町山智浩 ケン・ローチ『オールド・オーク』を語る

町山智浩 ケン・ローチ『オールド・オーク』を語る こねくと

町山智浩さんが2026年4月14日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でケン・ローチ監督最新作『オールド・オーク』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)今日はですね、来週24日金曜日公開のイギリス映画で『オールド・オーク』という映画を紹介します。はい。

(曲が流れる)

(町山智浩)これはイギリスの田舎のパブでね、酒場で酔っ払った人たちが歌う歌が流れてますけど。この『オールド・オーク』というのはパブの店名です。これはですね、ケン・ローチというイギリスの映画の巨匠がいまして。その人、今年で90歳か。大変な事態になってますが。その巨匠の、まあ本人は「最後の作品になるかもね」って言ってる映画がこの『オールド・オーク』ですね。

いろんなものが古いんですけど。監督も古ければ、映画のタイトルも古くて。で、この『オールド・オーク』というのはね「古い樫の木」という意味なんですけれども。これが舞台で、そのオールド・オークというパブの店長さん、TJという店長さんが主人公です。で、舞台はですね、イングランドの一番北の端の方でスコットランドとの国境に近い町で。その町でたった一軒、残った古いパブがオールド・オークです。

で、舞台となる時代設定は10年前なんですよ。2016年のこの年、何があったかというと、イギリスがEU(ヨーロッパ共同体)から離脱するというね、国民投票があった年ですね。いわゆるブレグジットと言われたものですね。で、その時に何があったのかという映画なんですけれども。そのイギリスがEUを離脱するというのを多数決で選んだ最大の理由というのは、移民や難民が入ってくるのが嫌だったからなんですよ。

で、彼らがその医療保険とか、そういったものにただ乗りするんじゃないかということを恐れて……そういうことをタブロイド紙とかが煽ったんですね。で、それを恐れてEUを出るっていう風に投票したんですが。これ、面白いのがね、離脱に賛成した人の多くは移民がたくさん住んでいるロンドンとかの都会じゃなかったんですよ。移民が全然いない田舎の人たちが離脱に賛成したんです。

ロンドンとかもう完全に、みんな移民と一緒に暮らしてるんで。反対するも何もない状態だったんですね。でも田舎の人は移民とか、見たことない。特にこのイスラム教徒とか見たことないっていう人たちが多くて。ところがそのタブロイド紙があって。特にデイリーメールというタブロイド紙があって。イギリスの主婦がよく読むものなんですけど。昔からね。

それが「移民が怖い、移民が怖い」っていう記事ばっかり書いて。それによって煽られてEUから離脱したんですが。この『オールド・オーク』という映画は実際にその田舎で何があったのかということを描いてるんですよ。で、主人公のパブの店長のTJはもう本当におっさんで、60歳ぐらいなんですけど。無口でね、無愛想で。で、「ビールくれ」って言われても黙ってビールを注いでドンと置くような親父なんですけど。

で、笑顔は全くないんですが。ある日、そのパブ、オールド・オークの前でね、揉め事が起こるんですよ。それはね、シリア難民がその街に着いたんです。で、その頃はまだイギリスはEUの一員だったから、難民を結構引き受けていて。特に田舎の過疎で空き家がいっぱいあるところにね。そこにシリアとか、いろんなところの難民の人たちを引き受けてたんですよ。

イギリスの田舎街にやってきたシリア難民

(町山智浩)で、当時はですね、シリアではアサド政権という軍事独裁政権があって。自分に反対する勢力に対してロシア軍に依頼して猛爆撃をしていた頃なんですよ。で、さらにそこにISIS(イスラム国)っていうイスラム原理主義ゲリラも内戦に加わって、もうぐっちゃぐちゃになってたんですね。シリアは。で、子供や女性たちは殺されて。それで大変なことだから、ヨーロッパに避難してきて。で、このイギリスの田舎町に移り住んできたと。

そうすると、その町の人々がですね、「イスラム教徒なんか入ってくるなよ!」みたいな感じで、バスから降りたところでもうみんな、襲いかかるんですよ。「お前ら、テロリストだろ!」とか「国に帰れ!」とか言うんですけど。彼ら、国に帰れないから。戦場で焼け野原だから来たのにね。それで「帰れ!」とか言ってるんですよ。で、それで揉めているとそのシリア難民の1人のあの20代のヤラという女性が襲われてカメラを壊されちゃうんですね。

それでその時、TJはそのカメラを直してあげるんですよ。このTJっていうおじさんはパブの主人をやってるんですけど、実は昔はカメラマンだったんですよ。で、その町は昔、炭鉱で栄えていたんですね。で、そのオールド・オークというパブは街の人のたまり場で、その炭鉱労働者のたまり場でもあったんですけれども。まあ、炭鉱の労組問題があった時、組合の人たちが集まって集会をする場所でもあったんですよ。

で、このオールド・オークの店長のTJはその町を揺るがしたデモとか、その労組の闘いをずっと写真に撮っていて。で、その写真を店の奥の方にある、昔かつて労組、組合の集会所だった部屋の壁に飾ってあるんですね。ただ、そのかつて集会所だったところを完全に鍵をかけて、誰も入れないようにしてるんですよ。

どうしてか?っていうとこのTJがなんかね、いつも無愛想で黙って笑顔がないのは、大変な心を閉ざしてるからなんですね。で、部屋も閉ざしてるんですけど。結局、その炭鉱は閉鎖されてしまって。で、街からみんな人が去っていって。で、そのパブもね、前は何軒もあったのにオールド・オークだけが残って。で、客もまばらにしか来なくなって。貧乏になったから奥さんも出ていっちゃったし。息子も出ていっちゃって。

で、TJさんはその部屋に鍵をかけて、自分の心にも鍵をかけてるんだってことがわかってくるんですよ。で、まあ彼は世の中に関わらないで、しゃべらないで生きてるんですけど。でもシリアの難民の人たちが来てね、そうもしていられなくなるんですよ。っていうのはね、彼らが公立学校に通い始めるんですよ。シリア難民の子供たちがね。するともう、すごい反対運動が始まるわけですよ。「英語もできないやつを学校に行かせるな!」とか言ってね。いや、それは英語ができないから勉強するために学校に行くのにね。

日本でもね、外国人の子たちが公立学校で日本語を学んだっていうようなのがテレビで番組が放送されたらものすごい批判が来て。「日本語ができないやつに学校に行かせるな!」とかって大変だったんですけど。もし日本語ができないまま外国人が日本に住んでたら、それははっきり言って反社会集団になっちゃいますよ。わかってない人たちが反対するんですけど、このオールド・オークのある町もね、そうやって反対するんですね。

で、まあいじめとかあるんですけど、そんな中で難民のヤラさんっていうのは一番年上のお姉さんなんで。その自分の弟とかを連れて小学校に行くわけですね。で、そこでですね、地元のイギリス人の少女が体育の授業中に倒れちゃうんですよ。で、「どうしたの?」って聞くと「朝から何にも食べてない」って言うんですよ。とにかく貧乏で。しかも寒いから。イギリスの北の方は。そこは暖房費のために食費を削ってるような家なんですよ。

その街には仕事がないんですよ。で、その子の家に行って何か食べ物あげようと思っても、台所いくら探しても何も食べ物はないんですよ。で、このヤラさんは「ああ、私たち難民を彼らが引き受けてくれない理由がわかった」ってなるんですね。彼ら、本当に貧乏でもうどうしようもないから難民どころじゃないんだと。それで「じゃあ、どうする?」っていう話になってくるわけですよ。で、TJに相談するわけですよ。どうしよう?ってみんなで話し合って。難民を引き受けようって言ってる人たちとかで話し合って。

じゃあ、このもう閉じちゃっている、開かずの間になってる集会所を使おうと。で、教会とか、いろんな食料品店とかから余った食べ物とかをいっぱい寄付してもらってきて。食べ物を集めて、それを料理して貧乏な子供たちに無料で与える子供食堂を始めるんですよ。オールド・オークでね。で、料理するのは難民のそのヤラのお母さんとかがするんですよ。で、「誰でもいいからご飯が食べられない子たち、みんな来なさい」って。で、そこでその地元のイギリス人の子とそのシリア難民の子たちが一緒に肩を並べてご飯を食べて。で、それを料理作る人たちも難民の人と地元民でみんなの共同作業なんですよ。で、TJもその中で心を開いていくっていう話なんですよ。

ケン・ローチ監督の一貫した作風

(町山智浩)これね、監督はケン・ローチという監督なんですが、この人は本当に巨匠で。1960年代から一貫して、こういう映画だけを作り続けてる人なんです。で、労働者とか貧乏なイギリスの庶民たちの実態を描いてきた人で。もうデビュー作からしていきなり『キャシー・カム・ホーム』っていう映画だったんですけども。これが強烈なテレビ映画だったんですが。もともと、テレビ局の人だったんですね。で、これは労働者が結婚して、その若い夫婦が子供を育てようとするんですけど、一生懸命働いてもどんどん貧乏になっていって。そのアパートを追い出されて。で、最終的にはその子供も取り上げられてしまって。福祉局に。で、この夫婦がホームレスになってしまうまでを、本人たちに全く責任がないってことを描いていく映画だったんですよ。

一生懸命働いても、ズルズルズルズルとホームレスまで落ちていくんですよ。で、これは構造的におかしいんだってことを暴いた映画で、これが大センセーションを呼ぶんですね。イギリスに。みんな、知らなかったんですよ。そんなことが起こってることを。で、それからずっと撮ってきて。もう最近でもね、『わたしは、ダニエル・ブレイク』っていう映画……これは日本でも結構お客さんが入ったんですけど。心臓病を抱える大工さんが心臓病だと、そのままだと倒れたりするから。労災問題になるからってことで職を失っちゃうんですね。

で、失業保険を申請すると、保険料が支払われないんですよ。いろんな難癖をつけて支払わないんですよ。保険料を。で、どうしてか?ってことを調べていくと、それは支払いを拒否することで保険担当者のポイントになるというシステムがあるからなんですよ。これ、日本の生活保護で同じことをやってたじゃないですか。生活保護を断られば役所の担当者の得点になるようなことをやっていて。これ、水際作戦とか言ってね。イギリスでも同じことをやっていたんですよ。

で、このケン・ローチ監督のこの前の最新作は『家族を想うとき』という映画でね。これ、タイトルだと全然わかんないんですけどこれはAmazonみたいな宅配で働くお父さんの話なんですよ。で、宅配をしてる人のトラックってあれ、自費で買わされてるんですよ。借金を抱えて宅配トラックを買って。で、しかもその報酬は時給じゃないんで。個人事業主契約になってるんで、残業とか一切つかなくて。で、配達した数で決まるんですよ。

だから普通は何時間働いたら働いた分、賃金が支払われるんですけど、そうじゃないんですよ。その実態を暴いた映画が『家族を想うとき』で。このケン・ローチ監督っていうのはすごいことをやってるんですよ、結構。これ、こういう作品を作り続けるのはおそらくは監督の信仰が理由だと思います。神を信じてるんですね。

今、カトリックのローマ教皇がトランプと戦ってるんですけど。キリスト教に限らないんですが「宗教というのは困ってる人を救うものだ」という風にローマ教皇が言って戦争とか移民政策に反対したら、トランプが「今のローマ教皇はクソ野郎だ」と言って、大変な事態になってるんですけど。そこにたぶんポイントがあって。この映画でもその教会が非常に大きな意味を持ってるんですけどね。その、キリスト教とかイスラムとか関係なくね、やっぱり宗教というものが何のためにあるか?ってことに立ち戻っていく話なんですけども。

ただ、そこにポイントがないんですよ。実はこの映画は。一番大事なのはオールド・オークというね、このパブの店名なんですよ。屋号なんですよ。これね、オールド・オーク、古い樫の木っていうのは実はイングランドという国の国樹、国の木なんですよ。イギリスという国を象徴するものがオールド・オークなんですよ。でね、これね、「勇敢な古い樫の木(Brave Old Oak)」というね、イギリスの古い歌がありますのでちょっと聞いてください。

(町山智浩)これね、19世紀ぐらいの古い歌なんですけども。こういう歌詞なんですね。「勇敢な古い樫の木は誇り高く1人で立っている。100年が過ぎてもなお、樫の木は残っている。古い樫の木はイギリスが一番良かった時代を見てきたんだ。みんな陽気に楽しく歌って騒いでいた。でも今や金がすべてを支配している。人々はそれに従い、王様たち(権力者たち)は冷酷だ。でも、勇敢な樫の木は決して仲間たちを見捨てない」という歌詞なんですよ。今、流れてる歌の歌詞が。

オールド・オーク=イギリス庶民の精神

(町山智浩)これは古い樫の木っていうのはイギリスの庶民たちの精神なんですよ。で、この店の店長のTJはこの古い樫の木そのものなんですね。だから古い樫の木のように仲間を見捨てないんですよ。で、オールド・オークという場所を地元のイギリス人と難民が集う場所にしようと頑張るんですよ。でも、実際のイギリス人たちはこの当時、2016年に結局、難民を拒んでね、EU脱退を選んだんですけど。その結果、どうなったかというとイギリスの田舎町はさらに貧困が進んでいるんです。

っていうのはEUっていうシステムはこれ、『トレインスポッティング2』でも描かれてたんですけども。ヨーロッパ全体の豊かな地域で儲けた富を一旦、上に上げて貧しい地域に振り分けるシステムだったんですよ。EUって。再分配のシステムだったんですよ。ところがこのEUから脱退したから、イギリスの田舎街がそれまでEUからもらっていた補助金が打ち切られちゃったんですよ。で、貧乏になっちゃったんですよ。「移民が嫌だ」って言ってEUから抜けたら、貧乏になっちゃったんですよ。

「移民のせいじゃなかったんだ」っていう感じには一応、今はなってます。なってますけど、でもEUはイギリスが抜ける時に「抜けた後、戻りたいと思っても二度と戻れると思うなよ?」って言ってますからね。戻るのは難しいですね。もう土下座を全員でするしかないんじゃないですかね。それでスコットランドなんかはイギリス、大帝国から、UKから独立してEUに入ろうとしていたりするんですよね。はい。

でね、ただこの映画でやっぱりそのオールド・オークに対してものすごい妨害が始まるわけですよ。地元の人たちの。で、彼らは実はそのTJの幼なじみで。労働組合で一緒に戦った親友たちですけど。それが「移民なんか追い出せ!」って来るわけです。そうすると、今まで一言もしゃべれない無口だったTJもとうとう堪忍袋の緒が切れて、こういう風に叫ぶんですよ。「とにかくお前らが言ってるのはヘイトとデマばっかりだ! 国の経済が苦しいからって、移民に当たるな! 貧しさを自己責任と呼ぶな! 弱い者いじめをするな! 本当に国を貧しくしてる奴らと戦え!」と言うんですけど。これは本当にケン・ローチ監督の最後の叫びなんですよ。

ケン・ローチ監督、一貫してるんですよ。ものすごい怒りの人なんだけども、優しさがあるんですよ。その根底には。彼、優しいから怒ってるんですよ。デモなんていうのも、「なんでデモのみんなは怒ってるんだ?」って言われるけど、それは優しいから怒ってるんですよ。っていう映画がこの『オールド・オーク』で。もう本当に今の日本の物語として見てもらいたいなと思います。

『オールド・オーク』予告編

こねくと 2026年4月14日

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