安岡力也さんの息子で俳優の安岡力斗さんがラジオ日本『真夜中のハーリー&レイス』に出演。父・力也さんが大好きだったWWEの思い出について語っていました。
(安岡力斗)プロレスの話、すいません。熱くなっちゃって。
(清野茂樹)ぜんぜん問題ないですよ。
(安岡力斗)親父と自分って、自分が高校生になったぐらいには、もうクレイマー、クレイマーで。お袋が離婚して、親父と男2人の生活だったんですね。でも、そんな時でもやっぱり、男2人でも、まあ些細な事でケンカってあるじゃないですか。で、ケンカしちゃった後に、お互い気まずい時間が流れるんだけど、時間になったら。月曜の夜だったり、水曜の夜だったりすると、まあ父がリビングでテレビをつけるわけですよ。
(清野茂樹)はい。
(安岡力斗)J SPORTSをつけているわけですよ。で、自分もそこに行くわけですよ。で、時間になるとスマックダウンだったりロウが始まったりするわけですよ。
(清野茂樹)あー!WWEが。
WWEが親子の会話のきっかけに
(安岡力斗)はい。で、そこでプロレスを見ながら、さっきまでの険悪したムードがだんだんとこう、和らげていって。『そういえば、この間のなんだっけ?鳥カゴみたいな大会、なんだっけ?』って親父が言うじゃないですか。エリミネーションチェンバーのことなんですけど(笑)。
(清野茂樹)(笑)。ケージね。はいはいはい。
(安岡力斗)『この間のマネー・イン・ザ・バンク、誰が勝ったんだっけ?』『エッジですかね?』とかっていうところから、だんだんお互いにケンカしていた仲がこう元に戻って・・・っていうのがあって。だから、プロレスっていうのはこの、親子で見るのもいいもんですよねー。もちろん仲間だけでも。自分の高校の同級生、中学の同級生、みんなプロレス大好きなんで。もうみんなで集まって、ペイ・パー・ビューなんか購入するわけですよ。で、その場で楽しんで。そこにもちろん親父もいるわけですよ。
(清野茂樹)へー!結構ね、お父さんも。相当お好きだったみたいですからね。
(安岡力斗)大好きでしたね。うん。特に思い出深いのが、WWEの話になるんですけど。当時、日本にWWEが来た頃ですから。まだWWFだった頃で。ザ・ロックだったりオースチンだったりが、WCW・ECW対WWF軍団で戦っていた。あの時なんかはもう大好きで。よく、地上波でもやっていたじゃないですか。で、見てたんですよ。その時に、日本ツアーでWWFが来るよっていった時のスペシャル番組っていうのをやっていたんですね。で、ゲストで高木三四郎さんがいてて。で、高木さんがアンダーテイカーを紹介した時に、『いやー、アンダーテイカーっていうのは本当に怖い人で。ベテランで。まあ、日本で言うところの安岡力也さんですかね』っていうことを、上手いこと言ったんですよ。
(清野茂樹)はいはいはい。
(安岡力斗)それを、父も見てたんですよ。テレビを。『おい、力斗!アンダーテイカーは俺だってよ!』っつってから、アンダーテイカーの大ファンになってしまってですね。
(清野茂樹)へー!じゃあもう、ちょっとね、帽子なんかもかぶるようになっちゃって。歩き方もゆっくりになっちゃって。
(安岡力斗)元々レザーの黒いの、してましたもんね。
(清野茂樹)そうそうそう(笑)。
(安岡力斗)なんか似てるものがあったみたいな。
(清野茂樹)あったという。はー!
(安岡力斗)懐かしいですよ。レッスルマニアの戦いの話になると、父はアンダーテイカーが大好き。で、僕はショーン・マイケルズ(HBK)が好きだったんですよ。で、レッスルマニアで今度、テイカーとHBKが戦うぜ!ってなった時に、『もちろんテイカーが勝つに決まってんだろ!』と。したら、『いやいやいや、もうHBKが勝つから。テイカーの連勝は終わりですよ』っていう話をすると、だんだんお互いに熱くなるわけですよ。
(清野茂樹)へー!
(安岡力斗)『なに言ってんだ!おめー、HBKなんてスイート・チン・ミュージックなんて軽いキックかなんかで。効くわけねーだろ?』なんて。
(清野茂樹)(爆笑)
(安岡力斗)そんなこと言われたら、自分も熱くなっちゃってですね。『なんなんだよ!テイカーだって綱渡りしてんじゃねーかよ!』なんて。もう熱くなって。またお互い、バトルしちゃうんですよ。プロレスを見てケンカが仲直りしても、またプロレスでケンカしてしまうというですね(笑)。
(清野茂樹)いいですね、なんかもうあのね、戦後の力道山の時代みたいな。それぐらいの熱が安岡家にはありましたね。
(安岡力斗)ありましたね!
(清野茂樹)結果、たしかあれ2回やって2回ともテイカー勝ってると思います。
(安岡力斗)そうなんですね(笑)。結果ね。
<書き起こしおわり>