猫ひろしさんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。玉袋筋太郎さんの運転手を務めていた時の話や、マラソンを始めたきっかけなどを話していました。
(玉袋筋太郎)じゃあ、どの筋から行くか?
(小林悠)玉さんと非常に関係が強いと聞いておりまして。
(玉袋筋太郎)そうなんだよな。あれ、何年ぐらい前だ?
(猫ひろし)もう14年前です。始めた時なんで。
(玉袋筋太郎)あ、そう。俺がね、ちょっと運転手さんを募集したいなって。やったら来たんだよね。『僕ができます』なんつって。
(猫ひろし)そうです。
(小林悠)運転免許、あったんですね。
(猫ひろし)ええとですね、すぐにその話を聞いてから、新潟に。燕三条っていうジャイアント馬場が生まれたところにですね、合宿免許を。
(小林悠)(笑)
(猫ひろし)で、取って、次の日に玉さんの運転手へ。若葉マークつけて。
(小林悠)怖い(笑)。
(猫ひろし)震えながら。
(玉袋筋太郎)それ、言わなかったじゃない!お前。『運転してた』っつってさ。そういう嘘をついて俺の運転・・・だから、危なかった。なんか、この人ペーパードライバーじゃねーかな?っていうような運転してたんだよ。
(猫ひろし)車庫入れができないっていう。致命的な。
(玉袋筋太郎)車庫入れだけ俺がするんだよ。なんだかよくわかんなかったよな。あれ。そうそう。それから猫ちゃんは家にくるようになってさ。で、家でご飯食べたりとかね。
(猫ひろし)そうです。いろいろしていただいて。
(玉袋筋太郎)そうなんだよ。偉いのがね、猫ちゃんがね、ほら、俺雑誌とかいっぱい読むじゃない。で、それを捨ててたんだよ。俺、いつもボンボン。週末とかいっぱい。で、それを見てさ、『すいません、もらえませんか?』なんて言って。
(猫ひろし)そうです。それ、持って帰って。勉強させてもらったんですけど。帰る途中に警察に職務質問受けて。『なに持ってるんだ?』って怒られたことあって。
(玉袋筋太郎)そうだよな。週刊誌とか。お金がねーから。
(小林悠)買うお金がないわけですよね。
(玉袋筋太郎)そうそう。そういうところが偉いな、なんて思っちゃってさ。で、ウチの倅ともこうやってな。ほら、見ろお前。ウチのトニーと肩くんでる写真だけどさ。
(猫ひろし)あ、本当だ(笑)。
(玉袋筋太郎)これ、2005年だよ。
(猫ひろし)懐かしいわ、これ。この時、身長同じなんですけど。まだね、息子さんが小学校。で、次の年に完全に身長抜かれてまして。それから泊まりに行くとお古もらってたんです。
(小林悠)(笑)
(猫ひろし)倅の、小学生の息子の洋服。お下がりじゃねーんだよ。お上がりっていう。
(小林悠)年上の人にお上がり。
(玉袋筋太郎)そうなんだよ。だけどそうやってね、なんか、こいつはそれなりになんかやろうとしてるんだなっていうのがわかったんだけどさ。本を持って帰ったりとか。偉いじゃない。そいでほら・・・
(小林悠)あ、頭くっつけてる写真がありますね。あ、ちょっと、若干抜かされてませんか?この2005年の段階で。
(猫ひろし)そうですね。ちょうど5年生ですよね。
(玉袋筋太郎)それで、暇だったからさ。俺。結構新宿のスポーツクラブで走りだした頃で。ほんで行ってさ、ベルトコンベアーみたいなので走ってたの。
(猫ひろし)トレッドミル。
(玉袋筋太郎)走ってたんだよ。で、猫も連れて行ったんだよ。で、俺が10ぐらい。レベルがあって。1から15ぐらいあんのか?20ぐらいまであんのかな?で、俺はだいたい10ぐらいで走っているわけ。
(猫ひろし)10だとキロ6分くらい。
(玉袋筋太郎)キロ6分くらいのペースで走ってんだよ、俺。それでも自分としては結構一生懸命走ってんだけど。横で猫がさ、走ってんだけど。レベル見たら15とか16でずーっと走ってんの。ダダダダダダ・・・って。
(猫ひろし)ハムスターがぐるぐる回るように。
(小林悠)(笑)
(玉袋筋太郎)『おめー、どうしたんだ?』っつったら、『いや、結構走れるんですよ。心臓がデカいんです』なんつって。
(猫ひろし)そうなんですよ。猫だけど象の心臓だって言われてまして。まあ、得意だったんですけど。いままで中学・高校は卓球部に入っていて。一切陸上部とかは入ったことがないんですけど、校内の10キロマラソン大会とかだといつも1位だったんですよ。
(小林悠)ええーっ?なんで陸上やらなかったんですか?
