島田珠代 結婚・出産と夫のガン闘病を語る

島田珠代 結婚・出産と夫のガン闘病を語る TOKYO FM

島田珠代さんが2023年10月22日放送のTOKYO FM『空想メディア』に出演。二度目の結婚と出産、そして夫のガン告知と闘病について、話していました。

(高須光聖)あれは……かいつまんでごめんな。だぶっちゃうけど。新喜劇をやってる時に1回、結婚されて。何歳の時? はじめての結構は。

(島田珠代)26の時に結婚して。

(高須光聖)結構早いな。俺は誰かも知ってるけど、結婚されて。

(島田珠代)もうご法度やったんですよね。マネージャーさんと。

(高須光聖)普通はありえへんことやし。言うたらまた、いじられるし。そんなことはもうあかんからね。で、付き合って、結婚して、別れちゃって。で、「もう恋愛はいいや」ってしばらく思うよね? その時が、何やってるぐらいの時?

(島田珠代)その時がルミネの新喜劇に……タケウチさんっていう社員さんが。

(高須光聖)いた。面白いタケウチさん。

(島田珠代)そう。タケウチさんが、その1人目の人が結婚してすぐに東京転勤になって。で、私はすぐにはNGKは離れられないって2年間、別居をして。で、タケウチさんが「今度な、新宿ルミネに劇場を開くから。それにおいで。それで一緒に生活しなさい」って言ってくれて。

(高須光聖)タケウチさん、優しいやん!

(島田珠代)そうなんですよ、タケウチさん。それで行くんですけど……なんか、東京のマネージャーさんって、大阪のマネージャー時代と違って、全てが夜中で。会議も夜中にやって。

(高須光聖)ああー、またあの頃はむちゃくちゃ忙しかったから。マネージャー。

(島田珠代)そうそう。いろんなコンテンツがね。ネット、TV、TVネットの時代がやってきたりして。夜中が勝負みたいな……。

(高須光聖)TVネット?

(島田珠代)ファンダンゴさん。

(高須光聖)ああ、ファンダンゴは早かった。いろんなことをやるのはね。そうだそうだ。

東京でのすれ違い生活

(島田珠代)そこの担当になったりしてたんで。もう夜中から朝が勝負で。もう朝ご飯を作るけど「いらん」とかなって。夜ご飯も食べんし、朝ご飯を作っても「いらん」って言われて。なんかもう、生活がもう全然合わへんくなって。

(高須光聖)一緒にいてるけど、合わへんみたいな。一番よくないパターンやもんね。

(島田珠代)「こんなに作ったのに! キャッ!」とか言って、台所に……。

(高須光聖)タマがキレたら怖そうやな。大声出しそうやな。むっちゃ怒るよな。あの声が出るねんもんな。

(島田珠代)そうだす。だから舞台育ちで……。

(高須光聖)「そうだす」って(笑)。

(島田珠代)やっぱり舞台の声ですからね(笑)。

(高須光聖)そう。あの声で怒られたら……でも半分、「これはギャグかな?」と思うぐらいの声やから。あの声を聞くと逆に、なんか「うそーん」みたいなことを言いそうなぐらいやけども。ちゃうんやな。

(島田珠代)いや、マジです。120%マジなんで。

(高須光聖)その時の顔は目がマジやもんな。怖そうやわー。

(島田珠代)で、終わりを迎え。そこから、なかなか……大阪に帰ろうか、どうしようかっていう時に、名古屋の昼ドラみたいなのに入れてもらって。で、美術さんと、みたいな。

(高須光聖)そこでまた出会っちゃって。

(島田珠代)出会ったんですよ。

(高須光聖)心がちょっと落ち込んでる時に。

(島田珠代)うん。その時はもう女性として……芸人やけど、その前に人間やっていうのはちょっと、どこかであるので。「結婚……ほんならもう出産や」ってなって。「せなあかん、せなあかん!」ってなって。その女性の本能が。それで「この人や!」ってなったんでしょうね。向けられて。

(高須光聖)猛アタック?

(島田珠代)向けられた方も怖かったでしょうけど(笑)。で、その方と2年ぐらいお付き合いして子供ができた、みたいな。

(高須光聖)授かったんやね。

(島田珠代)だけど、その年の検診でもうガンが進行しているって……。

(高須光聖)しかもステージ4でしょう? そんな……愕然とするじゃん?

(島田珠代)だけど「子供ができるタイミングがギリギリだったから、よかったですね」って。

(高須光聖)ああ、ほんまやね。年齢的にも。

(島田珠代)ガンって、その8年前の食生活なんですって。

(高須光聖)ええっ? そうなんや。

(島田珠代)そう言われました。で、「8年前、どうやった?」って言ったら「白いホルモンばっかり、焼肉屋で焼いて食べてた」みたいな。

(高須光聖)そんな、食生活もめちゃくちゃで。そうなんや。でも、そこから大変やんか。もうかいつまんでバーッと行くけど。『徹子の部屋』でも話されてたから。でもそこからさ、もう自分が働かなって……急に自分が。旦那さん、もちろん大好きだろうし、家族を愛していても、頭のどこかでは「亡くなったら自分がこの子を育てていって、全てを自分がやらな」って。もっと言うとこの旦那さん、「あと4年か5年か」って言われたんやよね?

(島田珠代)はい。

(高須光聖)その間、ひょっとしたらそれが早まったりすると、自分が働かなあかんし……っていうことを考えると、急に違うモードにパーン!ってなるよね。「やらないと!」っていう意識が。

(島田珠代)そうですね。たぶんその時にもう、気持ちが男になっちゃったんで。

(高須光聖)すげえな。

(島田珠代)たぶんその時に女性としてのはプライドがなくなったのがよかったのかもしれない。

(高須光聖)よかったかもしれんな。それが、なんか島田珠代の背骨みたいなもんを作ったんかもしれんね。また新たにね。そんな状況で、ようやれたな。

(島田珠代)なかなか……で、うちの母も私が仕事に行ってる間、やっぱりその彼と娘を見てくれて。その間に挟まってたんで。なかなか、やっぱり抗がん剤の間って、ちょっとイライラしたりするみたいで。

(高須光聖)ボロ泣きしてたけど。「そんな苦しいんやったらもっと優しくしてあげたらよかったな」って言うたな。もうええで? 泣かんでええで? ここは泣かんでええからな?

(島田珠代)はい、はい。

(高須光聖)そう言うてたから「ああ、わかるわ」って。でも、子供がかわいい時期やし。めちゃくちゃ子供にとっても大事な時やし。でも旦那さんの命もこともあるし。お母さんとはいえ、年老いたお母さんなんで。そのお母さんがつらい思いするのも申し訳ないっていう、その中でまた壁にバーン!ってぶつかって、それでええ顔をせなあかんから。これ、大変やんな。

(島田珠代)そうですね。もういろんなことを考えてました。なんかいろんなこと考えてました。もう芸のことも……「台本、これどうしよう?」っていうことも考えてたし。家のことも考えてたし。

(高須光聖)キツいなー。普通にこっちが病気になるよな。そんな気持ちで……もう本当に、気持ちがでかい丸だとすると、それがどんどん引きちぎられてる感じじゃない? いろんなところから。なあ。

(島田珠代)そうですね。ビリビリビリビリッて。破られている感じでしたけども。まあ、その時の思いが……「うわー、あかん! こんな家のことを思ってたら所帯じみる! あかん!」っていうので弾けれたという部分もあるんで。

(高須光聖)すごいなー。

舞台がストレス発散の場に

(島田珠代)だからある意味、舞台が私のストレス発散の場所になってる時もあったから……狂喜乱舞でしたね。その頃のお客さん、ラッキーだったと思います。

(高須光聖)どんだけの勢いで当たってんねん?っていうぐらい。だからタマって身体能力が高いんやなって思ったのよね。

(島田珠代)当たる、その手前の行為……行為っていうか(笑)。たぶんその頃はもう必死で。

(高須光聖)必死やな。あのスピードで当たったら、普通アウトやで?

(島田珠代)アウトですし。その手前にも、その「バインバインバイーン♪」とか「珠代の、バーン! チョモランマァー♪」とか。

(高須光聖)ええなー。ここで見れて嬉しいわー(笑)。

(島田珠代)それを70、80のNGKのおじいちゃん、おばあちゃんにも見せて、なんとか笑わせるっていうことをしていたので。

(高須光聖)すごいよなー。

(島田珠代)いろんなことがいい経験やったと思います。

<書き起こしおわり>

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