小林雅明と渡辺志保『ラップ・イヤー・ブック』を語る

小林雅明と渡辺志保『ラップ・イヤー・ブック』を語る INSIDE OUT

小林雅明さんがblock.fm『INSIDE OUT』にゲスト出演。渡辺志保さん、DJ YANATAKEさんと『ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲』について話していました。

(渡辺志保)今日のゲストの方をここでお招きしたいと思います。本日のゲストは小林雅明先生をお迎えしております!

(小林雅明)はい、こんばんは。小林です。よろしくお願いします。

(渡辺志保)よろしくお願いします。もしかしたら、前回の『タマフル』を聞いてらっしゃるリスナーの方もいらっしゃるかもしれませんが。今日は、なんとご紹介すればいいでしょうか? ヒップホップ評論家?

(小林雅明)そんな大それたものではないんですが。

(渡辺志保)いやいや、日本におけるヒップホップの権威でございます小林雅明さんをお迎えしているんですけども。まず、なぜお迎えしたかといいますと、先日発刊されました『ラップ・イヤー・ブック』という、これはイラスト図解のヒップホップ図鑑といった感じでしょうか?

『ラップ・イヤー・ブック』


ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲

(小林雅明)これは1979年から2014年までのいろんな曲があったわけですけども。その年から1曲ずつ、このシェイ・セラーノという主にブログ系というか。まあ、大先生じゃないんです。

(渡辺志保)それ、ちょっとポイントですかね。大先生ではないという。

(小林雅明)大先生とかすごい研究家とかじゃなくて、ファン目線みたいなのがちゃんとある人が……要するに、評論家とか批評家だと、たとえば「79年のベストは?」とかって選ぶんですけど、この人の場合はベストじゃなくて、重要だと思われる曲を選んでいくっていう風に変えているんですね。だから、曲が79年から2014年まで並んでいますけど、パッと見、「こんな曲、なんなの?」って思う人も……本屋さんとかで立ち読みで開いて見て、「なんだ、これ?」って思うかもしれないですけど、その分、内容で「こんな曲があるけど、実はすごく重要な要素がたくさん含まれた曲ですよ」というのを面白おかしく書いている本です。

(渡辺志保)なるほど。その「面白おかしく」っていうのが結構私はキモかなと思っていて。こういう70年代からヒップホップの歴史を紐解くみたいな書籍だと、どうしてもやっぱり難しくなりがち。プラス、99年ぐらいで考察が止まってしまっているとか。あとはニューヨークとLAのことしか書いていないとか、そういったことが多く見受けられるような気もするんですけども。この『ラップ・イヤー・ブック』に関しましては、さっきもおっしゃっていた通り2014年までを拾っている。で、いちばん新しい曲はリッチ・ギャング feat. ヤング・サグ&リッチ・ホーミー・クワンの『Lifestyle』でこの書籍に関しては終わっているということで。

(渡辺志保)かなり、もうつい最近の出来事までを拾ってくださっているし。あとは、ブロガーっぽい方が書いてらっしゃるというところもポイントで。なので、難しくなりすぎてないんですよね。で、イラストなんかも多くて。あと、ちょっと面白おかしいコラムなんかもすごく充実していて。「こんな方法でヒップホップの歴史をこんな風に提示してくれる本があったんだ! しかも、日本語で出るの、すごい!」みたいな感じで私もかなり興奮して1冊読ませて頂いたんですけども。ですので、今日はこの『ラップ・イヤー・ブック』をもとに、小林雅明さんと私、渡辺志保。そしてDJ YANATAKEさんが各々の自分たち、俺たちの代表楽曲をそれぞれ発表していきたいなと思いますので、みなさん、お付き合い願えればと思います。じゃあ、さっそく各曲に関して話を進めてまいりましょうか。

(小林雅明)はいはい。

(渡辺志保)じゃあ、いちばん最初に……これはイヤー・ブックっていうことなので、1年に1曲代表曲を選んでくれているんですけども。1979年から始まりまして、我々も年が古い順に今日は紹介していこうかなと思いますので。まず、最初の1曲をじゃあ、何にしましょうか

(小林雅明)ええと、いろいろありますけども。普通はね、この1979年の『Rapper’s Delight』っていうのが普通なんですけども。

(小林雅明)ちょっとそれは、番組のノリを考えるととりあえずこの1984年のフーディーニの『Friends』という曲を選んでみたんですけども。多分、どうなんだろう? 最近の若いリスナーだと、ラップとR&Bの違いとか、それが混ざっているとかっていう感覚がもうたぶんかなり薄いというか、ない……。

