菊地成孔 歌舞伎『寺子屋』の素晴らしさを語る

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菊地成孔さんがTBSラジオ『粋な夜電波』の中で大好きな歌舞伎についてトーク。『寺子屋』という演目の日本語の豊かさについて話していました。



(菊地成孔)はい、どうも。2時間睡眠の『菊地成孔の粋な夜電波』。ジャズミュージシャン、そして歌舞伎なんか好きですね。歌舞伎は本当にいいですよね。ミュージシャンとしても物書きとしても歌舞伎は本当にいいカルチャーですよね。日本語がどんだけ豊かか。それでいまの日本語がどれだけ……もう私はやっていませんけど、SNSなんかでの日本語の捉え方というのがどんだけギスギスしているかっていうことが本当に歌舞伎を見るとね、ふわ~っと気が楽になりますよね。

この間、『寺子屋』っていうのを見たんですけど。『寺子屋』っていうのは塾みたいな、昔の学校みたいなやつなんだけど。『寺子屋』っていう演目も相当ヤバくて。最初が喜劇んだけど途中すごい悲劇になるんだよね。で、最後は様式美になって終わるんで、やっぱり歌舞伎って本当にすごい……中世とまでは言わないけど、前近代の人たちっていうのはやっぱり近現代人である我々ともう全く倫理とかものの考え方は違うんだっていうのに触れられるんですよね。歌舞伎に行くと。

落語に行っても触れられないの。落語に行くとね、「昔の人間もいまの人間も結局スピリットは同じ」って思わされるんですよ。これはこれで悪いことじゃないですよ。全然。それはそれでいいじゃないですかね。「昔もいまも人情は変わらねえ」っていうようなテイでしょうね。落語の方はね。でも、私は別にそれはそれでどうでもいいんで、それよりもやっぱり、「こんな宇宙のどっかの星ぐらいものの考え方としゃべり方が違うんだ」っていうぐらい同じ国が地続きになっているということを、歌舞伎を見ると本当に思うんですよね。

『寺子屋』の見返り

で、『寺子屋』っていうのは途中でね、見返りっていう有名なシーンがあるんですよ。その見返りっていうのは寺子屋に息子を預けるんだけど……まあ、歌舞伎にネタバレも何もないですから言っちゃいますけど、息子を預けるんですけど、その息子がね、ある事情があって首を刎ねられることが決定しているの。で、母親はそのことを知って……まあ、お家騒動に関係して自分の小さい子が首を刎ねられるんですけど。それを知っての上で、寺子屋に預けるんですよ。寺子屋で首を刎ねられるのね。それで、もう帰りが切ないどころじゃないんですよ。悲しくて悲しくて、見返るわけ。で、見返りながら母親が花道を去っていくんですよ。そうすると、音楽が義太夫なわけなのよ。歌舞伎だからね。まあ、歌舞伎だったら絶対に義太夫とかっていうことじゃないんですけど。常磐津とかいろいろ長唄はありますけども。もっと大げさな鳴り物もありますけども。多くは義太夫なんですよね。

で、その母親が息子のその悲劇的な身を自分の諦めや罪悪感とともに見返りながら花道を去っていって大拍手というところで義太夫がね、「みかえりぃ~~~」って言うんですけど。その後に、どうなるかわかりますか? 想像。「みかえりぃ~~~、りぃ~~~、りぃ~~~」って「見返り」の「り」だけを10回繰り返すの。これ、ちょっと考えられないですよね。いまのあらゆる音楽文化……なんて言うんですか? まあ、音楽と演劇文化、全てを総合しても歌舞伎にしかありえないですよね。「みかえりぃ~~~、りぃ~~~、りぃい~~~」って「り」のニュアンスが全部違うんですけど、それが10回繰り返されて。ちゃんと「10回だ」って正式に数えたのは、いまこの歌舞伎座満杯なんだけど、その中で俺だけだなっていうちょっとした自負があったんですね。これはやっぱりジャズミュージシャンは常に仕事柄、音を指折り数える仕事ですから(笑)。「1234、2234……」っつって(笑)。なんで、まあ日頃の鍛錬が出たなと思った菊地成孔がTBSラジオをキーステーションに全国にお送りしておりますけどもね。

すごいですよ。歌舞伎の言語感覚。だって、「ありがたい。さようなら」って言って、(中に)入っていくんだから。いま、「ありがたい。さようなら」って言ったら、帰っていくでしょう? 「さようなら」なんだから。「ああ、ありがたい。さようなら」って言ったら、帰りますよ。いま、普通。ところがね、「ありがたい~、さようなら」って言って中に入ってくるの。つまりこれは、「なかなか滅多にあることではない。そういうことであれば……」って言って中に入ってくるの。つまり、「中に入ってくださいよ。こういう事情であなたは中に入る権利がありますよ」っていう説明を受けるわけ。で、それに対する回答が「有り難い(なかなかないことだ)。左様なら……(そういうことであれば・左様であれば)」って言って中に入っていくの。もう全然、意味が逆っちゃっているのね。

「逆っている」って言っていいというか、なんというか。フランスじゃあ、こんにちはもさようならも「ボンジュール(Bonjour)」ですからね。「よき1日を」で入ってきて、「よき1日を」って言って帰っていくわけだけど。だからまあまあ、そんなにおったまげるほどの話じゃないと言われたら、おったまげるほどの話でもないんですけど。全編に渡ってこの調子なんですよ。なんで、私はとにかく音声ガイドを耳で聞くのが嫌なので。やっぱり演奏を……歌舞伎はPAが電化されていないので、完全アコースティック、アンプラグドなので。やっぱり生で聞きたいから音声ガイドを耳につけちゃうのが嫌なので。その代わり、セリフの説明がちゃんと時間通りに進んでいく、小さいDVDプレイヤーの格好をした字幕みたいなのを貸してくれるんですよ。それをチラ見しながら歌舞伎観賞をするのが好きなんですけど。

それでセリフが全部字で出てくるから、「ああ、そういうことか! そういうことか!」って思っている間に何幕か終わっちゃいますよね。はい。というわけで、まあ「ありがたく、さようなら」ということで番組に入っていくわけですけども。番組が後半に続いてわけなんですけども……(笑)。

<書き起こしおわり>

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