吉田豪 富野由悠季インタビューを語る

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吉田豪さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。『機動戦士ガンダム』などの監督で知られる富野由悠季さんにインタビューした際の話をしていました。


(玉袋筋太郎)さあさあ、どっから行こうかね?豪ちゃん。

(小林悠)1(の筋)から行きますか?どうしますか?

(玉袋筋太郎)その3で。

(吉田豪)そうです。その3から行きたいんですよ。

(玉袋筋太郎)『無名時代のかぐや姫を起用した豪腕プロデューサー 西崎義展さんの筋』。

(吉田豪)もうこの人だけで1本できるぐらいの話なんですけど。

(玉袋筋太郎)できるんだよねー!

豪腕プロデューサー 西崎義展

(吉田豪)ちょっと、『ハイパーホビー』の『キャラクターランド』っていう本で富野さんをインタビューして。このきっかけが、『海のトリトン』のBGMが、いままでほとんど出てなかったんですよ。それを発掘してCD化されるっていうことでのインタビューだったんですね。だから、トリトンの話がインタビューで多いんですけど。


(玉袋筋太郎)うん。

(吉田豪)で、トリトンっていうのは実はすごい作品で。これもまた、日本のアニメ界のカリスマの1人。カリスマというか何というか。アニメ界の角川春樹みたいな人がいたんですよ。西崎義展さんっていう。

(玉袋筋太郎)これがもう・・・

(吉田豪)『ヤマト』のプロデューサーなんですけど。

(玉袋筋太郎)だって、『宇宙戦艦ヤマト』なんてオープニングさ、松本零士より先に、西崎義展って出ちゃうんだから。



(小林悠)そうなんですか?松本零士さんを差し置いて?

(吉田豪)差し置いて。

(玉袋筋太郎)『原作 西崎義展』とか出ちゃうんだから。もう。

(吉田豪)で、この人が本当に、なんだろう?山師というか、すごい人なんですよ。この人のデビュー作がこれなんですよね。『海のトリトン』。

(玉袋筋太郎)トリトンなんだ。

(吉田豪)で、トリトンは富野由悠季監督のデビュー作で。まあ、いろいろこの裏にはあるんですよ。西崎さんが、これはヤマトがヒットした時に映画化もされていて。映画化って言っても、前後編の前編しか公開されてないんですけど。

(玉袋筋太郎)すげー(笑)。

(小林悠)えっ?後編は公開されてないんですか?

(吉田豪)されてないんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)『進撃の巨人』はそういう風になりませんよ!

(吉田豪)ならないですよ!

(小林悠)(爆笑)

(吉田豪)大丈夫ですよ、そっちは!

(玉袋筋太郎)そっちは大丈夫(笑)。

(吉田豪)ヒットしてますから(笑)。

(玉袋筋太郎)トリトン、映画、そうなの?前半しかなかったんだ。

(吉田豪)これ、パンフとか当時の資料を読むと、『手塚治虫氏の素晴らしい原作から、私なりのイメージを展開』とか西崎さんは言っているんですけど。西崎さん、ぜんぜんかかわってないらしいんですよ。この作品。富野監督にいろいろ話を聞いてわかったんですけど、そもそも西崎さんと会っていないっていう話とかをしていて。

(玉袋筋太郎)おおー。

(吉田豪)西崎さんがプロデュースしているのは間違いないけど、プロデュースっていうのは何か?っていうと、歌を持ってきたりとか、BGMを持ってきたりとか。あと、版権ですよね。これがすごいややこしい話なんですよ。西崎さんっていうのは、もともとすごい経歴の人で。文学座の養成所を経て、ジャズ喫茶の司会とかダン池田のマネージャーとか、創価学会関係のイベント制作とか、共産圏のバレエ団の招聘とかをやった後に・・・

(玉袋筋太郎)すげー(笑)。

(吉田豪)その流れだけでもすごいですけど、その後で、手塚治虫のマネージャーになって。その後の展開、あまり表に出てないんですが、まあ手塚さんから絶縁されたりして。まあ、虫プロをかなりの混乱に落としこんで。その過程で、手塚治虫の版権を全部奪ったっていう説があって。

(小林悠)ええっ!?

(吉田豪)で、その後、手切れ金がわりに『海のトリトン』とかの権利を渡されたみたいな話もあったりすんですよ。

(玉袋筋太郎)うわー!すごい!

