町山智浩さんが2024年12月24日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得て、町山さんの発言を抜粋して記事化しております。
(町山智浩)今日は『陪審員2番』に比べると、ゆるいゆるい映画で。今週27日金曜日から日本公開されるカナダ映画で『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』という映画を紹介します。(曲を聞きながら)これ、のんびりした感じですけど。カナダの田舎の町、トロント郊外なんですけど。そこで暮らす17歳の高校生のローレンスくんが主人公で。これ、2003年が舞台ですね。だから今からもう21年前ですね。
で、これ、なんで2003年か?っていうとレンタルビデオ屋の話なんですよ。その頃はまだレンタルビデオ屋がまだあった頃なんですね。アメリカとか、カナダでも。で、そこでバイトしている高校生のローレンスくんが主人公なんですが。彼がね、全然かわいくないやつなんですよ。もうね、見た目も……写真があると思うんですけど。こんな感じでね。で、ちっちゃくてぽっちゃりなんですけど、もうとにかく性格が悪い。いつも人を見下していて。で、なんていうか、なんにも興味を示さないんですよ。映画以外は。
で、学校に行ってもちゃんと勉強しないし。何もかもくだらないと思ってるし。特に他の生徒たちが自分の映画の話についてこれないから、完全にクラスメイトをバカにしちゃっていて。それで友達がいないんですよ。痛い感じですよね。で、たとえば彼がもうすごくスタンリー・キューブリックっていう監督が好きでね。その話をするけど、誰もついてこないわけですよ。で、「スタンリー・キューブリックの話が通じないやつらなんかと友達になれるかよ」みたいなことを言うんですよ。
で、そういうやつなんですけど、彼の夢はニューヨーク大学という名門校がありまして。そこはマーティン・スコセッシをはじめとする名監督たち……オリバー・ストーンとかが卒業した映画学校があるので、そこに入るのが彼の夢なんですね。勉強とか全然できないのに。だからたぶん、入れないんですけど。まあ、願書を出したりしてるわけですが。それでみんなを見返してやるみたいなことを思ってるんですけど。
ただ、ちっちゃい頃からの幼なじみの友達は彼に何とかついてきてるんですよ。こういうのもよくある話なんですけど。マットくんという幼なじみで。その彼、ローレンスっていうんですね。このデブちんの映画オタクは。彼がとにかくベラベラ100ぐらいしゃべる間、その親友っていうのは3ぐらいしゃべる子です。幼なじみだからね、いつも「うん、うん」って聞いて付き合ってくれていkる子がいるんですが……彼、好きな女の子ができちゃうんですよ。それで今までは2人で映画ごっことかずっとしてきたんですけど、だんだんそれに乗ってこなくなっちゃうんですよ。そのマットくんが。
で、もうそうなると「裏切られた!」みたいな感じになって。「お前、幼なじみの俺よりもあの女が好きなのか?」みたいな変な話になってくるんですよ。彼、他に友達がいないしね。そういう見るからに痛い痛い映画がこの『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』なんですけど。ただね、僕は見ていてものすごく泣けてきちゃったのが、このレンタルビデオ屋っていうのは素晴らしいものだったんだなっていうのを見ていて思ったんですよ。
レンタルビデオ屋の素晴らしさ
(町山智浩)レンタルビデオ屋って記憶ありますか? 僕もこの時代は娘が3、4歳だったんで、一緒に手を繋いで行きましたけど。レンタルビデオ屋ってすごくいいのは、とにかくズラッといろんなパッケージが並んでいるわけですよ。で、映画に詳しくない人もいろんな映画に触れるんですよ。「ああ、こんなのあるんだ」とかね。それで子供がかわいいパッケージだっつってやばいものを拾ったりとか、よくありますけども。それはダメなんですけども。
あとね、日本にあったのかどうか、わかんないけど。アメリカは週末とかにまとめて5本借りると1本の値段とか、そういうサービスをやってたんですよね。ああ、日本には10枚1000円みたいなのがありましたか? あれで一気にね、映画に触れることができるんで。レンタルビデオ屋ってね、本当に映画ファンを増やしたんですよ。日本でもアメリカでもね。でも今、それがなくなって配信になっちゃったんで、本当に見たい映画しか見ないようになったから。
今、日本って洋画が……とうとう日本の興行収入のベスト10に洋画が入らなくなったらしくて。10本が全部、日本映画になったらしいんですけど。日本映画はテレビでやるからみんな触れてるし、出てくる人も知ってるけど。洋画はね、テレビでやらなくなって、レンタルビデオ屋がなくなって。だからたぶんね、もうみんな外国のスターとか知らないような世の中になると思いますね、日本は。これ、もったいないんですよ。