(渡辺志保)ないかも。かなりナチュラルな感じで。ちょっとね、さっきも番組前にお話していたんですけど。たとえば、クリス・ブラウンとタイガってもう同じジャンルみたいな感じで。厳密に言うとクリス・ブラウンはもともとR&Bシンガーで、タイガはラッパーだけど、2人が一緒にやっている曲をね、そんなに「あっ、ラップにR&Bが混じっている! 歌にラップが混じっている!」とか、そういう感覚でたしかに最近の若い子たちは聞いてないような気がしますね。はい。

(小林雅明)ただ、でもそういうのは現実はあっても、このシェイ・セラーノさんの場合は一応この曲で……79年に生まれて5年後にそういうR&Bっぽさとか、あとポップな方にウケるのを意図的に考えて売り出した曲ができたっていうところを重要視してここに選んでいるんですけども。

(渡辺志保)なるほど。はい。

(小林雅明)で、この本って全部の曲について、いちばん最初。出だしに「どんな曲?」っていうのと、「なぜ重要?」っていうのが一言ずつ書いてあるんですけど。

(渡辺志保)丁寧ですよ、本当に。

(小林雅明)いや、でも丁寧じゃないんですよ。だってこの『Friends』のところ、「どんな曲?」っていうところで、「友達について。」で終わりですから。これ、全然丁寧じゃないですけど(笑)。っていう感じで、この本が作られているわけなんです。構成が。

(渡辺志保)はい。

(小林雅明)それとあと、ここで面白いのがこれ、「『Friends』で”友情”なので、友情にまつわるラップソング上位1000曲をランク付けしてみた」っていうのがあって。

(渡辺志保)(笑)。絶対に1000曲、聞いてないでしょ! みたいな感じがしますけど。

(小林雅明)そうですね。という、ふざけた感じで。ただ、何位かまでは載っているので、これはちょっと……

(渡辺志保)ありがたいことに千位。最下位まで載っているという。

(小林雅明)っていう風にして、要するに普通に見せないっていう感じですね。

(渡辺志保)かなりジョークというか、ちょっとシニカルな感じも交えて。だから書いてあることを100%鵜呑みにすると、それはそれでちょっと危険なところもありますかね?

(小林雅明)そうですね。ふざけているところはありますから。

(渡辺志保)なるほど。ちなみにこの『Friends』に関しては、おまけページで「ポップラップ指標に基づく楽曲査定」という丁寧なチャートの表まで載っていて。

(小林雅明)そうですね。ここから、ポップな要素っていうか。あと少し年代層上の人を狙ってみましたというマーケティングに基づく曲作りになってきているので。すでに、たったの5年ですけどね。79年から。

(渡辺志保)生まれてからね。なるほど、わかりました。じゃあ、ヒップホップ史上はじめてのR&B、ポップスとの融合を果たした1曲とも言われているこの曲を聞いていただきたいと思います。フーディーニで『Friends』。

Whodini『Friends』

(渡辺志保)はい。いまお聞きいただいておりますのは1984年のヒップホップの最重要曲、フーディーニで『Friends』。

(小林雅明)まあただね、いまの感覚で聞くと、「どこが?」ってなるんですけども。

(渡辺志保)いやいや、でも当時はこれはまさに?

(小林雅明)まあ、歌っちゃってますからねっていうことですよね。たぶん。サビとかを。

(渡辺志保)うんうんうん。

(DJ YANATAKE)そうか。いちいちそういう、それを初めて誰がやったのか? みたいなのをね、知っていかなきゃいけないですね。

(渡辺志保)オリジネーターをね。ちなみに84年は私が生まれた年なんですけども。雅明先生はこのフーディーニの実体験っていうのはございますか?

(小林雅明)そうですね。ラン・D.M.C.の前座として来日した時に見ています。

(渡辺志保)おおっ、時代。すっげー! 超豪華ですけどね。というわけで、1984年の代表曲、フーディーニ『Friends』をお届けしました。では、次はコマを3年後の1987年に進めたいと思うんですが。ここで紹介してくださる曲はどれになりますでしょうか?

