町山智浩 Apple TV『プルリブス』を語る

町山智浩 Apple TV『プルリブス』を語る こねくと

町山智浩さんが2025年12月23日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でApple TVで配信中のドラマ『プルリブス』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はですね、ちょうどそのウイルスと関係のある映画っていうか、ドラマですね。配信されているものでApple TVという配信サービスで配信中のドラマで。ちゃんと日本語版がついてるやつなんですけど。これ、すごいドラマです。今年のアメリカのドラマで一番すごかった。ベストですね。『プルリブス』という作品を紹介します。

(町山智浩)この曲は1960年代のヒッピーカルチャーというのがありましたが。愛と平和で世界をひとつにするという若者の運動があったんですが。その主題歌ですね。『HAIR』というミュージカルが当時、ありまして。その歌で『アクエリアスの時代』という歌なんですね。これがこの『プルリブス』という今日、紹介するドラマの第7話のエンディングに使われているんですが。これアクエリアスというのは飲み物でありますけど。本来は占星術、星占いで「みずがめ座」のことですね。

で、占星術では1960年代ぐらいから2600年ぐらいまでかな? その間を「みずがめ座の時代」という風に呼ぶらしいんですよ。で、このヒッピー ムーブメントとかカウンターカルチャーと言われている動きというのはこの1960年代に入った時に「これはみずがめ座の時代なんだ。ここから人類の歴史は変わるんだ」と言われたんで、それを歌った歌なんですよ。

で、どう変わるかというと、人々はもう諍いをやめて調和して互いを完全に理解し合うことになる。共感と信頼だけが溢れていく。誰も嘘をつかなくなって。誰も誰かを見下したりはしないという風に言われたんですよ、当時。で、若者たちがそれを実際にやろうってことでヒッピー運動をして。ラブ・アンド・ピースというね、愛と平和で世界をひとつにしようとしたことがあったんですけれども。上手くいきませんでしたが。

で、この『プルリブス』というドラマがこの歌を使ったのは意味があって。本当に全人類、70億人の心がひとつになるというドラマなんです。全く同じ、ひとつの人格になるんです。70億人の人類すべてが。ただ、このドラマの主人公1人だけが仲間外れなんです。 これ、すごい話でしょう? これ、でか美ちゃんの言うようにエヴァンゲリオンの人類補完計画。「だけど、俺は嫌だ」ってやつですよね。それに近いです。

これね、プルリブスっていう言葉がね、ちょっとわかりにくいんで。「なんだ、こりゃ?」と思うんですけど。これはアメリカでね、お札を見ると必ず書いてあるんですよ。写真があると思うんですけど。お札にね、アメリカの国章っていう、国のマークがあるんですね。そこにラテン語で「E pluribus unum」って書いてあるんですよ。

これは「複数のものでひとつになる」というラテン語なんですね。「みんなでひとつになる」っていう意味で。これはアメリカは世界で最初の連邦国家で。その13の別々の国が集まってひとつのアメリカっていう国になるっていう、そういうことをやった初めての国なんですね、アメリカは。だからそれを「みんなで集まってひとつになる」っていう風に書いたんですけど。

(町山智浩)この 『プルリブス』っていうドラマの中では、全人類がひとつになっちゃうんですよ。国も民族も人種も何もなくなるんですよ。性別すら。で、どうしてそうなるか?っていうと、まずアメリカ政府は宇宙から来る電波をキャッチしてるんですけど。ものすごくたくさんのアンテナを立ててね。で、それが600光年ぐらい離れたところにある星から電波をキャッチするんですね。そこには地球型の惑星があるらしいんですよ。実際に。

で、その信号を解析するとどうもRNAの配列なんですよ。RNAはご存知のようにウイルスの中に入っていたり、ワクチンに入ってたりするような遺伝子の一種ですね。で、それをとりあえず配列が出てきたから。「じゃあ、これを作ろう」ってことでなんだかわからないけどアメリカのNASAがそれを作って。マウス、ネズミで実験してるんですね。すると、そこから事故が起こってパンデミックを起こして。そのRNAが全人類に広がっちゃうんですよ。で、これに感染した人たちはみんな、心がひとつになっちゃいます。

ところが、どんなウイルスにも免疫がある人っていうのはいるんですよ。で、この『プルリブス』の中では主人公のキャロルという50代の女性が感染しなかったんです。アメリカに住む3億人がみんな、感染してひとつになってるのに。で、ひとりぼっちになっちゃうんです。さみしいんですよ。

で、これね、舞台はアルバカーキというニューメキシコっていうアメリカのど真ん中にあるところにある……アルバカーキって今ね、 第三のハリウッドって言われてるところなんです。ハリウッドがすごくいろいろお金がかかりすぎて。不動産とか高いから、映画撮影ができなくなったんで最初はね、ジョージア州アトランタというところで撮影してて。そこが税金をすごく免除してたんで。マーベル映画ってあるじゃないですか。あれ、ほとんど実はアトランタで撮影していて。『ブラックパンサー』で「韓国・ソウル」って字が出て韓国のソウルのシーンが出てくるけど、あれは全部、アトランタで撮ってるんですけど。

