菊地成孔『ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE』を語る

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菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』の中でチェット・ベイカーを描いた映画『ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE』について話していました。



(菊地成孔)はい。『菊地成孔の粋な夜電波』。ジャズ・ミュージシャンの菊地成孔がTBSラジオをキーステーションに全国にお送りしております。今週は菊地成孔のジャズ夜話。映画公開記念、菊地成孔がマイルス・デイヴィスとチェット・ベイカーの映画を語ると題してお送りしております。番組の前半はドン・チードルのワンマン映画『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』に関することでしたが……そうですね。どのぐらいオンエアーで使われたか、何分ぐらいこれからしゃべればいいのかが全くわからないまま後半に突入しようと思いますけども(笑)。時計的にはもう番組、終わるんで(笑)。そろそろ終わりなんで、前半にずいぶんと余計なことを話してしまいましたのでね。

しかし、まあ綱渡りのところは全カットしていただいてですね、安全なところでお茶の間にお楽しみいただくTBSラジオっていう感じですね。えー、後半はこちら、チェット・ベイカーの伝記映画。こちらはもう”伝記映画”とうたっちゃってないのかな? ギリギリでうたってないんだけど、これすっごく変わった映画なんですよ。チェット・ベイカーの映画をイーサン・ホークがこんなに……イーサン・ホークのトランペットの、やっぱり俳優さんってすごいんですね。やっぱり全然外していないんですよ。実際にはね、当て振りなんですけども。イーサン・ホーク、ひょっとしたら猛特訓して自分で吹いているんじゃないかな?っていうぐらい上手いですね。チェット・ベイカーも有名なトランペッターですね。

で、ですね、この映画はね、『MILES AHEAD』の大づかみな説明は簡単で、「マイルスに移入しちゃったマイルス大好きなドン・チードルの妄想」っていう感じの映画なんですけど、こっちはね、ちょっと手ごわいんですよね。映画として非常に珍しい形の映画なんですよ。で、どうやって説明しようか考えたんですけど、すごい簡単な方法があったんで、ちょっとその簡単な方法で行かせていただきたいんですけど。劇場に行くとパンフレットを売っていますよね。そのパンフレットが結構な豪華執筆陣で、まあまあまあ、菊地成孔先生、大谷能生先生などなど。で、まあいろんなそうそうたるメンバーがね、書いています。ので、パンフレットはちょっとしたチェット・ベイカーに関する小冊子としても相当読み応えがあるものなんですけども。

その中で、まあチェット・ベイカーと映画っていうことで私がまとめた原稿があります。これがまあ、資料性も高く、この映画に関してもっとも的確に説明していると思いますんで、それをそのまま読みますね。すいません、手抜きみたいですけども(笑)。まあ、それを言ったらね、口上だってコントだって自分で書いて自分で読んでいるわけですから、それは変わりませんけども。まあ多少、実際のパンフレットに載っているものに少し盛って盛って色づけて読みますけども。

この映画はね、もうこれは公開されているから言っちゃっていいと思うんですけど、チェット・ベイカーがハリウッドで自伝映画、自分の半生記の映画を撮影中に、それの端役で出ている女優さんと恋仲になって……っていうところから始まるんですよ。で、その奥さんがなんて言うのかな? 麻薬中毒にあえぐ、才能はあるけども心が弱いチェット・ベイカーを支えてくれる天使のような奥さんで、なんだけど……っていう映画ですね。と、まあこの前置きだけで以下の解説を聞けばだいたいどんな映画かわかります。

菊地成孔のパンフレット原稿朗読

タイトル「誰も彼の実像を冷静に描くことはできない(あまりにも美しく、あまりにもグロテスクなので)。菊地成孔(ジャズ・ミュージシャン、ジャズ批評、映画批評)」。「チェット・ベイカーが生涯で出演した映画は3本ある。1本は1955年の俳優デビュー作『地獄の地平線(Hell’s Horizon)』で、これは当時まだハンサムな大スターだったジャズメンが俳優としても大成功を収めるという目論見の戦争映画だったが、作品の出来もベイカーの演技もB級と呼ぶに相応しく、なにせ公開3ヶ月前にジェームズ・ディーンが『エデンの東』によって映画史に残るデビューを果たしている……」。まあ、そのことによって吹き飛ばされちゃうっていうことですけども。

「……(ジェームズ・ディーンの夭逝を受け、デビューもブレイクスルーも彼より早かったベイカーはジャズ界のジェームズ・ディーンという謳い文句をその後、ぬけぬけと使うことになる)……」。チェット・ベイカーは本当、簡単に言うと悪人です。相当悪いです。言っちゃっていいと思います。チェット・ベイカーの唯一日本語で読める自伝……まあ唯一っていうか、英語も含めてだろうから世界で唯一だと思いますけど、日本語タイトルは『終わりなき闇』っていうんですけど(笑)。いかにチェット・ベイカーが単なる心の弱いいい人なんて存在じゃなく、どんだけ悪辣だったかっていう、そして人間的だったかっていうことを描いている、もう読むとその気がない人でも鬱病の症状を発症するから読まない方がいいと言われている危険な本なんですけど。まあ、それはともかく、まあジェームズ・ディーンがデビューして早く死んだんで”ジャズ界のジェームズ・ディーン”って自分で言うんですよね。悪魔の所業ですよね、それね(笑)。ぬけぬけとっていうか。ここ、いま盛ったところです。原稿に戻ります。

「……2作目はイタリア映画である。『Urlatori alla sbarra』(日本未公開・未ソフト化)。わずか5、6年後の作品であるが、新人監督のルチオ・フルチ(後のイタリア恐怖映画の巨匠)に『日々の暮らしにも困っているベイカーをとにかく助けたい一心でこの作品を作った』と言わしめているこの作品でのベイカーの演技はなかなかのものであったらしいが、役名すらもなく、作品はいわゆる無軌道な若者を描いた低予算ロックンロール映画である……」。これはルチオ・フルチとしても黒歴史に入ると思うんですよね。後のイタリアンホラー映画の巨匠としてはね。ただね、ルチオ・フルチもね、チェット・ベイカーがもうあまりにも身を持ち崩しているんで、かわいそうなんでこの映画に出したっていうか、そのためにこの映画を作ったっていうぐらいなのよね。そういう気にさせるんですよ。チェット・ベイカーは。ボロボロになることで。悪い男ですね、本当ね(笑)。

「……そして3本目がかの『Let’s Get Lost』であるのは言うまでもない。それまでの俳優イコール脇役としての作品ではなく、この作品は晩年の(というより本作公開の直前に有名な謎の転落死によってベイカーはアムステルダムで没する)ベイカーを赤裸々に追った写真家ブルース・ウェーバー監督によるゲイ感覚、老け専感覚……」。さらに付け加えるならば2丁目なんかでは”看取り専”っていうのがいますけども。もう老人が亡くなっていく。そこにもう、ものすごいフェティッシュが来るという人たちがいるんですけど、そういった感覚も多分に入っています。「……そういった性的なファンタジーが満載された悪魔的な傑作でベイカーの手ひどい人生に文字通り引導を渡す格好となった……」。

これはまあ、公開直前に謎の転落死をしているわけですから。「……あれっ? じゃあこの映画(『ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE』)の物語の発端であるベイカー自伝映画は存在しないの? この作品は自伝映画なのにフィクション? と思われるであろう。その問いへの答えは半分は当たりである。映画ファンならば誰でも知る名プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティス……」。これは有名ですよね。80年代キングコングを作った人ですよね。まあ、キングコングだけじゃないですけどね。そうそうたる傑作を作っている大プロデューサーですけども。「……は、前述の『Urlatori alla sbarra』の翌年……」。ルチオ・フルチがベイカーがイタリアで捕まって収監されていたので。まだ当時、イタリアは、まあいまでもそうだけどやっぱりカソリックがすごい強かったので離婚も法律で禁止されていたし、麻薬なんてもう悪魔のささやきですからもう絶対にダメだったわけ。

だからツアー中のミュージシャンでも麻薬を持っているとガンガンに捕まっていた……まあ、日本でもそうですよね。捕まったわけなんだけど、その身を持ち崩したチェット・ベイカーを見るに見かねて『Urlatori alla sbarra』が作られたその翌年、31才にしてすでに波乱の転落人生を送っていたベイカーの自伝映画の制作権を買いたいと申し出た。ディノ・デ・ラウレンティスがですよ。「……ベイカーは前払い金を受け取ったが、ラウレンティスが条件として提出していた釈放された後、いい演奏ができるようになる。そしてこの映画のためのオリジナル・サウンドトラックを作曲する。この2点を果たせなかったことにより……」、つまり、釈放されても全然演奏をまともにできませんでしたし、チェット・ベイカーは生涯自分のオリジナル曲っていうのをほとんど書きませんでしたから。作曲の才能がなかったんですよね。