(小林雅明)はい。エリックB&ラキムの『Paid In Full』ですね。

(渡辺志保)ド・クラシック! ド・クラシックですね! これ、あれじゃないですか? 最近の新譜しか聞きませんっていうリスナーの方もエリックB&ラキムの名前、もしくはこの『Paid In Full』っていう字面ぐらいはもしかしたらどっかで見たことがあるっていう感じかもしれないし。この裏でちょっとね、流れているこのブレイクのトラックなんかもどっかで聞いたことがあるっていう感じがするかもしれないっていうぐらい、ヒップホップの歴史においては定番中の定番というか、クラシックですが。

(小林雅明)そうですね。まあ、どこかではみなさん、聞いているかな? という感じですけども。でも、どこかというよりも、どうやって説明すればいいかな?っていうのがあるんですけど。さっきのエミネムとかももう完全にこのエリックB&ラキムっていう、最初の人(エリックB)がDJで後の人(ラキム)がラッパーなんですけども。ラキムのスタイルを要するに丸ごと、それを勉強して研究して自分のモノにしているので、さっきのああいう感じですよね。

(渡辺志保)そうね。ああいうフロウができるっていうね。これも、著書によると『Paid In Full』、「なぜ重要か?」っていうところに「ラキムがこの曲によってラップを完成させた」っていう、本当に1987年の『Paid In Full』の以前のラップはラップじゃねえのか?っていうね、突っ込みどころはありますけども。

(小林雅明)しかも、この著者の場合はこれがひとつの頂点っていうことで。ここでは、この作者はバスケットボールもすごく詳しくて。この次の本が、こういう感じでたぶんバスケットボールを……まあ、イヤー・ブックではないんでしょうけど、でもこの人はこういうセンスでバスケットのことを書いているらしいんですけども。ここでは、ラキムが頂点っていうことに決めて……まあ、決まっているんですけども(笑)。

(渡辺志保)歴史的事実としてね。はい(笑)。

(小林雅明)で、それをバスケットのマイケル・ジョーダンと重ねて考察しているわけですね。

(渡辺志保)へー! ドラマチック。なるほどね。

(小林雅明)要するに、マイケル・ジョーダンの場合も3ポイント(シュート)とかもマイケル・ジョーダンがプロになる前っていうのは実際になくて。だんだんそれで……この人がとてつもない怪物。つまり、ラップで言うとラキムがとてつもないテクニシャンということで比較をしているわけですけども。それで、そういう人がもう誰もこの人を超えられないという状況になっていると、何が起きるか?っていうとやっぱりルールの方を変えてきて、どうやって面白く見せるのか?っていう風に。あと、実力の問題もありますからね。かけ離れすぎているというので、たとえば3ポイントのラインとかを前後させたりっていう……

(渡辺志保)ふーん。そうかそうか。

(小林雅明)っていうのが起きたりっていうのも。この作者はそういうことも引っかけて全部、どれだけラキムがすごいのか?っていうのを書いていますね。で、ちなみにラキムがどこがすごいのか?っていうと、ここに書いてありますけども、「インターナル・ライミング・スキーム(Internal Rhyming Scheme)っていう……まあ、文末の言葉だけじゃなくて文中の言葉同士で韻を踏む。それとあと、マルチシラビック・ライミング・スキーム(Multisyllabic Rhyming Sheme)っていう……要するに、2ヶ所以上の音節でライムをするんですけど。ただ、こうやって書くと堅苦しそうなんですけど、つい最近だと、ミーゴスの『Bad And Boujee』のオフセットの……。

(渡辺志保)我々の大好きな!

(小林雅明)そうですね。我々の大好きな(笑)。だから本当に、アメリカとかですけど、ラジオとかでも死ぬほどかかっているような曲でも、このインターナル・ライミング・スキームとかマルチシラビック・ライミング・スキームってあるんですけど、オフセットはこれを駆使しているんですよ。

(渡辺志保)トレースしているという。たしかに、これ以前のラップってアメリカのラップに関しても文の最後の末尾だけで母音を揃えて韻を踏むだけっていうスタイルが多かったんですけど、ラキムはその音節とかフロウとかデイバリーとか、そういうところをまるっと含めてラップを完成させたという。そこがラップの神と言われる所以なんですけども。

(小林雅明)そうですね。だからその神が、距離が遠すぎるので、近くするためにルールを変えるっていうのはあったんですけども。それで、たとえばこの作者の場合は、ヤング・サグもこのラキムと並べて考察しているわけですよ。意外にこの人、ヤング・サグ好きみたいな評価が。まあたぶん、この著者は30代だと思うので。

(渡辺志保)まだ若干、若めな。

(小林雅明)そういう書き方とかもここではあるので。要するに、普通の歴史本とかだと「ラキムはすごいです!(ちゃんちゃん)」みたいな、そういう感じなんですけども。この場合はそういうことじゃなくて、マイケル・ジョーダンの話と上手く絡めて書いていますね。

