町山智浩と藤谷文子『ムーンライト』『Fences』『セールスマン』を語る

町山智浩と藤谷文子『ムーンライト』『Fences』『セールスマン』を語る 町山智浩のアメリカのいまを知るTV

町山智浩さんと藤谷文子さんがBS朝日『町山智浩のアメリカの”いま”を知るTV』の中で、第89回アカデミー賞で注目された映画『ムーンライト』『Fences』『セールスマン』などについて話していました。

#MOONLIGHT WINS BEST PICTURE! ALL LOVE, ALL PRIDE! #Oscars ?

MOONLIGHTさん(@moonlightmov)がシェアした投稿 –

(ナレーション)封筒を取り違え、作品賞を誤って発表してしまうなど話題が尽きなかった第89回アカデミー賞授賞式。出演俳優や司会者からは、予想通り現政権に対する様々なメッセージが発信されました。トランプ政権VSハリウッド、その行方はどうなっていくのでしょうか?

(町山智浩)トランプ大統領が言うにはね、「あの封筒を間違えたのは私のことを批判しようとして一生懸命になっているから、封筒を間違えたんだ!」みたいに言っていて(笑)。

(藤谷文子)見てたんだ(笑)。

(町山智浩)見てた。そう。だって「見ろ!」っていうツイートを(アカデミー賞の司会者ジミー・キンメルが)送っていたもん。

(藤谷文子)あれ、面白かった。「Are You Up?」って(笑)。

トランプに授賞式の途中ツイートするジミー・キンメル

(町山智浩)そう。「トランプ大統領、起きてるますか?」ってやって。「見てください!」って打っていて。でも、反応はなかった。

(藤谷文子)「見てたんだな」って思いましたね(笑)。でも、正直私の気持ちとしては、逆の間違えじゃなくてよかったと思います。

(町山智浩)ああ、そうね。

(藤谷文子)だって『ラ・ラ・ランド』はもう他にいっぱいとっていますし、監督は監督賞をとれてますから。まあまあ、そんなに痛手は……笑って済ませることを。歴史に残る一幕で終わるかもしれないけど、もし逆に『ムーンライト』って言われていて『ラ・ラ・ランド』でした……だと、ちょっと傷が深い気がする。

(町山智浩)それ、ムーンライトの人たちがものすごく傷つくもんね。それだとね。

(藤谷文子)ねえ。傷が深い気がして。だから、そんなに失敗としては笑える失敗で終わったような気がしますよね(笑)。

(ナレーション)第89回アカデミー賞作品賞の他、脚色賞、助演男優賞の3部門に輝いた『ムーンライト』。マイアミを舞台に貧困やいじめなど、多くの問題と対峙しながら同性愛者である自らのアイデンティティーを模索する少年のヒューマンドラマ。

(藤谷文子)『ムーンライト』があれだけ評価されて、あれだけ作品がとるっていうことに、すごく特にトランプ政権になってから、いろんな意味があると思うんですけど。

(町山智浩)だからやっぱりトランプ政権の、特に黒人に対する政策がすごくよくなくて。まあ、Black Lives Matter(黒人の命も大切だ運動)って、3年前ぐらいからあって。警官たちが銃を持っていない黒人を次々と殺す事件が……まあ、昔からあったらしいんだけど、スマホのせいで証拠映像が出てきちゃって。で、みんなが怒っている時にトランプは全然、殺された黒人側に立たないで。だから、黒人貧困層とかそういった人たちに対する政策がすごく、ほとんど無視に近いんですよ。トランプ政権って。

(藤谷文子)ああー。そういう中でじゃあ『ムーンライト』が勝った。で、彼らのスピーチもね、割りとその……。

(町山智浩)そうそうそう。『ムーンライト』はバリー・ジェンキンスっていう監督が脚本賞をとって。で、受賞した時に彼が言っていたのは、こうやってね、胸の青いリボンを指差したの。

