町山智浩さんが2026年6月16日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で吉田恵輔監督の『四月の余白』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日は日本映画、『四月の余白』という映画を紹介します。これは来週26日から公開なんですけれども。これ、監督が𠮷田恵輔さんという人なんですね。この人は悪名高い監督ですよ。見た人だったらわかると思うんですけどこの人、『空白』という映画と『ミッシング』って映画を作ってるんですよ。
きついんですよ、この𠮷田恵輔監督は。『ミッシング』は石原さとみさんがお母さんなんですけど。幼い女の子が何者かに誘拐されるんですよ。で、まあ娘を探すという話なんですがなんというか、テレビドラマのようにドラマチックにちょっと泣かせたりとか、そういうことを一切しないんですね。徹底的にこの石原さとみさんが追い詰められていくんですよ。これ、途中から石原さとみさんが母親としてダメだったから娘が誘拐されたんじゃないか?っていうマスコミの報道になっていくんですよね。
で、徹底的に追い詰められるだけでなく、旦那との仲も悪くなるし。で、もう本当にもう逃げ場がなくなっていって。全然、娘さんの手がかりもつかめないんですよ。で、みんな、石原さとみさんが主演でかわいいから見ようって思った人たちは本当に心を折られますね、観客は。
それで観客も「この母親のせいじゃねえの?」って思わせるところが何個もあるんですよ。で、また石原さとみさんがもう本当にすっぴんでね。すっぴんならまだいいですよ。でもあのプルプルの唇がね、ガサガサのボロボロになっていくんですよ。「これ、お芝居だったんだ」って後から気が付くという。「そこまでやる?」とか思ったんですけど。
それで吉田恵輔監督はさらにその前に『空白』っていう映画も撮っていて。そっちはね、中学生の女の子がスーパーで化粧品を万引きしたんじゃないかと思われて、店長から追っかけられて、逃げちゃうんですね。で、逃げているところで突っ込んできたトラックに引き潰されます。で、「誰のせいだ?」ってことになってくるんですよ。で、この死んじゃった少女のお父さんがまたね、問題がある古田新太さんなんだ。一番嫌でしょう?
それでその追っかけちゃった店長が松坂桃李さんなんですけど。追い詰められそうでしょう? それで「お前のせいだ! お前のせいだ!」って古田新太さんがやるんですよ。「こいつが悪いんだよ!」ってやるんですよ。で、そうやっていくとまたマスコミがいろいろ調べるとこの古田新太にも問題あることがわかってくるんだ。
で、実際にその轢かれた時、2台の車に轢かれちゃうんですけど。その轢いた2人の運転手もどんどん追い詰められていくんですよ。関係者全員がボロボロの人生になっていきます。そこまでやるか?っていう映画が『空白』だったんですけど。だからこの人の映画を見るとキツいわっていう人なんですけど。
で、今回のその『四月の余白』というのはどういう話かというと学校とか家庭でね、どうしようもなくて手に負えなくなっちゃった少年少女を預かって更生させる全寮制の施設の寮長さんが主人公です。その人は西寮長というんですが。これをね、一ノ瀬ワタルさんという俳優さんが演じてるんですよ。この人ね、Netflixドラマの『サンクチュアリ 聖域』っていうののあの不良相撲取りですよ。とにかく練習しないし、酒と女とめちゃくちゃな人でしたけど。とにかく悪いやつでしたね。
『サンクチュアリ 聖域』の一ノ瀬ワタル主演
(町山智浩)で、まあ一ノ瀬さんがそれを演じていて。今回は何というか、元半グレでですね、刑務所にも入ったことのあるものすごく悪かったんだけど、今はそうならないように子供たちを指導している人を演じてるんですが。彼を配役したことで、本当にいいやつなのか悪いやつなのか、見ていても全然わからないんですよ。彼は特殊な俳優で、本当に悪そうにも見えるんですよね。人相が悪くて。でも笑うと、笑顔が子供みたいなんですよ。だからどっちかわかんないんですよ、観客が。