(吉田豪)山師に巻き込まれたんですよ。で、そもそもだって、西崎さんの晩年の話だけでもすごいじゃないですか。

(玉袋筋太郎)最高だよ!

(吉田豪)最高なんですよ。僕も取材しようと思ったんですけど、ずーっと断られて、その間に亡くなられちゃったんですけど。だってね、自動小銃と覚醒剤と・・・銃刀法違反と覚醒剤取締法違反で捕まっているんですけど。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。

(吉田豪)その後、海賊対策でね、自動小銃を持って。

(玉袋筋太郎)マシンガン、積んであるんだから。船に。

(吉田豪)そう。『尖閣諸島に上陸した石原慎太郎を守るためだ!』って言って、船に乗り・・・

(小林悠)なんですか、それ!?(笑)。

(吉田豪)で、最終的にはYAMATOっていう船から落ちて亡くなるっていう。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。

(吉田豪)すごい人なんですよ。

(小林悠)なんか、すごい人生ですね。

(玉袋筋太郎)この人、でもなんだろうね?そういうプロデューサー。いろいろ持ってくるっていうことは・・・

(吉田豪)そう。持ってくる天才なんです。

(玉袋筋太郎)今後のアニメとか、そうなってくるじゃない。タイアップとか。そういう部分で言うと、先駆け・・・

(吉田豪)原点ではあったんですよ。だから、いわゆるなんだろうな?こういう子ども向けのアニメに、本物のジャズピアニストの鈴木宏昌さんっていう人を呼んで。当時まだ無名だったかぐや姫を連れてきて、『海のトリトン』のテーマ曲を作ったんですけど。

(玉袋筋太郎)かぐや姫ですよ!南こうせつさん。

(吉田豪)ただ、そのかぐや姫のオープニングテーマっていうのが、アニメのオープニングとまったく合わないんですよ。高揚感のまったくない曲で。なんでこんなもんを連れてきたんだ!?って、まず富野監督が激怒して。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)しかも、西崎さんとの契約だったと思うんですけど、本人たちの映像も使わなきゃいけないと。

(玉袋筋太郎)らしいな。

(小林悠)えっ?かぐや姫の映像ですか?

(吉田豪)そうなんですよ。アニメのオープニングで。



(玉袋筋太郎)それでさ、まだ『神田川』ヒット前だし。

(吉田豪)そうなんですよ。

(玉袋筋太郎)フォーク時代だから。そんで、富野監督っつーのにも歌手のイメージがあるんだけど、ぜんぜん違うイメージの歌手たちが来たんだよ。

(吉田豪)『なんだ、こんな!Tシャツを着たようなやつらがやってきて!ふざけんな!』って怒って。3話ぐらい使っただけで、すぐにエンディングに回しちゃうんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)で、要は僕らがよく知っている『GO! GO! トリトン』っていうすごい勇ましいかっこいいテーマ曲があるんですけど。あれ、実はオープニングテーマじゃなかったんですよ。エンディングだったのを後から、それをオープニングにしちゃってっていう。



(小林悠)へー!

(玉袋筋太郎)これでね、富野さんと・・・でも、会ってないんだから。西崎さんとは。

(小林悠)そんな話もあるんですね。

(吉田豪)デタラメですよねえ。ただその、ジャズを連れてきて、それとどう戦うか?って考えた結果、トリトンのストーリーが変わっていったみたいな話になっていくんですよ。

(玉袋筋太郎)はー!

(小林悠)音楽に合わせて変わっていったんですか?

(吉田豪)『これに勝つにはどうするか?』っていうのを。『まったくあれがアニメに合ってないんだよ!』って。BGMの発売のインタビューなのに、『ひどいんだよ、あれは!』みたいなので(笑)。ディスりまくるんですよ。

(玉袋筋太郎)ディスってたね。俺もインタビュー、読んだけど。そこまでするか?って。

(吉田豪)『俺はあれがいい曲とは言ってない』っていうね(笑)。

(玉袋筋太郎)なんだろうね?アニメファンとか、そういうファンっていうのはさ、その作家が作ったものは作家にとって、自分の子どもみたいになっているもんだっていうイメージが勝手にあるけど。意外とそういうの、ないよね。ドライ。

(吉田豪)ぜんぜんないですね。

(玉袋筋太郎)ないんだよね。富野監督っつーのは。うん。

(吉田豪)『ひどい目にあった』って言ってましたよ(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)でも、そのおかげでガンダム作れたっていうね。だから、ひどい条件の中で、どういう風に作品作りをしていくか?っていうことですよね。その中で、どういう・・・だからメッセージ性とかを出すことにやると、そういうのと戦えるっていう。なかったら、ただの巨大ロボットアニメになっちゃうわけじゃないですか。

(玉袋筋太郎)うーん。面白いなー。

(小林悠)はー!なるほど。つながっていくんですね。面白い。

(玉袋筋太郎)さあさあ、じゃあ、どうしようか?

