爆笑問題のお二人がが2026年6月2日放送のTBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』の中で20数年前に『笑点』の収録に参加した際の模様を振り返り。「楽屋がボクサーの控室で血だらけだった」と話していました。
(太田光)この間、『笑点』に出たじゃない? 『笑点』、60周年ですよ。で、我々はその『笑点』より年上だからね。61歳だから。で、久々に出たけどさ。まあ我々の部分はあれね、収録だったんですけどね。で、何週間か前かな?
(田中裕二)そうですね。5月中旬ぐらいに。
(太田光)5月中旬ぐらいに行って。で、何十年ぶり……20何年ぶりとか、言われてたじゃん? 鬼頭さんが来てくれてさ。
(田中裕二)プロデューサーのね。
(太田光)「ありがとうございます」なんて言っててさ。「実は前は20何年前にどうのこうの」っていう話をしててさ。俺ら、大喜利の司会もやってるんだよね。
(田中裕二)それ、だから全然覚えてない。
(太田光)全然忘れてたよね? 何だったんだろうな、あれ。
(田中裕二)なんだろうね。そんな覚えてないか?って……。
(太田光)だから要するに特番で……いわゆるその本家の大喜利じゃないですよ。あの頃は先々代の圓楽師匠だったから。要するにその回だけのスペシャル大喜利みたいなので我々、若手……まあボキャブラの頃だろうね、あれね。若手のお笑いがやる大喜利の司会を2人でやってるんだよな。あそこに座ってさ。
(田中裕二)あそこに座ってやっているんだね。
(太田光)そんなことをさ、忘れるかねって思ったよね。
(田中裕二)そうね。
(太田光)言われて初めて「ああ、そういえばそういうの、ありましたっけね?」なんて言っててさ。で、前に出た時はさ……だからたぶん俺、考えるにそれって24時間テレビをやった時とかかなと思うんだよ。
(田中裕二)ああ、それはあるかもしれないね。
(太田光)たぶんその頃だと思うんだよね。だから前に出た時、ネタで出た時っていうのは20何年前で。ちょうどボキャブラとかの頃だと思うんだよね。たぶんね。で、あの前の時ってさ、後楽園ホールでさ。今、もう日テレで撮ってるんだけど。
(田中裕二)でも大体、やっぱり後楽園ホールみたいね。
(太田光)後楽園ホールで撮ってる? えっ、まだ撮ってるの!?
(田中裕二)らしいよ?
(太田光)ええっ!?
(田中裕二)いや、そんな素っ頓狂な声、出さなくていいじゃん(笑)。
楽屋がボクサー控室
(太田光)前の時、後楽園ホールでさ、楽屋がもうボクサーの控室なんだよね(笑)。それでさ、周りが血だらけなんだぜ?
(田中裕二)すごいよね(笑)。
(太田光)すごかったよね。ベンチみたいのしか置いてなくてさ。周り、血だらけなんだよね。死体とか、ゴロゴロゴ転がっていて(笑)。
(田中裕二)そんなことはねえけど(笑)。
(太田光)暗い気持ちで行ったよな、あそこな。
(田中裕二)行ったね。
(太田光)で、あの時にちょうどあの頃、先々代の圓楽師匠。だから馬面のね。「まずは二問目!」っていうあの圓楽師匠なんだけど。あれがさ……あの人は司会で。だからまだみんな、好楽師匠とかも若かったんだけど。BOOMERもその頃、同時に出ていて。何回か出てるんだよ、BOOMER。で、これはBOOMERから聞いた話ですよ? 大喜利の後に好楽師匠が圓楽師匠の楽屋に呼び出されて、泣かされてたって(笑)。
(田中裕二)えっ、何その話?(笑)。
大喜利後、好楽師匠が圓楽師匠に泣かされていた?
(太田光)BOOMERが目撃したっていう。「なんだ、あの答えは!」っつって。すっごい泣かされてたっていうのをBOOMERから聞いたんだよね。だから好楽師匠がまだ若手なんだよ。
(田中裕二)ああ、そうか。好楽師匠が若手なのか。
(太田光)若手なんだよ。その頃なんだよ。だからそれがもう今、最年長でね。小遊三師匠と2人で最年長で。
『笑点』の出演者の楽屋がボクサー控室であちこちに血がついているの、凄惨すぎる! 大喜利に出演する師匠も同じ環境だったのか、すごい気になります(笑)。