(猫ひろし)いや、なんででしょうか?そんなにこう、ロマンがないっていうか。わかんないですけど。
(小林悠)(笑)
(猫ひろし)いまはロマン追求しまくってますけど。その当時はわかんなかったんですよ。どんぐらい早いか?っていうのは。
(小林悠)自分の才能に気づいてなかったわけですね。
(玉袋筋太郎)明らかにすごいんだよ、これ。15でずーっと走ってんだもん。『僕、大丈夫です』なんつってな。
(猫ひろし)で、そのTBS感謝祭っていうのがあるじゃないですか。あそこに出たら目立てるっていうのがわかっていたんで、僕いつもテレビ出る時は1分くらいのネタ時間で嵐のようにネタをやって嵐のように去るっていうそういう感じだったんで。
(玉袋筋太郎)まばたきだよな。まばたきタレントって。
(猫ひろし)トイレに行ってたら見れないっていう。んで、マラソンだったら1位とっておけばずーっと映れるから。で、感謝祭に直訴して、出させてください!って言って。で、最初から活躍したんですね。
(玉袋筋太郎)俺、あれ家でテレビで見てたよ。うれしかったよ、お前。うれしかったけど、ドキドキしたよ。滑るんじゃねーか?と思って。まばたき芸人だから。そんな長時間ね、画面に映るの慣れてねーだろ?もう家族全員でハラハラしてよ。『おい、猫ちゃん出たよ!』なんつってさ。
(小林悠)あ、もうトニーちゃんも含めて。
(玉袋筋太郎)そうそうそう。でも、『にゃー!』ってやってよ。うん。
(猫ひろし)そしたらマラソンの仕事を結構いただくようになって。まあ、『マラソンって金になるんだな』って思いまして。
(小林悠)(笑)。ちょっと悪い顔になりました。
(玉袋筋太郎)まあね、それまでがね、本当にまばたき芸人の頃の営業とか酷い営業行かされてるもんな。ワハハ本舗でな。
(猫ひろし)行ってますよー。
(玉袋筋太郎)だってコラアゲンはいごうまんとサウナの営業あったじゃん。あの話、おもしれーよ。
(小林悠)コラアゲンはいごうまん?
(猫ひろし)『こちらでネタやってください』っていうのが、普通だとサウナの宴会場をイメージするじゃないですか。『こちら・・・』って行ったのがサウナの仮眠室だったんですよ。
(玉袋・小林)(笑)
(猫ひろし)みんな寝ているところで『やってください』って行って。で、まあ当然僕、やる時に『ねっこひーろし!ねっこひーろし!うるせーっ!』って言ったら、向こうのお客さんが『お前がうるせー!』って。
(玉袋・小林)(笑)
(猫ひろし)正論です。
(玉袋筋太郎)寝てんだから。酷い営業だよ(笑)。それ、2ステージあったんだろ?
(小林悠)2回やったんですか?
(猫ひろし)しかも2ステージ目が30分後で。お客さんが回ってないんです。そのまま寝てるんで。
(玉袋・小林)(笑)
(玉袋筋太郎)またテメーか!この野郎!って(笑)。
(猫ひろし)コラアゲンはいごうまんが『猫ひろしが先ほどとまったく同じネタをやります』って言ったら、『やれるもんならやってみろ!』って言われて(笑)。
(玉袋筋太郎)(笑)。いやいや、でもそっから本格的にマラソンやってさ。で、東京マラソン、俺も前に走った時に、やっぱり猫ちゃんも走ってさ。で、猫ちゃんは先頭集団の方だから結構早い方の集団で。俺が走ってる時に、ペニンシュラホテルのところだ。折り返しの、日比谷んところ。あそこを俺、ヘロヘロ走ってたらさ、先頭集団がバーッて走ってきて。そん中に猫がいて。『おっ、すっげーな!』って思ったよ。俺。走ってたよ、一生懸命。
(小林悠)その時、猫さんは玉さんに気づかなかったですか?
(玉袋筋太郎)気づかないよ。一生懸命だもんな。
(猫ひろし)気づきませんでした。
(玉袋筋太郎)俺はちゃんと気づいてんだよ。心の中で『がんばれ、猫。がんばれ、猫』って。本当に。バカ野郎(笑)。
(小林悠)だって猫さん、走りながらもたとえば『猫ちゃーん!』って言われたら、『にゃー!』って絶対に返しますよね。
(猫ひろし)そうですね。ほぼ全部。
(玉袋筋太郎)小林さんが取材行ったの、知ってんだろう?
(猫ひろし)別府大分ですよね。
(小林悠)本当ですか?
(猫ひろし)いや、わかりますよ。見つけて。はい。
(小林悠)えっ、その話、いましようと思ったんですけど。うれしい!いや、あの同じホテルに泊まっていたんですけど。朝のバイキングで『このカンボジアの人、シラスとかちゃんと食べて。日本食に精通してるなー』って思ったんですけど。
(玉袋筋太郎)(笑)
(猫ひろし)いやいやいや、『このカンボジアの人』って・・・血は日本ですけど。
(小林悠)『Cambodia』って書いてあったんで。ジャージに。で、お顔をのぞきこんだら猫ひろしさんで。あっ、そういうことか!と。
(猫ひろし)そういうことってどういうことなんですか?
(玉袋筋太郎)ちゃんと味付け海苔、ご飯巻いて食ってんな、みたいな。
(小林悠)ちゃんと通な食べ方をされていて。で、本番も結構天気が悪い日だったんですけど、ワーッて走ってらっしゃって。『猫さーん!がんばってー!』って言ったら、『にゃー!』って笑顔で返してくださって。すごく覚えています。
(玉袋筋太郎)いやー、偉いよなー。そうやって、もう普通でも走ってて大変なのに。エネルギーを使うわけだからね。それで『にゃー!』って言ったら。
(猫ひろし)でも最近、なんとなくで覚えている人が多いんで。『がんばれ、ベトナム!』って言ってくれる人が・・・『国が違うよ!』って思って(笑)。
(玉袋・小林)(笑)
(玉袋筋太郎)でも実際に初めてフルマラソンを走った時にはタイムは?
(猫ひろし)最初は3時間48分ですね。
(玉袋筋太郎)3時間48分でしょ。
(猫ひろし)内、トイレに3回行ってますから。
(玉袋筋太郎)大便だよ。それで3時間。もういきなりサブ4だもんな。4時間切ることがすごいんだよ。
(小林悠)あの・・・(笑)。マラソン中にそんな行く人、いるんですか?
(玉袋筋太郎)いるよ。
(猫ひろし)トイレ、いっぱいついてますから。
(小林悠)本当ですか?しかも、ねえ。大の方で。
(玉袋筋太郎)で、いまは?タイムは?
(猫ひろし)いまが2時間30分26秒ですね。
(小林悠)えっ?そんなに縮まるんですか?
(猫ひろし)はい。
(玉袋筋太郎)もうね、マラソンの1秒とかさ、1分ッツーのを縮めるのって自分の中で大変なことなのよ。キツいよなー。これをだから、1時間10何分縮めて。で、年齢を考えてみたら、37才だからな。
(猫ひろし)猫だったら3回死んでますからね。
(小林悠)(笑)
(玉袋筋太郎)返すようになったなー。猫。猫だましするねー、本当に。でもやっぱりこれはすごいことだよね。うん。で、その間ちゃんと結婚して。ね、ちゃんと仕事も順調担って。マンションも、ちゃんと買ったんだよな。
(猫ひろし)マンション、買わせていただきました。
(玉袋筋太郎)買ったんだよ。堂々と言えよ、お前!大したもんだぜ。
(猫ひろし)か、買ったんや!
(小林悠)なんで関西弁なんですか?(笑)。
(猫ひろし)足で稼いだんやで!
(玉袋筋太郎)足で!自分の体で稼いだんだよ!
(猫ひろし)文句あるか!?
(玉袋筋太郎)そう。文句あんのか?だよ。偉いよ。そういう、人生のね、インフラ整備をしたってところが俺、偉いなと思って。猫ちゃんが。
(小林悠)持ち家っていうのがね、もう安心ですよね。
(玉袋筋太郎)ウォーターフロントでな。値崩れもしねーしな、あそこ。
(猫ひろし)あの、そこまで良くはないですけど。ウォーターフロントではないですけど。
(玉袋・小林)(笑)
(玉袋筋太郎)だけど大したもんだよ。これ、やっぱり俺はリスペクトするところなんだよね。猫ちゃんが、ちゃんとしっかり人生設計たててさ。やったもんな。
(猫ひろし)そうですね。いや、もうやっぱり背中見てますから。玉袋先生の。
(玉袋筋太郎)シミだらけの(笑)。いや、本当それはね、偉いなと思うだよね。
<書き起こしおわり>
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