(吉田豪)じゃあ、その4に行きますね。

(玉袋筋太郎)4。『何を描きたいのかわからない。手塚治虫さん原作の青いトリトンは、いたくつまらなかった』。これだね。

『海のトリトン』の手塚治虫の原作

(吉田豪)そうなんですよ。『海のトリトン』、原作は『青いトリトン』っていうので。単行本化される時に『海のトリトン』になるんですけど。まあ正直、手塚さんの低迷期の作品なんですよ。これはこれで面白いんですけど。迷いが全開で出てるんですね。

(玉袋筋太郎)ほうほう。

(吉田豪)ちょうどスポ根ブームの頃だったんで。『スポ根要素を取り入れてください』って。手塚先生っていうのは、スポ根が大嫌いだった人なんですよ。

(玉袋筋太郎)大嫌いなんだから。

(吉田豪)『巨人の星』とか読みながら、『これのどこが面白いんだ!?』って泣いた人なんですよ。そんな人に、『スポ根の要素を取り入れろ』って言って、原作だとトリトンが泳ぎ方がまだ下手だから、すごい老人の泳ぎのプロみたいな人に泳ぎ方を習ったり(笑)。

(玉袋筋太郎)習うんだよ!修業もんだよね!

(小林悠)(笑)

(吉田豪)謎の要素があって。アニメではそういうの、全部カットになっていて。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)っていうかアニメが、とにかくまあ、富野監督が『原作がとにかくひどい』って言っていて。『原作は原作で僕は面白いと思うんですよ』『本当?読んだ?』みたいな感じで。『読みました』『ひどいでしょ?』って(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。手塚治虫先生を。

(吉田豪)『いや、迷いは見えましたけど・・・』みたいな感じで。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)とにかくひどい!っていう感じで。

(小林悠)どんな話なんですか?もともとは。

(吉田豪)まあ、なんて言うのかな?トリトン族っていうのがありまして。と、ポセイドン族っていうのがあるんですよ。その両種族の争いの話なんです。それに人間が巻き込まれるような感じなんですけど、これが、アニメだとぜんぜん違う話になっていくんですよ。

(玉袋筋太郎)なんだろうね?イメージとしちゃ、俺もあんまトリトンって・・・まあ、アニメ○○企画とか、そういう懐かしアニメっていうところで見るぐらいで。

(吉田豪)僕も2才の時の作品なので。後から見なおしたぐらいなんですけど。普通のアニメになるはずだったのが、正義と悪にしなかったんですよ。要はトリトン族がポセイドンっていう悪をずっと倒している話だったのが、『悪いのは実はトリトン族でした』っていうラストにするんですよ(笑)。

(小林悠)なんだ、その展開は?ええっ!?

(玉袋筋太郎)子どもにとっちゃ、大変だよ。ええーっ!?って。

(吉田豪)『正義って何?』っていうのを、最後にぶつけてくるんですよ。

(小林悠)いやー、ちょっと重いですね。

(吉田豪)で、それをその後もやり続ける監督で。『僕は実は「ザンボット3」と「イデオン」っていう富野監督の作品で人生を変えられた』って言ったら、『うーん。変わりもんだね』みたいな感じで切り捨てられて(笑)。『でもね、そうしなきゃいけないと思って俺は作っている。アニメを。人の考え方を変えるような作品をつくらなきゃダメだ』って。その原点がトリトンで。『ザンボット3』っていうのも同じことをやっているんですよ。

(玉袋筋太郎)おおー。

(吉田豪)正義のために戦っている主人公のファミリーがいたんですけど。だんだん途中で、『お前たちがいるから、敵が攻めてくるんだ』って言って。まず、地球人に責められるんですよ。石とかを投げられて。で、さらには海岸沿いで戦ったりすると、ロボットが戦うじゃないですか。津波が起きてね、一般人が大量に死んだりするんですよ。

(玉袋筋太郎)すごい!

