町山智浩『ハムネット』を語る

町山智浩『ハムネット』を語る こねくと

町山智浩さんが2026年4月7日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『ハムネット』を紹介していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はですね、今週10日金曜日に公開になるこれはイギリス映画ですね。アメリカでもスピルバーグが……あのスティーヴン・スピルバーグが制作に関わってるんですけど。『ハムネット』をご紹介します。

(曲が流れる)

(町山智浩)これはもういかにもイギリスのね、昔の音楽ですけど。これね、シェイクスピアについての話なんですね。『ハムネット』というのは。シェイクスピアで『ハムネット』ってそれ、字が間違ってねえか?って思いますよね。僕も「何だろう? 何かの誤字かな」と思ったんですけど、これは『ハムネット』というのはシェイクスピアの本当にいた息子さんの名前なんですよ。

で、彼の長男だったんですけれどもこの長男は11歳の時に亡くなっちゃうんですよ。で、ところがその数年後にですね、シェイクスピアは『ハムレット』という戯曲を書くんですね。ロンドンのグローブ座で初演するんですが。この実在の息子で、若くして11歳で死んでしまったハムネットとその数年後に『ハムレット』を上演したということの関係がずっと、そのシェイクスピア研究家の間では謎とされてたんですよ。

ハムネットとハムレットの謎

(町山智浩)これ、すごい関係ありそうなんですけど、具体的にどういう関係あるか?っていう資料が一切ないんですよ。で、いろんな説があって。あのジェイムズ・ジョイスっていう『ユリシーズ』の作者は「『ハムレット』はハムネットくんが亡くなったことに対する、それで書いた話なんだ」という風に断言しちゃってるんですね。そういう人もいるし。「いや、でも偶然に過ぎないんじゃないか? 関係性がよくわからないし」という風に言ってる人もいて。ずっと、そのイギリス文学の研究家の間では論争があったんですが。

これ、原作の小説がありまして。1人の女性がね、「もし本当に関係があったら」ってことで書いた話なんですよ。マギー・オファーレルっていう人が書いて、これがベストセラーになってるんですね。で、それの映画化なんですけど。もう一つ、シェイクスピアには謎とされていることがあって。彼には奥さんがいたんですけど、奥さんとの関係が結構謎だったんですよ。というのは、シェイクスピアが生まれた町っていうのはストラトフォード・アポン・エイボンっていう、かなりすごい遠い、何日もロンドンからかかる所にあって。僕も行ったことあるんですけどちっちゃい田舎町なんですね。

そこにずっと奥さんは住んでたんです。子供もそこで育てていて。ただ、シェイクスピア自身はその有名なロンドンの自分がやってる劇団のグローブ座っていう劇場に座付きで作家として入ってたから、家にほとんど帰ってなくてずっと別居状態に近かったんですよ。で、「この2人の間に愛はあったのか?」っていうのはずっと論争になってるんですよ。

これ、出会いもすごく論争の元にあるんですけど。シェイクスピアが奥さんと結婚した時は奥さん、すでに妊娠してたんです。最初の長女をね。で、その2人の間の年齢差がすごくあったんですよ。シェイクスピアの奥さんって、すごい年上だったんですよ。で、その当時、シェイクスピアは……あとシェイクスピアはその結婚をした時、まだ18歳だったんですよ。

で、奥さんの方はアンさんって人なんですけど26歳で。すごい年も離れてる上に、妊娠していたと。で、これは本当に好きで結婚したのかな?っていう風に疑問を持っている人もいて。当時の感覚だとこれ、かなり離れてることになって。当時、50歳代が平均寿命だったような時代だったんで。で、別居してるしね。で、昔、アカデミー賞を取った映画で『恋におちたシェイクスピア』っていう映画があったんですけど。あれはシェイクスピアと奥さんの間は不仲だったという仮説の上で、別の人を好きになったという話で書かれたものなんですね。

で、悪妻説とかもあって。奥さんはちょっと、なんかあんまりいい人じゃなかったんだという説もあるんですけど。この原作者は今回、この『ハムネット』の中で「そうじゃないよ。2人の間には愛もあったし、ハムネットが亡くなったことで『ハムレット』を書いたんだ」ということで作った話がこの『ハムネット』なんですね。これ、映画の冒頭でですね、当時のイギリスの田舎では『ハムネット』と『ハムレット』は同じ名前の言い換えで、ほとんど同じものとされていたっていう当時の研究の引用から始まります。

これ、当時はそんなに厳密に違いがなくて。『ハムネット』だったり『ハムレット』だったりしたんだと言われていて。でも『ハムレット』っていうのは実際の話を一応、元にしてはいるんですよ。要するにデンマークというか、あの辺の北欧の王子が自分の父親を殺されたんだけれども。その殺した犯人がですね、自分の叔父で。で、その未亡人になる自分の母親とその叔父が結婚して王座を奪ってしまったと。そこでそうなると王位継承者であるハムレット王子は殺される可能性あるわけですよ。当時はね。毒殺されちゃうんで。

それを防ぐために気のふれたふりをしたという元の話があって。それをシェイクスピアは元にして『ハムレット』という話にしたんですね。ただ、名前は非常に近いので。一方、史実……史実ってわけでもないんですけど。まあバイキングの時代なんで。昔のその北欧っていうのはもっと野蛮な世界だったらしいですけど。はい。だからまあ、どういう関係があるのかってことでまず最初に出会いから始まるんですけど。

まず、ここで驚くのは、これは史実に近いらしいんですけど。『ハムレット』を書く前のそのシェイクスピアっていうのは、別にその芝居をやりたいと思ってたんだけど父親からは「後を継げ」って言われて。父親は革細工職人で、大金持ちだったんですよ。その町の市長もやってたんですけどなんか汚職疑惑とかでクビになっちゃって。で、いつもイライラしててこのシェイクスピアを殴るんですよ。ものすごい暴力的な父親で。

だからシェイクスピアの物語に出てくる父親って『リア王』とかもそうですけど、ろくでもない親父が多いんですよ。クズ親父が多くて、虐待的なんですけど。毎回そうなのはまあ、シェイクスピアが実際にそうだったからだと言われてるんですね。

もうぶん殴られるんで。もう全然、意味なくぶん殴んですよ。メシを食ってる時とかに。ところが、その頭とか怪我してるところにその奥さんである……この映画では「アグネス」っていう名前になってますが。彼女が現れてですね、その怪我を治してくれるんです。薬を塗って。で、このアグネスさんという人は魔女と言われてた人がお母さんなんですけど。この当時のヨーロッパにおいて「魔女」と言われてる人は、実は薬剤師に近い存在なんですよ。

これ、前にも話したんですけどその当時はその女性がですね、薬草を全部知り尽くしていて。で、民間療法を行ってたんですね。漢方医ですよ、いわば。だからおとぎ話に出てくる魔女のイメージっていうのはグツグツ何かを鍋で煮て、薬を作ってるじゃないですか。あのイメージなんですね。

ゲームでほら、主人公とか怪我した時に薬をもらいに行くじゃないですか。森の中に。そうすると、鍋で煮ている薬をくれると治るじゃないですか。あれなんですよ。で、この奥さん、アグネスさんもそういう薬が得意なんですね。で、まあひどい暴力の父親から殴られているシェイクスピアを癒して2人は結婚するんですけど。

これね、シェイクスピアを演じてる人はポール・メスカルという人で。『グラディエーターII』とかに出てる俳優さんで今度、ビートルズの伝記映画でポール・マッカートニーを演じることになってる人なんですが。で、奥さんの方はジェシー・バックリーっていう女優さんが演じていて。彼女はこれでアカデミー主演女優賞を取っています。このキャスティングがちょっといいなと思ったのは年の差がね、本当のシェイクスピア夫妻に近い感じになってるんですよ。ポール・メスカル、すごく若くて30歳なんですけど、奥さん役のジェシー・バックリーさんが36歳で。本当にシェイクスピアの夫婦は8歳違いだったんですけど、そのくらい設定を近づけてるんですね。だからちょっとお母さんみたいなところがある。お姉さんっていうか。で、いつも父親にいじめられて傷ついている彼を癒してくれる人として出てくるんですけど。

ただね、それでね、子供ができてね。それで最初1人目が娘で、次の子供はこれも史実通りなんですけど男と女の二卵性の双生児なんですよ。双子だったんですよ。3人目。そのうちの男の子の方がハムネットくんなんですね。で、まあ夫婦仲もいいしね。で、お芝居の方にね、ちゃんと彼は仕事を得て。それでまあ、幸せに暮らすわけですよ。家族4人で仲良くね。ところがこの当時ね、ヨーロッパ全土にペストが流行しちゃうんですよ。

で、これはノミが媒介するペストだったらしいんですけど当時、実際に流行っていて。で、ハムネットくんはね、11歳なんですけど父親が書いた芝居で剣士の役、騎士の役をやりたいとか言っていて。俳優になることを目指してるんですけど。すごくね、「男だから頑張んなきゃ!」って思い込んでるんですよ、この子は。で、シェイクスピアはロンドンに出張に行っちゃうじゃないですか。で、家をずっと空けているから、自分の息子にこういうことを言っちゃうんですよ。「お前は男なんだから、母さんや姉さんや妹を守るんだぞ」って言っちゃうんですよ。子供なのにね。11歳だからね。ところが、それが仇になって……まあ詳細は言わないんですけど。彼はペストで死亡しちゃうんですよ。父親の出張中に。

