町山智浩 映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を語る

町山智浩 映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でケイシー・アフレック主演の映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を紹介していました。

(赤江珠緒)さあ、そして今日、ご紹介いただく映画は?

(町山智浩)今日紹介するのは、たぶんアカデミー賞の主演男優賞はこの人だろうと言われている映画で、『マンチェスター・バイ・ザ・シー(Manchester By The Sea)』というタイトルの映画を紹介します。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)『マンチェスター・バイ・ザ・シー』っていうのはね、ボストンのすぐ近くにあるちっちゃな漁港の町なんですよ。そこが舞台の非常に地味な、静かな、小津安二郎のようなアメリカ映画なんですよ。

(赤江珠緒)珍しいですね。アメリカ映画で、そんな。

(町山智浩)そう。しんみりするような内容なんですけども。これ、主人公はリー・チャンドラーという男で、ケイシー・アフレックという……ベン・アフレックっていう役者がいますよね。バットマンとかを最近やっている。その、弟なんですけども。

(赤江珠緒)ああ、弟さんも俳優なんだ。

ケイシー・アフレック主演

(町山智浩)はい。で、40ぐらいの男で、ボストンでジャニターというんですけど、アパートの管理人として働いているんですね。管理人っていうか、アパートで起こる水漏れであるとかそういったトラブルを全部解決する便利屋さんみたいな感じなんですよ。で、ただ黙々とそこで働いているんですけど、そのマンチェスター・バイ・ザ・シーで蟹の漁船をやっているお兄さんが心臓麻痺で亡くなって、彼の生まれ故郷であるマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻るとそのお兄さんには高校生の息子がいて、身寄りがなくなっちゃったんでその息子を引き取らなければならなくなるという。

(赤江珠緒)ふーん。

(町山智浩)ただ、この主人公のリー・チャンドラーはそれができない理由があるんですね。で、彼は黙々と働いているんですけど、友達も誰もいなくて。独り者で、しかも全くしゃべらなくて。もう人とのコミュニケーションを全く断っている男なんですよ。で、どうして彼がそんなことになってしまったのか? 一種、鬱病みたいな感じになっちゃっているんですけど、その理由が映画を見ていくとだんだんだんだんわかっていくという、非常に説明のしにくい……(笑)。

(山里亮太)ああ、ネタバレが(笑)。

(町山智浩)そう。その彼がどうして人間を遠ざけて1人きりになっちゃっているのか?っていうことが説明しないとこの映画の面白さがわからないんですが、それが最大の衝撃で。その理由が映画の中で明らかになった時に、観客席から「ウワーッ!」って声が出たんですよ。

(赤江珠緒)ええっ、そんなに?

(町山智浩)そうなんですよ。だから言えないという、本当に困った……(笑)。

(赤江・山里)(笑)

(町山智浩)すっごい困っちゃうんですけども。

(赤江珠緒)でも、その理由を聞いたらば納得する。彼がそんなに人嫌いになるのもやむを得ないっていう感じの?

(町山智浩)やむを得ない。まあ、想像しうる限りいちばん辛い経験を彼はしているんですよ。

(山里亮太)それがわかってくるのにはどういう見せ方でわからせてくるのか? とか……

(町山智浩)そうなんですよ。そういう映画なんですけど、これ、面白いのはその主人公のリー・チャンドラーはものすごい罪を背負ってしまったんですよ。ここまでは言えると思うんですけど、もう本当に死んで地獄に行っても贖えないような罪なんですよ。彼が背負ってしまったのは。しかも、本人はそんなに悪くないんですよ。悪くないんだけど、悪いんですよ。

(山里亮太)えっ?

(赤江珠緒)なんだろう?

(町山智浩)そういう……まあ、説明しにくいんですが。彼を許すことはできないんですが、責めることもできないっていうような罪を背負ってしまったんですね。それで彼は心を閉じてしまったんですけども。それをなんとか、その罪を贖おうとする男の話なんですね。で、これをケイシー・アフレックにやらせるっていうのはすごく面白いんですよ。この人は、ベン・アフレックの弟ということ以外になにも売りがなくて。

(山里亮太)「いたんだ?」みたいな。

(町山智浩)「いたんだ?」みたいな影の薄い男だったんですけども。彼は映画監督をやるんですね。で、2010年、6年ぐらい前に1本の映画を撮るんですよ。それが『容疑者、ホアキン・フェニックス』という映画だったんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)これ、ホアキン・フェニックスって俳優がいるんですよ。リバー・フェニックスっていう美少年がいたじゃないですか。彼の弟で、ホアキン・フェニックス。

(赤江珠緒)ああ、彼にも弟がいたんですね。

『容疑者、ホアキン・フェニックス』

(町山智浩)そう。で、リバー・フェニックスはものすごい美少年だったんですけど、ホアキンはそんなに美青年じゃないんですね。ただ、演技派なんですけど、その彼が突然、「俳優をやめる」って言い出して。「ラッパーになる! わだばラッパーになる!」って言ってですね、仕事を全部キャンセルしてラッパーになろうとするんですけど、そのラップが下手くそで、みんなから石とかぶつけられてですね。で、どんどん行き場がなくなって麻薬に溺れてボロボロになっていく姿を記録したドキュメンタリー映画なんですよ。

(山里亮太)えっ、ドキュメンタリー?

(町山智浩)そう。それが『容疑者、ホアキン・フェニックス』という話で。たとえば、テレビの『笑っていいとも!』みたいなトークショーに出るじゃないですか。そうするともう、ボーッとしていてちゃんと答えられないんですね。ホアキン・フェニックスが。で、もう明らかにおかしいのをテレビで放送しちゃう。「完全にこの人、薬物かなにかでおかしいんじゃないか?」って視聴者がテレビ局にバーッて電話するっていう状況が起こっちゃったんですよ。

(赤江珠緒)はー。

(町山智浩)で、友達をどんどん切っていって。友達が心配して家に遊びに来ると、「うわーっ!」って暴れて追い返したリとか。まあ、すごいんですよ。で、そういうドキュメンタリーをケイシー・アフレックが監督として撮ったんですね。ところが、それ、全部冗談だったんですよ。

(赤江珠緒)えっ? 全部、嘘?

(町山智浩)冗談。1年ぐらいかけてホアキン・フェニックスが俳優をやめてボロボロになっていくっていう芝居をケイシー・アフレックとホアキン・フェニックスが2人だけで相談して演じたんですよ。全部。

(赤江珠緒)はー! なんと、でも……

(山里亮太)タチが悪い!

(町山智浩)すげータチが悪いんですよ。

(赤江珠緒)でも、演技はすごかったっていうことですよね?

(町山智浩)すごかったんですよ。でも、本当にもうアメリカでは「ホアキン・フェニックスは終わってしまったのか? 俳優として崩壊したのか?」っていう感じで。で、友達とかも「本当に心配だ」とかコメントを出したり。ファンとかも「どうしたの!?」みたいな感じになっちゃったのに、「全部ジョークでした。イタズラでした。ウッソでーす♪」ってやっちゃったんですよ。それが、このドキュメンタリーなんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)で、ケイシー・アフレックとホアキンは受けると思ったんですよ。まったく受けないで、みんな怒ったんですね。「騙しやがって! 本気で心配したのに!」みたいな。

(赤江珠緒)なんていう結末(笑)。

(町山智浩)そう。でも本当に友達とかめちゃくちゃ心配したり。それを全部冗談でしたって、それは許されないだろ!っていう。

(赤江珠緒)壮大なドッキリを……みたいな感じだったけれども。

(町山智浩)そう。壮大なドッキリだったんですよ。「チャンチャン♪」でみんなが「あはははっ!」って笑うと思ったんでしょうけど、そんな状況じゃなかったんですよ。で、そのトークショーの司会者も本当に怒って。「私の番組を利用したんだな!」って本当に怒って。「賠償しろ!」みたいな世界にまで発展しちゃったんですよ。で、みんなから嫌われて。しかも、その『容疑者、ホアキン・フェニックス』はコケちゃったんですよ。みんな怒って、見に行かなかったんです。

(赤江珠緒)ああー!

(町山智浩)ジョークとしても笑えないと。だってこれ、ホアキン・フェニックスって、お兄さんのリバー・フェニックスがドラッグで死んでいるんですよ。シャレにならないんですよ。

(赤江珠緒)そっか!