(吉田豪)とにかく残酷なことを普通にやるんですよ。

(小林悠)デビルマンのような。なんかね。

(玉袋筋太郎)子どもはそうやって、見てないもんね。正義が勝つと思って見てるもんだもん。

(小林悠)ねえ。純粋にね。

(吉田豪)で、最後に『実は正義は正義じゃありませんでした』ってやるんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)すごい作家性だ。

(小林悠)ちょっと子どもはわかんないんじゃないかな?

(玉袋筋太郎)そりゃトラウマになるよ。

(吉田豪)なりましたよ。小学生にそんなもん、見せられたらっていう(笑)。『どうしてくれるんですか!?』って、責めましたよ(笑)。

(玉袋筋太郎)で、それを良しとしてやっているわけだからね。うん。面白いねー。

(小林悠)面白いなー。

(吉田豪)『だからね、原作読んだら手塚さん自身が何を描きたいか、わかってないっていうのが俺にはわかった』って言っていて(笑)。

(玉袋筋太郎)おおー。いいなー。低迷期だったっていうのもあるんだな。

(吉田豪)ちょうどだから、『ブラックジャック』の直前ぐらいですよね。時期的にアニメ化されたのが。

(玉袋筋太郎)なるほど。さあ、どれがいいかな?

(小林悠)どうしましょう?もう、どれも面白いからな。

(吉田豪)この流れで言うと、その2ですよね。

(玉袋筋太郎)その2。『覚悟で挑んだ名作「海のトリトン」成功の影に、全シナリオライターと手切れの筋』。これ、なんなのよ?

『海のトリトン』シナリオライターとの対立

(吉田豪)そうなんです。だから面白くするにはどうするべきか?っていうことですよね。とにかく、時間的なスケジュールもひどくて。アフレコとかダビングにも一度も顔を出せないような中。で、そんな中で作品づくりをどうしたらいいか?っていう時に、まあ、ラストを変えようと思ったわけですよ。その、最初にできあがったシナリオから。

(玉袋筋太郎)うん。

(吉田豪)それ、ねえ。『普通に話し合ったら変えられないでしょ?だからね、勝手に変えたんだよ』っていう(笑)。

(小林悠)無断で?

(吉田豪)無断で。

(玉袋筋太郎)シナリオライターがいるにもかかわらず。

(吉田豪)その結果、シナリオライター全員と大ゲンカして、手切れになってっていう。

(玉袋筋太郎)いや、でもなんだろうね?その、現場のトラブルメーカーっつったら、トラブルメーカーになるのかな?

(吉田豪)だから、トラブルを起こしてでも、面白いものを作りたいっていう。だから『これによって、これ以降、アニメの世界で仕事をさせてもらえないだろうっていう覚悟もした。これに人生を賭けようって、本当は賭けちゃいけないんだけど、賭けちゃった』っていうね。

(玉袋筋太郎)かあーっ!それでもまあ、ガンダムがあるんだからな。

(小林悠)まあ、ですねえ。

(吉田豪)これが評価されたから、つながっていったっていう部分、ありますよね。

(玉袋筋太郎)ライディーンとかも書いてるんだっけ?

(吉田豪)ライディーンも参加してますね。

(玉袋筋太郎)参加してるよな。あの頃の。うん、ロボットアニメですよ。じゃあ、これ。ガンダムつながりで、あれか?『ライリーライリー』か?『ライリーライリーって何だ?谷村新司さん作詞作曲「砂の十字架」にケチをつけた、やしきたかじんの筋』。これだよ!

やしきたかじん『砂の十字架』

(吉田豪)はい。ガンダムが映画化された時に、たぶんこれもトリトンのトラウマがいろいろと重なっていると思うんですよ。トリトンが自分のかかわってないところで勝手に映画化されて。で、監督で舛田利雄さんっていうヤマトの映画とかもやっている実車の大御所なんですけども。そういう人を、もう連れてこられて。自分がいないところで、勝手に映画を作られた。

(玉袋筋太郎)うん。

(吉田豪)で、西崎さんがトリトンを語る時には、富野さんの名前とか、出てこない感じで。そういう、ぞんざいに扱われるから、もう自分の権利をちゃんと守った上で戦おうとして。で、ガンダムの映画を自分がちゃんと監督してやったと思うんですけど。その時に、主題歌でやしきたかじんさんを起用って、こういうのはだいたいレコード会社の方が話を持ってきて、やるじゃないですか。で、たかじんさん、ああいう人じゃないですか。

(玉袋筋太郎)まだ、そんなね。関西では。

(吉田豪)まあ、東京進出前ですからね。

(小林悠)あ、いま流れているのがそうですか?



(吉田豪)そうです。いい曲なんですけどね。

(玉袋筋太郎)懐かしいなー!

(吉田豪)シングル、買いました。

(玉袋筋太郎)買ったよ、俺も。

(吉田豪)で、僕、たかじんさんをインタビューした時にこの話を振ったら、まあ、ボロクソ言う言うっていう(笑)。いまだにトラウマなんです。たかじんさんにとっても(笑)。

(小林悠)売れたんじゃないですか?

(玉袋筋太郎)レコーディングの時も、富野さんに言ってるんだもん。なんか、ブツクサ言ってたっていうんだよ。『これ、「ライリーライリー」って何や?』っつって。

(吉田豪)『わけわかんねえ!「リラー』って何だ!?』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)『「リラー」って何だ!?』って。そん時からちょっとなんかブツブツ言って、難しい人だなと思ったっていう。

(吉田豪)『谷村さんが書いてOKしたんです。やってくださいよ』って諭してね。富野さんが(笑)。富野さんの説得で、なんとかやってくれたらしいんだけど。その後もずーっと、『俺が何でこんなジャリマンの歌を歌わなきゃいけないんだ!?』って怒り続けて。ベストとか出しても、この歌は入ってないっていう。

(玉袋筋太郎)入ってねえんだ!

(小林悠)いい歌じゃないですか。ちなみに、『ライリーライリー』って何ですか?

(吉田豪)僕に聞かれてもわかんないですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)わかんねえんだ、これ。谷村さんに聞くしかねえのかな?これ。

(吉田豪)まあ、富野監督としては、後にたかじんさんが東京進出したりとかで、ああいう性格がわかるじゃないですか。『ねえ。ようやくわかった。ああ、こういう人だったんだ!これは起用したレコード会社に問題がある』っていう(笑)。

(玉袋・小林)(笑)

(吉田豪)そりゃそうだっていうね。

(玉袋筋太郎)そうだよ。『哀・戦士』もそうだもんな。

(吉田豪)あれは井上大輔さんが。

(玉袋筋太郎)井上大輔さん。ブルー・コメッツ。

(吉田豪)あれはちょうど、同じ大学だったんですよ。

(玉袋筋太郎)だったんだってね。

(吉田豪)日大芸術学部で。そのつながりで連れてきた感じに言われてたんですけど、『ぜんぜん当時、接点ないし』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)同じ大学なのに。うん。山本晋也監督も応援団にいたとかね。

山本晋也監督伝説

(吉田豪)そう。ちょうどその時代ですよ。山本晋也監督が、僕がインタビューでも聞いたんですけど、日芸で伝説なんですよ。あの人、応援団で、すごい暴力の限りを尽くして。で、映画界に入って、異常なスピードで出世したんですよ。監督になったスピードがたぶん日本一ぐらいのスピードで。なんでか?っていうと、ひどいいじめとか、あるじゃないですか。先輩とかの。

(小林悠)うんうん。

(吉田豪)いじめられると、後輩の応援団員全部呼んで。トラック一台の応援団員がやってきて。全部ボコボコにしたりとかして。上のひどい人を粛清した結果、一気に出世したっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)もう、本当に!(笑)。

(吉田豪)っていう人と同時期に日大にいた人たちなんです(笑)。

(玉袋筋太郎)すごいよな!

(吉田豪)沢村忠とかと同期ですよ。あのぐらいの人がみんないた時期ですよ。

(玉袋筋太郎)キックの鬼だよ!うん。

(吉田豪)あの沢村忠。キックボクシングの伝説の人が、『山本晋也先輩は怖かった』って言ってるんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)ええーっ!?それ、最強じゃないですか!山本監督。

(玉袋筋太郎)すごいよ。全盛期のやっさんともケンカしてるしね。トーク番組で。

(小林悠)やっさん?