(渡辺志保)うんうん。素晴らしい。かなりわかりやすいです。ちなみに最近のラッパーだと、エイサップ・ロッキーも本当の名前はラキム(Rakim Mayers)って言うんですよね。ロッキーのお母さんがラキムの大ファンで、自分の子の名前にそのままラキムと名付けたっていうぐらいの。で、そんなラキムくんがスターラッパーになっちゃうわけですからね。そういったところでも、影響力はかなり絶大なんだなという風にも思いますけども。

(小林雅明)そうですね。少しルールをゆるくしたんでしょうね。違うか(笑)。

(渡辺志保)ゆるめて(笑)。いやいや、じゃあそこでラップを完成させたと言われるこの代表曲を聞いていただきたいと思います。エリックB&ラキムで『Paid In Full』。

Eric B. & Rakim『Paid In Full』

(渡辺志保)はい。いま聞いていただいておりますのは1987年の代表曲、エリックB&ラキムで『Paid In Full』。で、いま聞いていただいたのはオリジナル・バージョンではなくて、通称コールドカット・リミックスと呼ばれるブレイク部分が長いリミックスという感じですかね。ヤナタケさんはこれももう何百回とかけたという感じですか?

(小林雅明)何千回。

(DJ YANATAKE)そうですね。DJでも使ったことがありますし。もちろん、聞き始めの頃とかに。これ、12インチとかも何種類もあって。それをね、兄と2人で買い揃えるのは結構大変だったな、みたいな感じですかね。

(渡辺志保)おおっ、すげえ。なるほど。ありがとうございます。というわけで、この1曲がラップを完成させたと言われる、神・ラキムによる楽曲でございました。

(小林雅明)そしてビートもいまみたいな解説の通りですかね。

(渡辺志保)たしかに。『タマフル』ではオリジナル・バージョンの方をかけられてたんですよね?

(小林雅明)そうです。ダースレイダーの希望で。

(渡辺志保)ありがとうございます(笑)。では、またグググッと時計の針を進めまして、次は1993年にワープしたいと思います。

(DJ YANATAKE)はい。80年代を小林雅明先生に紹介していただいたので、ヤナタケはちょっと90年代を担当しようかなということで。ちょっと先にこの本をもう1回。途中から聞き始めた人もいるかもしれないので。『ラップ・イヤー・ブック』というのが現在日本版が発売されて。小林雅明先生が訳を担当されたということなんですけども。まあ、約40年間に渡って毎年、代表するような曲を1年毎にピックアップして、それぞれに解説みたいなのがあったりして。この番組を聞いている人だったらRap Genius的な面白さもあるだろうし。それ以外にも、本当にすごい知っている人がさかのぼるのに使ってもいいと思うし。なんかね、時代背景やバトル形式で反論も掲載とか。絶対にその曲が流行った裏にはカウンターもあったりしてさ。

(渡辺志保)たしかに。そう。

(DJ YANATAKE)そういうものもちゃんと紹介していて。すごいいろんな切り口があって面白い本です。

(渡辺志保)私も初めて知ることばっかりだし(笑)。

(DJ YANATAKE)いやいや、俺も全然知らない……いままで、本当に知ったふりだなっていうね(笑)。

(渡辺志保)いや、本当。「Act like you know」スタイルでね(笑)。

(DJ YANATAKE)そうですね。知ったふりしていますけども。

(渡辺志保)あと、イラストもいちいち味があるっていうか。

(DJ YANATAKE)そうそう。すっごい面白い。これ読んで。

(渡辺志保)私もリック・ロスが水に浸かっているイラストと、あとドレイクがろくろを回しているっていう(笑)。目をつぶってろくろを回しているっていう(笑)。いや、すごい味のある……。

(DJ YANATAKE)でも、絵とかもキャッチーで、普通に手に取りやすいし読みやすい本になっているんで。ヒップホップ、俺、詳しいぜ! 超自信ある!っていう人も絶対に知らないから。マジで、これ本当に読んだ方がいいなと思いますけども。ヤナタケはですね、本当にもう、選びたい曲だらけなんですが、あえてこの曲を紹介したいと。ウータン・クラン。これをなんで俺が選んだか?っていうと、1993年のウータン・クラン『C.R.E.A.M.』っていう曲です。僕ね、93年からレコード屋さんで働き始めたんですよ。

