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大竹まこと・きたろう・えのきどいちろう 宮沢章夫を追悼する

大竹まこと・きたろう・えのきどいちろう 宮沢章夫を追悼する 大竹まことゴールデンラジオ

大竹まことさん、きたろうさん、えのきどいちろうさんが2022年9月21日放送の文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』で亡くなった宮沢章夫さんを追悼していました。

(壇蜜)続いては大竹紳士交友録。毎週水曜日はきたろう教授と、本日はえのきどさんにもいらしていただいています。

(きたろう)そうそう。俺たちが宮沢の話をするって知って、わざわざ駆けつけてくれて。「聞くだけ聞きたい」っていうことだったんだけども。俺が強引に。「一緒に追悼しようよ」って。

(えのきどいちろう)見学のつもりだったんですけどね。

(きたろう)いやー、がっかりだったな。宮沢。

(大竹まこと)「がっかり」ってどういうことよ? 「ショック」っていう意味だろう?

(きたろう)というか、年下の人が先に逝くっていう。それもショックだけど。

(壇蜜)60代で……。

(きたろう)絶えず、なんか知らないんだけども。俺は宮沢はすぐそばにずっといるっていう感覚だったんだよね。なにかあればすぐに連絡できて……っていうか。でも、大竹もちゃんとお家に行って、お別れができたんでしょう?

(大竹まこと)そう。俺はその日……みんなの行ける日に行けなくて。その前の時間にちらっとだけ。妹さんのこずえさんがね、来てくださって。「どうぞ」って言われたんで。

(きたろう)こずえ、泣き崩れてたろう?

(大竹まこと)もう、泣き弱っていたよ。目が真っ赤だったね。

(きたろう)こずえと話したんだけども。「死んでみて初めて、こんなに偉大な兄貴だとわかった」っていう。遅いっていうんだよ(笑)。いや、宮沢くんってね、俺は自分で言うのもなんだけども。「才能に惚れる」っていうのはね、他にもいないぐらい……要は、普通は人間に惚れるじゃない? でも、才能に惚れるっていう感じの付き合いだったよね。

(大竹まこと)俺も宮沢と会った時は「才能の前にはひれ伏すしかないな」と思ったことがあったね。

(きたろう)ああ、そう。

(えのきどいちろう)お二人、最初は30ぐらいでしょう?

(きたろう)そうそう。

(えのきどいちろう)それで宮沢さんが20代前半ぐらい? で、竹中さんの美大の……多摩美の同級生だったんだよね? だから竹中さんが連れてきたっていう。

(大竹まこと)そう。竹中が俺たちのコントが面白くて。「一緒にやりたい」みたいなこと言って。「ああ、いいよ」みたいな話になったら、1人連れてきたんだよ。「この人もシティボーイズ、見てます」みたいな。それが宮沢で。だから、それから……。

(きたろう)最初に「じゃあ、書いてみる?」って書いてもらった、その最初のコントが面白くて。もう腰が抜けちゃったぐらいで。「ああ、才能を見つけた!」と思ったぐらいだね。

(大竹まこと)最初は俺たち、あの頃はジァン・ジァンで3本立てをやったんだよね。

(きたろう)えのきどくんのラジカルぐらいからだよね? 俺たちはその前があるのよ。宮沢くんとは。

(大竹まこと)その、「おおいばりの宮沢君」シリーズがね、渋谷のジァン・ジァンて3本ぐらい、やったね。

(きたろう)その当時、宮沢がね、シャイでしゃべらなくてね。えばらなくてね。静かにしてるから「おおいばりの宮沢君」っていうこのふざけたタイトルをつけて。そのタイトルをつけたその後は「ハワイの宮沢君」っていうタイトルをつけたんだけども。宮沢はもう笑ってるだけで、何も怒らなかったんだよ。「宮沢をもっと前に出したい、出したい」と思ったんだよね。あんまりにも面白いから。だからそういうタイトルで。「おおいばりの宮沢君」って、その頃は全然威張ってなかったんだけども。後半はずいぶん威張るようになったよね。

(大竹まこと)っていうか、あれだね。10年間、宮沢と一緒にやっていたんだけども。やっぱりあれだよね。宮沢の考えがどんどんどんどん進んでいく中で、どんどんアートっぽいことに頭の中が近づいていくんだね。でも、俺たちはなんかちょっと笑わせたい方にこだわっていって。だから、ズッコケたりみたいなことをやるのを宮沢は「なんでそこで……どういう意味でズッコケてるんですか?」って言われるわけだよね。で、きたろうはもう関係なく、怒られるのが嫌だから。もうズッコケた後は楽屋に帰ってこなかったり、いろんなことして逃げてたりするんだけど。でも、あれだね。番組の冒頭でちょっと話したんだけど。やっぱりすごかったのは「砂漠監視隊」っていうのは俺、ものすごい記憶に残っていて。

(きたろう)あれはもう、ほとんど最後の方だよね。

(大竹まこと)そう。でも「砂漠監視隊 」自体も……。

(きたろう)見た?

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「砂漠監視隊」

(えのきどいちろう)もちろん。「砂漠を監視して、どうなるんでしょうか?」「砂漠に何かあったら大変じゃないか!」みたいなやつね(笑)。

(きたろう)そうそう(笑)。やることがないんだよ。毎日毎日。っていうコントだよね。

(大竹まこと)「ただいまより、世界じゃんけん大会を開催します……」「優勝です!」なんてやっているわけ。砂漠でなんにもないから「優勝です!」って言った後のその、むなしくてしょうがなさがな。

(きたろう)なんか、コントが知的でしょう? 「暇だから、バックギャモンでもやるか」って俺が砂漠で言い出して。「どういうルールなんですか? やりましょう、やりましょう」って。でも、俺がルールを知らないで、ただ言っているだけっていう(笑)。

(壇蜜)バックギャモン?

(えのきどいちろう)ベケットの『ゴドーを待ちながら』っていうのは、みんなでゴドーを待ってるんだけど、来ないわけじゃん? 来ないけど、ずっと待ってるっていう、何も起こらない芝居っていう感じなわけじゃん。「砂漠監視隊」もそこでは何も起こらないわけですよ。監視しても監視しても監視しても、人もいないし。その状況の、隊のなんか微妙なところっていうのがね。

(大竹まこと)しかも、だから冒頭でも話したけど。ラフォーレ原宿の8階に、あれ、砂を何トン運んだの? わかんないけど、舞台に砂を敷き詰めて。

(えのきどいちろう)舞台の最後、、エンディングのところで上から砂がサーッて。

(大竹まこと)そう。そこにライトが当たってね。それがエンディングなんだよね。毎日、あの砂がほこり立つんだよね。もう、水をかけたり大変だったんだけど。

(きたろう)でも、自分のやりたいようにやってるよね。宮沢、やってきたよね。自分のやりたいことを、自由に。で、出会った頃、宮沢ね、「舞台をやりたい」って言ってたんだけど。でも緞帳って言葉……緞帳って幕のことね。それを知らなかったんだよね。「緞帳ってなに?」って。そのぐらい何も知らないところから始めてるから、要は規制概念にとらわれない、面白いものが作れていったんだよね。

(大竹まこと)上手も下手も知らなかった。

(きたろう)何も知らない。

(えのきどいちろう)そうか。へー。

(大竹まこと)えのきどさんは何か思い出、ある?

(えのきどいちろう)いや、もうなんか、僕がラジカルを見て……それは川勝正幸さんっていうエディターがいて。それで一緒に……つまり、ラジカル・ガジベリビンバ・システムっていうのは演劇のユニットなんだけど。一緒に音楽を作っていったり、それからそういう出版みたいなのがあったり。それでクオリティーを高めよういうことで。僕もライターとして参加したんだけど。途中から、そのパンフレットをロビーで売る人になってたりして。なんかよくわかんないけど、そういう参加性があったんだよね。

それで、とにかくね、やっぱりシティボーイズは演劇出身で。割とちょっと演芸の香りもある感じじゃない? お笑いの感じっていうか。で、宮沢章夫さんはやっぱり演劇人なんだけど、ちょっと違うんだよね。で、そこのバランスみたいなものが、世代がシティボーイズよりも上なのに、すごく立てて。すごく面白かった。お笑いの質としては「考え方の提示」。こういう面白さってあるんじゃないかな?っていうのを提示していくスタイルでしたよね。

(きたろう)そうそうそう。

(大竹まこと)「あの、大竹さん……」「なんですか?」って言ったら、「会議があるんですけどね、すごくテーブルが大きいんですよ」って言って。それで、コントを作るんだよね。

(きたろう)そうそう。当時、大竹はね、もうね、ちゃんと芝居してたんだよね。当たり前だけど。宮沢の前で。で、大竹の怒りのおかしさもね、宮沢がちゃんとわかっていて。要はちゃんと怒ってお芝居してたんだよ。それがおかしかったんだよね。

(えのきどいちろう)僕、稽古を見に行ったこと、ありますよ。みんなの。中村ゆうじさんとか、いとうせいこうとか、みんないて。「こんなに真剣勝負なんだ」と思って。ピーンと張っていて。見ていて気がつくとなんか8時ぐらいになっていたり。時間の経つのが……だからその稽古場の燃焼感とかも、すごいんだよね。

(きたろう)しょっちゅう「きたろうさん、寝ないでください」って言われて。「寝てないって。考えてるんだって」って言っても、でも寝てるように見えたんだよね。

(壇蜜)えっ、練習中、寝てたんですか?

(きたろう)いや、考えてたの。下を向いて。そしたら「寝ないでください」って言われて。

(大竹まこと)よく舞台で稽古してて。ほんのちょっと、一段落するとすぐ宮沢のいる方に、要するに客席の方に来て。すぐタバコ吸っちゃうんだよ(笑)。そしたら宮沢が「まだ早いでしょ!」っつって。また舞台に戻されるみたいなね。しかも、それがお金に直結するような話じゃなかったんだよね。

(きたろう)そう。俺たちは初めて、宮沢と一緒の頃なんてもうお金のことなんか何も考えてなかったね。儲からないしね。

(大竹まこと)儲からないしね。

(きたろう)ただ面白いことを作りたいって。それに対してね、宮沢がね、とりあえず真剣なのには驚いたよ。

面白いことを作るのに真剣

(大竹まこと)宮沢の親父さんが大工さんなんだよ。で、「舞台でセットがいる。セットって、こんなのだ」っていうのがあって。それをたぶん宮沢が発注してたんだね。金がないから。ある日、稽古場にこんなでっかいセットが静岡からトラックで届いたんだよ。いや、あれには本当に驚いたよ。

(きたろう)あれはね、装置としては重たいよ(笑)。本物なんだから。

(大竹まこと)大工さんだから、セットじゃないんだよ。本物の家みたいなのが来ちゃって。

(きたろう)でも、あの時の宮沢の真剣の度合いがね。親父を使って。「お金がないから、たのむよ。いいものを作りたいんだ」っていうその真剣さは、それは三木も真剣だったけど。ああいう、笑いなのにあんなに真剣になるか?っていうね。

(大竹まこと)ある時、舞台に客席から客が1人、フラフラって来て、歩き始めたんだよ。舞台の上を。それを宮沢が袖から出ていって……。

(きたろう)違うよ。舞台の上じゃないんだよ。俺たちが並んでるシーンがあって。なにかを待っていて。でも、何回も見てる客だと思って。その客は俺たちの後ろに並んだんだよ。出てきて。

(大竹まこと)それを見て……だから、要するに客席から来て、1人参加しちゃったんだよ。それを宮沢が突進していって。もう体当たりで排除したよな。あのエネルギーはすごかったなと思って。「俺の作った舞台にこいつ、何をするんだ!」って思ったんだろうね。

(きたろう)真剣なんだよ。その真剣にやってる時に、俺なんかはトライアングルっていうのがあって。

(大竹まこと)ああ、思い出した(笑)。

(きたろう)思い出したろう? トライアルを持って。みんな、タンバリンとかを持ってね。楽器を持って行進するようなシーンがあって。

(大竹まこと)トライアングルで行進しててさ。叩くところでトライアングルを叩く棒がなかったのよ。叩こうとして、棒がなかったの。

(きたろう)忘れちゃって(笑)。

(大竹まこと)それでこいつ、トライアングルを人差し指で叩いたんだよ。鳴らねえよ(笑)。あれは笑ったなー。

(きたろう)思い出すなー(笑)。

(大竹まこと)あれ、どうしたの? 棒、舞台の隙間に落としちゃったんだよな、たしか。

(きたろう)俺が叩くシーンで、棒がないんだよ。チーンって。それはもう、人差し指でやるしかないよ。

(大竹まこと)俺らは楽隊みたいに3、4人で並んでて。そしたらきたさんが一緒に出ていって、指でトライアングルを叩いてるからもう、おかしいんだけど(笑)。もう、どうしようもなかったな。そんなのばっかりで。

(きたろう)でも、真剣だったけどそういう遊びの部分はあったね。宮沢。

(大竹まこと)あれもそうだよね。なんか斉木が出てきて。「誰だ? 今、声を出したやつは? こっちもやってるんだから!」っていうのは。

(きたろう)そうだね。

(大竹まこと)あれも宮沢だよね。

(きたろう)あれは説明が難しいけどね。ギャグなんだけど……。

(えのきどいちろう)みんなで盛り上がっている時にドンドンドンッ!って斉木さん、ドアから入ってきて。

(大竹まこと)で、1回怒るんだよ。「うるさいんだよ!」って。

(えのきどいちろう)怒ってまた行っちゃうんだけども。しばらくまたこっちで盛り上がっていると、またドーン!って入ってきて。

(大竹まこと)「今、騒いだのは誰だ!」って言うんだよね。そうするとみんなが竹中を見るんだよ。そしたら竹中が斉木に連れて行かれちゃうんだよね(笑)。あのコントはすごかったなー。

(えのきどいちろう)こっちでひとつのギャグのシークエンスを作っておきながら、その外で聞いていて、うるさがっている近所の人っていう感じで斉木さんを使うんだよね。で、ドアが大道具でありましたもんね。

(大竹まこと)そうなんだけど、斉木のセリフで「こっちもやってるんだよ」っていうので。もうひとつ向こうに会議があって。そこからこっちの会議を叱りに来るみたいなのがあって。それであれぐらい斉木がおかしかったのは俺、見たことないよ。斎木のバックに……「こっちもやってるんだから」って言った斉木のセリフの裏に、向こう側の会議室の模様が手に取るように俺たちに見えたっていうか。

(きたろう)普通ね、斉木じゃなくて出てきて「うるさいよ」って言ったって、誰も笑わないよ。なんであいつはそういう「うるさいよ!」っていうのを……(笑)。

(大竹まこと)だからそれを斎木にやらせた宮沢の目もすごいよね。あれ、他の誰がやっても絶対に笑ってないんだよね。

(きたろう)だからシティボーイズのそれぞれの個性っていうか、面白さをわかっているんだよね。だから当て書きだったら、とってもやりやすかったよね。

それぞれの個性を理解して当て書きする

(大竹まこと)一緒にね、オーストラリアも行ってね。砂漠監視隊のところでね、中野さんだっけ? ビデオを回して。砂漠で。ビデオを作ったんだよ。で、その砂漠の遠くを歩いてて。カメラはこっち側にあるんだけど。案の定、やっぱりきたろうがズッコケるんだよ。砂漠の真ん中で。そうすると宮沢が「ズッコケないでください!」って(笑)。「きたろうさん、なんでズッコケちゃうんだろう?」っていうね。

(きたろう)いや、面白いコント、いっぱいあるけどね。宮沢もまだサブカルだから知らない方が大勢いると思うんだけど。どれだけすごい人だったかっていうことをね。

(大竹まこと)今、私たちがここにこうしていて、くだらないことをしゃべってられるのも、宮沢がいなかったらもう絶対にありえない話だから。あいつがいなかったら。

(きたろう)ありえない。爆笑問題の太田が「シティボーイズ、全然つまらなかったんですよ。『お笑いスター誕生』の頃。宮沢に会ってからですよ、シティボーイズは」ってはっきり言いやがって。「お前、見てたのか? 俺たちの前のコントを」って言ったけど。「いや、つまらなかったんですよ」とか言ってた。

(大竹まこと)でも、あれだよね。そりゃそうかもしんないけど、10週は通ってるんだからね。宮沢がいなくても。

(きたろう)でも、みんながそういう風に思ってるよね。宮沢がすごいって。

(大竹まこと)まあね。助けられて、今日までね。謹んで、ご冥福をお祈りします。長い間ありがとうございました。

<書き起こしおわり>

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