「……ラウレンティスはすっかりこのプロジェクトに関心を失い、すでに多額の前払い金を受け取っていたくせにベイカーは激怒し……」。ここもすごいですけどね。お前のせいだろ?って思うんですけど、ベイカーは激怒するんですね。「……ベイカーは激怒し、この件を”大規模な詐欺”と呼んではばからなかったらしい……」。もちろんディノ・デ・ラウレンティスの方は相手にしていないです。「……本作はこの頓挫したラウレンティス制作によるベイカー伝記映画がハリウッドで制作されていたら? という大胆な設定を基盤に始まる。というより、本作は一言でいうとベイカーの人生、伝記からの素材を自由自在に再構築させた完全なファンタジーと言うことができる。登場人物の中でベイカー本人、その両親、トランペッターのディジー・ガレスピー、マイルス・デイヴィス、元パシフィック・ジャズのレーベルオーナー、ディック・ボック等々の主要脇役たちは全員実在の人物だが、肝心要の妻ジェーンは存在しない……」。オリジナルキャラクターです。奥さんです。

「……単に存在しないだけではない。チェットの実際の数名の妻、数名の愛人は全て、最高でも沈黙を守り静かに暮らしているだけで、ほぼ全員が問題を抱えたグロテスクなビッチであり……」。もちろん麻薬仲間もいました。「……現在のところ、ベイカー唯一の伝記である『Deep in a Dream: The Long Night of Chet Baker(James Gavin著)』。邦題は『ブルーに生まれついて』どころではなく『終わりなき闇』という読み終わる頃には鬱病が発症すると言われる煉獄の書を読む限りにおいて本作での妻ジェーンというキャラクターの理想化の高さはどれだけ安く見積もってもハーレクイン・ロマンス級である……」。さっきは少年ジャンプって言いましたけど、次はハーレクイン・ロマンスって言ってますから、どっちもディスるみたいになっていますけどこれ、たとえの話ですからね。まあとにかく、めちゃめちゃ素敵な奥さんが出てくるんですけど、そんな人はチェット・ベイカーの奥さんにはいませんから。実際は。ものすごい理想化された奥さん。それから実際は頓挫した映画が制作されていたら……っていうところで始まって、あとは全部本当のことなのよね。

「……本作を要約するならば、天使的な妻という虚構を中心にベイカーの電気からのエピソードをまるで夢のように勝手につなぎ、ベイカーは巷間言われるほど破滅的で悲劇的で堕落的な人物ではないと強弁する冷静さに欠けるファンタジーである。ジャズマニアであれば、逆に感心してしまうであろう。『うおーっ、あの人の人生をこうやって、こうつないで、美談にしてしまうのか!?』と。しかし、ドキュメンタリーである『Let’s Get Lost』のウェーバーも明らかに常軌を逸している。だからこそ、あの作品は輝くのである。唯一にして絶対視されているベイカーの伝記ソース、前述の『終わりなき闇』ですら、そのトーンは明らかに常軌を逸している。

子役デビューし、あのリバー・フェニックスにオーディションで敗れ続けながらも独自の地位を確立し、『恋人までのディスタンス』の20年間をかけた三部作、そして12年以上かけて撮影された『6才のボクが、大人になるまで。』と時間についてのオブセッションがぬぐえず、『シーモアさんと、大人のための人生入門』という悟りを開いたピアニストの紹介ドキュメントを制作・監督するなどイーサン・ホークがある意味で正しく病んでいるのは言うまでもなく、ヤングアダルト世代(42才)の監督もそれなりに何かを抱えているのであろう。しかし、ここに一貫しているのはチェット・ベイカーに魅入られてしまった人は常軌を逸するという事実である。『なにも、ここまで』というほど本作はベイカーの人生を美化し、無毒化する。そして大変な移入ぶりを見せるイーサン・ホークは肝心要のベイカーの両性具有(アンドロジナス)的なボーカルに関してはキーが全て完全5度低い……」。

これ、ごめんなさい。いま、TBSラジオのブースで測ったら完全5度は間違いで、短6度低いですね。まあ、半音違うだけですけども。家で測ったら、この原稿は半音違いましたので謹んで訂正させていただきますが、だいぶ違います。とにかく。だいぶ低いんですね。「……オカマ、天使の声と聞くものの常軌を逸しさせ続けてきたベイカーの有毒な歌声の再現。その失敗が盲点のように全く見えないまま本作は淡々と美しく完結する。天使であり、そして悪魔であるという手垢に満ちたイメージをここまで忠実に守った芸術家はジャンルを他ジャンルに100%広げてもチェット・ベイカー以外にはいないだろう」という原稿の内容です。ミソジニーですよね。「実際の女性は怖い、実際の女性は恐ろしい。理想化された奥さんがいい」っていう感じがこの映画に満ち満ちているのと、「もう煉獄のような辛い人生っていうのは嫌だ」っていう。チェット・ベイカーの人生すら、「そこそこ悪かったけど希望はあった」という風に終わらせたいという希望に満ち満ちているのね。