(渡辺志保)おおー。なるほど。93年。

(DJ YANATAKE)なんで、この背景とかすっごい覚えているし、思い入れもある曲だったんですけど。そもそもウータン・クランが最初に出てきた時って、『Protect Ya Neck』っていう曲が一応デビューシングル……まあ、厳密にはインディー版がその後、あることがわかったんですけど。Loudレーベルっていう、当時モブ・ディープとかいろいろと……

(渡辺志保)本当ですね。あのヘッドホンのロゴのね。

(DJ YANATAKE)そうそう。イケイケのね。もう、デフ・ジャムとかはいまのみんな、わかるのかな? それと肩を並べるぐらい本当に人気があったレーベルから『Protect Ya Neck』っていう曲が出たんだけど、白いジャケにウータン・クランのマークが書いてあって、なんかいなたい字で書いてあるだけなのよ。で、全然売れなかったし、誰も注目していなかったの。最初は、本当に。

(渡辺志保)あ、そうなんだ。「暗い」っていう感じなんですかね? あれを当時聞くと。

(DJ YANATAKE)そうだね。すっごい暗かったね。ぶっちゃけ。暗かったし、当時はこの本にも書いてあるんですけど、やっぱりGファンク全盛の波がある中で、あの暗いサウンドのモソモソした……。

(渡辺志保)ドクター・ドレーの『The Chronic』とかを聞いていると、たしかに。

(DJ YANATAKE)そうそう。その感じだったので。あと、インターネットがまずなかったということを大前提にしていただきたいんですけども。

(小林雅明)そうだそうだ(笑)。

(DJ YANATAKE)だから情報が届くのがどうしても遅い。でも、どうやら……これはよくする話ですけども。『MTV Raps』とかみんな見たいじゃないですか。それを、VHSでアメリカに行ったやつが誰か録ってきて、それのコピーのコピーのコピーぐらいのを、ガッサガサの映像を見てはじめて、僕たちはミュージックビデオというものを見れたりとか。ラジオも録音してもらったテープをダビングしてダビングして……もう「ダビング」っていう感覚ももはやみんなわからないかもしれないけど。

(渡辺志保)ダビングね(笑)。

(DJ YANATAKE)で、どうやら、『Method Man』っていう曲が流行っているらしいよと。「M-E-T-H-O-D Man!」っていうのがあって。それは『Protect Ya Neck』っていう曲のカップリング曲なんですよ。デビューシングルのB面。で、カップリングからヒットしているし、ジャケが地味だし。その情報が届くのは日本は結構時間がかかったと思うんですよ。

(渡辺志保)そうだったんですね! そうなんだ。じゃあ、ウータンって輸入されたと同時に火が付いたとかじゃないんですね?

(DJ YANATAKE)全然。全然。アメリカでも恐らくそうだと思う。徐々に徐々にだと思う。全然最初はやっぱりお金もかかっていないビデオとかだし。でもやっぱり、さっきのR&Bの話に通じるかもしれないけど。メソッドマンが最後後半のところですごい歌うところとかあって。「I got……♪」って。いまだにあれ、元2NE1のCLちゃんがサンプリングしたりしているけど。ああいうところがすごいキャッチーだったのかな? で、どうやら流行っているらしいみたいなところでみんなが気がつきはじめてからは、俺が働いた7年半ぐらい。ずーっと売れ続けたね。

(小林雅明)ああ、そうなんですか。すごい。

(渡辺志保)ずーっと。そうなんだ。私も持っているもんな。

(DJ YANATAKE)そうそう。で、セカンドシングルが『C.R.E.A.M.』だったんですけど。で、サードシングルが『Wu-Tang Clan Ain’t Nuthin’ Ta Fuck Wit』っていう曲なんですけど。この『C.R.E.A.M.』が出た時も、「この”C.R.E.A.M.”っていう意味はなんぞや?」って。まあ、書いてあったけどね。で、イマドキの子たちもこれは知っているのかな? 『C.R.E.A.M.』の「.」は省略の意味なので、「Cash Rules Everything Around Me」。まあ、DAIGO的なやつですね。DAIGOさん、よくやるじゃないですか。

(渡辺志保)イニシャルだけでしゃべるみたいな。

(DJ YANATAKE)なんかさ、「そういう言葉遊び、あるんだ!」みたいな。それまでもあったのかもしれないけどね。すごいそれが言葉遊びとして衝撃だったし。いまだになんかね、結構アパレルの人とかも洋服とかにこの「C.R.E.A.M.」を使ったりしているのをよく見かけますので。なんか、すごいそういうのが面白かったし、さらにこの『ラップ・イヤー・ブック』を読むとウータン・クランの背景もいっぱい書いてあって。ウータンを結成した時にリーダーのRZAがウータン・クランはまず5ヶ年計画っていうのがあって、5年で○○を成し遂げるってちゃんとスケジュールを組んだ下でLoudレーベルと契約したとか。知らねー、その話! みたいな。

