のためにもなり、自分も楽しくなり・・・という、いまのあのシーンももしかしたら同じようなことかな?って初めて思いました。

(伊集院光)わかります。僕、弱い野球部のさらに補欠だったんですけど。いるんですよ。俺らは、やっぱりスパルタの世代だから。1年生は罰で延々と走るっていう、とても日本の部活的な。で、水飲んじゃいけないみたいな時代なんだけど。あれを変に楽しくなる天才のやつがいるんですよ。

(ピーター・バラカン)うんうん。

(伊集院光)なんかそいつとやっていると、これは罰じゃなくてゲームなんじゃないか?って思うような。なんか、『好きな歌を歌いながら回ろう』とか言い出すんですよ。で、歌った方がキツいんだけど、そうするとなんかね、わざと長い歌を歌ってやったりするんです。曲のセンスが出たりとかするから。なんかそうすると、みんなで『俺の番、早く来ないかな』みたいになってきたりとかするの。

(ピーター・バラカン)ああー。

(伊集院光)他にも、バイトで。スーパーのアルバイトやっていた時も、スーパーのポリッシャー清掃っていってさ、年に1回、床を磨く清掃日があるんだけど。それとかを、陣取りゲームみたいにしてやり出すやつがいて。そういうやつのこう、男がワクワクする男のヒーローみたいな人って、どこにでもいて。そういう一面をポール・ニューマンが持っているっていう説得力がある意味あふれていて。

(ピーター・バラカン)うんうんうん。

(伊集院光)で、なによりその、バカバカしくて面白くてかわいらしくて。なんか途中からね、あんな凶悪犯だらけの刑務所がね、中学校2年生の修学旅行みたいになってくるのよ。

(ピーター・バラカン)(笑)

(阿部哲子)本当、そう。もう男子校みたいって思った(笑)。

(伊集院光)そう。あのね、中2の男子って、あんな。チン毛の生えはじめがあんな感じ。だいたい、みんな。その感じになってきて。俺、なんか『○○が大食いだ』って話をしたら、急にポール・ニューマンが『俺はゆで卵50個食える』って言い出して。『じゃあ、やってみよう』っつって、みんな巻き込んで、賭けの試合になるじゃない。その50個食うバカバカしさと、50個食い終わった時に、神ですよね。あれは僕は宗教観とかよくわからないですけど、大の字になって。ゆで卵50個食い終わってみんなに祝福を受けた感じっていうのは、キリストの感じなんですよね。きっとね。

(ピーター・バラカン)だと思う。いちばん最後のシーンで、脱獄した時に送った写真がありますよね?あの写真が、4つに裂かれて。ちょうど十字架のような形になるんですね。

(伊集院光)そう。あれもよくできてて。その、脱獄した時に、『俺、成功してるぜ』って送った、他愛もない女の子2人と肩を組んでいる写真なんだけど。その3ショットの写真なんだけど。それを途中で、脱獄何度も失敗して。で、もうやる気ねえんだなってみんなが思って、期待しなくなった時に、『なんだよ、あんなやつ』って破いた。で、破いたやつを貼りあわせてた時に、ちょうど女の子の肩に手がかかっているあたりが、十字架に磔されている形で破けていて。

(阿部哲子)うわっ、気付かなかった!それ!

(伊集院光)で、その後に今度カメラが空撮になっていくじゃないですか。あれが、うわー、神になった!っていう感じ。

(ピーター・バラカン)で、あの十字路と重なって。カメラが引いていくんですよ。

(阿部哲子)えっ、それってどのぐらいの人が気づくんですか?そういうところ。

(ピーター・バラカン)僕は何度目かで、初めて気がついたから。

(伊集院光)あ、俺はなんかそこが結構グッと来ちゃって。あの、割と早めに。その他の見逃しているところはいっぱいあるんだろうけども。なんかあの時に、ずっと神様に対して応えてくれない、応えてくれないっつったのが、僕は全く宗教についてわからないから、もしかしたらそういう信仰のある人にとっては解釈が間違っているかも知れないけど。なにかわかんないけど、彼が応えてもらえなかったのは、彼自身が神だからだって思ったぐらい。

(ピーター・バラカン)ああー。

(伊集院光)最後の最後に。そりゃあ、神なんだから聞いたってわかんないよねって思ったりはしたんで。

(ピーター・バラカン)そのような雰囲気は、僕もあると思いました。

(伊集院光)うーん。いや、なんかちょっと考えさせられることが多くて。いい映画だったなー。

(ピーター・バラカン)よかった!

(伊集院光)いやいや、でもなんか僕は本当勝手に、この番組、自分で手前味噌でいいなと思っちゃいました。知らなかった映画を紹介してもらって。『あの人が言ったってことは絶対にいいものなはずだ』と思って見るのと、世の中、『テレビとかマスコミの言っていることはダメに決っている』って思って見られたら、たぶんなにも、僕らの言うことなんか受け取ってもらえないと思うんですね。

(ピーター・バラカン)うんうん。

(伊集院光)でも、いいところはあるはずだ。なにか見つけてみようと思いつつ、わからなかったら次、会えるから。わからなかったって聞こうと思えることって、僕、すごい大切だと思うんですよ。

(ピーター・バラカン)うんうん。

(伊集院光)だからバラカンさんが、僕、やっぱりクールな人だと思ってたんです。すごく。僕らからしたら、立派な大人のイメージだったんです。

(ピーター・バラカン)逆なんです(笑)。

(伊集院光)この人、熱くて多少厄介な人だなって思いました(笑)。

(ピーター・阿部)(笑)

(伊集院光)あの映画をすすめるっていうんで、『あ、厄介な人だな』って。1回、ラジオ局の偉い人に収まったんだけど、そこに収まりきらない何かがあるなと勝手に思って。なにか、今度また、ラジオでご一緒できたらいいなと。

(ピーター・バラカン)ああ、本当?よかったよかった。

(伊集院光)ぜひまた、いい映画を教えて下さい。

(ピーター・バラカン)ありがとうございます。

(伊集院光)本日のゲスト、ブロードキャスターのピーター・バラカンさんでした。ありがとうございました。

※ゲスト退出後のアフタートーク

(伊集院光)さあ、そろそろお別れのお時間です。ピーター・バラカンさんのおすすめはポール・ニューマン主演の脱獄劇。脱獄劇っていうか、まあ脱獄劇なんだけど、いわゆる脱獄ものというジャンルとはちょっと離れている。

(阿部哲子)そうですね。

(伊集院光)『暴力脱獄』でした。まあ、ラジオをお聞きのみなさんも、よろしければ、いまからでもご覧になっていただきたいと思います。

(伊集院光)ということでこの時間のお相手は・・・

(阿部哲子)阿部哲子と、

(伊集院光)伊集院光でした。

<書き起こしおわり>

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