で、アトランタも高くなっちゃったんで今、アルバカーキっていう砂漠のど真ん中なんですけど。そこでかなりの数の映画の撮影をしてるんですよ。で、この『プルリブス』はそこで撮ってるんですけど。これはね、『ブレイキング・バッド』っていうシリーズがあって、そのスタッフが作った新作なんですね。

『ブレイキング・バッド』のスタッフが作った新作

(町山智浩)で、実は僕、ニューメキシコに行ってるんです。そこでスタジオに行ったら「日本の映画をここで撮影してくれないかな?」って言われたんです。スタジオの経営者に。ただ問題はね、「ここ、ヒスパニックの人が人口の半分ぐらいでアジア人のエキストラが全然いないんで。日本という設定では撮影ができないよ」って言われたんですよ。

だからね、「君も引っ越してきてくれ。アジア人のエキストラを増やしたいんだよね。アジアが舞台の映画もここで撮影できるよね?」って言われたんですけど。「お金は出ないけれども、ものすごいたくさんの映画に出られるよ」って言われて(笑)。だから老後はそれでもいいかなと思ったんですけど。そのアルバカーキで撮られてるんで、すごく舞台が限定されてるから話を作るのがものすごく難しいんですよ。

だって、そこはニューメキシコにしか見えないんだもん。どう見ても。で、この『プルリブス』のスタッフが考えたのはもともとニューメキシコに住んでいる人が嫌いな人。この砂漠の中に恋人とたった2人で暮らしてた人間嫌いの女性というのを主人公にしたんですよ。「ここで撮れるドラマはないだろうか?」ってことで考えたらしいんですよ。

そしたら、このキャロルさんって人はものすごく人間が嫌いで。どうしてかっていうと、彼女はレズビアンだったから。で、非常に保守的な親に無理やり強制されて。異性愛者にさせられたりしてね。で、みんなが「こうした方がいい」っていうものに対する反発がすごく強いんですよ。だから、ここでそのプルリブスの人たちね。「ジ・アザーズ(他の人たち)」という風にも呼ばれてるんですけど、プルリブスの人たちと呼びますが。彼らはキャロルに「君は免疫があったから私たちの仲間に入れないけど。医学的な方法で入る方法があるから、入らないか?」って誘いに来るんですよ。

でも、彼女は絶対に拒否するんです。「他の人と一緒なんて、絶対に嫌だ! 私はレズビアンだってことだけでものすごく差別された。みんなと一緒になりなさいって言われた。だから絶対に嫌!」って言って拒否するんですよ。そうすると、その3億人のアメリカ人がキャロルのために徹底的にサービスをするんです。それこそ「ほしいものは何? 何がほしいの? 困ってない?」とか来るんですよ。やたらと電話とかで。

これね、すごいのは70億人の人類全ての知恵がひとつになってるわけですよ。だから戦争とか、絶対に嫌なの。差別もないんです。全ての人を全部ひとつにしちゃうと、やっぱり差別とか戦争とか、しないんですよ。争いごとは無意味だってことがやっぱり集合知としての……だからこれ、AI。AIって何か?っていうと、あれはコンピューターが考えてるわけじゃないんですよ。あれはコンピューターが持ってるビッグデータという、その全てのコンピューターから取れた分のありったけの情報を総合して出している多数決なんですよ。AIって。正解ではないけれども、一番多い答えを選んでくれるんですよ。一番有力な答えを。で、全人類がそれをやるんですよ。全人類がAI化してる状態です。

それがキャロルさんには耐えられないんですよ。もともと人とは違うって言われて育った人なんで。で、「個性っていうのは大事なんだ。あなたたち、それこそツルツルの状態じゃないの?」っていうことで。これ、今までずっと人類は「みんな、ひとつになれたらいい」って思ってたじゃないですか。みんな本当に全員がそれこそ民主主義で。「全員の意見を出し合って、全てを総合して、世の中を進めていけばいいじゃないか」って思ってたじゃないですか。それが本当に実現するんだけど、それが嫌だっていう話なんですよ。すっごい面白いですよ。

善意の塊の70億人

(町山智浩)でもね、そのプルリブスの人たち。人類70億人は全く善意の塊なんですよ。やっぱり総合すると善意の人の方が多いんですよ。当たり前ですよね。普通に生活したい人の方が多いんだから。めちゃくちゃにやりたいと思う人がそんなに多くないから世の中はあるんでね。そうすると、本当にいい人で何でもしてくれるんですよ。でも、そうするとキャロルさん、イライライライラするじゃないですか。で、イライラしてギャーッ!ってものすごい悪意をむき出しにすると、このプルリブスはすごく悪意に弱いんです。で、彼女がいったん誰かに悪意をぶつけちゃうと、全員の心がひとつだから。それがその体の弱い人たちに影響を与えて。キャロルさんがギャーッて言った時、1563万人ぐらい死ぬんですよ。