まあ、20世紀型のジャズメンの伝記映画っていうのは逆で、本来そんなに悲惨じゃなかったし、そんなに悪い人じゃなかったっていうのを映画なりの……伝記映画と言いながら、映画なりのドラマティックな盛りによってちょっと盛りすぎちゃって。こんなにドラマティックじゃないよ。もうちょっと普通だったよっていうのが常だったの。それが20世紀ね。なんだけど、21世紀は逆っているなというのをすごいこの映画で感じました。破滅的な人生を描いた人の伝記映画っていうのを少し間引いて描くっていうのは相当変わっているっていうか、20世紀と逆ベクトルですよね。だから21世紀のアメリカっていうのがいかに……特に21世紀のアメリカの男性っていうもののポテンツの低さっていうか、痛めつけ具合っていうか、それをすごい感じたし。イーサン・ホークがその代表として半ば取り憑かれたようにチェット・ベイカーを演じているという姿っていうのは現代アメリカをすごい象徴していると思うんですよね。

どのぐらいキーが違うのか? ちょっと聞いてみますね。イーサン・ホークはボーカルの方は、これまたぬけぬけとっていう感じなんですけど、オリジナル・サウンドトラックはちゃんと元ソースは使わないで……まあ元ソースは比較的チェット・ベイカーの音源、音質が悪いものが多いですからね。プロのミュージシャンが演奏をし直しているんですけど。ボーカルだけはイーサン・ホークがやっているの。それがね……(笑)。笑いながら言っちゃいけないんだけど、オリジナル・サウンドトラックの1曲目にもうぬけぬけと入っているんですよ。チェット・ベイカー版と較べてみますね。まず、イーサン・ホーク版の『My Funny Valentine』です。

Ethan Hawke『My Funny Valentine』



チェット・ベイカーの歌を聞いたことがない人で、「ああ、こう麻薬で破滅的で、ちょっと心は優しいんだけど……」って。本当は優しくないんですけど。チェット・ベイカーは鬼のようなやつなんですけど。「……心は優しいんだけど、気が弱いおかげで麻薬から足が洗えなかった人のソフトな歌声」っていう感じで、まあこんなもんかな? と思いますよね。いまから、本物を聞きますね。本物の悪魔の歌の方を聞いてみますね。

Chet Baker『My Funny Valentine』



(曲を途中で切って)はい。あまりののめり込みに最後までプレイしてしまうところでしたけども。これはやられるよね。まあ、チャン・カワイ的に言えば「惚れてまうやろ~!」っていう感じですけどもね(笑)。危ないところでした。惚れるところでした。チェット・ベイカーに。もうチェット・ベイカーは本当にヤバいですよ。これは聞き比べたら野っ原でゴロゴロ回っているちょっと神経症気味のアメリカの中年と本物の悪魔の対決ですからね。比べ物にならないですよ。

(イーサン・ホーク版をかける)雰囲気を真似しているだけですよね。本物は……(チェット・ベイカー版をかける)もう放送禁止(笑)。夜中にチェット・ベイカーの歌を聞いているとヤバくなるんで。ちょっと度数を比べてみましょうか。

(イーサン・ホークとチェット・ベイカーを交互にかける)

ミ・ド、ミ・ド、ミ・ドですね(笑)。なので、だいぶ低いですね。まあ、いずれにせよ半音とかがんばっても全音ならあれですけども、短6度低いとね、もうチェット・ベイカーのチェット・ベイカーたらしめている……要するにウィスパリングかつアンドロジナス的な。ジョアン・ジルベルトなんかと並んでね、日本だとオカマとか呼ばれたり、カマトトと呼ばれたり大変な言われ方をしたんですよね。アメリカの……当時のアメリカ人の男ってやっぱりマッチョですからね。フランク・シナトラなんかが理想の男性像、色男像、粋なプレイボーイ像だったところに、まあチェット・ベイカーのこの歌声っていうのは有毒かつ相当ヤバいものだったんでね。

ある意味、黒人のブルースの歌い手なんかよりも悪魔視されたっていうところもあるぐらいの感じだと思うんですけどね。逆にやっぱり崇拝もされるわけですけどね。この番組が7時から8時ぐらいのオンエアーだったらチェット・ベイカー特集をしてもまだいいですけどね。あ、危険ですね。お子さんが聞く可能性があるので危険ですけど。夜12時から1時までの番組でチェット・ベイカーを次々と流してノンストップチェット・ベイカーをやってみましょうかね? えらいことになると思いますよ、本当に。もう、なんて言うんですか? TBSラジオをキーステーションに全国に毒がオンエアーされることになるんで(笑)。気をつけないといけないなと思うんですけども。

まあ、そんな感じですよ。あの、まあそうですね。やっぱりチェット・ベイカーと……今回はね、強権にまとめるわけじゃないんですけど、どっちもね、ちゃんとドン・チードルはマイルスにすごく移入しているし、イーサン・ホークもものすごいチェット・ベイカーに移入している。それはおんなじ病理を抱えたおんなじジャズトランペッターに移入しているんだけど、片や少年ジャンプで、片やもうちょっと病的な話になっているの。少年ジャンプは楽しいですよ。やっぱりバンバン鉄砲を撃ってね、追いかけ合って。謎解き、宝の奪い合い。まあ大アクション映画ですよね。無邪気ですよ。元気で無邪気。病気やケガでいっぱいいっぱいなんだけど、まあ元気で無邪気。

で、片方はもうちょっと病的な設定になっているの。悪夢みたいな感じになっちゃっているんだよね。その中でチェット・ベイカーはこんなに悪くなかったよっていう。そういう意味で白人の病み方と黒人の病み方っていうのをこう、やっぱりちゃんと移入した先がわかれている。マイルスとチェット・ベイカーそのものだとも言えるんですよね。映画自体が。そういう意味では忠実とも言えます。アーティストの原像にね。まあ、ちなみにチェット・ベイカーの映画『ブルーに生まれついて』に出てくる奥さん、ジェーンはどこから出てくるか?っていうと、ジャズファンなら誰でも知っているウィリアム・クラクストンという人の写真集。これがまあ、チェット・ベイカーを……まあInstagramな世の中ですよね。「これから写真は石油の代わりになる」と言われている世の中ですけど、まあ1枚の写真が時代を変えるということはありますけど、ウィリアム・クラクストンが撮ったチェット・ベイカーの浜辺で恋人が寝そべっていてチェット・ベイカーが優しく寄り添っている有名な写真があるんですけど。その写真から取ってきたんですよね。


で、その写真は作り物ですよ。ドキュメントじゃないの。いかにもチェット・ベイカーをよく見せるための、チェット・ベイカーのタレントイメージに合った作りの写真なんですよ。その有名な写真から飛び出してきているわけですからね(笑)。貞子のようにグワーッと飛び出してくるわけです。奥さんが。だから、「いや、イーサン・ホーク、それはないだろう?」って思うんですけど。でもまあ、そのぐらいしたくなっちゃっているんですよね。だからかなり夢ですよね。というわけでどちらの作品も、まあジャズファンであればあるほど噛みごたえのある映画ですし、ジャズファンでなくても楽しめる映画ではあると思います。実際に興行成績も『ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE』もすごいいいんでね。日本で。らしいので、おすすめできます。

『ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE』は公開中。『MILES AHEAD』はこれから公開ということになります。というわけで本日のお別れの曲は……まあかけたくないなっていうね(笑)。こんなね、AM・FMを含めて聴取率の王と言われているTBSラジオのスピーカーから毒が流れてくるっていうことの責任をお前は取れるのか?って言われた時にね、「まあなんらかの形で取りましょう」としか言いようがないんですけども。その名も『Let’s Get Lost』。まあチェット・ベイカーが完成の直前に謎の死を遂げた彼を追ったドキュメンタリー映画のタイトルでもあります。「さあ、失おう」っていう曲ですね。「これから手に手を取って一緒に地獄に落ちようぜ!」っていう悪魔の囁きがいまから3分40秒に渡って流れますので、そちらを聞きながら悪夢を見てください。

『菊地成孔の粋な夜電波』、そろそろお別れの時間でございます。来週はですね、なににしようかな? 『ノンストップ・菊地成孔』で(笑)。自分の作品を1時間、ノンストップでDJしようと思います。まあ、それがあれですよね。今回の毒に対する禊という感じですね(笑)。本当にね、80年代にこれ、カフェとかでガンガンかかっていたけどね、おかげでバブルとか変なものを呼び出しちゃって、みんなおかしくなっちゃったと思いますよ。チェット・ベイカーの有名な曲ですが、『Let’s Get Lost』をこの番組で初めてプレイすることになります。おやすみなさい。悪夢をどうぞ。

Chet Baker『Let’s Get Lost』



<書き起こしおわり>
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