だからもう、さっきの『ミッシング』で石原さとみさんが本当は悪い母親なんじゃないか?って観客に思わせるじゃないですか。それと同じでこの映画もね、見てる方は「こいつ、本当にちゃんと更生したのかな? こいつ、本当は悪いやつなんじゃねえの?」って思いながらこの主人公を見ていくっていう映画になってるんですよね。
で、まあとにかくひどいことを散々していたんですが今は夜回りをして。地方都市で。で、悪いことしようとしてる少年とか売春しそうなその少女たちに声をかけて家に帰すということをしてるんですが。するといきなりね、金属バットを持った不良たちに襲われて。そこで1人の少年が彼の頭を金属バットで何度も叩くんですよ。西寮長の頭を。一ノ瀬ワタルの頭を。死んじゃいますよ、そのままだと。だから他の不良もびっくりして、引いちゃうんですよ。
「こいつ、何なんだ? こいつ、一番怖え!」みたいな感じで。で、その少年が海斗くんという少年で。地元の中学校ではもう全く手がつけられなくて。親も生徒も周りもね、全然。で、どうしようもなくなって。その担任の先生が夏帆さんなんですが。その夏帆さんが彼をその西寮長のやってる施設に入れるという話です。
で、とにかく話が全然通じなくて。もう人を一生残るような怪我を負わせちゃうんですけど。この海斗は。夏帆さんが「あなた、本当に人の痛みがわからないの?」って言うんですね。すると彼は「人の痛みだから俺、わかんないっす」って答えるんですよ。怖い不良じゃないんですよ。ヘラヘラしてるんです。で、これね、新人の上阪隼人さんっていう俳優が演じてるんですけど。見た目はね、全然怖くないんですよ。やせっぽちで体もちっちゃいし、ちょっと猫背気味でね。で、目の力も弱くてね。不良ってほら、目つきが悪いじゃないですか。でも、目つきも悪くないんですよ。目力も弱くて声もね、弱そうだし。気が弱そうに見えるんですけど、彼が全く人に対して容赦がなくて。相手が死んでしまうような暴力を平気で行うんですよ。
吉田恵輔監督自身の経験
(町山智浩)で、この怖さって何なんだろうと思って吉田恵輔監督にインタビューしたんですね、僕。で、「一体何なんですか、海斗のあの怖さは?」って聞いたら吉田恵輔監督自身がそういう不良のコミュニティにいたらしいんですよ。中学時代に。まあ、グレていたと。ただ、そういうグレてる少年の中でたとえば『ビー・バップ・ハイスクール』みたいなツッパリみたいな人って、いるじゃないですか。番長みたいな。喧嘩が強くて。でも、そういう人っていうのは手加減を知ってるんですって。で、関係ない人を襲わないし、大怪我はさせない。で、そういう不良は最終的には若いうちから働き始めて、結婚して家族を持ったりして、まともになるらしいんですよ。
でも、この海斗くんみたいにやせっぽちで気の弱そうに見える子の方が怖いんだと。他人の一生を完全に破壊するようなことを平気でするんだけど、それは自分自身の人生のことも何とも思ってないからなんですって。そういう人は他人どころか、自分自身とも接続してないんですよね。だってそれやったら自分の人生、破壊されちゃうんだもん。でも、それも何とも思ってない。そういうのが一番怖いし、そういうのがいるんですよっていう風にその吉田監督は言うんですよ。
(曲が流れる)
で、今かかってる曲はこの吉田監督の映画の音楽をずっと、3本とも作ってきている人で。この人はね、世武裕子さんという人なんですけども。この世武裕子さんは今、テレビドラマとかもすごいいっぱい作ってる人なんですが。この人の音楽がすごくですね、この救いのない物語に救いを与えてるんですね。
で、ちょっと映画の話に戻りますとこの夏帆さんが素晴らしいんですよ、演技が。夏帆さんがね、この不良たちによって授業を破壊されちゃうんですけども。それで一生懸命、その不良たちと戦うと今度は逆にいい子たちはどうなっちゃうの?っていう話になるんです。
だからこれね、キリストの話で。「100匹の羊を飼ってる羊飼いが1匹の羊がはぐれた時、はぐれた羊をどうするか? その1匹の迷っている羊を追っかけるのが私です」ってキリストは言うんですけど。すると他の99匹の羊が「なんだよ、俺たち、放っていかれるのかよ?」っていうので、暴れちゃうんですよ。これ、厳しい話で。この夏帆さんが徹底的に追い詰められて、すごい演技を見せてくれます。ちょっとびっくりするんで映画を見てもらいたいと思いますけれども。
