ジェーン・スー 父親から聞いた戦争体験の話を語る

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ジェーン・スーさんがTBSラジオ『生活は踊る』の中で自身の父親から聞いた戦争体験の話を紹介。空襲にあって逃げる際に起きた出来事について話していました。



(ジェーン・スー)まあ、というわけで今日は8月15日ですよ。

(杉山真也)そうですね。今日は終戦の日ですね。

(ジェーン・スー)そうですね。うちの父なんかはね、自称戦中派の最後。終点という風に自分のことを言っていて。昭和13年なんですね。父が。だから3才の時に開戦。で、「終戦」とは言わないですね。「敗戦」って言いますね。

(杉山真也)うん。

(ジェーン・スー)うちの父は徹底して「敗戦、敗戦」って言いますね。たまに「終戦」って言ってから自分で言い直したりするんですけど。うちはね、父がいままで……いま79のはずなんですけど。ほとんど戦争の話を聞いたことがなかったんですよ。父の口からは。で、母からは少し聞いていたんですけど、父からはぜんぜん聞いたことがなくて。どういう戦争体験をしたのか、ぜんぜん知らなかったんですけど。この間、一応最終回を書き終えたんですけど、新潮の『波』っていう小冊子で『生きるとか死ぬとか父親とか』っていう父親の話を連載で書いていたんですね。ずっと。

(杉山真也)ええ。

(ジェーン・スー)で、その話を書くにあたって、はじめて父にいろいろと戦争の話を聞いた時に「うわー、なるほどな」って。自分にとってはあまり肉薄した歴史というよりは、覚えておかなければいけない、絶対に忘れてはいけない日本人の語り継いでいかなければいけない出来事っていうような、倫理的なところでの記憶っていうのが主だったんですけど……「いやいやいや、この人、あそこであの弾が当たっていたら私はいないんだ」っていうぐらいのもので。

(杉山真也)うんうん。

沼津での空襲体験

(ジェーン・スー)びっくりしたのが、沼津に疎開していた時にね、そこでいっぱい爆弾を落とされているんですよ。「爆弾」っていうと、ちょっと言い方が悪いけど。空襲にあっていて。その時の話を聞いてゾッとしたのがね、夜中に空襲があって逃げるということになった時に、松林でワーッて逃げているんですって。で、父親に「いいか。逃げる時っていうのは絶対に自分がいちばん最初じゃないんだ。誰かが逃げて、その後をわけも分からずついていく。そっちの方向に逃げれば安全だという保証は誰にもないんだけど、もうみんな選択が究極的にできないぐらい危機が迫っていると、なにが正しいかじゃなくて、『みんながそっちに行くから』という理由だけでそっちに行くんだぞ。だから逃げる時には自分がいちばん最初じゃないこと。逃げている人たちの方向が正しい根拠なんてなにもないことというのを覚えておきなさい」って言われて。

(杉山真也)はい。

(ジェーン・スー)たしかに。で、「そういう時はだいたい声の大きい威勢のいいやつが言い出したことをみんながなんとなく従っていくようなムードになるから、気をつけなさい」って言われて。そういうのってやっぱり、いままでの人生でね、自分の命を賭してっていうところで経験したこと、ないじゃないですか。

(杉山真也)はい。ないですね。

(ジェーン・スー)だからね、もちろん悲惨なことはたくさんあったとかということも語り継いでいかなきゃいけないと思うんですけど、と同時に、そういう時の人間の心理状態ってどうなるのかとか、どうやって間違った方向に突っ走ってしまうのかっていうこともしっかり聞いておかなきゃなと思いましたね。

(杉山真也)そうですね。

(ジェーン・スー)ちょっといま、世界がキナ臭い時になっていますけども。日本は何ができるのかね、ちょっと考えなきゃいけないタイミングかもしれないですね。

<書き起こしおわり>

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