(渡辺志保)うんうん。

(DJ YANATAKE)で、ちゃんと契約する時にそれぞれソロラッパーはいろんな、どこのレーベルと契約をしてもいいという。ウータン・クランとしてはLoudと契約するけどっていうので、そのグループからメソッドマンはデフ・ジャムからデビューしたり。ゴーストフェイス・キラーはエピックとサインしたりとか。レイクウォンはLoudから出したりとかありましたけど。なんかちゃんとそういうのも見据えて実はやっていたプロジェクトなのかなっていうのとか。

(渡辺志保)ああー、熱い。仲間!

(DJ YANATAKE)なんかアングラなやつらがポッと出で売れたんじゃなくて。

(渡辺志保)スタッテン・アイランドから出てきてね。

(DJ YANATAKE)みたいな裏話とかをこの『ラップ・イヤー・ブック』を読むとすっごい書いてあるので、僕も本当に勉強になって面白かったです。

(渡辺志保)はい。わかりました。じゃあ1993年のヒップホップシーンを代表するこの1曲。セレクテッド・バイ・ヤナタケということで聞いていただきましょう。ウータン・クランで『C.R.E.A.M.』。

Wu-Tang Clan『C.R.E.A.M.』

(渡辺志保)はい。お届けしましたのは1993年の最重要ヒップホップチューン。ウータン・クランで『C.R.E.A.M.』。このフックは口ずさんでしまいますよね。

(DJ YANATAKE)そうそう。で、これ曲をちゃんと聞いてればわかるんだけど、改めて書いてあると「はっ!」って思うけど。この曲、ODB(オール・ダーティ・バスタード)はラップしてなかったりとかね。なんか、改めて気づかされることがこの『ラップ・イヤー・ブック』を読んでいるとすごいたくさんあるんですよね。

(小林雅明)そうですよね。

(渡辺志保)だっていま普段暮らしていて、いまさらこの『C.R.E.A.M.』について深くディグったりとか、『Paid In Full』についてもう一度復習してみようっていうことはない。こういう本がないとないですもんね。マジで。

(DJ YANATAKE)ねえ。なんでこれ、本当に面白いのでおすすめします!

(渡辺志保)ありがとうございます。

(中略)

(渡辺志保)じゃあ、またズズッとコマを進めていきます。1993年の代表曲、いまヤナタケさんからレコメンしていただいたんですが、私はググッと現代に針を飛ばしまして、2007年のこちらの楽曲を紹介したいと思います。(イントロが流れる)。あっ、泣いちゃう! 目から汁が! UGK feat. アウトキャスト『Int’l Players Anthem』! 素晴らしい!

(DJ YANATAKE)好きだね、これね!(笑)。

(渡辺志保)いや、本当ね、自分の結婚式でかけたかったけどかけたかったので、いまここで。『INSIDE OUT』でかけたいと思うんですけども。さっきもちょっと話した通り、この『ラップ・イヤー・ブック』の素晴らしいところが、西海岸と東海岸だけではない。エミネムのデトロイトだけではないところにもばっちりフォーカスされておりまして。たとえば、2007年はこのUGKの曲を取り上げているんですけども。ちょっとさかのぼって2006年にはリック・ロスの『Hustlin’』とか。

(渡辺志保)で、もうちょい針を戻して2004年にはですね、テキサス州ヒューストンを代表するマイク・ジョーンズ feat. スリム・サグ&ポール・ウォールの『Still Tippin’』をね、選んでくださっているんですね。

(DJ YANATAKE)うれしそう(笑)。

(渡辺志保)で、この本にも書いてあるんですけど、やっぱりヒップホップのゲームが動く中心地っていうのはさっきのエリックB&ラキム然り、ウータン・クラン然り、やっぱり序盤はなんと言ってもニューヨーク。で、その後に西海岸でギャングスタ・ラップが流行ってきて……というのが定説で。で、そっからNasがいて、ジェイ・Zがいてって。もう西と東だけで終わっちゃうことが多いんですけど、この『ラップ・イヤー・ブック』はちゃんとメンフィスとかヒューストンとかそっちの方にも目を向けてくれておりまして。この『Int’l Players Anthem』の項に関しても、この楽曲だけではなくてそのサウスのシーンがどうやって発展していったか?っていうところまで触れてくれているんですよね。