でね、この西の更生施設も世間から疑われてるんですね。「あんなに悪かったやつが良くなるわけない。人はそう簡単に変われるもんじゃない」って周りから言われて、疑いの目でずっと見られてるんですけど。まあ、僕ら観客もそう見ちゃいますけど。しかもね、この西が海斗くんの父親に会ってみると、実はその父親は西がグレていた時に足をへし折った被害者だったんですよ。それで一生、障害が残ったその父親は心が折れてしまっていて。どうも海斗がグレた原因はそこらしいということで。西は自分に責任があったんだと知るんですけれども。
で、彼は土下座して謝るんですね。するとこの父親に言われるんですよ。「お前、謝ったら許されると思ってるのか? 刑務所に入ったから許されると思ってるのか? お前が刑務所に入ろうが何しようが、やられた方は一生これなんだ。やられた方は一生、傷を負うんだよ」って言うんですよ。「お前がそれからいいことをいくらしたからって、許されると思ってるのか? お前がどんな罰を受けようが、俺の傷は一生治らない」って言われるんですよ。
これもその通りですよね。これはすごい厳しい映画でしょう? で、もちろんね、西もただこれをやることによって、償うことによって許されるとは思ってないんですよ。逆に一生、償い続ける覚悟でやっているんですけど。ただ、その彼の心をまた折ってくんだ。このね、海斗くんはちょっと良くなったかと思うと、すぐにまた暴力を繰り返しちゃうんですよ。で、観客が「ちょっとこの子、良くなったかな?」と思うとまためちゃくちゃやっちゃうんですよ。何度も何度もこの西寮長は彼に裏切られるんですよ。何度も何度も何度も裏切られ続けるんですよ。
で、ただこれを見てるとね、西は永遠に自分は許されないと思っていて。だから永遠に償わなければいけないと思っていて。だから海斗にいくら裏切られても、決して見捨てないんですね。それで何も救えないし、海斗は変わらないんですけど。でも、見捨てないことが彼自身の永遠の償いなんですよ。これね、聞いてると「そんな厳しい映画、見たくねえよ」と思うかもしれませんけど。ただ、これが一ノ瀬ワタルだから、違うんです。面白いんですよ。彼を見てるだけで楽しいんですよ。
それこそ金属バットで頭を殴られたりとか、せっかく信じてたものを裏切られたりするんですけど。彼の困ってるのか、笑ってるのかよくわからない表情が独特で。だから、笑っちゃうんですよ、見てる方は時々。で、面白いのはこの不良たちもあんまり彼がおかしいから、笑っちゃうんですよ、時々。
「てめえ、この野郎!」とか言ってもこの人の顔を見ると思わず笑っちゃうんですよ。これはね、役者というものの選び方で映画がこれだけ変わるのかと思いました。これが他の人だったら、たぶんものすごく救いのない、逃げ場のないドラマになっていたと思うんですよ。これ、彼にすることで不思議な笑いと温かさが生まれるんですね。これはやっぱり俳優っていうのはすごいなと思いましたね。で、まあ吉田監督の作品、今までもきつかったんですけど。彼自身ね、「8割苦しくて2割、希望を与えます」って言ってんだけど。「てめえ、この野郎。9割苦しくて1割希望だろう?」と思うんですけど(笑)。でも希望は1割はあるんですよ。ほんのわずかな。それが「余白」なんですよ。
それがあるから人は生きていけるんで。そういうね、映画がこの『四月の余白』で、来週26日公開なんですが。もう一つ、この映画を救ってるのは、さっきも言ったんですけれども。さっきからずっと流れてるピアノなんですね。このような話でね、ずっとこういうピアノなんですよ。瀬武裕子さんのピアノでね。で、彼女はね、シンガーソングライターでもあって自分で歌も歌ってるんですけども。本当に素晴らしい歌なんでね、ちょっとここで最後に聞いていただきたいと思うんですが。「みらいのこども2023」という2023年の曲なんですけれども。ちょっと最後に聞いていただけるといいなと思います。