大変なことになるんです。というね、困った話なんですよ、これ。ただね、彼女、キャロルさんは恋人というか、奥さん……女性のパートナーがいたんですが。その人はね、やっぱりウイルスに感染した時に拒否反応で即死しちゃうんですよ。ウイルスは必ず、それですぐ死んじゃう人がいるんですよね。いっぱいね。で、8億人ぐらい人類がそれで死んでるんですけど。それで彼女と本当に愛し合ってたんで。「彼女を捨てることができない。「プルリブスとひとつになって彼女を忘れることはできない」と言うんですけど、それを説得するためにね、70億人のプルリブスの人たちは、そのキャロルさんの今まで言ってきたこととかを全部、記憶として持っていて。その恋人の記憶も一瞬、つながったんで持ってるんですよ。

恋人の記憶を全部、持ってるんですよ。で、今まで恋人と過ごした出来事の幸せなこととかも全部、知ってるんです。それも嫌だよね。秘密がないの。しかも、このキャロルさんの子供の頃からの理想の女性ってのがいるわけですよ。それを全人類から探して、選んできて彼女のところに派遣するんですよ。キャロルさんを取り込もうとして。

で、すべての生物がウイルスの影響で進化しているんで、これもひとつの進化なんですね。で、これは昔からSFとか、あと宗教家にも言われていたんですけど。人類の次の発展っていうのは要するに全員がひとつになって人類圏というのを超えていくことなんだっていうのは昔から哲学のテーマでもあったんですけど。それが本当に起こったら嫌だなっていう話なんですよ。

で、彼女は怒って。「じゃあ私みたいな免疫を持っていた人、他にもいるんじゃないの?」って聞くと「世界中に実は12人、いるんです」って言われるんです。これ、全世界ですから。それで「会いたい。私たちは人類を再興させるため、彼らと手を組んで戦うのよ!」みたいなことを言うんですよ。キャロルさんは。で、「会いたい」って言うとプルリブスは絶対にノーって言わないんですよ。彼女が言ったことは、何でもしてくれるんです。

それで、その12人に会うと12人に対してキャロルさんは「これは一種の地球人類の危機よ。私たちはなくなっちゃうのよ。個人とか、そういったものは。取り込まれちゃうのよ。だから戦いましょう!」って言うとその集まった免疫のある人たちは「なんで?」って言うんですよ。「なんで? こんなにみんな、ご馳走してくれるし。今までと違って何でもやりたい放題じゃないか? 私たち、こんなに丁寧な接待を受けて」って。

しかも、モーリシャスから来たアフリカの男がいて。その彼がチャラいやつで。超おしゃれしていて。「今まで着れなかったこんな超おしゃれな服も着れるし。俺、ランボルギーニとかも乗り放題だし」って。それで、アメリカの大統領の専用機のエアフォースワンに乗ってくるんですよ。で、しかも自分の理想の全人種の女の子を集めてハーレムをやってるんですよ。

「俺なんかやりたい放題でさ。たった12人の残りの人類だからもう神様みたいな扱いを受けてるのに、なんでこの状況を変えちゃうの?」とか言うんですよ。「しかももう戦争もないし、差別もないし。ねえ。最高じゃん?」ってそいつに言われるんですよ。で、キャロルさんは孤立しちゃうんですよ。そういうね、これはすごいドラマでね。よく考えたなと。

だから本当に理想の世界ですよね。あらゆる宗教とか哲学が求めていた、人類がそのエゴを捨てて、全ての人が仲良く平和に暮らして。でね、彼らは動物も殺さないんですよ。全ての動物園から動物を解き放って、家畜も全部解放するんです。で、植物も人類のために利用しちゃいけないってことで農作物も採るのはやめるんですよ。

究極のエコなんですけど、どうやって生きていくのか? そこがひとつ、大きい問題になっていくんですよ。「どうすんの? この人たち、何を食べるの?」って。そこからちょっと怖い話になってくるんです。

だからもう、野犬だらけになっちゃうんですよ。で、バッファローとかいろんな凶暴な生き物がそこら辺で人を食ったりしてる状態になっちゃうんですけど。まあ、無抵抗なんですね。プルリブスになった人たちはみんな。みんな、それこそなんていうか聖人みたいな人ばっかりになっちゃってるんで。人に殺されても何とも思わないって人ばかりになってるんですよ。

だって、いくら人が死んでも心はひとつだから、実際は減ってるだけなんですよ。で、これは一体何なのか?っていうと、蜂とかアリってそういうものらしいんですよね。集団でひとつの生き物で、一匹一匹は自分を犠牲にしたりするんですよね。他のアリのために、とかね。で、全人類がそうなっていくんですけど。これは人間って一体、何なんだろう?っていうことまで考えさせる、すごい深いコメディです。基本的にコメディなんで。爆笑しますよ。いろんなシーンで。

めっちゃくちゃ笑わせるんですけど。これね、アメリカでたぶんね、いろんなテレビとかドラマの賞を全部、総ざらいするだろうって言われてますね。本当にお正月休みはこれを見てね、みんな笑いながらいろいろ「人間って何だろう?」とかね、「生きるって何だろう?」って考えるのがいいと思いますよ。

『プルリブス』予告

アメリカ流れ者『プルリブス』

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