なので、サウスっていうのはちょっと見捨てられたような地であって。なんだけど、サウスのラッパーたちはその分ローカルでの活動をめちゃめちゃ濃くやっていて。で、自分たちの車のトラックにCDとかカセットテープを積んで、それでツアーを回りながら。それでどんどんどんどん名を上げていったんだとか。で、スリー・6・マフィア、アウトキャスト、マスター・Pのノーリミット・レーベル。そしてキャッシュ・マネー・ファミリーとかね。そういった名前が出てくるというところもありまして。だんだんだんだん2003年、2004年ぐらいからサウスのシーンも頭角を現しているんですけども。この『ラップ・イヤー・ブック』を見れば彼らがどうしてこのサウスがメインストリームになり得たのか? というところまでわかると思うので。ぜひぜひ聞いていただきたいと思うし。

で、このUGKについて書いている2007年の項に関しては、メインストリームのビルボードのチャートでヒットを飛ばしたヒップホップアルバムっていうところにもちょっと触れていまして。そういうところにスポットが当たるとどうしても名前が出てくるのはアウトキャストんですけども。アウトキャストはサウスのラッパーの中でもいち早くメインストリームヒットっていうのを出したヒップホップアーティストでもあるんですよね。で、私最近グラミー賞関連の原稿を書くこともあっていろいろと調べていたんですけど、いままでグラミー賞、58年の歴史があって。最優秀ベストアルバム賞に輝いたヒップホップのアルバムって1枚だけなんですよ。それって何か?っていうと、アウトキャストの『Speakerboxxx: Love Below』なんですね。なので、アウトキャストって本当にそういう意味でもすごくリマーカブルなサウスのアクトなんですが。そういったことに関しても触れているというところで。

で、この『Int’l Players Anthem』に関しても、テキサスを代表するベテランのUGKとアトランタのアウトキャストががっつり手を組んだということで、すっごいドラマチック。で、曲のテーマは「ヤリチンがいよいよ結婚をする」という、それだけのテーマなんですけども。それがまた、各ラッパーの視点で描かれるんですよ。

(DJ YANATAKE)(笑)

(渡辺志保)で、PVも結婚式をテーマにしたPVなんですけど。で、いちばん最初にアンドレが「俺、いま元カノ、昔ヤッた女にメールしてるんだけど。俺、やっと運命の女の人を見つけたから」っていう、そのアンドレのラインで始まるので。

(小林雅明)そうですね。それでこの章の終わりの方に『Int’l Players Quiz』っていうのがあって。それで一問目が「ビッグ・ボーイは昔の彼女にテキストメッセージを打ったか? ○か、×かで答えよ」っていう感じで。

(渡辺志保)そうですね。なのでこれは「×」。ビッグ・ボーイじゃなくてアンドレ3000が元カノにメッセージを送ったと。こういう本当にね、もうね、毒にも薬にも何もならないクイズとかコラムなんかが満載なので、ぜひぜひチェックしてほしい。

(小林雅明)でもこれは曲を聞いていたりとか、曲に馴染みがあれば、「ああ、そういうことをやってここでは面白がったらいいんだな」っていうのも気づきますからね。

(渡辺志保)そうなんですよ。さっきも私も「イラストも素晴らしい」って言っているんですけども。これも、白いミンクのコートをまとったピンプ・Cがデーン! と鎮座しているイラストなんかも非常にたまりませんので。ぜひぜひこちら、聞いていただきたいと思います。では、私が選びました2007年のヒップホップシーンを代表する1曲。UGK feat. アウトキャストで『Int’l Players Anthem』。

UGK『Int’l Players Anthem (I Choose You) ft. OutKast』

(渡辺志保)はい。いまお届けしましたのは2007年のヒップホップシーンを代表する1曲。『Int’l Players Anthem』 By UGK feat. アウトキャスト! 素晴らしい! 私が先ほど話に出しました白ミンクに身を包むピンプ・Cさまのイラストをディスクユニオンさんオフィシャルアカウントでつぶやいてくださっています。どうもありがとうございます

(渡辺志保)というわけで、いま計4曲、駆け足ですけどもお届けしまして。こうしてみると、本当にヒップホップって常に進化しているんだなっていう。すごい素人くさい感想だけども、思っちゃいますねー。でも、雅明先生も1冊、ご自身でまとめてみられて、どうでしたか?