(玉袋筋太郎)横山やすしさん。横山やすしさんが対談してるんだけど、タバコ吸うんだけどさ、灰皿に置くたびに山本監督がチャッて水かけて。『やめろ』って。それでもまたやっさんがつけて。『やめろ。チャッチャッチャッ・・・』。もう、ビンビンよ!まあ、そういう時代の人なんだな。

(小林悠)山本晋也監督の話になりましたが(笑)。

(玉袋筋太郎)すいません。まあ、西崎さんも面白いし、あとこの、鈴木敏夫さんだよね。ジブリのね。宮崎さんと。でもこれ、コンビを組んでいたっていう。

(小林悠)知らなかったです。コンビを組んでいたということが。

富野由悠季と鈴木敏夫のコンビ

(吉田豪)はいはいはい。そうなんですよ。実はその、鈴木敏夫さんはもともとアニメージュの編集長とかをやっていたんで、当然、ガンダムとかの富野監督はコンテンツとしてデカいですから、仲よかったんですよ。で、一緒にそれこそコンビを組もうみたいな感じになっていたんですけど。

(玉袋筋太郎)うん。

(吉田豪)やっぱあれなんですよ。富野さんが言っていたのが、相当いろんな作品を作っていたんですけど、本人曰く、『40年近く死に体でひどい目にあってきて』みたいなことを言っていて。

(小林悠)40年?

(吉田豪)『相当つくってきたじゃないですか』って言っても、『ぜんぜん。細田守に負けるような作品では、つくったとは言えない』って。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)だから、『俺も楽しくない人生だった』とか結構言っているような感じで。だから、『俺の価値を認めてくれる人と出会えていたら、どこかで巨匠になるようなキャリアが踏めたかもしれないけれども、結局プロデューサーみたいな、いわゆる名パートナーが見つけられなかった。見つけようと思ったけど、20年ぐらい周りとの感覚に時代のズレを感じて。そして一緒に仕事をやった人たちは、基本的に僕のことを嫌ってくれた』みたいな(笑)。

(玉袋筋太郎)その自己分析、すごいよね。

(吉田豪)まあ、ねえ。で、『かすかにやろうとする意味をわかってくれる人が出てきた時も、ウマが合わなかったために結局は手が組めなかった。それが鈴木敏夫さん』っていう。

(玉袋筋太郎)出たー!ねえ。

(吉田豪)そうなんですよ。『つまらないことで大ゲンカして。それから1年か2年したら、宮﨑駿さんと一緒に仕事をやっていた』っていう。ジブリの直前なんですよ。直前に、もしかしたら鈴木さんはこっちと組んでたかもしれなかったんだけど、あっちを選んだ結果、富野監督がモヤモヤすることになり・・・っていう。

(玉袋筋太郎)かあーっ!ねえ。吉祥寺と上井草の差だな、これが。

(吉田豪)(笑)

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。吉祥寺ってジブリの森になったかもしれないしね。上井草はちゃんと銅像があるけどね。

(吉田豪)上井草もだいぶね、ガンダム推しになってますけどね。

(玉袋筋太郎)ガンダム推しでさ、銅像があるんだよ。上井草駅に。最初はさ、聖地っつってみんな集まってたんだけど、お台場に1/1ができたら、誰もいなくなった。


(吉田・小林)(笑)

(玉袋筋太郎)かわいそうだったな。あのガンダム。

(吉田豪)聖地に1/1、作んきゃ!っていう。

(玉袋筋太郎)俺もよく、こう飲んでさ。帰り。『ああ、いるな、ガンダム。寂しいな、夜』っつって。

(吉田豪)(笑)

(玉袋筋太郎)『おつかれさん、ガンダム』っつって。うん。まあでも、どうなんですかね?もう、お年はお年ですけども、まだまだ現役っていうことなんですか?富野監督っていうのは。

(吉田豪)現役ですし、作品もつくってますけども。まあ、ねえ。最近作った『Gレコ』も、『失敗作』と本人、はっきり言ってるように・・・

(玉袋筋太郎)すぐ言っちゃうよね。

(小林悠)ご自分でおっしゃるんですか?