で、まあこの奥さんのアグネスさんは自分が薬剤師だから一生懸命、息子を救おうとするんですけど。まあペストだからね、救えなかったんですよ。で、この夫婦仲は地獄に落ちちゃうんですよ。「あんた、息子が一番大事な時に仕事でいなかったじゃないの!」と。だからこの映画『ハムネット』っていうのはその大昔、何百年も前のシェイクスピアの実話を扱いながら今、家にあんまりいないお父さんと、その子供を全部預けられてるお母さんの話なんですよ。すごい身近なね、誰にでもよくあるようなことになってるんですよ。

現代でも身近な話

(町山智浩)で、息子が死んじゃってそのお母さんも鬱になって、おかしくなっていくし。で、責められたシェイクスピアの方もね、それこそ「生きるべきか、死ぬべきか」っていうようなところまで追い詰められていくんですよ。で、その中で『ハムレット』を書き始めるんですけど。この映画ね、クライマックスはこれ、言っちゃっていいと思うんですが。その『ハムレット』の初演です。10分間、この『ハムレット』のお芝居をやります。シェイクスピアが。で、それを自分の奥さんを呼んで、見せます。アグネスさんを。

で、この10分間ね、その芝居の方はセリフがあるんですが。アグネスさん役のジェシー・バックレーさん、セリフが1個しかないんです。客席にいて見てるから。で、どういうことが起こるかというと、この『ハムレット』という芝居はこの物語の中ではね、その息子と一緒にいられなかった、奥さんを助けられなかったシェイクスピアの贖罪の物語なんですよ。

で、もうこれ以上は言えないんですが、もう涙ボロボロなんですよ。この上演が。彼、シェイクスピアはちょっとコミュニケーションに問題がある人で。奥さんに責められてる時も、何も言えないんですよ。うまく。「あんたのせいだよ!」とか言われていても。でも、彼は芝居を書くことだけはできるんです。自分の気持ちを全部、その芝居にぶち込むんですよ。で、さらにその側にいてあげられなかった息子への弔いの儀式にもしていくんです。その芝居を。これ、すごくて。それをまたずっと見てるだけの観客席にいるジェシー・バックレーさん、奥さん役の人。アグネスの顔をずっとカメラが映し続けるんです。

それは舞台の方から……つまりシェイクスピアの視点から撮ってるんですよ。で、このジェシー・バックレーさん、セリフ1個しかないんですが。この10分間のクライマックスでは。顔だけで、最初は怒りに燃えてるわけですよ。「なんで『ハムレット』なんて芝居をやんの? 亡くなった息子で商売しようってのかよ! もう我慢できない。この夫と離婚する!」って顔なんですよ、最初は。それが見てくうちにそのハムレットを演じてるその男性の俳優と11歳で死んだ自分の息子の見分けがつかなくなってくるんです。

これは理由があって、息子さんを演じた俳優さんとハムレットを演じた俳優さん、兄弟なんですよ。似てるからね。でも劇中でハムレット、ハムレットって言われるから、そのお母さんは自分の息子なのか何だか分かんなくなって、どんどんパニックに陥っていくんですよ。芝居なのか何なのか、もう分かんなくなっちゃって。自分の息子が生きていて、この年まで成長して。息子は生きてる時に「舞台に出たい」って言ってたからね。本当に俳優になったのかと思っちゃうんですよ。で、もうなんというか、感情がめちゃくちゃになっていって。で、見てくうちに「ああ、これは夫のお詫びなんだ」ってことに気がついてくるんですよ。

しかも、「息子はこの芝居を通して私にさよならの挨拶を言ってるんだ」ってことも分かってくるんですよ。ただ、それは一切セリフなしで顔だけで表現します。ものすごいですよ。だからこれでアカデミー賞取りましたよ。すごいです。もう、セリフなしです。表情だけです。

これ、奥さんがね、あまりにもないがしろになってるんで。シェイクスピアばっかりがね。でも、奥さんも協力者なんだ。共作者なんだってことと、あと奥さんは薬を使って人を治すことを仕事としてるんだけど、シェイクスピアはお芝居で人を癒すことを仕事としてるんだっていう。その演劇とか映画を作る人っていうものの役割はある意味、医者とか薬剤師と似てるんだっていうようなことも言っている映画なんですよ。言葉では言ってないですけども。

で、なぜ我々が芝居を見たり、映画を見るのかということの意味もそこにあるんですよね。ということでもう、ボロ泣きでしたけど。特に子供がいる親御さんはもう、なんていうかね、まともに見れないですよ。後半。劇場がもう嗚咽で……という映画が『ハムネット』でもうぜひ、ご覧いただきたいと思います。

『ハムネット』予告

アメリカ流れ者『ハムネット』

タイトルとURLをコピーしました