あとね、すごくよかったのはレンタルビデオと……レコード屋さんっていうのも行きましたかね? 僕は昔、輸入盤店でディスクユニオンとか、そういうのに行ってた世代なんですけど。そこで何がいいか?って、店員のおすすめなんですよ。一生懸命手書きで店員さんが書いた……手書きなんですよ。「この映画、最高!」とかね、「泣けました!」とかね、書いてあって。紙で貼ってあるんですよ。で、それを買うわけですよ。CDとか。レンタルビデオ屋とかだったら、ビデオを借りるわけですよ。で、それをカウンターに置くと「これ、書いたのは僕なんですよ」とか言われるんですよ。
で、そこで話をするわけですよ。映画や音楽の話をね。そういうの、なくなっちゃったんですよね。なんかこう、人間を介した触れ合いみたいなものが本当になくなっちゃってすごく寂しい感じなんですけどね。ただね、このローレンスくんはいいやつではないので。性格がね、パタリロなんですよ。パタリロっていう漫画のキャラクターがいるんですけど。魔夜峰央さんが書いた作品で。
ああいう感じで、とにかくなんていうか、気の利いた皮肉を言おうといつも思ってるやつなんですよ。でも、それがあんまり刺さってない。あと、映画に関するうんちくをなんとか言おうとしてるんですよ。そういう……「俺かよ」と思いましたけど。高校の頃、本当にやつでしたよ。だから本当に困っちゃうのは、客が借りようとしたビデオに「それ、面白くないよ」って言っちゃうんですよ。「そんなの借りるの?」とか言うんですよ。もう最悪な感じなんですけど。
で、逆に「これいいよ」とか言って勧めたりするんですけど。たとえばカップルがね、土日に一緒に2人でお互いの部屋で過ごして、その間に見るためのビデオを借りてるのに「これ、いいよ」っつって『ハピネス』っていう映画を勧めるんですよ。これはトッド・ソロンズという監督が撮った映画なんですけども、タイトルは「幸福」というタイトルなんですが、全く違う内容で。昼の放送では内容を説明することは絶対にできない内容なんですよ。方向だけ言うと……アメリカだと逮捕されるような性的な嗜好についての映画なんです。
あとね、フィリップ・シーモア・ホフマンというデブちんな名優さんがいるんですけど。彼が、なんていうか、男性の液体を発射したりするような映画なんですよ。なんでそれをカップルに勧めるんだ?っていう。でもね、彼はそのトッド・ソロンズ監督を本当に尊敬してるんですよ。で、ニューヨーク大学に行くと、その頃はトッド・ソロンズが講師をしてたんで、その彼の授業を受けられると思って本気で勧めるんですけど、全然外してるんですね。だからそういうね、映画が好きすぎて全然、世の中がわかってないし、人の心がわかってないやつなんですよ。だから見ていてすごく痛いんですけど。
で、そのマットくんっていう友達ともポール・トーマス・アンダーソンという監督の作品を巡って喧嘩になっちゃうんですよ。ポール・トーマス・アンダーソン監督はトッド・ソロンズと同じく非常にその頃、若者に人気があったんですけど。映画マニアの青年にね。まあ、映画としてはちょっと難しいんですよ。で、一緒に見たらマットくんが「わからない」って言ったんで、「お前なんか友達じゃねえ」ってなっちゃうんですよ。でも映画の感想で喧嘩するって、最悪だよね(笑)。
というね、もう本当に身につまされる内容なんですけど。それでこれね、監督した人は女性なんですね。これ、男特有のオタクの病気の話なのかなと思ったら、この監督はチャンドラー・レバックという女性で。本当に2003年にそのカナダの田舎でレンタルビデオ屋でバイトしてたんですって。高校生の時に。で、これは全部自分にあったことらしいんですよ。
女性監督自身の体験を映画化
(町山智浩)ただ、その主人公を男の子にしてね。で、そのビデオ屋の店長さんを自分と同じ年齢の女性にして。だから現在の自分と過去の自分が会話をするような映画にしたっていう風に言っていますね。で、この監督が参考にした映画というのがあって。それは『ゴーストワールド』という映画なんですよ。
これはダニエル・クロウズという男性の漫画家が自分が高校生だった時のことを思い出して、それを女子高生の話にして書いたものなんですよ。で、それは高校から大学に入る主人公のイーニドっていう女の子がとにかく田舎町でですね、つまらないと思ってそこに住んでる人全員をバカにしてるんですよ。「みんな、大したことない。バカばっかりだ」と言っていて。で、それにただ従属的についてくる親友がいるんですね。それがスカーレット・ヨハンソンなんですよ。
今、もう本当に円熟の女優さんになってますけど、その頃は女子高生なんですよ。でも彼女も恋をして、そのイーニドの人を見下す世界から離れていって、イーニドちゃんは1人っきりになっちゃうんですよ。っていうね。思春期に誰にでもある、いわゆる中二病と言われる、自分以外がみんなバカに見えるというね。それを乗り越えないでズルズル引きずって、一番大事な青春期をもしかしたら失っちゃうんじゃないか?っていう話なんですね。
で、映画の話ではあるんですけれども、いわゆる趣味とか、なにかに凝るということ全般の話になってますね。つまり、彼がその映画にこれだけ耽溺して他の人たちを遠ざけたのには、ちゃんと理由があるんですよ。ものすごい趣味っていうのは、必ず自分の持ってるトラウマとか、コンプレックスを隠すため、自分を守るためのものだったりするんですね。だからものすごいコレクションをしてる人って、いるじゃないですか。部屋中をフィギュアで固めてる人とかね。あれは何か?っていうと、それで結界を張ってるわけですよ。
「好きなもの」で結界を張る
(町山智浩)家中が本だらけとか、家中がビデオだらけの人とかもそうですけど。要するに、自分を守る結界ですよ、それは。好きなもので固めて。それは、やっぱり傷つきやすいものを持っていて。人と直接触れられないから鎧のようにしてるってところがあるんで。それは結構、体育会系の人にもいますよ。『ザ・バイクライダーズ』っていう作品とかも、そうですよ。やっぱり、心の傷があるんですよね。で、このローレンスくんについても、観客にはだんだんそれが分かってくるんですけど。、で、その店長さんにも、あるんですよ。それが結構、戦慄するような内容だったりするんですけど。実際にあったような……。だからこれはね、すごく僕が見ていて泣けちゃったのは「じゃあ、自分はどうなんだ?」って考えたんですよ。
僕、映画をものすごく見るようになったのって、中学ぐらいなんですよ。中学1年ぐらいなんですけど。なんで見るようになったのか?って今、考えると、それはやっぱり父親のせいなんですね。うちはね、父親が家にほとんど帰らない人だったんですよ。他所に女がいたんですけど。で、たまに帰ってくると映画に連れていってくれるんですよ。で、他の父親と違ってね、キャッチボールをしたりとかね、そういうことは全然しなかったんですよ。
で、子供たちと話がちゃんとできない人だったから。だから、映画に連れていくんですよ。そうすると、話しないでいいから。だから、その後に結局、家を出ちゃって両親は離婚をしたんですけど。だから映画を見るっていうのは映画を通じてね、父親と繋がることでしたね。今、考えると。うちの親父はね、なんにも子供に対して「勉強、どうしてる?」とか、そういう話は全然しないんですけど、映画の話だけはすごいするんですよ。
で、映画の話がめちゃくちゃうまいんですよ。もう自分が見てないのに親父の話を聞くとね、見たみたいな気になっちゃうんですよ。だから結局、そういうことだったんですよ。映画が好きな理由って何だったのか?っていうとね。で、さっき言ったポール・トーマス・アンダーソンの監督っていうのは父親が家を出ていっちゃったんですよ。でもその父親は、映画評論家だったんですよ。それで彼は映画を見るようになってくんですよ。だからみんな、結構そういうトラウマでやってるんで。「あの人は何かが好き」っていうのにはね、やっぱりなんか、あるんですよ。
だってバイクが好きってさ、はっきり言ってみんなと一緒にワイワイするのが好きな人はあんまりバイクは好きじゃないよね(笑)。だからそれぞれにみんなね、何かが好きなのには理由があったりするんですよね。だってみんな、子供の頃に野球をやっていたのって、お父さんがキャッチボールをするからでしたよね。それがもう今は、あんまりいないんだろうと思うんですけどね。そういうことをいろいろと思い出させられて、もうめちゃくちゃ泣けた映画がこの『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』なんですけど。
まあ全然、レンタルビデオとか知らないって人もいるかもしれませんが。このレンタルビデオ屋の再現度、すごいですから。バーコードをチェックして、カウンターのコンピューターに……とか、そういうのが全部、その当時、20年前のレンタルビデオの機材を全部、偶然手に入れて。20年間放置されたところがあって、それを発見したんで撮影されたっていうね。で、ものはあったんだけど、そこでは撮影できなかったので別のところで撮ったみたいですね。ただね、これは本当にすごいですよ。本当に働いていた人なんでね、超リアルで。そのディテールも最高なんで。まあ本当、レンタルビデオ世代の人は是非。それから全然そういう世代じゃない人も、どんなことだったのか?っていう考古学的な興味でね、ご覧になっていただくといいかなと思います。