(吉田豪)あの、すぐにそういうことを言っちゃうんで。『このDVDは買っちゃいけません』とか。言い出すような人なんで。正直な人なんですよ。正直で、インタビューは面白い人。

(玉袋筋太郎)うん。読み応えあったよ、豪ちゃん。すごい。インタビュー、すごかった。

(吉田豪)その正直さの基本が、まあこれ、その6になるんですけど。『アニメ史上初 ファンの集い 1000人超えた海のトリトンファンクラブの筋』。

アニメ史上初『海のトリトン』ファンクラブ

(小林悠)でもやっぱり、『海のトリトン』もそれだけ人気の作品であると。

(玉袋筋太郎)ファンがいたんだよ。

(吉田豪)一発目で大人気になって。アニメでファンクラブがこんなに作られて、ファンの集いとか行われたのが、トリトンが最初だったんですよ。女性ファン人気がすごくて。どういうことか?っていうと、原作のキャラを完全に無視したキャラデザインをしたんですよ。

(小林悠)ちょっとイケメンな感じですか?

(吉田豪)イケメンな。

(玉袋筋太郎)そうだよね。女子供を取り入れろっていうことだな。

(吉田豪)で、まあ富野監督の特徴が、アニメの世界のカリスマなのに、アニメファンが大嫌いっていうのがあるんですよね。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。

(吉田豪)そうなったきっかけが、トリトンでもあったらしいんですよ。

(玉袋筋太郎)なんなんだろうな?

(吉田豪)オンエアーが終わって1年たった頃に、トリトンのファンクラブが初めて東京の文京区の文京公会堂に集まった時に1000人超えたっていうことなんですけど。で、そのファンクラブの活動を始めた何人かがその後の同好会とかファンジンを作っていく先駆けになって。要はコミケとかの文化の先駆けを作った人たちがトリトンのファンクラブだったんですよ。

(小林悠)ああー!

(玉袋筋太郎)だったんだよ。ねえ。

(吉田豪)で、そういうのはやる方もやられる方も初めてのことで。要は、アフレコ現場とかに女の子とかが来るのも初めてだったらしいんですよ。

(玉袋筋太郎)出待ち。

(小林悠)ああ、なるほど。ファンの方が。

(吉田豪)どういうことか?っていうと、主人公のトリトン役を塩屋翼さんっていう人がやっていたんですけど。その人が当時、中学生だったんですよ。中学生がそのまま子どもの声をやっているっていうんで、アイドル的な人気も出て、みんながっつきに来て・・・みたいな。で、そういうような人を集めたファンの集いをやったら、ほとんどが小学校の高学年とか中学生の女の子で。で、富野監督は『なんで好きなの?』って聞いたら、『
女の子がとても好き』っていう。『なにが好きか?』っていうと、『ピピっていう女の子を中心として、イルカの親子。イルカの母親役っていうのがすごい母性を感じる感じのイルカなんですけど。それが坊やを守らなきゃいけない行動をするファミリー感がすごくよかった』っていう言い方をしていて。すごい困ったらしいんですよ。

(玉袋筋太郎)(笑)。困っちゃうんだよね。ここでね。

(吉田豪)富野監督曰く、『アニメを見る子っていうのはすごく平たい言い方をすると、家族愛に飢えている子が多いんじゃないか?と思った』と。で、『それ以降、アニメ関係のファンジンとかファンの集まりに今ひとつ馴染めないのは、その匂いがあそこに集まっている子たちにあるということ』っていう。

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)そんなことないですけどね(笑)。

(吉田豪)『アニメという媒体が持っている特異な性能と同時に、そういうところにシンパシーを感じさせてしまうアニメの肩入れ感っていうのはなんなんだろう?と思う』っていう。

(玉袋筋太郎)自分で作って(笑)。

(吉田豪)そうなんですよ。で、『それからだんだん違う方向の作品を作ったりとか、いろいろしたんだけども、どうしてもアニメオタク的な人たちが取り込んで行っちゃう。アニメというのは困ったもんだという思いがありながらやっていて・・・』っていうね。

(玉袋筋太郎)すごい。不思議な人なんだよね。

(吉田豪)しょっちゅう言ってますよ。だから、『いつまでもアニメ見てちゃダメだ』っていうのが持論の人で。

(小林悠)自分がアニメを作っているのに?

