町山智浩自身が恋愛映画を学ぶ!『トラウマ恋愛映画入門』

町山智浩自身が恋愛映画を学ぶ!『トラウマ恋愛映画入門』紹介 たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『赤江珠緒たまむすび』で自身の著書『トラウマ恋愛映画入門』を紹介していました。こんな感じです。

(赤江珠緒)さあ町山さん、今日はどんなお話ですか?

(町山智浩)今日はですね、なんと自分でもおこがましいっていうか。そんな身分じゃないのに書いちゃった本が出ましてね。そちら、届いてますよね?

(山里亮太)届いてます!

(赤江)読ませていただきましたよ。

(町山)はい。『トラウマ恋愛映画入門』っていう本を出したんですよ。で、テメーがそういう本を出す資格があるのか?ってみんな怒ってると思うんですけど。周辺の人とか良くない人とかが(笑)。

(山里)そこまで卑下しなくていいですよ、町山さん!

(町山)本当にね。これね、『入門』ってつけてるから読む人が入門するのかと思う人がいると思うんですね。バカヤロー!テメーに恋愛のことなんか教えてもらってたまるか!バカヤロー!とか言われると思うんですけど、これ入門してるの、僕ですから。

(山里)あ、そういう意味なんですね。

町山智浩自身が入門

(町山)はい。僕が勉強してるんです。恋愛映画について。

(赤江)そうそう。だって書き出しのところで、町山さんの書かれている恋愛オンチのためにっていう、最初の冒頭のところで、いいエピソードがありますもんね。女の子のことが全くわからなかった少年時代みたいなね。

(町山)今もわかんないですけど(笑)。わからないですよ。50になってもわからないですよ。やっぱりね、テレビ見てて。こう、みんなで見てるわけですね。家族でね。で、『なんであの人はこの人にこんな意地悪するのかね?』とかボソッと言ったりすると、13の娘にね、『パパわかんないの!?』とか言われますよ。

(赤江)(笑)

(町山)『あの人はあの人が好きなんだよ!』とか言われるんですけど。『パパ、なんにもわからないのね』とか言われますよ。

(赤江)パパ!

(町山)パパ、わかんないですね。

(山里)その町山さんが選んでくれてる映画で、町山さんの目線で教えてくれてるから僕みたいなモテない男からすると、ああそうか!ああいう恋愛のやつって、甘っちょろい、みんながみんな幸せになってくものじゃないんだっていう、この快感。それがいっぱいですよね。

(町山)(笑)。ねえ。だからね、恋愛映画って女の人が見るもんだってなってるじゃないですか?でもまあ、好きです!って言って好きです!って言い返されて、めでたしめでたしで結婚して終わりとかね。ハッピーエンドっていうのだったらそうかもしんないんですけど。実は恋愛ってそこが実はゴールじゃなくて。実はそっから始まりなんで。好きです!って告白しましたね。で、向こうも受けてくれましたっていったら、そこから大変なんですよ。

(赤江)あー!いや、いいですよ。このね、怪獣や戦車やバイクやブルース・リーのことだけ考えていた町山さんがですよ、恋愛映画にふれて、もう今つまらない映画は一本もない。優れた恋愛映画はどんなホラーよりも怖くて、どんなコメディより笑えて、どんなミステリーより謎で、どんなAVよりエロチックで、どんなアクションよりもエキサイティングだ!というね。いい言葉ですね。

(町山)いや、もう怪獣とかね、クンフー映画とか鉄砲バンバン!っていう映画とか、車が爆発する映画だけじゃなくて、おっぱいやお尻も好きなわけですよね(笑)。

(山里)男子でございますから。

(町山)そう。でもそこまでなんですよね。ところが女の人たちっていうのは、まあこういう言い方するとあれですけど、心を考えるんですよね。でも男ってほとんど心のことって考えないんですよ。実は。

(赤江)ええー?

(町山)これ、驚きかもしれないですけど。

(赤江)町山さん、ええー!?本当?

(山里)これ読んだら、たしかに・・・

(町山)で、実際僕もね、俺だけ鈍いのかな?と思って、いろんな映画見ててわかったんですけど、巨匠と呼ばれているスタンリー・キューブリックであるとか、フェデリコ・フェリーニであるとか、ウディ・アレンであるとか、アルフレッド・ヒッチコックといった巨匠の映画でも、ほとんど男は身勝手で相手の女の人のことを考えてないんですよ。なんと。で、しかもその手の映画ってのは、ほとんど巨匠の実際の恋愛体験を元にしてるのが多いんですよね。

(赤江・山里)へー!

(町山)で、もう身勝手でもって女の人をボロッカスに傷つける映画ばっかりを、世界の大巨匠たちが撮ってるわけですよ。尊敬されてる人たちが。巨匠でもこれだから、俺はOKじゃん?っていう気にも、ちょっとなりますけど(笑)。

(赤江)たしかに、映画監督っていったらね。人間心理とか描写とか、すごくわかって作ってるのかな?と思って。

(町山)でも、自分のことはわかってないんですよ。たぶん巨匠たちは。いわゆる傍目八目っていう言葉があって。将棋とか碁を打っている人を横から見てるとよく見えて、おかしいんじゃねーの?とか思うんですけど。自分がやるとわからなくなるんですね。

(赤江・山里)はー!

(赤江)自分がプレイヤーになるとね。

(町山)そうそう。巨匠自身も自分の恋愛の中ではわかってないんですよ。ただ、それを映画にするから逆に観客にはわかるんですね。でね、すごく印象的な言葉はね、フランソワ・トリュフォーっていうフランスの監督がいるんですけども。この人は本当に恋愛映画ばっかり作りつづけた人なんです。生涯。ほとんど。ところがこの人の最後の方の映画でですね、『隣の女』って映画があって。それを取り上げているんですが。この『トラウマ恋愛映画入門』の中でも。

(山里)はい。

(町山)その中で、すごく重要な言葉があって。『男はみんな恋愛のアマチュアだ』って言葉が出てくるんですよ。で、これはしかも60過ぎた男の人の言葉として出てくるんですね。映画の中で。

(赤江)えっ、その歳で?

(町山)そう。男はね、ダメなんですよ。あまちゃんなんですよ。

(山里)(笑)。恋のあまちゃんなの。

(町山)あまちゃんなんですよ。本当にわかってない!ってイライラするんですよ。女の人は。その『隣の女』って映画の中では。で、男はどういう風にわかってないかってすごく分析的なセリフがいくつも出てくる映画なんですね。『隣の女』って映画は。で、これはすごい!って思って、トリュフォーっていのはわかってるんじゃないか?と思ったら、この『隣の女』って映画の試写を見たトリュフォーの前の恋人だったカトリーヌ・ドヌーヴっていう人は、『あそこで出てくる教訓的な言葉は、ほとんど私が彼に言ったのよ』って言ってるんですよ。

(山里)はー!

(町山)つまり、わかってないんです、基本的に。女の人に怒られてるばっかりで、それをまとめて映画にしてるだけなんです。

(赤江)実際に言われたことなんだ。

(町山)そうそうそう。女の人に。で、これすごいのは、ウチの娘もそうですけど、女の人は基本的にアマチュアじゃないんですよね。恋愛に関しては。男は、それこそ大学教授ですらダメなんですよ。これはかなり、どうしてなんだろう?っていうね、気がするんで。そういうのを研究していこうと思ってこういう映画をいっぱい見ていったんで。あの、上から目線でですね、私は恋愛についていっぱい知ってるよ!みたいな感じで本、書いてる男の人、いっぱいいますけど。そういう本じゃないですから(笑)。

(赤江)そうですね。それは間違いないですね(笑)。

(町山)全然間違いないと思う(笑)。基本的に、童貞みたいなもんですからね。50でも。

(山里)だからドキドキして読めるのかな?俺。

(町山)そうそう。みんな、そうなんですよ。たぶん。だからこの中で出てくる『アルフィー』っていう映画があって。これ、ちょっと音楽がすごくいいんで、聞いていただけますか?アルフィー。

(町山)はい、これね、アルフィーっていう映画のタイトルは主人公のアルフィーからきてるんですけど。これ、あの高見沢さんのやっているバンドの元ですよ。

(赤江)あっ、ここから?

(町山)こっから取ってるんですよ。アルフィーっていうバンド名は。

(赤江)映画のストーリー、すごい酷い男の・・・

(山里)とんでもない男の話。

(町山)酷い男の話なんで。とにかく、女の子を次々ナンパするんだけど、絶対に女の子を愛さないんですね。で、愛したら負けだって言うんですよ。で、この歌は『あなたは恋愛っていうのは弱肉強食だと思ってるの?』っていう歌なんですね。で、彼自身は本当にそう思ってるんですよ。もう愛してしまったら、自分は交際しなきゃいけないから負けなんだ!って、次々と女の人を乗り換えていくっていう話なんですけど。

(赤江)本当に。

(町山)まあ、酷い酷い話なんだけど。これでね、思うのはね、この人それこそ何十人も女の人とエッチしてるのに、女の人のこと、まったくわかってないんですよ。人の心をまったくわかってないんですよ。で、これは童貞とおんなじなんですよ。この人。

(赤江)あ、女ったらしなのに。

(町山)そう。だからこれ、よく考えると女ったらしで次々と女をかえてる人って、基本的にちゃんと愛してないわけですよね。女の人を。ってことは、童貞とおんなじなんですね。

(赤江・山里)はー!

(町山)これね、僕の知り合いで直接の友達じゃないですけど、叶井俊太郎っていう男がいましてね。その人は、600人の人とSEXしたんですね。

(山里)名前だしていい話?

(町山)名前だしていい話です。本、出してるんです。その人はね、『600人とSEXして4回結婚して破産してわかること』って本を出してるんですよ。

(山里)ほう!

(町山)で、600人とSEXしてなにがわかったんだろう?って読むと、なんにもわかってないんですよ(笑)。

(赤江)(笑)

(山里)ああ、そうですか!

(町山)わからないからこそ、要するに女の人の気持ちとか人間の気持ちがわからないからこそ、そんなに600人も、要するにヤリ捨ててきた。ってことができるっていうのは、やっぱりわかってないからできるんですよね。

(赤江)そっかそっか。もう奪うだけで、なにも与えなかった。

(町山)そうそうそうそう。だからね、おんなじなんですよ。童貞と。裏でグルッとまわってつながってるんですね。基本的に。そういうことを、いろいろ見ながら考えるっていうね、本なんですけど。やっぱりね、この中でいちばん最初に出てくる、いちばん最初に扱ったのは『チェイシング・エイミー』っていうね。もうオタク男で全然恋愛経験のない人が、初めて恋をするっていう話を扱ったんですけども。これは、マンガオタクでマンガばっかり描いているマンガ家の人が、初めて女の子を好きになって。で、その女の子、最初レズだって言ってるんですけど、まあそうじゃないことがわかって、愛しあうんですけども。

(赤江・山里)はい。

(町山)途中で彼女が高校時代に、いわゆるヤリマンというヤツだったことがわかるんですよ。

(山里)あー!オブラート、見つからなかったんですか。町山さん!

(町山)あ、そっか。いわゆるサセ子っていうヤツだったことが判明するんですね。で、その時に彼は彼女を、要するに過去のことなのに、ふざけんじゃねーよ!って責めるんですね。主人公は。で、そんな資格はないわけですよ。彼女自身も『今、あなたを好きで本気で愛してるんだから何で問題なの?』と。言うんだけども、結局責めてしまって嫌われちゃうですけども。で、要するに彼女を本当に好きだったならば、ガマンすればよかったのにできなかったんですね。で、これっていうのは、『チェイシング・エイミー』っていう映画の監督のケビン・スミスっていう人が実際にあったことなんですよ。彼自身が。

(赤江・山里)はー!

(町山)自分があったことをそのまま映画にしてるんですけど。しかもすごいのは、この主演の女の子っていうのは、実際にケビン・スミスのフラれた相手なんですよ。主演女優が同じ人なんですよ。

(赤江)主演女優に使ったと。起用したということですか?

(町山)起用したんです。自分の懺悔のために。これはすごいですよ。こんな勇気、ないでしょ?普通の人。

(赤江)たしかに。いや、これはちょっと・・・だってもう、もう一回会うのだってね、気まずかったりしますもんね。

(町山)会うの、辛いですよね。普通ね。でも、それをやったってことでね、すごい映画だなと思って。それで僕はすごく学んだよっていうことを映画監督の人は言ってるんですね。マンガしか興味なかった映画監督なんです。本当に。で、こういうのはね、本当に誰のために作られてるか?っていうと、女の人のためじゃないですよね。これは、同じようなオタクの男の人のために作られた恋愛映画なんですよ。

(赤江・山里)うん。

(町山)で、ずっと日本にはそういう映画ってなかったんですよね。でも最近、『モテキ』とかね、ああいうのが出てきて。『ボーイズ・オン・ザ・ラン』とか。そのオタクの男がどうやって恋愛してくか?っていうことを真面目に考える映画、やっぱり日本でもね、少しずつ出てきてね。よくなってきたんですけども。一時は本当になかったんですよね。

(山里)そう。なんかね、イケてるやつらがね、好きだ、嫌いだってやって最終的にくっついて・・・

(町山)そうそう。死ねばいい!って思いますよね。

(赤江・山里)(爆笑)

(町山)その場で殺すぞ!オメー!とか思いますよね。

(山里)もう、桐島の発想ですよ。ゾンビに喰らえ!っていう感じでね。

(町山)そうそう。ゾンビになって殺すぞ!っていうか、お前らみんなマシンガンで皆殺し!とか思うわけですけど。

(山里)そう。あの頃はそう思ってましたよ。わからないですけど。

(町山)なにも学ぶことはないですよ。顔のいい男はね。そんなモテモテでどうこうっていうのはね。ただね、これいろんな映画を見ててわかったのは、モテる・モテないとか、うまく行く・行かないっていうのは、顔とあんまり関係ないってことがだんだんわかってくるんですよね。

(赤江)ほー。じゃあなんですか?なにが大事なの?

(町山)これね、やっぱり面倒くさい性格の人はモテないです。

(赤江)ああー!なるほど!それは言える!

(山里)さっきのもそうですよね。昔、ヤリマンだったからとかって、そんな・・・わざわざウジウジ引っかかるようなヤツはダメなのよ。結局。

(町山)そうそう。いろいろ言ったり、主張したり、いろいろな好みがあったりとか。ゴチャゴチャ言ってる人はモテないですよ。こだわりがあったり。

(山里)でも、町山さんね、この本にのっている映画の男たちなんて、みんなゴチャゴチャ言うヤツばっかりじゃないですか。

(町山)全員そうです!1人だけ違うんですけど、1人を除いて全員がゴチャゴチャゴチャゴチャ言って。余計なことばっかり言ってるやつらなんですよ。で、しかも恋愛をすることによって、自分が相手になにか譲歩したり、相手の女の人のいうことを聞かなければならないってことを、すごくイヤでたまらない男たちなんですよ。

(赤江)あー!それは面倒くさいな、本当。

(町山)面倒くさい。でもね、実際独身の人は世界中で増えてて、日本だけの問題じゃないんですよね。日本人だけの問題と日本では報じられてますけど、世界的な問題なんですよ。独身の男の人が増えている理由っていうのは、面倒くさいからですね。自分自身を相手に合わせるのが辛いからなんですよ。

(赤江・山里)あー・・・

(町山)これはもう、圧倒的に世界的に増えてる問題で。日本の問題だ!って言ってる人いますけど、全然違う。

(赤江)日本に限らないんですね。

(町山)全然違うんですよ。世界的な問題なんですけども。これはやっぱり、自分自身の楽しみっていうものはどんどん増えてきて。自分っていうものが巨大化してしまったために、他人が入る余地がなくなってるんですよ。どんどんどんどん肥大してるんですよ。みんなが。だからこれはしょうがないんですね。で、まあ女の人の方も同じで。だからそしたらやっぱりパンパンに自我同士だから、くっつかないです。合体できないんですね。

(赤江・山里)うん。

(町山)そういう問題になってるんですけど。この本の中で1人だけね、そうじゃない人が出てくるんですよ。

(赤江)あの人じゃないですか?阿部定さんじゃないですか?

(町山)そうなんですよ。あのね、『愛のコリーダ』っていう映画があって。大島渚監督の。亡くなったんですけども。この間。実際にあった阿部定事件っていうのを映画化したものなんですね。

(赤江)うん。

(町山)で、これ藤竜也さんが・・・阿部定っていう女の人がいて、その人に殺された男の人を藤竜也さんが演じてるんですけど。これ、日本で最初のハードコアポルノって言われたんですけども。これね、全然ポルノじゃないですね。見てみると。これ、どういう映画か?っていうと、2人っきりでその阿部定っていう人と吉っていう人が、ずっとラブホテルでエッチしてるだけの話なんですよ。で、ただね、これすごいのは定っていう人は『◯◯して!』って彼に言うと、『いいよ』って言うんですね。藤竜也さんは。『◯◯して!』『◯◯しないで!』とか言うと、『うん、いいよ。わかったよ。いいよ』って言って、絶対にNOって言わないんですよ。

(赤江)はー。全部要求に応えてくれる。

(町山)全部要求に応えるんですよ。徹底的に。もう一切、嫌だって言わないんですよ。なんでもやる。で、最後は『殺していい?』って言うと、『いいよ』って言うんですよ。これ、すごいんですけど。で、この藤竜也さんを見て、みんなすごい!かっこいい!惚れた!っていうのは、まさに自分を捨ててるからなんですよ。

(赤江)はー!なるほど!いや、たしかにこの主人公だけは際立って対極だなっていうね。与え続けた人ですよ。

(町山)これはすごいんですよ。これ、できないですよ。だって、俺とかよくやっちゃうのは、相手が男でも女でも、彼女でもカミさんでもなんでもそうなんですけども。なんか映画のこととか小説のこととか音楽のこととかで、ディティールで対立する時、あるじゃないですか。そうじゃないよ、とか。あの曲って誰だっけ?とか言って、違うよ!ミュージシャンが!とか言って。その時、自分が正しいと思ったら、徹底的に戦っちゃうんですよ、僕。

(赤江)(笑)

(山里)はいはいはい。

(町山)こだわりがあるから。監督誰か?って、違うよ!ちげーよ!みたいな話で(笑)。

(赤江)大人気ないなー、町山さん(笑)。ちょっと譲ってくれたりしないんですか?

(町山)だからダメなんですよ!だからモテないんですよ(笑)。モテないんですよ、それがもう。でも、そういうところがある人って、やっぱりね、どうしようもないんですよ。で、やっぱりね、恋愛映画とかいっぱい見てくと、そういうのはダメだってことわかってくるんですけど。見たからって学べないんで、またやっちゃうんですけどね(笑)。

(山里)共感しちゃってね。

(町山)そうそう。ただ、いっぱい見て、あっ、これはダメだってことがわかってると、謝るスピードが速くなるっていう利点がありますね(笑)。

(赤江・山里)あー!

(赤江)そうですね。で、いろんなパターンの恋愛が、自分では経験できなくても。あっ、こういう感じかっていうのがわかりますもんね。

(町山)そうそう。だからいっぱいいろんなパターンを集めて、ほとんど失敗談で。しかもほとんどが映画監督自身の恋愛の失敗談を映画にしたものを集めたんですけども。これ見てくと、要するにたくさん恋愛してたくさん勉強しろというようなことを言ったら、それってヤリチン男じゃないですか。

(赤江)現実にはなかなか難しい。

(町山)そんなにたくさん恋愛してる人って、やっぱりダメな人じゃないですか。これ、トルストイっていう人が言ってるんですけど、『たくさん恋愛してる男よりも、1人だけの女を愛した男の方が、人間とか女性というものについてよくわかってるんだ』と。

(山里)トルストイはいいこと言うね!

(町山)そう。たくさんやってる人は、わかってないからしてるんだって言ってるんですよ。でも、じゃあ全然わからないでやるっていうのは、これは無免許で路上に出るみたいなもんだから。一応、映画を見てシュミレーションをしてこうよっていうことで作った本なんですね。

(山里)教科書ですね。僕らに。

(町山)はい。だっていっぱいこういうの、実際にやったらこれ、頭おかしな人ですからね(笑)。ただの女ったらしですから。そうならないようにってことなんですけども。

(山里)すごいよ。結婚をしたくなくなるようなの、いっぱいあるよ。この『ブルーバレンタイン』とかね。

(町山)そう。ブルーバレンタインとかそうで。結婚してからが大変なんだっていう映画って、ほとんどないんですよね。あの、ウェディングベルでめでたし!で終わっちゃうんですけど。そっからが大変で。じゃあ結婚したんだから、スタンプ押したんだから、俺のもんだじゃなくて。要するに付き合っててもそうですけど、そっから先、どれだけ維持してくのが大変か?っていうこれね、古代ローマの詩人までもそういうこと言ってるんですよ。

(赤江・山里)へー!

(町山)『恋愛っていうのは好きだって言って、両方とも相思相愛になってからが大変なんだぞ!』って言ってるんですよ。古代ローマの人が。それから2000年・3000年たっても、人間は全然よくならないんですけど(笑)。

(赤江)永遠のテーマですね。はー!

(町山)永遠のテーマなんですけど(笑)。まあ、大変だよってことですね。はい。まあ、ケーススタディーできるといいかなと。

(赤江)こめられてますからね。

(山里)そう。いろんな状況で。でも、ダメな恋愛の形の男たちの。だから反面教師にすればいいんですね。これを。

(赤江)だから山ちゃんがうれしそうに読んでるっていうね。

(山里)ニヤニヤして(笑)。

(町山)ああ俺がダメだ!って、あっ、偉い人もみんなダメなんだ!って。いろいろ勇気も出ますんで。

<書き起こしおわり>

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