(藤谷文子)ブルーリボン。

(町山智浩)ブルーリボンを。あれは自由人権協会っていうアメリカの人権弁護士たちの団体に支援をしていますっていうマークなんですよね。あのリボンは。自由人権協会を支持するリボンをこうやってバリー・ジェンキンスは指差しながら、こういう風に言ったんですよね。難しい言い方なんだけど、「私と彼らは自分たちを映す鏡がないと思っている人たちを支援します」って言ったんですよ。

(藤谷文子)わあ、ポエティック。

(町山智浩)ポエティックだね。『ムーンライト』は黒人貧困層でゲイである主人公っていう、非常に映画の中では滅多に主人公にされない人を主人公にしたから。それまで、そういう立場の人たちは映画を見たって自分が共感できる人。自分の仲間が映画に出てこないんだ。出ても脇役なんだと思って暮らしているわけじゃないですか。でも、それに対して、そういう人も主役になれるんだということを『ムーンライト』は示したから。藤谷さんが言った通りですよ。

(藤谷文子)うん。

(町山智浩)で、もうひとつ言ったのは、「あと4年間、あなたたちのことを私は忘れません」って言ったんですよ。

(藤谷文子)すごく勇気の出る言葉ではあるけども、同時に「この4年間は耐える時だ」という認識があるんだなという。「また無視されるかもしれないよ」という認識がある、この噛み締めた感じの、ちょっと辛い文面でもありますよね。

(町山智浩)ちょっと暗い、悲しい感じではあるんだけど。「あと4年間、あなたたちをひとりぼっちにはしない」って言ったんですよ。その、「移民であるとか、貧しい黒人はたしかにトランプ大統領の4年間は大変かもしれないけど、ハリウッドと弁護士たちはあなたたちを守ります。見捨てませんよ」と言ったんで、結構感動的だったですね。

(藤谷文子)感動しますね、それは。

(ナレーション)本年度はトランプ大統領の政策を予見していたかのような、アカデミー賞受賞作品が続々登場。その隠されたメッセージに町山が迫る!

(町山智浩)アカデミー助演女優賞が5人いる候補のうち、3人がアフリカ系っていう話で。授賞を結局したのはヴィオラ・デイヴィスさんという黒人の女性の俳優さんで。で、『Fences』っていう映画だったんですけど。

『Fences』とヴィオラ・デイヴィス

(ナレーション)黒人女優ヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞を授賞したデンゼル・ワシントン監督・主演の『Fences』。1950年代のピッツバーグを舞台に人種差別を受け、メジャーリーグに行けなかった父親が2人の息子の夢を潰そうとする。果たしてその理由は? 実はこの作品、トランプ政権のあの公約に対する強烈なメッセージにもなっていると言うのです。

(町山智浩)あのデンゼル・ワシントンはまあ、ひどい親父だったでしょう? 自分があまりにも、才能があったのに、黒人として潰されちゃったから。自分の息子たちの夢を潰そうとするんですよ。

(藤谷文子)うーん……。

(町山智浩)なんてひどい親父だろうと思って。こんなに嫌な親父、いていいのかな?って思って。それでもそのヴィオラ・デイヴィス扮する奥さんががんばって耐えているのね。最初は。「お父さん、苦労したんだから」っていうことで、支えているんだけど、ちょっと途中でどんでん返しみたいなのがあって。彼女もとうとうブチ切れるんですけどね。

(藤谷文子)(笑)

(町山智浩)あのブチ切れシーンがすごくて。

(藤谷文子)やっぱり彼女は本当に最高でした。

(町山智浩)そうなんですよ。それでアカデミー賞をとったんだけど、この『Fences』っていう映画はね、もともと戯曲で。昔、書かれたものなんですよ。で、その頃と現在では全く意味が違ってくることがひとつあって。『Fences』っていうのはデンゼル・ワシントンが柵を作ろうとしているのね。自分の家の裏庭に。でも、柵なんか作る必要なんか全然ないんですよ。でも、なんか「柵を作らなきゃ!」っていう一種の強迫観念にとらわれて、柵を一生懸命作ろうとするんですけど。あれはどういうことなのか?っていうのは、自分の心を守る柵なんですよ。

