町山智浩さんが2026年5月12日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はフランス映画を紹介します。『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』という映画です。どうぞ。
(町山智浩)この音楽を聴いてなんかいろんな形で思い出すと思うんですけど。これ、聴いたことありますか? これはもともとは1968年にシルヴィ・バルタンというフランスの歌手が歌った『あなたのとりこ』という曲なんですけども。その20年後ぐらい、80年代に1回、カメラのコマーシャルで使われてリバイバルヒットしたんですよ。
で、その後、2001年に『ウォーターボーイズ』という日本映画で使われたんですよ。あれ、高校生の男の子たちがシンクロナイズドスイミングをするんですけど、玉木宏さんがイケメンなのにこの映画ではさ、鼻の横にでかいホクロをつけたブサメンの役をやっていて。彼、完全にコメディだったんだけど。で、これでもう最後のクライマックスでこの曲で男の子たちがシンクロするんですね。それでみんなね、世代によって覚えたきっかけが違うというものなんですけども。
でも何世代もの人がこの曲を覚えているというすごい歌なんですが。このね、シルヴィ・バルタンという人は1944年生まれで今、81歳なんですけれども。日本人にとっては最初に「アイドル」という言葉で呼んだ人だと言われてるんですよ。アイドルという言葉はもともとあったんですけど、日本には浸透してなくて。1964、5年にですね、このシルヴィ・バルタンの『アイドルを探せ』という映画が日本で公開されて。その主題歌『アイドルを探せ』が大ヒットして「これがアイドルというものなんだ」っていうことで日本の人が認知したんですね。
日本ではじめてアイドルとして認知されたシルヴィ・バルタン
(町山智浩)で、これが大ヒットしましてですね。どのくらい日本で影響があったかというと、あのウルトラマン。円谷プロのウルトラマンに出てくる宇宙からの侵略者バルタン星人。あれはシルヴィ・バルタンがものすごい人気だったから付けられたと言われていて。まあ、全然違うから本人は怒ったと思いますけど。はい。でもものすごい人気だったんですよ。
で、ビートルズより彼女の方が早かったんですよ。アイドル人気っていうのは。もうこれはテレビのコマーシャルとかでも日本語で歌ったりね、すごい人気だったんですけど。で、この人はね、実はそのアメリカとかイギリスとかのロックミュージックとか、そういったものがフランスに輸入される時、元は英語ですから。それをフランス語で歌うっていう形で大ヒットした人なんですよ。
昔はね、ポップス歌手とかそういった人たちはアメリカやイギリスの歌を日本語とかで歌う人たちだったんですよ。オリジナルは後からなんですよ、実は。で、そういう形ですごい人気だったんですけど。この映画のタイトルがですね、『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』というタイトルで。「なんだ、これ?」と思うんですけど。この映画、シルヴィ・バルタンについての映画じゃないんです。
これはロラン・ペレーズというフランスのラジオパーソナリティの人の自伝の映画化なんですよ。ラジオの司会者の人なんですよ。帯番組をやってる人なんですよ。月・金とかで昼間とか午後とか午前のラジオをやってる人なんですよ、この人。この人ね、僕も親近感があって……。
(『アイドルを探せ』を聴いて)
(町山智浩)この息がいっぱい入った、ため息みたいな歌い方とか、声が裏返ったりするところとか、アイドルの歌の基本パターンを作ったんですよ。この人は。ちょっと舌足らずだったりするところとかも……これからアイドル歌謡っていうのが出てきたみたいなものなんですけど。
で、さっき言ったロラン・ペレーズさんっていうこの映画の主役の人は僕と年齢が基本的に同じで、1963年生まれなんですよ。だから子供の頃、要するにウルトラマンとかを見た頃にシルヴィ・バルタンを知った人なんですよ。だからものすごく同世代感があるんですけど。
この映画ね、実は結構きついところがあって。まず、このロラン・ペレーズさんは生まれた時から先天性の内反足という状態だったんですね。内反足っていうのは足首のところが完全に内側の方に曲がって、反り返っている状態で生まれてきて。1000人に1人って言われてるんですけど、歩くこと不可能な先天性の異常なんですね。彼はこれで生まれてきた人なんですよ。
で、小学校に入る頃でも本当に這いつくばってしか移動できない。で、「学校に行かなきゃ」ってなるんですけど、もう手術を何回もして。家は貧しくてね。で、あらゆる病院にお母さんが行くんですね。「私のせいでこの子は歩けなくなったんだ。私が悪いの。私は何が何でも、本当に神様に誓ってこの子を治す」って言って、このロランくんを背負って駆けずり回るお母さんの話なんで。『ママと神さまと』っていうタイトルなんですよ。
で、実話なんですけど。で、福祉局が来て「このまま学校に行かせないとこの子、読み書きができなくなっちゃうよ」って言われるんですね。「うちはとにかく矯正して治すから。だから矯正をして治るまでは学校に行かせない」って言うと、福祉局の方から「勉強がちゃんとできてるかどうかを調べに来る。勉強ができてなかったら強制的にも学校に行かせます」って言われるんですね。
っていうのはこれ、矯正器にはめるんですけど。はっきり言って足を木の枠に無理やり固定するだけのものなんで、歩けないし動けないんですよ。どこにも行けないんですよ。痛いし。で、この辛い治療に耐えなきゃならない時、このロランくんを支えたのがシルヴィ・バルタンだったっていう話なんですよ。
矯正をしちゃうと、もう動けなくなっちゃうから。もっとちっちゃい頃にやれればよかったんですけど、まだこの頃ね、この矯正術がそれほど普及してなかったんだそうです。今はこれが基本的な治療法になってるそうです。でも当時はまだ、そうなっていなくて治療が遅れたんですね。
で、まあ痛いわけですよ、ロランくん。6歳かそこらでね。でも、そのテレビでシルヴィ・バルタンを見て、好きになっちゃって。で、自分が辛くてもシルヴィ・バルタンを聴いていればっていう子になってですね。まあ、早い話がアイドルオタクの誕生ですよ。しかも、その歌を、歌詞を覚えることで言葉を習っていくんですよ。
で、シルヴィ・バルタンとお母さんの力で足を治しまして。歩けるようになって学校に行くんですけど……この子、ロランくんがシルヴィ・バルタンがあんまり好きなんでね、マジックで前歯の間を黒く塗るんですよ。それはね、シルヴィ・バルタンっていう人は前歯の間が空いてるのが特徴だったんですよ。で、19歳ぐらいなんですけどこの前歯が空いてるのがおしゃれっていうので、シルヴィ・バルタンに憧れる女の子とかがわざとすきっ歯になるようにマジックで黒く塗ったらしいですよ、当時。それで男の子の彼まで真似しちゃうんですけどね。
で、やっと歩くことができるようになった。そしたらですね、お母さんは「いや、まだちゃんと歩けない」っていうことで。要するに、まだしっかり、ちゃんと歩けないわけですよ。なのでしっかり歩けるようにっていうことでですね、演劇学校に入れて、バレエをやらせるんですよ。
これ、無理ですよ。ロランくんも痛くて泣くんですけど。「あんた、他の子より遅れてるんだから。人よりも何倍も苦労しなければならないのよ!」って言って、ものすごいきついバレエをやらせるんですよ。このお母さんがやりたいのはたぶん、バレエは足を開くから。それが息子にとっては一番いいと思ったんですよ。治すには。ところがこのロランくん、なんとそれを克服してダンサーになっちゃうんです。
それだけじゃなくて、子供なんですけど子供ダンサーとしてですね、テレビとか映画に出るようになるんですよ。ロランくん、その当時10本以上の映画とかに出てるんですよ。売れっ子なんですよ。でね、「このまま僕は映画スター、アイドルになるんだ!」みたいに思っているとお母さんが「やめなさい」って言うんですよ。
このお母さん、どうかしてるんですけど。「芸能人になったって、売れなきゃ食えないのよ。売れるかどうかなんて何分の一かの可能性しかないじゃないの」って。これ、この間の『サンキュー、チャック』のおじいさんと同じこと言ってるんですよ。で、「あなたは資格を取りなさい。一番いいのは法学部に行って弁護士になるのよ」っていうので、法学部に無理やり入れて弁護士にしちゃうんですよ。
で、今度は好きな女の子ができて、どうしようかなと思っているとそのお母さんがその女の子を見て「あの子、いいわよ。結婚しなさい」って言うんですよ。「いや、でもあの子、実は結婚してるんだよ?」って言うと「それが何よ? 離婚させなさい」って言うんです。ものすごい話で。「困ったな、これ」っていう。本当は感動の実話なんだけど、お母さんがあんまり無茶苦茶なんで、コメディになっちゃってるんですよ。
これ、本当は大変な困難を抱えた男の子が頑張って弁護士になって。それこそラジオでも成功していくっていう話なんですけど、それが感動の実話にならなくて。コメディになっちゃってるんですよ。これをコメディにするの?って思いましたよ、僕。
ただね、彼はそうやって成功していく中でシルヴィ・バルタン本人は不幸になっちゃうんですよ。交通事故で、もう本当に死ぬ寸前までの重傷を負ってね。それが原因で……旦那が運転してたんで、それで離婚になったりとか大変なことになってくるんですけど。その中で、年齢がかなり行って第一線から退いていく中で、このロランくんはそれでもずっとシルヴィ・バルタンを……自分の命の恩人だからシルヴィ・バルタンのことを追っかけ続けて。ついにフランスで一番シルヴィ・バルタンに詳しい人として、彼女にインタビューすることになるんです。これ、すごいんですよ。
で、しかもそのシルヴィ・バルタンと会って。シルヴィ・バルタンが「あなたは何の弁護士をやってるの?」「僕、著作権なんですよ」「じゃあ、私の弁護士になれば?」ってなるんです。この映画、詰め込みすぎなの。ネタを詰め込みすぎで、テンポが速すぎて泣く暇がないんですよ。しかもね、このお母さんとそのロランくんはものすごい差別されてる人で。彼ら、モロッコからフランスに来た移民なんですよ。で、さらにモロッコではユダヤ系として差別を受けてきた人たちなんですよ。だからダブル差別なんですよ。
で、特にモロッコはフランスが占領してる時、フランスがさらにナチに占領されたんで。それでユダヤ人弾圧までやってるんでね、もうぐちゃぐちゃなんですけど。で、そのシルヴィ・バルタン自身も実はフランス人じゃないんですよ。純粋な意味で。ちょっと曲をかけてもらえますか? 『思い出のマリッツァ』です。
(町山智浩)これはそのシルヴィ・バルタンがいつも歌っている、そのアメリカやイギリスのポップス的な歌と全然違って典型的なフランスの切々と歌うシャンソンみたいな感じなんですけど。このマリッツァっていうのはブルガリアとトルコとギリシャの国境付近を流れる、その非常に政治的に複雑なところを流れる川の名前なんですよ。で、このシルヴィ・バルタンのお父さんはアルメニア人なんですよ。
で、アルメニアではトルコによって大虐殺があって。それで世界中にみんな、難民として逃げたんですね。で、ブルガリアに逃げたんですよ。シルヴィ・バルタンのお父さんは。ところが今度はブルガリア側がソ連によって共産主義化されるわけですよ。で、またフランスに逃げてきた人なんですよ。だからこのロランくんとシルヴィ・バルタンはちょっと境遇が似てるんですよね。
だからものすごく重くて複雑な話なのに。しかもこのロランくんにはもっと大きな悲劇がやってくるんですよ、この後に。これはきついだろう。これ以上はコメディにはできないだろうと思うと、してきます! これ、すげえなと思って。これね、主演のロランくん役の人がフランスのコメディアンなんですよ。何が何でも笑わそうとしてきて、大変なんですけど。いや、まあすごいなと思って。
で、この映画がとにかくすごいのは、このロランのママ、お母さんを演じた人、レイラ・ベクティさんって人。この人はロランくんを産んだ30代から本当に年老いて70代になるまでを1人で演じてます。朝ドラ女優みたいですけど、NHKの朝ドラは70になっても老けメイクをちゃんとしないじゃないですか。実際には40ぐらいの人なんですけども。それが70代まで……で、すごいのはそのしゃべり方だけじゃなくて、背中が丸まっちゃう感じとか、歩き方がおぼつかなくなる感じのリアルさとかすごいんですけど。
この人、超名優ですがこの人自身はユダヤ系の役をここではやってますけど本人はアルジェリア系の人で。彼女はイスラエルによるガザ虐殺に対して正式に反対表明を出した人で。その辺もフランスってすごく複雑ですよね。政治的にね。で、そこの中を軽やかにコメディとして駆け抜ける映画がこの『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』なんで。ちょっとね、どう見たらいいのか、時々困りましたが。素晴らしい音楽とね、奇想天外な展開と、まあ本当に波乱万丈の人生で最後は泣きましたね。はい。