宇多丸さんが2025年5月21日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション2』放課後ポッドキャストの中でNHK朝ドラ『あんぱん』についてトーク。今田美桜さんが戦時中、愛国的を取るキャラクターとして描かれていることの意味を話していました。
(宇多丸)ラジオネーム「海辺のジョーズ」さんのこちらのメール。「宇多丸さん、今日の朝ドラ『あんぱん』はご覧になりましたか?」というので。こちら、ガツンと……これ、わかりますよ? 昨日の展開で今日がどういうことになるか、だいたい分かっていたんですけど。僕、まだ……もちろん今日1日、仕事してるんで見れてないんですよ。
(宇垣美里)あっ、悪いことした!
(宇多丸)だから海辺さん、これはね、ネタバレはネタバレ。
(宇垣美里)海辺さん、よくないよ、そういうの。
(宇多丸)ただ皆さん、『あんぱん』をご覧になってない方もいらっしゃると思うんで。こちらのメールで言っているのは要するに河合優実さんのめちゃくちゃ見せ場回っていうことです。「さっき見たらネットニュースとかになってました」という。まあ、でもそうなるでしょう。なるでしょう! いや、めちゃくちゃ痛ましい場面なんだけど。
(宇垣美里)いや、ちょっと河合さん、マジでもう、ヒロインやってほしいですね。
(宇多丸)もちろん、それは全然できる。一方で、だからこれ、前からね、これは火曜とかでいつもその『あんぱん』話をするたびにまだ、今は戦争って言っても日中戦争の話なんですけども。で、やなせたかしさんは東京に出て、そのデザインの勉強している。一方で、一応主人公のその後のパートナーとなる方、のぶさんという方は自分の地元・高知で学校の先生になる。で、学校の先生になるための勉強もしていて。
で、そのプロセスでやっぱりすごく、なんていうの? まあ愛国教育みたいなものにがっつり乗っちゃって。まあ素直な人なんで、そうやっているわけです。で、すごいそれで褒められたりして。たとえば「兵隊さんに慰問袋を作りましょう」って、別にそれ自体は悪いことじゃないんだけど。で、それがすごく愛国的な行為であるというんで。皆さんから「愛国精神の鑑だ」なんていうので。
で、子供たちにもそうやっていろいろやる。一方で東京で、銀座とかで……当時はまだ自由な空気がある銀座で。「ここはすごく自由だから、いつかのぶちゃんにもこれを見せたい」なんて言っているそのやなせさんに怒るわけですよ。「今、同い年頃の若者が戦場に行ってるのにあなたはそんなところで軽薄に浮かれて……」って。で、やなせさんが「プレゼントだ」っていうので赤いバッグを買ってくるんだけど「こんなの、受け取れない。こんなお金があるんだったら、戦地の兵隊さんのために」って。
「でも、美しいものを愛でることがなんでいけないんだ? いつか戦争は終わるんだから、その時に持ってくれればいいじゃないか」って言うんだけど。で、そこでやっぱり意見の相違が生じちゃって。で、「君は美しいものを美しいと言えないような教育を子供にもする気なのか? 僕はそんな先生は嫌だな」って言うわけです。っていうあれがあって。でも、のぶさんは真面目で。あの素晴らしいんですよ。今田美桜さんが本当に素晴らしくて。
(宇垣美里)やっぱりその地方と東京の差っていうのもあるんでしょうね。
(宇多丸)もちろん。で、それで元気いっぱい、すごく確信を持って子供たちにその愛国教育みたいなのもしてるんだけど一方で周りの人からは「ねえ。君もいい年だから」って。その「いい年」っていうのも20歳なんだけど。「もう20歳なんだから結婚しなさいよ。産めよ増やせよが一番、お国のためになるんだから」っつって。でも「私はそういうつもりはない。今、仕事に打ち込んでるから」っていう、そういう……だからのぶさんそのものの中にもある、なんていうかな? 現代に通じる女性の生き方。「自分の生き方は自分で決めたい」っていうのは当然、ある人で。強い人なんだけど。
序盤のところでそれこそパン食い競争で「女が参加するもんじゃない」っていうのを破って出て、優勝してっていう超痛快な場面になるんだけど。っていうようなところで、だから絶対にこれは戦争になって、いろいろ痛ましいことが起こったり。まあ、最終的な戦争で敗れて。で、今まで彼女を教えた先生たちが言ってきたことが全部、裏返るわけじゃない? で、最初からこのドラマは裏返らない、逆転しない正義を描く作品としての『アンパンマン』みたいな。っていうことを言ってるから……だから今、ここは振りなのよ。長い長い。だから、これはきついぞ……と思っていたところに昨日・今日の展開。河合さんの……それこそ次女なんですけど。長女が今田美桜さんなんだけど。次女が、これは……。
(宇垣美里)モロに食らうってことですよね。
(宇多丸)でも、兵隊を送り出す時も何の時も、「めでたいことだ。名誉なことだ」って言うのが一応、建前じゃん? でも、こういうことですよって。
(宇垣美里)それはね、『虎に翼』でもそういう風に描かれてましたけど。すごいですね。でもなんか、新しいというか。なんとなく私が……全部を見てるわけじゃないけど。私が見てた朝ドラのヒロインって、なんかちょっとそこに懐疑的というか。
(宇多丸)もうちょっと現代的な感覚で。たしかに、たしかに。
戦時中の愛国に懐疑的なキャラクターが多い朝ドラヒロイン
(宇垣美里)それは寅ちゃんもそうだったけど。「これってさ……?」みたいな感覚が若干あるイメージだったんですね。私の中で。でも、おそらくだけどその当時の大多数の人って、やっぱり空気に飲まれていただろうし。情報が入ってきてないんだから「これが正しい」と信じていたに違いないだろうっていう意味で描かれるべきキャラクターのような気がしますよね。
(宇多丸)これはやっぱりやなせさんとある意味、ダブル主演っていうか。その2人であることでバランスが取れるんですね。それだけを描くのはちょっとしんどいけど。懐疑的な視点はやなせさんに入っているからいけるっていうところはあるんじゃないですかね。
(宇垣美里)なるほど!
(宇多丸)あと、中島歩さん、いろんな作品に出ていますけども。中島歩さん演じる超イケメンの船長というかな? みたいな人とお見合いをさせられるんだけど。中島歩さんね、だいたいいろんな役を……ダメ男の役とかもすごくうまいけど。この人とのやっぱりお互い、今、結婚する気はないのにお見合いをした話とか。その展開とかもすごい良かったですし。でも、おっしゃる通り、仮にも主人公がかなり大きく、長い目で見ると「そっちに行っていいのか?」っていう方向に結構がっつりいっちゃう感じとかはなかなか……。
(宇垣美里)これは後々を知ってると、まあミスじゃないですか。どう考えても。
(宇多丸)だから、たしかにおっしゃる通り、それはすごいあれだし。で、それでいてやっぱり今田美桜さんがものすごい、それこそ主役っていうか。まっすぐに「この人が本質として悪い人であるわけがない」っていうことが体現されているから。まあ、後味悪くならない感じでやられているし。演者の皆さん、本当に素晴らしいんで。やっぱりね、『あんぱん』はいいですよ。それでね、海辺のジョーズさん、俺、帰ってから見るんだから。お願いしますよ! 読んだけど……(笑)。読んじゃったけど。ありがとうございます。『あんぱん』、引き続きね、頑張っていきましょう。結構いいです。
朝ドラ『あんぱん』、今田美桜さんが愛国精神の鑑として称賛されているのを見て「なんかNHKの朝ドラっぽくないな」と感じていたところでこの宇多丸さんのお話を聞いて、ものすごく腑に落ちました。やなせさんや河合優実さんとの対比なんですね。戦争が終わって全てが裏返ってしまった時、どうなってしまうのか……ちょっと心配です。