(町山智浩)「兄貴と同じ道をたどるんじゃないか?」と。トラウマでね。みんな思って本気で心配したんですよ。世界中の人が。そしたら、「えへへ、うそ~♪」っつったっから、「テメー、ぶん殴るぞ!」みたいな世界になっちゃったんですよ(笑)。

(山里亮太)それで、干されちゃったんだ。

(町山智浩)そう。で、それで、ホアキン・フェニックスはすぐその後に同じようにみんなに迷惑をかけるどうしようもない男を『ザ・マスター』っていう映画で演じて、それが非常に評価されて彼はすぐ復帰したんですよ。ところが、ケイシー・アフレックの方は復帰できなかったんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)「ふざけたやつだ」みたいなことで。それから6年ぐらい、あんまり仕事がなくて。

(赤江珠緒)めっちゃくちゃ反感を買っちゃったんですね。

(町山智浩)めちゃくちゃ反感を買ったんです。やっぱり本気で信じた人は怒ったですよね。ところがですね、それを助けたのはマット・デイモンなんですよ。

(赤江珠緒)マット・デイモン!?

(町山智浩)この『マンチェスター・バイ・ザ・シー』っていう映画はもともとはマット・デイモン主演映画として企画されていたんですよ。で、さっき言ったみたいに1人の男が罪を背負って、もう本当にその中で苦しむのと、罪を背負う前に楽しかった頃。彼が本当に幸せで、奥さんがいて、子供がいて。それで、仕事もうまくいっていて、ラブラブで。みんな友達もいて楽しかった頃が、行ったり来たりして描かれているんですよ。前に『ブルーバレンタイン』っていう映画があって、結婚に至るまでのラブラブの夫婦と、冷めてしまってもう冷たくなっちゃった夫婦とを行ったり来たりさせるっていうのをやったじゃないですか。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)あれと同じで、これ1人の主演俳優が本当に楽しかった、明るかった頃と、完全に心が死んでしまった頃を交互に演じるという非常に高度な演技力が要求されるので、「これはアカデミー賞ものだろう」って脚本の段階で言われていたんですよ。で、マット・デイモンが出るということになって。マット・デイモンは俳優としては最近は万里の長城を白人が守るっていうデタラメな『グレート・ウォール』っていう映画に出たり、金儲け映画ばっかりに出てますけども。この人(笑)。よっぽど金がほしいんだろうなと思いますけども(笑)。

(赤江・山里)(笑)

(町山智浩)ちょっと演技派としての演技をちゃんとやろうということで、この映画に出る予定だったんですけども。これをね、そのケイシー・アフレックに譲ったんですよ。

(赤江珠緒)譲るとか、あるんですね。

(町山智浩)これね、ベン・アフレックがマット・デイモンの子供の頃からの親友なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、本当に友達で。ただ、ケイシー・アフレックがちょっとキャリア的に苦しんでいるから、彼にチャンスをあげたんですよね。それで見事な演技で。要するに、浮かれてチャラチャラしていたんですよ。調子に乗って。俺も人のことを言えないですけども(笑)。

(赤江珠緒)(笑)

(町山智浩)したら、バーン!って頭から叩かれて。で、もう大変な失敗をしてしまった男がそこから立ち上がろうとする話をケイシー・アフレックが演じて。まあ、いろんなものが絡み合って。それで、奥さん役を演じるのはミシェル・ウィリアムズっていう人で、この人は旦那さんがヒース・レジャーで、バットマンの『ダークナイト』でジョーカー役を演じて、一種役に飲み込まれて死んでしまったんですね。

(赤江珠緒)ああーっ!

(町山智浩)そういう非常に傷を背負った人たちが演じているドラマで。本当に、まあ涙がボロボロでしたね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、いまかかっている曲があるんですよ。これは非常に有名な……これ、聞いたことがあると思うんですけども。これね、『アルビノーニのアダージョ』という曲なんですよね。これが主人公の罪を背負う場面で8分、フルでかかるんですよ。すっごい衝撃でしたね。

『アルビノーニのアダージョ』

(赤江珠緒)へー!

(山里亮太)なんなんだろう?

(町山智浩)言えないんですけどもね。この音楽もすごい不思議な曲で。これ、『アルビノーニのアダージョ』っていうのは……素晴らしい曲なんですけども。

(赤江珠緒)物悲しいですね。聞いたことあるでしょう? この曲、聞いたことあるよ。

(町山智浩)この曲ね、いろいろと使われていて。テレビドラマの『相棒』とかでも使われていますね。これね、アルビノーニというバロック作曲家が作った曲として発表されたんですね。その人が残した楽譜から作られた曲だと。これは、レモ・ジャゾットというイタリアの音楽研究家、音楽評論家が「私が昔の作曲家の楽譜を見つけて再現したものです」と言って発表したんですけども……嘘だったんですね。

(赤江珠緒)えっ?

(町山智浩)これはクラシック史上最大のジョーク・イタズラと言われているんですけど。これ、レモ・ジャゾットという人がゼロから作曲した曲だったんですよ。

(赤江珠緒)なんで、またそんな嘘を?

(町山智浩)わからない(笑)。謎なんですよ。それを、アルビノーニというバロックの作曲家が作った曲だと称して、自分が作った曲を発表したんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)こんな素晴らしい曲なんだから、「俺が作った」って言えばいいのに、言わなかったんです。

(赤江珠緒)変な人ですな(笑)。

(山里亮太)変な人ばっかり出てきている。

(町山智浩)変な人ばっかりなんでね。本当に世の中ね、なにも信じられないっていう気がしますけども(笑)。でも、いまみんな、これは実は嘘の、偽曲みたいなことだっていうことを知っていても、曲自体が素晴らしいんで、みんなすごく愛している曲なんですよね。

(赤江珠緒)はー、そうですよね。いい曲ですよね。

(山里亮太)でも、ぴったりだね。ケイシー・アフレックにも。

(町山智浩)本当にこの曲がすごかったんですけどね。で、この映画はものすごい地味なんで、まだ日本公開が決まっていないんですけども。たぶんこれはアカデミー賞主演男優賞を行くだろうと。

(赤江珠緒)だから、マット・デイモンさんもよく譲って、そしてそれに応えましたよね。

(町山智浩)そう。やっぱり親友の弟なんで。親友の弟って、いるじゃないですか。一緒に遊びに行くといっつもついて来る。鼻水を垂らしながら、「おにーちゃーん!」って言いながらついて来る。たぶん、それだったんですよ。「お前、ついて来るな! これからエロ本読むんだから!」みたいな(笑)。

(赤江・山里)(笑)

(町山智浩)ねえ。勝手に想像してますけども(笑)。

(山里亮太)マット・デイモンがのびのびとエロ本を捜している頃からの(笑)。

(町山智浩)そう。秘密基地とかを作ると、このケイシー・アフレックがついて来るんですよ。「お兄ちゃん、なにしてんの?」って。そういう感じだったんで、エロ本を読ませてあげなかった罪を贖うために役を譲ったんだと思います。

(赤江珠緒)いやいや、もう完全に話ができましたけども(笑)。

(山里亮太)曲と合ってないですよ、エロ本とかって(笑)。

(町山智浩)はい(笑)。ということで、公開は未定です。

(赤江珠緒)今日はですね、町山さんにケイシー・アフレック主演の映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を紹介していただきました。ねえ。見たいですね。気になりますね、これはね。

(山里亮太)日本の人がすごい好きそうな話。

(町山智浩)そう思います。山田洋次監督とかで作ってもおかしくない映画でした。

(赤江珠緒)そうですか。再来週の13日、年末ジャンボたまむすびではこのコーナーで町山さんがずばり、アカデミー賞最有力と一押しの映画をご紹介いただくと?

(町山智浩)はい。『La La Land』という映画ですけども。まあ、クラシカルなミュージカルをハリウッドで再生させたんですけど。とにかく楽しくて明るくて、それでホロリとさせる。しんみり来るところもあるし、本当にロマンチックで、もう最高の映画でしたね。『La La Land』。

(赤江珠緒)はい。改めて『La La Land』をご紹介いただきます。それでは町山さん、今週もありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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