(小林雅明)もちろん、いまヤナタケさんが話していたように発見とか、あと改めて確認っていうのはありましたよ。この人の文章の書き方とかは、一応これ最後に使った文献とかを書いているんです。列挙されてはいるんですけど、あんまり堅苦しい書き方ではないんで。本当にこれ、事実なのか?っていう書き口なので。なんですけど、一応事実なんですよね。

(渡辺志保)すごいですね。ちゃんと本当、言われてみればインデックスを。

(小林雅明)一応裏は取っているんです。

(渡辺志保)素晴らしい。そうなんですね。結構Twitterでも「これ、俺も買いたい」みたいなツイートをたくさんいただいておりまして。でも本当ね、眺めているだけでも飽きないし。言っちゃなんだけど、オタクによるオタクのためのヒップホップガイドっていう感じがするので、よりナードにヒップホップを攻めたいなと思っているようなリスナーの方にもおすすめだし。でも、逆を言うとイラストとかね、オールカラーで書かれていますので。ライトリスナーの方にももちろんおすすめなので。彼女にヒップホップを教えてあげたいな、みたいなそういうヤングな若者男子がいれば、そういった使い方も有効かなと思います。

(小林雅明)そうですね。あと、別に頭から読まなくても。パッと開いたところから読んでもわかるようになっている本なので。文章の構成とか本の構成がそういう風になっているので。さっき言ったみたいな、○○のチャート……たとえば、この『Big Pimpin’』のところでは、これミュージックビデオは豪華客船みたいなのが出てきますから。

(渡辺志保)そうですね。バブリーな。

(小林雅明)そこでここでは「船の印象が薄いラップビデオをいくつか……」とかっていうのが。だから、全然関係ないんですけど、でも真面目に。

(渡辺志保)そうね(笑)。そういうナンセンスさがヒップホップの面白いところでもありますから。

(小林雅明)ヒップホップはそのナンセンスなところも大事ということを重々承知した上での文章になっているので。その感覚も見誤ったらいけないっていうことですね。

(渡辺志保)本当ですね。いや、おっしゃる通りだと思います。なにかこの『ラップ・イヤー・ブック』に関して告知などはありますか?

(小林雅明)それでいま、「俺も買いたい」といううれしいツイートとかありましたけども。おかげさまでこれ、いまだいたい最初に刷ったものが売り切れ寸前という感じで。これがエクスクルーシブ告知ですけども、2月8日にこの二刷りが出てきますので。そうすると、いまAmazonとかは在庫がなくて、ディスクユニオンからちょぼちょぼと供給しているみたいなんですけど、それがもう終わりということで。2月8日からは普通に書店にまた、新たに並びますということで。

(渡辺志保)わかりました。じゃあ、なかなかネットでも店舗でも見つからないよっていう方は、もうそろそろ、2日後ぐらいにはもっと手に入るようになると。かしこまりました。ありがとうございます。

(小林雅明)よろしくお願いします。


ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲

(DJ YANATAKE)あともう1個、この本に関してエクスクルーシブ告知をしますと、まだ正式な日程は決まっていないんですけども、おそらく3月初旬に小林雅明先生と渡辺志保と、そしてヤナタケとコラボレーションさせていただきまして。この『ラップ・イヤー・ブック』の発売記念イベントを下北沢の本屋さんの方でやる予定になっております。なので、今日興味を持った人とかはぜひ、そのイベントにも駆けつけていただければさらに、今日話せなかったこととか。

(渡辺志保)そうですね。

(小林雅明)そこでは、いまの予定では、この本は2014年までなんですけども、2015、2016、そしてもしかして17の3月までっていうのを勝手にやりたいっていう。

(渡辺志保)まあまあ、もう候補はありますよ。私の中では。

(小林雅明)楽しみにしています(笑)。

(DJ YANATAKE)みたいなイベントをやりますので。決まったらすぐに、Twitterもそうですし、この番組の方でも告知させていただきますので。みなさん、よろしくお願いします。

(渡辺志保)よろしくお願いします。というわけで、今日は『ラップ・イヤー・ブック』を携えて、小林雅明さんをお招きしました。ありがとうございました!

(DJ YANATAKE)ありがとうございました!

(小林雅明)こちらこそ、どうもありがとうございました。

(DJ YANATAKE)また、いろいろと。ちょいちょいスタジオにぜひ、いらしてください。

(小林雅明)はいはい。

(渡辺志保)ありがとうございました!

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました