【ネタバレあり】町山智浩『メッセージ』徹底解説

【ネタバレあり】町山智浩『メッセージ』徹底解説 映画

映画『メッセージ』日本公開を記念し、初日満席のTOHOシネマズ六本木ヒルズで開催された、映画評論家町山智浩さんの映画解説トークショーの書き起こし。映画上映後に観客からの質問を集め、それに対して町山さんが解説をしていきました。ネタバレを含むので、映画鑑賞後にご覧になることを強くおすすめいたします。なお、この書き起こしは町山さんからご許可をいただき作成しております。

(町山智浩)町山です。よろしくお願いいたします。せっかく本当にいい映画で余韻があるところにこんなおっさんが出て余韻を全部ブチ壊してしまって本当にすいません(笑)。まあみなさん、いろいろなことを考える、考えさせられる映画なので。黙ってしばらく心の中で熟成させた方がいいっていうこともあるんですが、まあせっかくの機会なので。映画を終わった後にみんなで食事をしたり、喫茶店に行って話し合ったりするじゃないですか。そんな感じでやってみたいなと思います。それで、いまからマイクを持ったスタッフが質問を拾いますので。「こんなことについて話し合いたい」とか「ここのところはどうなっているんですか?」とか、そういうのをまず最初、いっぺんに集めていきます。

(質問集め完了)

(町山智浩)じゃあまず、ランダムに行きますと……「エイリアンの来た目的は?」というのは、これは彼らは、セリフの中で出てくるんですけど、「3000年後に地球人類に救ってもらうからだ」と言っているんですが、3000年後まで地球人類が続いていかないと救ってくれないわけですから。地球人類がその後平和にずっと3000年後まで続いていくように、ある道具……つまりこの映画の中では「言語」を授けに来たんだということですね。はい。で、3000年後に地球人がどういう風にそのエイリアンを助けるか? それは出てきません。それは、わからないですね。これはわからない質問で、答えられません。

あと、そうですね。自分で書いたメモが汚くて読めないな(笑)。ええと、「急にルイーズが未来を見通せるようになる理由は?」というのですが、これは急にじゃないんですよ。よく見ると少しずつ少しずつ、言語を勉強するうちにフラッシュバックが激しくなっていくという展開になっています。で、これはまあある言語学上の理論がありまして。「サピア=ウォーフ仮説」というのもがあるんですね。これはエドワード・サピアという人とベンジャミン・リー・ウォーフという人の名前の連名なんですが。これはその、「言語はみんな違っていて、人類はその言語ごとに思考の仕方も違うんだ」という説なんですよ。それまでは、「全てが翻訳可能で言葉によって大きな概念の違いはない」という反論はありまして、だからこれは仮説にすぎないんですが。

サピア=ウォーフ仮説

この仮説では、要するに言葉の形、文法によって考え方が全然違うんだという話なんですね。で、いちばん有名なのは、象形文字と表音文字の差みたいなところはありますよね。だから、意味を持った言葉じゃないですか。漢字とかって。で、これ(エイリアンの文字)も意味を持った字なんですよね。字っていうか、これは「行」に近いもので、このひとつひとつの出っ張りとかそれが全部言葉になっていて、これ全体でひとつの文章みたいになっているというのがこの字なんですけど。これ、漢字に近いものですよね。で、これはたぶんこの原作者の(テッド・)チャンという人が中国系なんでそういうことになっていると思うんですけど。

で、中国語は結構英語と文法が近いんですが、日本語と韓国語が世界の文法の中で非常に特殊で、結論部がいちばん最後に来て。結論部を聞くまで、その人がどう思っているのかわからないんですよ。で、英語の場合は結論部がいちばん最初に来て、その後にその修飾語が入ってくるんで、先に結論部を言わなければならないんですね。英語は。ところが、日本人と韓国人の場合には、結論部を先延ばしにすることができるんですよ。そうするともう、それだけで曖昧で、なんて言うか「わかるでしょう?」みたいなしゃべり方が韓国語と日本語ではできるんですよね。でも、英語はそれができなくて、まず最初に決定的な結論。自分の意志をはっきりさせなければいけない。これだけで性格が違ってきますよね。ということが、このサピア=ウォーフ仮説なんですね。言葉によって人の考え方、思想が違ってくると。

で、この映画の中では、この過去・現在・未来がない円環構造の言語を持っているから、彼らには「時間」や「時制」という概念がないということになって。で、この言葉を勉強していくうちに、仮説通りだと考え方が変わるので、ルイーズも時間を超えた感覚を得るようになるという話なんです。で、この映画が公開された時に結構言語学者の間で「そんなことがあるのか?」といって論争とかがあったんですね。言葉によって思考が変わるのはわかるけど、物理的な現象を超えることができるのか? 要するに、時間っていうのは一種物理的な流れじゃないですか。時空を超えることが果たして言語でできるのかということで論争になったんですけども。まあ、これはちょっと後で、それについてもう1回話します。できるかどうか?っていう話ですね。

で、あと(中国軍の)将軍を説得するため、将軍の奥さんの言った言葉を、彼女が未来を見て、将軍から聞いて、それを将軍に電話で過去に言うというのはおかしいんじゃないか?っていう話ですよね。で、そのパーティーの会場で、事件が全て解決した後に……だから未来に将軍から聞いた時には彼女が知らなかったのに、その前の段階で知っていて話していると。これは完全にタイムパラドックスですよ。自分をカンニングしたみたいな展開になっていますよね。で、このルイーズが決定的にヘプタポッドの言葉がわかるようになるシーンっていうのも、彼女が未来にヘプタポッドの文字についての教科書を書いて、それを自分で読んでわかるようになるっていう。未来の自分に教えられるっていう。将軍の言葉と同じタイムパラドックスですね。よく考えたら、じゃあ誰が最初に勉強したのか?ってわからなくなるんですよ。だからこれは完全にタイムパラドックスのトリックみたいなことをしていることですね。

クラゲのようなヘプタポッドのデザインの意味

で、あとヘプタポッドのデザインなんですけど。これはモデルはたぶんね、クラゲみたいなものだと思うんですね。っていうのは、クラゲって前と後ろがないんですよ。グルグル回る形で、全ての動物がみんな前と後ろがあるっていうわけじゃなくて、クラゲはないんですね。だからクラゲのようなものだと思うんですよ。で、さっきの仮説と同じで、人間とかそのものの体の構造が思考に影響を与えていると。で、この宇宙人は体に前とか後ろがないから、「前に進む」という概念もないはずなんですよね。つまり、最初から物理的に前とか後ろっていうものがないと、時間的にも前とか後ろっていう概念がないんじゃないかということだと思うんですよね。その前・後ろのないデザインっていうことで、クラゲ的なものをモデルにしています。

で、この映画自体がそういう風に前と後ろ、過去と現在がないっていう構造を全体にとっています。で、この映画はいちばん最初に天井から始まるんですよ。彼女の家の天井の木目から始まって、マックス・リヒターのテーマソングのグルグルグルグル回るループの曲がずっと流れて。で、映画の最後の方でまたその天井が映って。で、映画のいちばん頭のところで天井の後、「これはあなたの物語ですよ」って言って、その自分の娘が生まれて、少女になって死んでいくまでの回想が出てきて。これ、最後にも繰り返されるんですね。で、音楽が同じものが流れて。これ、映画自体がこういう構造になっています。で、常にそういうグルグル回るように作っていますね。で、この映画のいちばんのトリックは最初に出てくる娘の部分が過去の回想かと思って見ていると、実はこの話が終わった後の未来の思い出だったんだという風に気づくというトリックになっているんで。もう1回見ると面白いですよ。結構。「ああ、そうなんだ!」っていうところがあってですね。

アボット・コステロ

あとですね、「宇宙人の名前がアボット・コステロというのは意味がわからない」って、これね、アボットとコステロっていうね、漫才師がいたんですよ。アメリカに。アメリカにも昔、漫才ってあったんですよ。結構驚くと思うんですけど、アメリカの漫才は滅んじゃったんですね。昔は結構いっぱい、ローレル&ハーディとかですね、漫才コンビもいっぱいアメリカにはいました。なんで滅んだのかわからないんですけど、やっぱりツッコミの方の人があんまり仕事をしてないので、みんな頭に来たんだと思うんですけど。はい(笑)。「よしなさい!」って言うだけでね。だから「こいつ、いらねえよ」ってことになったと思うんですけど。その漫才師のように見えるからアボット・コステロっていう風につけたんですね。だからこれはまあ、映画の方だけで原作は違うんですけどもね。

あと……ああ、あと5分? はい。わかりました(笑)。あとは「これはすごく個人的な話じゃないか」というご質問なんですけど。これはね、もともと原作のタイトルが『あなたの人生の物語』というタイトルで。まあ、ご覧になった方ならわかると思うんですけど、映画の頭で「これから始まるのがあなたの人生の物語よ」っていう風にお母さん・ルイーズが娘に対して呼びかけますよね。だから、本当に実はこのお話全体、この映画全体が娘に対して母親が話しかけているものなんで、非常に個人的な話です。で、これね、原作者がなぜこの話を作ることになったか?っていう、いくつかのヒントを言っているんですが、そのうちのひとつがですね、奥さんがガンを宣告されて1年とか2年で亡くなるまでのいろんな思い出を1人の俳優が語るというドキュメンタリー映画があるんですよ。で、それを見たからだという風に原作者が言っているんですね。

で、それは昔、『白バイ野郎ジョン&パンチ』っていうテレビシリーズがあって、それに出てくるいい加減な警官の役をやっていた人(ポール・リンク)が、奥さんがガンを宣告されて。で、ガンを宣告されて「あと1年の命だ」と言われたのに、その夫婦は子供を作ることにするんですよ。この1年で子供が生まれるのが先か、奥さんが死ぬのが先かという賭けをするんですね。一種。で、周りの人からはみんな「バカをするな!」って止められるんですけど、結局そのゲームに勝ってですね、ちゃんと子供が生まれるんですけども。で、その時に「その子が生まれてもお母さんは死ぬ。そのお母さんは自分の子供を置いていくことで、すごく悲しく死んでいくのに、なんでそんなことをしたんだ?」という風にみんなから反論されるわけですね。でも、「作らないよりは作った方がいいから」っていうことで、彼は決心をするんですけども。

そのドキュメンタリー映画はその人が1人で、ただずっと語り続けるだけなんですよ。その時に、時間がランダムなんですね。つまり、奥さんに対してのとりとめもない思い出をずっと話しているわけです。出会った時のことがあったかと思うと、亡くなる時の話が出てきて。で、子供が生まれた時の話があるかと思うと、新婚旅行の話が出てきて……っていう風に、徹底的に時間を完全にシャッフルした形で彼がとりとめもなく語っていくんですね。

TIME FLIES WHEN YOU’RE ALIVE

で、たぶんその構成がこの映画に影響を与えていて。人がなにかを思い出す時は、実は過去も未来もなくて。時間軸通りには思い出せなくて。バラバラに思い出していくんだと。まあ、自分がどうするか?っていう話になっても、ジェレミー・レナーの方は「そんな選択は俺は耐えられない」って家を飛び出しちゃうわけですね。でももし、彼女が未来を見て、自分の娘が病気で将来死ぬことを知っていって、それが嫌だからということで娘が生まれないようにしてしまったら、すでに自分の心の中にある娘は存在しなくなるわけですよ。会うことができないんですよね。でも、死ぬっていうことがわかっていても、やっぱりその娘を持つということをやめたくなかったんですね。彼女を愛していたから。だから結果、悲劇に終わるからと言って、愛することをやめたりしたくないから、彼女は産んだという形になっています。

で、これね、ちょっと別の映画を見ると非常に近いものがあって。『エターナル・サンシャイン』っていう映画があるんですよ。これは実はすごくよく似た映画で。最初のところに出てくるのが回想だと思うと、実は未来だったことがわかるという……オチを言ってますが。はい(笑)。で、これはですね、辛い恋をした後に、記憶を消しちゃう話なんですね。で、記憶を消された男女がもう1回会っちゃうんですけども、自分たちが過去に恋愛をしたことを覚えていないから、やっぱり好きになっちゃうんですよ。人が人を好きになるっていうのはやっぱりそういうものなんですね。で、その時に「自分たちは過去に会って不幸な別れ方をする」ということを文章で知るんですよ。

で、2人で考えるんですよ。「我々は一緒にこれから暮らしても、絶対に上手くいかないということがわかっている。じゃあ、愛し合うのをやめようか?」っていうところで映画が終わるんですが……それでもやっぱり止められないですよね。「好きだ」っていう気持ちはね。あともうひとつ、『永遠の愛に生きて』っていう映画があって、これはC・S・ルイスという『ナルニア国物語』の作者がですね、やはりガンで死を「1年」と宣告された女性を愛して結婚するという実話を元にしているんですよ。最初からその女性は死ぬことがわかっているのに、彼女を愛して。それでものすごい傷つくんですね。死ぬことで。で、死んだ後もずっとその恨み言を書いて本を1冊出すぐらいだったんですけども。それでも、「彼女を愛してよかった」って言っているんですね。

っていうのはこのC・S・ルイスっていう人は、お母さんが死んだ時にものすごいショックを受けて、「誰かを愛すると、かならずそれを失う時が来る。それだったら誰も愛さない」って決めていたのに、その愛する人、好きな人を見つけて、その人がもう絶対に死ぬとわかっても、愛して結婚したんですね。だからこれは、「誰も愛さない人生よりは、誰かを愛して傷つく人生の方がいいから」っていう選択をしたんですよ。だからこの話はそういう話なんですけども。ただね、過去と現在と未来は記憶の中では、そんなものないじゃないですか。記憶の中では、たとえばまあ、お子さんを持ってらっしゃる方、いらっしゃいますか?

……あんまりいないですね。子供がいくら大きくなっても、親の気持ちは子供が赤ちゃんだった頃のことが昨日のように永遠に思い出されるんですよ。子供がこのぐらいでキャッキャキャッキャしていた頃っていうのは、子供が何才になっても永遠に、まるで昨日のように親には思い出されるんですよ。こういう状況なんですよ。思い出の中では過去もなにもないですよ。時間っていうものはないんですよ。だから、この娘ももしかしたら、物理的には死ぬかもしれないんですけど、思い出の中では永遠に生き続けるんですよ。という選択だったと僕は思います。ということで……。

(司会)ありがとうございました。あっという間の30分間でしたけども、みなさま、大丈夫でしたでしょうか?

(観客)(拍手)

(司会)拍手でお送りいただければと思います。どうもありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

メッセージ (字幕版)
Posted with Amakuri
Shawn Levy, Dan Levine, Aaron Ryder, David Linde

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