爆笑問題・太田 有吉弘行の「太田さんとのラジオ収録が全くしっくりこなかった」発言を語る

有吉弘行 爆笑問題・太田との全く噛み合わないラジオ特番収録を語る 爆笑問題カーボーイ

爆笑問題・太田さんが2026年10月6日放送のTBSラジオ『爆笑問題カーボーイ』の中でRadikoの特番ポッドキャスト『太田光と15人のしゃべり手』で有吉弘行さんと対談した際の模様を紹介。有吉さんが「全くしっくりこなかった。全然うまくいかなかった」と自身のラジオで話していたことに言及していました。

(太田光)いやー、有吉がさ、ねえ。俺と今度、15人のポッドキャスト。あれでね、この間、収録をやったんだけど。俺とやった『太田光と15人のしゃべり手』。次が有吉くんなんですよ。『SUNDAY NIGHT DREAMER』のね。で、有吉がさ、俺とやった収録をさ、「うまくいかなかった」って言うんだよね(笑)。

(田中裕二)見ましたよ。ニュースになっていたのを。

(太田光)「見ました」? ああ、ニュースを。ラジオで言ってるんですよ。『SUNDAY NIGHT DREAMER』で。「うまくいかなかったんだよね」って。

(田中裕二)「うまくいった試しがない」んだろう?(笑)。

(太田光)だからさ、あいつは本当にさ、つれない男なんだよ……。あいつは。もう昔からそうなの。それでね、たしかにこの前の日曜日。『日曜サンデー』が終わってFMに行ったんですよ。越崎と一緒に行って。それで録ったんですよ。『15人のしゃべり手』。で、俺は楽しみにしてたの。有吉と会うのも久しぶりだし。まあ、ダチョウさんのさ、40周年の時に会ったけど。楽しみにして行ったわけですよ。で、ポッドキャストを録ったんだけど。うーん、何て言うのかな? あいつはさ、その直後。ポッドキャストが結局、その『SUNDAY NIGHT DREAMER』の前。で、俺が『日曜サンデー』が終わって、その『SUNDAY NIGHT DREAMER』が始まる前に録らなきゃなんないから結構、ギリギリで。向こうは生放送だから。それでやってたわけ。で、その直後にさ、『SUNDAY NIGHT DREAMER』を聞いたの。そしたらさ、あのさ、あいつってさ、昔からそうなんだけど。基本、俺に興味がないんだよね(笑)。

(田中裕二)フハハハハハハハハッ! まあまあ、ねえ。

(太田光)まあでも、有吉……照れだよな? 照れだろ、お前。有吉! 有吉! 照れなんだろ? お前は。それでまあ、距離をさ、とにかく詰めてこないんだよ(笑)。

(田中裕二)まあまあまあ、なんとなくわかる気がするけどね。

(太田光)ほんでさ、まあそういうふりなんだろうな。おそらく。ふりだよね、有吉?

(田中裕二)なんだよ。不安になってんじゃねえよ!

(太田光)ふりだろ? 有吉。振りだよな……? そういうのでね、行ったの。サンデー終わりにFMに行ったの。それで、まあ俺はもう嬉々として行ってるから。それでたしかに空回りはしてたんだよ、俺(笑)。たしかに空回りはしてたよ。それで、まあちょっとでも、まあ俺は面白かったんだよ。それで終わってさ、スタジオを出たらさ、アシスタントにさタイムマシーン3号の関と宮下草薙の宮下がいて。もうスタンバイっていうか、廊下にいたんだよ。

それで「おお、お前ら、どうした? そうか。今日、これからか? じゃあ、あれだな。俺もサンドリ、あれだ。オープニングさ、ちょっと飛び入りしちゃおうかな?」って言ったらさ、有吉がさ、俺のことをさ、「いえ、あの、本当にありがとうございました」「いやいや、ちょっとだけさ。ちょっとだけさ……」「いやいや、本当にあの、ありがとうございました。太田さん、またよろしくお願いします」って。あいつさ、もうさ、エレベーターまで俺を導いていって。強制的に帰らせるみたいな。

(田中裕二)「とっとと帰れ」と(笑)。

サンドリ飛び入り出演を提案するも強制的に帰される

(太田光)それでまあ、照れなんだな。あいつもな。そういうところがかわいいところで。それでその直後にサンドリを俺は聞いてたわけだよ。そしたらもうオープニングからさ、有吉が「太田さんとはね、まあ本当に太田さんというか爆笑問題さんとはもう古い付き合いであれなんですけども。過去に太田さんと絡んでね、うまくいったことが一度もないんですよ」って言ってるわけ(笑)。それで関がさ、「そんなことないでしょう?」とかって言うじゃない?

「いやいや、本当にそうなんだよ」とかってさ、有吉がトーンが低いんだよ。「そうですね。爆笑問題さんとはもう本当にあれなんですけども……特に太田さんと仕事して。過去に絡んだ時にうまく絡めたっていう成功体験が1個もないんだよ」って(笑)。「『サンジャポ』なんかに呼ばれてもね、1回もうまくいった試しないんですよ。今回は光栄にもオファーいただいたんで。『太田光と15人のしゃべり手』にオファーいただいたんで今回はね、そうやって『どうせうまくいかないだろう』とは思うけれども蹴るのもなんだし……と思ってオファーをお受けしたんですけども。『今回はうまくいけばいいな』と思って臨んだんですけど。まあ少しでもね、成功するように願って久々に太田さんとお話させていただいたんですけども。まあ今、終わってみて私の実感としては、今回もうまくいかなかった……」って(笑)。

(田中裕二)終始、そのトーン(笑)。

(太田光)しみじみ言うな! そんなこと、言うなっ!(笑)。そしたら関がさ、「えっ、そうなんですか? しっくりこなかったんですか?」って言ったら有吉が「全くしっくりこなかった。全くうまくいかなかった。今回もいつも通りだなと思って。まあ、そんな太田さんとの対談、ポッドキャストですけれども。もうすぐ配信になりますんで。どうぞお楽しみに」って。誰が楽しみにするんだよ、お前! あんなもん! 誰が楽しみにするんだよ!

(田中裕二)「逆に聞きたい」もあるけどね(笑)。

(太田光)本当にさ。関ももうちょっとさ、フォローすりゃいいのにさ。「そうなんですか? いや、そうなんですかね。楽しそうでしたけどね?」なんて。お前ももうちょっとフォローしろよ、関!

(田中裕二)しょうがないだろ?(笑)。

(太田光)しょうがないってなんだよ、お前? で、あいつはたしかにまあ、俺らとの距離感っていう意味でいうとあいつは猿岩石で行ってワーッと売れて。その頃、俺らはもう仕事ゼロのどん底の頃だから。で、そっから俺らが『GAHAHA』で勝ち抜いて。有吉はその頃、また落ちちゃって。猿岩石が。

(田中裕二)『ボキャブラ』とかの頃はね。

(太田光)そうそう。で、まあちょうど太田プロですからね。我々。すれ違ってるんですけど。ほんで、それからか有吉が毒舌、あだ名の時にワーッと売れてきた割と最初の頃に我々と番組をやってるんですよ。

(田中裕二)『パニックフェイス!』。

(太田光)『パニックフェイス!』ね。で、その時の前に『爆!爆!爆笑問題』っていうのがあって。有吉がもうガンガン売れてきてる頃に呼んで。で、あの頃から。ブレイクし始めた時からですね、「お前さ、有吉さ、俺らのことはどう思ってんの?」って言うと有吉は必ず、なんかちょっとニヤニヤしながら、めんどくさそうな顔するのよ。

(田中裕二)まあまあ、そりゃめんどくさいよ。

(太田光)めんどくさそうな顔をして。それで「まあ、そうですね。爆笑さんはネタも面白いし、実力もあると思うんですけど……尊敬できるところが1個もないです」って(笑)。当時からそういう奴なの。あいつは。ねえ。で、たまに『サンジャポ』とかで有吉の番組が始まるっていうのでレポーターがね、『有吉ジャポン』とか行くじゃん? 『サンジャポ』のレポーターが行くじゃない? するとさ、よしゃいいのにさ、「スタジオの爆笑さんに何かメッセージを」って。「聞くなよ。絶対、嫌なことしか言わないから。こいつに聞くな!」とか思うんだけど。そうすると必ずさ、「いや、特にありません。興味がないんで」みたいな。そういうスタンス。ずっとそうだったの。

(田中裕二)そうだったですね。

(太田光)だからもともとそうなのよ。それでさ、俺としてはさ、もうちょっと近づきたいじゃん? それでさ、たしかにね、本番ね。もうこれ、ネタバレになるけども。言っちゃうけど。本番、要するに俺がいろいろくだらないボケとかすると、まあ全然笑ってくれるんですよ。笑ってくれるんだけど、ニヤニヤニヤニヤしながら、こうやって優しい笑顔で。「はいはいはいはい」みたいな感じの、あれなんだよ。「お前さ、俺のことどう思ってんの?」みたいなこと言ったら「うーん……嫌いではないですね?」みたいな(笑)。もうさ、「嫌いじゃないってなんだよ?」「うーん……何なんですかねー?」「いや、もう言わないで、言わないで!」って。もうそこから先の言葉が恐ろしすぎて。「いや、いい。聞かない。いい。俺のこと、どう思ってるか、言わなくていいから。絶対、嫌なことしか言わないから」なんて言ってたの。それでいろいろ、そんなこんなで俺は楽しくやってるんだよ。

(田中裕二)はいはい。

(太田光)それでやっていってさ。で、「ここはもうそろそろ、俺も切り札を出さなきゃいけないな」と思って。で、最初の『タイタンライブ』。5656会館の時に劇団と有吉が見に来てくれて。で、佐久間のYouTubeに出た時に「今までで一番かっこよかったライブは?」つったら劇団と有吉が俺らの最初にやった5656会館の『タイタンライブ』だって言ってたっていうのでさ。俺は全然、知らなかったんだけど。「言ってくれてたんだよな」って。、有吉と劇団だよな? 来てくれたの。

(田中裕二)そうそう。

(太田光)お前から聞いたんだよ。

(田中裕二)で、俺は劇団から聞いたの。

(太田光)劇団から聞いたんだよな。で、それをさ、俺は切り札としてたよ? 「お前、そんなこと言ってるけどさ」って……。

(田中裕二)薄い切り札(笑)。

(太田光)「薄い切り札」ってなんだよ? お前、この野郎。なんだよ?

(田中裕二)札が弱い(笑)。

(太田光)だって他にないんだから(笑)。他ないんだから。でね、「お前、そんなこと言ってるけどさ。俺らのさ、『タイタンライブ』、来たんだろ? 最初のやつ。劇団と2人でさ。で、かっこいいライブだって言ってくれたらしいじゃねえか。俺、佐久間から聞いたよ?」っつったら有吉がさ、「行ってないんですよ……」って(笑)。

(田中裕二)フハハハハハハハハッ! マジか!(笑)。

(太田光)「えええーっ?」「行ってないんですよね、僕」って。

(田中裕二)行ってないの?(笑)。

(太田光)来てないんだって。

(田中裕二)じゃあ、劇団の勘違い?

切り札を切るも「それ、行ってないんですよ」

(太田光)劇団の勘違いかなんか知んないけど。「行った記憶がないんですよ」って。全然覚えてないって言うわけ。「そうか……」とかって(笑)。で、俺はね。それでも……これはね、ちょっとネタバレになるけど先に言うと。これ、たしかめてほしいんだけど。今までね、実は誰にも話したことのない、俺が有吉に感じていることっていうのがあったんですよ。

(田中裕二)ほうほうほうほう。

(太田光)で、それは本当に鮮明に覚えてるんですよ。僕の記憶ではね。で、『パニックフェイス!』ってやってたでしょう? 『パニックフェイス!』っていうのは、ドッキリです。言ってみればね。芸人を引っ掛けてやれ、みたいなので。今、みんながやってるあのドッキリの元みたいなもんで。要するに楽屋にカメラを仕込んでおいて。それで「メイクさんが急にキスしてきたらどうするか?」とかさ。そんなの今、みんなやってるじゃん? あれの最初なんですよ。『パニックフェイス!』って。で、それのMCを俺らと有吉でやってたんですよ。で、あと他はNON STYLEとかTKOとか、いろんなレギュラーもいて。芸人がバーッといて。それで、とにかくあの頃ってM-1もすごい視聴率を取ってるし。ネタをやる芸人がもうブワーッと周りにいるわけです。で、有吉ってほら、猿岩石は解散しちゃってるし。猿岩石ってネタで売れたわけじゃないじゃない? ヒッチハイクで飛行機に乗ったっていうことで売れたわけじゃない?

(田中裕二)「飛行機に乗った」はいいんだよ、お前。うるせえなあ! ずっと言ってる……。

(太田光)フハハハハハハハハッ! ほいで俺はでも有吉が隣にいてやりながら「結構、やりにくいだろうな」って俺は思ってたの。で、あの頃ってネタ至上主義みたいな……今でもそういうところ、あるけど。でも意外と我々なんかもそういう風に見られがちだけど。「爆笑問題さん、ネタをずっとやっていてすごいですね」みたいな言われがちだけど。俺、そんなでもないのね。ネタ至上主義的な。「ネタをやってる芸人が偉い」とかも思ってないし。テレビで売れるっていうのはそういうことじゃないじゃん。MCの回しがうまいとか、いわゆるそのテレビ芸っていうのがあるわけだよ。で、有吉はそれで売れてきてるのにやっぱり周りはみんな、そういうネタをやってる芸人に囲まれていて。それで1回、あの頃に東日本大震災が起きたんですよ。で、「パニック」って言葉が使えなくなったんですよ。

(田中裕二)『パニックフェイス!』はちょっと良くない、みたいな。

(太田光)そう。タイトルとしてパニックって言葉が使えなくなった。それでじゃあ『パワフルフェイス!』っていう名前に変えてやってたんだけど。それもまあ、あんまり視聴率も良くなくて結局、すぐ終わっちゃったんだけど。で、期首期末でいわゆる新番組の始まる頃。年に2回ぐらい。期首特っていうやつで『ネタフェイス!!』ってのをやったんですよ。で、『ネタフェイス!!』っていうのでちょうど東日本大震災が起きてみんな、何て言うのかな? バラエティが自粛して。で、「お笑いをやっちゃいけません」みたいな時、『ネタフェイス!!』をあえてやろうっていうことでやった時、あったじゃないですか。覚えてる? 

(田中裕二)覚えてますよ。

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