(吉田豪)『大人がアニメ見ているのはおかしい』っていうのが持論の人で(笑)。

(小林悠)いやいやいや、でももう、日本の文化ですから。大きな。

(玉袋筋太郎)そうなんだよ。うん。

(吉田豪)『成長しなきゃダメだろ?』っていう(笑)。『普通のものを見ようよ』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)いやいや、いいじゃないですか。『普通のもの』ってなんだろう?っていう。

(玉袋筋太郎)まあでも、それでお金も稼いだろうにって思うんだけどね。

(吉田豪)だから、本人なりのジレンマだと思うんですよ。子ども物にしたくないから、複雑なテーマとかを取り込んだ結果、大人が見れるものになっちゃったわけじゃないですか。そしたら、卒業しなくなっていっちゃったっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)ああー、その責任をちょっと感じてるっていう部分もあるのかな?

(小林悠)別にいいと思うんですけどね。面白いですね。

(吉田豪)だから、複雑なんですよ。だから、インタビューをしてても、いろいろアニメファン批判とかをしながら、『花園神社に行ったら、外人に顔バレした』ってすごいうれしそうに言うんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)『おっ、トミノ!』って言われたっつーんだよ。

(吉田豪)そう。外人が話しかけてきて。『えっ?顔だけでわかんの!?』みたいな感じで。

(小林悠)すごーい!大ファンってことですよね?

(吉田豪)『ドイツ人が声、かけてきてさ!』みたいな(笑)。うれしそうなんですよ。『うれしいんじゃん!』っていう(笑)。

(小林悠)(笑)

(玉袋筋太郎)全部そっちでいってくれりゃあいいのに。

(吉田豪)ツンデレな部分はあると思いますよ(笑)。

(玉袋筋太郎)波がすごいね。

(吉田豪)だから、GACKTさんみたいな人が『大ファンだ』って言うと、すごい喜んだりするんですよ。別の世界で成功しているような人が言ってくれるとっていう。

(玉袋筋太郎)へー!

(小林悠)なんだかんだ、少年の心ってことなんでしょうかね?

(玉袋筋太郎)まあ、少年なんだろうな。いやー、これ本当、インタビューね、豪ちゃん。読み応えあった。掴めないもん。やっぱ、読んでて。どういう人なんだ?っつーのがね。

(吉田豪)結構な直し、入ってるんですけど。それでもちゃんと面白いっていうね。あの、話し言葉が嫌いな人みたいなんで、そういうのは結構直されたんですけど。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)面白かったですよ。

(小林悠)改めてこの、『ハイパーホビー キャラクターランドVol.2』ですね。この、『暑いぜ夏のフルボリューム号』。徳間書店から。こちらに、この富野さんと吉田豪さんの特別インタビューが掲載されています。


(吉田豪)『作品にね、精子をかけたって気がしないとダメなんだよ』っていう。

(玉袋筋太郎)書いてあった!

(吉田豪)『あれには、ちゃんと精子がかかってなかったんだよね』って。基準が『精子』っていうね(笑)。

(玉袋筋太郎)ぶっかけだね!

(吉田豪)鮭みたいな感じの(笑)。

(玉袋筋太郎)本当に、ぶっかけだったんだ。

(小林悠)びっくりしちゃいますから。ちょっとちょっと(笑)。

(玉袋筋太郎)まあでも、芸術家ですよ。

(吉田豪)芸術家ですよ。

(小林悠)本当ですね。ぜひ、お手にとってください。さらに、現在発売中の『週刊アサヒ芸能』に2015年上半期スキャンダル大賞が掲載されております。


(吉田豪)岡田斗司夫さん、大賞おめでとうございます!

(玉袋筋太郎)おめでとうございます!

(小林悠)あ、そうなんですか!?岡田斗司夫さんが大賞ですか?(笑)。

(吉田・玉袋)(笑)

(小林悠)あの、浅草キッド VS 吉田豪 VS 宇多丸という組み合わせです。近くのコンビニ、書店でお買い求めくださいませ。また、吉田豪さんの著書『聞き出す力』。こちらも日本文芸社より絶賛発売中です。


(吉田豪)はい。

(小林悠)その他、ぜひというもの、ありますでしょうか?

(吉田豪)なにもないです!

(一同)(笑)

(玉袋筋太郎)夏負けしないように。豪ちゃん。

(吉田豪)押忍!

(小林悠)次回の登場は9月4日です。吉田豪さん、ありがとうございました。

(玉袋筋太郎)ありがとうございました。

(吉田豪)どもー。

<書き起こしおわり>

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