(藤谷文子)うんうん。

(町山智浩)で、世間とか現実に対して、心に壁を作っちゃって。で、息子に「フットボールをやってもダメだ」「ジャズをやってもダメだ」って言うんですけど、あの当時、1950年代半ばっていうのはもうすでに黒人のフットボール選手も野球選手も大成功をしていて。スターになれるんですよ。

(藤谷文子)そっかー。

(町山智浩)そう。自分があまりにも差別されていたから、差別が少しずつなくなって黒人の地位が向上しているという事実を見たくないから、柵を作っちゃうんです。いま、『Fences』という映画がアメリカですごく評価されているのは、やっぱりトランプが壁を作ろうとしているじゃないですか。

(藤谷文子)どうしてもね、その壁とか断絶っていう意味ではすごくそれを思い浮かべちゃいますよね。いまの我々からすると。

(町山智浩)ねえ。で、実際に壁を作ったところで、不法移民っていうのは防げないですよ。実際は。っていうのは、下を潜って入ってくるし。

(藤谷文子)トンネルっていうのはみんな知っている話ですからね(笑)。

(町山智浩)壁の上から来る人はいないんだから。みんな下から来るんだからっていうのと、まあ海から入るとか、いろんな方法があるんで。壁を作ること自体がほとんど不可能に近いんですよ。たぶん、壁を作るというのは現実的な問題というよりは、なにかのシンボルなんですよね。

(藤谷文子)そうですよね。壁っていろんな意味でメタファーになるっていう。

(町山智浩)そう。メタファーなんです。だから『Fences』の主人公デンゼル・ワシントンが柵を一生懸命作ろうという……彼自身、セリフの中で出てくるんですけども。「死神が入ってこないように」とか言うんですよ。

(藤谷文子)ああ、もうイッちゃってるじゃないですか。

(町山智浩)イッちゃってるんですけど(笑)。そう。だから呪いみたいな、まじないみたいなもんなんですよ。

(藤谷文子)でも、本当に人間の真理ですよ。じゃあ壁を作って、家にドアをたてて鍵をかけたら安心をするっていうのに近くて。

(町山智浩)偶然、『Fences』っていうのは昔の戯曲なのに、今年作ったら現実とリンクするというのはすごく面白いなと思うんですよね。

(藤谷文子)『ズートピア』とかもそうでしたよね。

(町山智浩)『ズートピア』はそうですね。

『ズートピア』

(ナレーション)まるでトランプ大統領の政策を予見していたかのような映画2つ目は、アカデミー賞長編アニメ賞授賞の『ズートピア』。希望に胸を膨らませて多種多様な動物たちが暮らす大都市ズートピアにやってきたウサギのジュディ。警察官になった彼女を待ち受ける様々な問題。まさにいまのトランプ政策はこの映画の描く世界と真逆の方向を向いているようにも見えるのです。

(藤谷文子)なんかもう、スピーチで言ってませんでしたか? 「まさかこんなタイムリーになるとは思っていなかった」って。

(町山智浩)そうそう。オスカーをとりながら、「ずいぶん前にこの『ズートピア』を考えたのに、まさかこんなにタイムリーな映画になるとは思ってもみなかったです」って言っていたけど。

(藤谷文子)だから、ちょっと不思議な年でしたね。

(町山智浩)うん。監督は「この映画は人間の問題を動物に置き換えただけなんです」と。

(藤谷文子)まさにアメリカでしたね。こんなにわかりやすいメッセージで、面白く、アメリカに対して強く、みんなで一緒になろう!って言っている映画でしたよね。

(町山智浩)大統領演説で言っていた「ギャング」という言い方で「不法移民とかそういった人たちはみんな犯罪者なんだ」って決めつけるような政策が、いま大統領になってしまったと。

(藤谷文子)ねえ。それ、DNAレベルで「この人種はこういう人たちだから……」みたいな言い方をするんですよね。

(町山智浩)だってトランプ大統領がいちばん人気を得た演説は、「メキシコから来ている不法移民はレイプ犯と麻薬のディーラーなんだ」って決めつけちゃったから。あれはだから、「『ズートピア』を見ろよ!」って言いたくなるよね。「そういう決めつけをするな!」っていう映画だから。

(藤谷文子)本当にそうでしたね。

(町山智浩)ドナルド・トランプ大統領に投票をしたような人たちの地域っていうのはすごく白人が多くて。人種的にはすごく固まっているんですよ。だから、ハリウッドがどうしてトランプ大統領を批判するかがわからないところがあって。

(藤谷文子)そっかー。

(町山智浩)ハリウッドに来れば、わかりますよ。それは。いろんな人が働いているからですよ。で、たぶん半分ぐらいは外国籍でしょう?

(藤谷文子)シリコンバレーとかも含め、カリフォルニアにいれば分かるんですけどね。

(町山智浩)あとね、今回トランプ大統領に対する抗議がアカデミー賞ですごく多かったんですけど。いちばんはっきりと抗議をした人は、まあ授賞式そのものをボイコットした監督ですね。

イラン映画『セールスマン』

(ナレーション)アカデミー賞外国語映画賞授賞の『セールスマン』。ある日、夫の留守中に妻が何者かに襲われ、2人の穏やかだった生活が一変。スリリングな心理描写で事件の真相に迫っていくサスペンス。授賞式ではトランプ大統領の入国禁止令に抗議して出席をボイコットしたイラン人監督のメッセージが読み上げられました。

(藤谷文子)授賞をしましたもんね。

(町山智浩)授賞しましたね。あれはたぶんね、でも彼のその抗議に対してアカデミー委員の人たちが賛同したから受賞したんだろうなと。むしろ、アメリカ映画とかに監督は影響を受けていて。今回の『セールスマン』っていう映画も『セールスマンの死』っていうアーサー・ミラーの戯曲を上演しようとする夫婦の話なんですよ。

(藤谷文子)それで『セールスマン』っていうタイトルなんだ。

(町山智浩)そうなんですよ。学校の先生なんですよ。それで文学を教えていて。で、アメリカの芝居を向こうの劇場でやろうとするんですよ。だから、すごく面白いなと思うのは『Fences』っていう映画も『セールスマンの死』の黒人版だと言われているんですよ。

(藤谷文子)ああ、なんかつながってますね。

(町山智浩)つながってるんですよ。いろいろと。『セールスマンの死』っていうのは1940年代の終わりに書かれたんですけども。アメリカの白人の労働者階級、ワーキングクラスの男性が滅びていくという話なんですよ。時代が変わっているのに、気がつけないんですよ。だから『Fences』の主人公はそれを黒人に置き換えたんだと言われているんですよ。

(藤谷文子)ああー。

(町山智浩)「まともな職に就け!」って言っているんだけど。要するに「ワーキングクラスが偉いんだ」って思い込んでいて。そのために、世の中が変わっていて、新しい創造的な職業とか学問とか、高学歴な人が収入を得るという世の中になったことが理解できてない人なんだと。でも、そういう人たちが選挙では大統領を選ぶんですよ! だから、同じネタが何度も使われるの。それでイランでも映画になると。

(藤谷文子)イランでも。

(町山智浩)ただ、『セールスマン』っていう映画はイスラム教における女性差別を告発するような内容なんですよ。それなのに、入国禁止にされたからそりゃ怒りますよね。

(藤谷文子)そりゃ怒る。

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました