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松尾潔 カシーフ追悼特集

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松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中で、亡くなったカシーフを追悼。彼の手がけた名作の数々を紹介していました。



(松尾潔)今夜の『メロウな夜』は先週の番組ホームページの僕のコラム『メロウな徒然草』で予告しましたように、先ごろ……9月下旬に惜しくも、まだ50代という若さでなくなりました天才肌のプロデューサー、そしてすぐれたシンガーソングライター、カシーフ(Kashif)の追悼特集をお届けしたいと思います。カシーフ、この番組では何度も名前をあげています。80年代のスタープロデューサーですね。まあ、ニューヨークサウンドという言葉に大変な輝きがあった頃、そのシーンの中心にいた1人でございます。いま、みなさんがニューヨーク発信のR&Bサウンド……いまはR&B/ヒップホップというひとまとめにした言い方が多いですけども、そのサウンドクリエイターを話す時に「トラックメイカー」という言葉を使うことが多いかと思いますけども、トラックメイカーという言葉。これはそもそもバンド全盛時代のアレンジャーとはやっぱり似て非なる意味で、1人で全てのオケを作ることを司っている。もしくは全て、その人の手によって作られているっていうことを示す意味合いが多いですよね。

で、そういう「トラック」という概念をいまのような形で市民権を獲得する上でこの人の存在は不可欠だったなといまになって思います。カシーフ、1957年生まれ。56年生まれ説もありますけどね、僕の親しい、この番組でもおなじみの音楽評論家 吉岡正晴さん。彼に聞いたところ、カシーフ本人が57年生まれと断言していたそうなので、ということは今年58才ということですね。ニューヨークのハーレム出身でありまして、彼は孤児だったんですね。で、名前がマイク・ジョーンズ(Michael Jones)っていう名前だったんですけど、マイケル・ジョーンズという名前にさほど思い入れもなく改名します。で、改名した名前がカシーフですよね。サウンドでお分かりのように、イスラムの名前でありまして、彼の思想とか信条っていうのがソロでデビューした時にはすでに明確になっていたということなんですけども。

なんと言っても、このカシーフという人の名前が一般的な認知度を獲得したのは1985年のホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)のデビューアルバムでしたね。アメリカ盤では1曲目、2曲目……当時はLP時代ですからA面の1曲目、2曲目というまさにホイットニー・ヒューストン・プロジェクト。クライブ・デイビス(Clive Davis)というアメリカ音楽業界の大物が力を入れたアルバムのさらに冒頭の掴みを任せた男がこのカシーフだったというところが、当時の彼に寄せられる期待の大きさを示して余りあるのですが。その1曲目『You Give Good Love』。ここでオーセンティックな、いわゆるR&Bバラッドを司ったかと思えば……



その次の2曲目。『Thinking About You』。こちらでは当時の最もかっこいいリズム構築。それに乗って弾むようなホイットニー・ヒューストンの若さあふれるボーカル。そしてさらに、デュエットパートナーとしてもカシーフは、この曲でボーカルを披露しているという、もう本当に大車輪の活躍ぶりでありました。



以上をもってカシーフのことを語られることは、「ここまで」っていうのは多いんですよね。いろんな報道を見ていると、「本人もアーティストとして活躍したほか、ホイットニー・ヒューストンのプロデュースなどでも知られる……」というので。まあ、短い行数ですとこのぐらいになっちゃうのかもしれませんけども。ここで終わってしまうには、あまりにも惜しい名曲っていうのはたくさんございます。もうみなさん、お気づきでしょうけども、僕、この人に思い入れたっぷりなので。今日は厳選したカシーフ作品をお聞きいただきたいと思います。

ホイットニー・ヒューストンの『You Give Good Love』。この曲に惹かれたあなたにはこちらを……ということで、メルバ・ムーア(Melba Moore)の『Livin’ For Your Love』。そして、『Thinking About You』。あの曲のグルーヴィーな感じが好きなんだよねっていう方にはこちらを。カシーフとメリッサ・モーガン(Meli’sa Morgan)の『Love Changes』というデュエット。男女デュエットならこちらの方が聞き応えがあるんじゃないかな? なんて個人的には思ったりもしますね。では、2曲続けてお聞きいただきましょう。メルバ・ムーア『Livin’ For Your Love』、そしてカシーフ&メリッサ・モーガンで『Love Changes』。
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Melba Moore『Livin’ For Your Love』


Kashif & Meli’sa Morgan『Love Changes』



もう聞いているだけで80年代のニューヨークの夜景。まあ当時、僕ニューヨークの夜景を見ていないんですけども。まあ、そういうイメージを想起するのに十分なサウンド、そして歌声ですね。メルバ・ムーアの『Livin’ For Your Love』に続きましてはカシーフ自身によるメリッサ・モーガンとのデュエット『Love Changes』でした。この頃はカシーフだけがニューヨークのイメージを背負っているわけじゃなくて、ここではっきりと言うならば、カシーフ、フレディ・ジャクソン(Freddie Jackson)、ルーサー・ヴァンドロス(Luther Vandross)。この3人が80年代のいわゆるニューヨークの、当時日本で言うところのブラック・コンテンポラリーですよね。「ブラコン」なんて言いましたけども。ヒップホップの台頭以前のR&Bシーンのイメージを担ったという……まあ、言い切ってしまいましょう。

メルバ・ムーア。1983年の『Never Say Never』というアルバムの中の1曲だったんですけども。この『Livin’ For Your Love』、プロデュースを手がけていたのはカシーフ、そしてソングライティングをララ(Lala)という女性がやっておりました。で、このララが書いてカシーフがプロデュースをするというこの図式はもう一時期、間違いなく世界最強でありまして。ホイットニー・ヒューストンの『You Give Good Love』っていうのはまさにその汎用例だったんですよね。ララという女性シンガーソングライター。この人は歌も歌いますからね。大変、カシーフと同じように多芸な人なんですけども。このララの才能を世に広く知らしめるためにはカシーフのサウンドも必要だったと言えるんじゃないでしょうか。

カシーフ、自分で曲も書きます。この後もたくさんご紹介しますけども、それ以上にやっぱりサウンドクリエイターとして、当時の最新機材の使い方に長けていた。俗に言うDXサウンドなんて言ったりしますけどもね。その機材を。いわゆる「打ち込み」と我々がいま呼んでいるようなプログラミングされたサウンド。そこに血とか熱とか、そういったものを加えるのに長けていた。それまでどちらかと言うと無機的なイメージで語られることが多かったシンセサイザーに、アフリカン・アメリカン特有のリズムの熱ですとかね、そういったものを巧みにプログラミングして。「あっ、やっぱり使う人次第なんだな」ということを認識させてくれたという。これも大きな功績かと思います。

『Love Changes』というこのデュエットの方は熱いデュエットでしたけども。これもね、オリジナルではないんですよね。もともとはマザーズ・ファイネスト(Mother’s Finest)というファンクロックバンドの曲でございました。



ソングライターはスキップ・スカボロウ(Skip Scarborough)という人で。この番組で僕、何度も「大好きだ」って言っていますね。有名なところで言うと、アース・ウィンド・アンド・ファイアー(Earth,Wind and Fire)の『Can’t Hide Love』とかの作者でもありますけども。

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カシーフはね、このマザーズ・ファイネストの知る人ぞ知る名曲っていうのを前から目をつけていたらしくて。自分でこれを歌おうと。で、昔からの仲間でありますこのメリッサ・モーガンに、カシーフが運転する車の中でたまたま聞かせたらメリッサはこの曲を知らなくて。「あら、これいいわね」って。「だろ? 俺、歌おうと思ってるんだよ」「ええーっ、私も歌いたい!」「だったら、デュエットすればいいじゃない?」っていう。まあ、旧知の仲ですから。カシーフのツアーでコーラスもやっていたメリッサでもありますし。ということで、このデュエットが生まれたという、非常に人間的なコミュニケーションの中でこういうことができたんだなっていう。これ、吉岡さんに聞いた話なんですけども。

そしてそれがちゃんと、当時R&Bチャート最高二位まで行ってますから。本当ね、過去を懐かしむばかりで言っているわけじゃないですけど、いい時代ですよ。うん。ちなみにこの曲はそれからさらに20年近く経ってね、ジェイミー・フォックス(Jamie Foxx)とメアリー・J.ブライジ(Mary J.Blidge)が再カバーしておりますので。そちらの方で聞いたことがあるよという方もいらっしゃるかもしれませんが。いまのアフリカン・アメリカンのコミュニティーでこれだけの名曲認定をされているのはやっぱりカシーフの功績かと思います。



さあ、まずはカシーフの流麗なサウンドメイキングと歌い手としての魅力っていうのを端的にお伝えいたしました。じゃあ、さかのぼってこのカシーフっていうのはどんな人だったか?っていうと、いきなりポンと出てきたわけじゃなくて、先週の放送でもご紹介しましたBTエクスプレス(BT Express)の初期メンバーだったのがこのカシーフだったんですよね。その時には本当、さっきお話しましたマイケル・ジョーンズという名義だったんですが。本当まだね、10代の終わりごろにもうプロミュージシャンとしてBTエクスプレスで鍵盤を弾いていた。で、そんなに多くはないですけど、曲を書くこともあって。その中の1曲がいまバックでかかっている『Sunshine』という曲なんですが。



まあカシーフがその後、80年代に入りましてソロデビューするわけですよ。で、ソロデビューしたのは83年なんですが、彼が84年にサンディエゴで行ったライブっていうのが……これは商品化されてないんですけど。僕、アルバムで1曲持っているんですけど。その中のMCでカシーフがしきりに「昔の自分は本当に貧しかったんだけども、この1曲で自分の人生は変わった」って明言した曲がこれから聞いていただく曲です。1981年にリリースされましたアルバムのタイトルトラック。R&Bチャート、ダンスチャートでともに最高位一位をゲットしましたのは、女性シンガー、イブリン・キング(Evelyn King)で『I’m In Love』。

Evelyn King『I’m In Love』



お届けしましたんはカシーフの出世作となりました、イブリン・キングの1981年のヒット、『I’m In Love』でした。イブリン・キングとは大変相性がよくて、この後も数曲ヒットを残しております。中でも有名なのは『Love Come Down』。これこそカシーフの最高傑作と挙げる人が多い1曲でもございます。この後、また改めて聞いていただきたいと思いますけども。まずは自分の人生を変えたとカシーフ本人が言っているんですから、聞いていただきましたよ。『I’m In Love』。イブリン・キングにとってもこれは人生を変えたんですよね。イブリン・キングという人は天才少女シンガーとして70年代に世に出てきたんですけども。その頃はイブリン・シャンペーン・キング(Evelyn “Champagne” King)という風に名乗っておりました。

まあ、ガッと世に出て、『Shame』っていう曲なんかで有名になったんですね。いまでもディスコクラシックスの一曲として知られていますけども。



その後、しばらく停滞している時に、実年齢でも大人になってきたし、もう一山作りたいなっていう時に「シャンペーン」っていうミドルネームを外しまして、イブリン・キングという名前で再デビューとまでは言わないけれども、イメージのリセットのような形で世に時にカシーフが一役買ったということですね。ですが、いまでもこの曲を語る時に「イブリン・シャンペーン・キング」っていう人が多いのは、僕にとって非常に不満の残る話でございまして。イブリン・キングが決意のもとに「シャンペーン」って外したのに、いまだにシャンペーンって言われるっていうね。まあ、人気者の宿命ですけども。ちなみにイブリン・キング、来日公演を行いまして。その時ももちろんこの曲、見せ場になっていましたね。いろんな思い出話をしていました。そんなことが思い出されます。

さて、じゃあカシーフの名曲メドレーと参りたいと思います。いま、バックで流れていますのは、イブリン・キングの『I’m In Love』からそのまま続けてBGMとして聞いていただいておりますのはジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)の『R&B Junkie』っていう曲なんですけども。



これ、まさにイブリン・キングの『I’m In Love』をサンプリングした曲ですね。2004年『Damita Jo』っていうアルバムの中に収められていた曲なんですけども。あのジャネットが『R&B Junkie』というストレートなタイトルの曲を歌う時にバックにサンプリングした曲っていうのがこのカシーフサウンドっていうのは非常に興味深いですね。なぜなら、ジャネットとホイットニーっていうのはね、一時期もう誰もが認めるライバル同士だったわけですから。ライバルが世に出てくる時のサウンドプロデューサーだったカシーフのサウンドをジャネットが、それから20年近く経って自分の曲で取り上げたっていうのは、僕の中ではかなりいい話です。「R&Bイイ話」っていうことなんですけども。そんな逸話がたくさん生まれる現場。カシーフの名曲メドレーと参りましょう。曲名は後でご紹介しましょうか。10曲近くございます。入魂のメドレーでございます。では、聞いてください。カシーフ名曲メドレー。まずはハワード・ジョンソンのこちらでスタートです。

Howard Johnson『So Fine』



カシーフが制作に何らかの形で携わった曲を厳選して9曲、お聞きいただきました。カシーフ名曲メドレー。まずはハワード・ジョンソンの『So Fine』でスタートいたしました。続いて、パッション(Passion)で『Don’t Stop My Love』。

Passion『Don’t Stop My Love』



タバレス(Tavares)で『Loveline』。

Tavares『Loveline』



アベレージ・ホワイト・バンド(Average White Band)で『Easier Said Than Done』。

Average White Band『Easier Said Than Done』



ハイ・ファッション(High Fashion)で『I Want To Be Your Everything』。

High Fashion『I Want To Be Your Everything』



ジョージ・ベンソン(George Benson)で『Inside Love (So Personal)』。

George Benson『Inside Love (So Personal)』



ジョニー・ケンプ(Johnny Kemp)で『Just Another Lover』。

Johnny Kemp『Just Another Lover』



ステイシー・ラティソー(Stacy Lattisaw)で『Jump Into My Life』。

Stacy Lattisaw『Jump Into My Life』



そして再びイブリン・キングで『Love Come Down』でございました。

Evelyn “Champagne” King『Love Come Down』



これ全てね、フル尺でぜひ聞いてください。そんなに入手が難しいもの……あるかな? どうなんでしょう。でも、ほとんどはいま聞けるんじゃないでしょうかね。僕ね、この曲それぞれに思い入れがございます。たとえば、ハイ・ファッションというこの、いまサラッと言いました。「それ、グループ名?」って言われる方もいらっしゃるかもしれないけども。女性2人、男性1人の隠れたスーパーボーカルトリオなんですが。その女性2人っていうのがさっきお話しましたソロデビュー前のメリッサ・モーガンと、後にNHK紅白歌合戦で久保田利伸さんとデュエットを披露するアリソン・ウィルアムズ(Alyson Williams)だったという。もうびっくりするような。人生、どこで誰がつながっているかわからないという話なんですが。そんな人たちの背後にはいつもカシーフがいたということですね。

まあ、ジョージ・ベンソンの『Inside Love』なんていうのはね、当時目が覚めるようなサウンドだなと思いましたね。「名匠アリフ・マーディン(Arif Mardin)のプロデュース」っていう風に当時、最初は聞いていたんですけどもね。実際にアリフ自身に、そんなに手柄を独り占めするタイプの人じゃないんで。「ああ、あれは全部カシーフにやってもらったんだよ」みたいなことをあっさり認めていました。かっこいい~、アリフ・マーディン!っていう感じなんですが(笑)。さて、カシーフサウンドにどっぷりと浸っていただいてますか? いま、バックに流れておりますのは、我らがm-floでございます。『Mirrorball Satellite 2012』っていう初期のイカした曲がありますけども。



この曲でトラックの元になっていたのがまさにイブリン・キングの『Love Come Down』でしたね。ちなみにジャネット・ジャクソンよりもm-floの方がイブリン・キングをネタに使ったのは早かったっていうのは僕の中では痛快な話なんですが(笑)。m-floのTakuくんもこのあたり、大好きだったみたいですね。

さて、カシーフ。サウンドクリエイターとしての魅力をこうやって熱く語って参りましたけども、一音楽ファン、一音楽人としてはどんな音楽が好きだったんでしょうか? 僕はカシーフについぞ面会することがなかったので。逆に憧れの人っていう気持ちが強く残ってまして。これ、ねえ。ラジオをお聞きになっている方々でも見に覚えがある方、たくさんいらっしゃると思うんですけども。その人の音楽の軌跡をたどりながら、その人の音楽観とかを類推していくっていうのは、これはもう本当に音楽ファンの特権のような楽しみだと思うんですが。僕もカシーフのいろんなカバーバージョンを聞きながら――まあ、さっきの『Love Changes』なんかもそうですけども――カバーバージョンを聞きながら、「きっと子供の頃はこういうのが好きだったんだろうな」なんていうことをよく考えたりしたものです。

カシーフは89年にリリースした『Kashif』っていうアルバムがあるんですね。『Kashif』っていうアルバム、この人2枚出しているんでややこしいんですけども、2枚目の方の『Kashif』っていうアルバムでフォー・トップス(The Four Tops)の『Ain’t No Woman』をカバーしております。『Ain’t No Woman Like The One I Got』という有名曲のひとつなんですが。




「へー、カシーフがフォー・トップスか」なんてことを当時、ちょっと意外にも感じたんですね。というのは、さっきのメドレーでもかけましたジョニー・ケンプをカシーフがプロデュースした時に、もう本当にきらびやかなカシーフサウンドの中でジョニー・ケンプは輝いていたんですが。ジョニー・ケンプ、それはファーストアルバムの出来事ですが、その次のジョニー・ケンプの2枚目のアルバムでジョニー・ケンプは大飛躍を遂げるんですね。で、その飛躍のきっかけとなったのはなんと言っても『Just Got Paid』という若きサウンドクリエイター、テディ・ライリー(Teddy Riley)が手がけた曲。これが決定打になったわけです。



で、ジョニー・ケンプにとってもこれは代名詞的な1曲になりましたし、その後、80年代終わりから90年代前半にかけて世界中を席巻したと言っても過言ではありません。ニュー・ジャック・スウィング旋風のごくごく初期の名曲として知られる1曲なんですが。まあ、このあたり。本当、同じジョニー・ケンプっていうのは明確に対比できますから名前を挙げていますけども。カシーフがそれまで演出してきた景色っていうのが急に古いものになっちゃったんですね。急にモノクロームに染め上げられたような感じなんですよね。「モノクロームに染め上げられる」って変か。脱色されたような、そんなテディ・ライリーの活躍ぶりがありまして。急にカシーフっていうのは昔の人扱いされてしまうんです。

でも、考えてみてください。カシーフ、さっきお話しましたように57年生まれですからこの頃、まだ30代の頭ぐらいなんですよね。それで急に昔の人扱いされるっていうのは辛かっただろうなと思いますし、本人もその時にいろいろ見えた景色、見えなくなったもの、いろんなものがあるんじゃないかと思いますが、そんな時に、89年。もう結果としてはメジャーから最後のアルバムになったんですが。そこでフォー・トップスをカバーした。「あっ、彼もまたエンターテイメント色の強い、でも歌力も強い、そういったものが大好きだったんだな」と、至極当然の話なんですが、改めてそんなことをね。まあカシーフがヒットメイカー競争っていうところからちょっと一歩下りた時に取り上げたフォー・トップスでなんとなくカシーフの素が感じられるような気がした、そんな記憶がございます。

で、カシーフ実はそれより10年近く前。81年に、まだ自分がシンガーデビューする前にキーボーディストとして実はフォー・トップスのアルバムに参加しているんですね。これはあまり知られていないことじゃないかと思いますが。1981年のフォー・トップスのアルバム『Tonight!』……『When She Was My Girl』というヒットが出たことで有名なアルバムですが、その中に収められているフォー・トップスによる『All I Do』。そう。あのスティービー・ワンダー(Stevie Wonder)&タミー・テレル(Tammi Terrell)のバージョンでも有名ですけども、スティービー・ワンダーが書いた『All I Do』をフォー・トップスが取り上げた時に、目の覚めるようなシンセサイザーソロを披露していたのが当時まだ24才だったかな? レコーディングの時点では23才だったのかな? 若きカシーフでございます。ではそのシンセサイザーソロをじっくり聞いてください。フォー・トップス『All I Do』。

The Four Tops『All I Do』


Coming Of Age『Between The Sheets』



今夜は先ごろ亡くなりましたカシーフの追悼特集をお届けしております『松尾潔のメロウな夜』。2曲続けてお聞きいただきました。フォー・トップス『All I Do』。これは1981年の作品です。2コーラス目が終わって最初ちょっと細かく引っかけるようなリフを連発して、それが延々と反復されて最後大爆発するという、まあバンド流儀ですね。あくまでもバンドのライブ流儀のシンセサイザーソロを披露していたのが若きカシーフでございました。カシーフはこういう……まあ「すごい」とかっていう類ではなくて、やっぱり味のあるプレイでしたよね。上手いというよりも、なんて言うのかな? その音色、そのフレーズだけでいま聞いているっていう時間を豊かなものに感じさせてくれるような、そういう力を持ったミュージシャンでしたね。

続いて聞いていただきましたのはカミング・オブ・エイジ『Between The Sheets』。カミング・オブ・エイジっていうのは後にTQっていうソロシンガーを生み出すことになるボーカルグループですね。これは93年のデビューアルバム『Coming Of Age』の中からの1曲。もちろん、アイズレー・ブラザーズ(The Isley Brothers)のカバーなんですが。プロデュースを手がけていたのがカシーフ。そして共同プロデューサーとしてもう1人、チャーリー・シングルトン(Charlie Singleton)。そうですよ。キャメオ(Cameo)のチャーリー・シングルトンですよ。BTエクスプレスのカシーフとキャメオのチャーリー・シングルトンがアイズレー・ブラザーズの『Between The Sheets』を取り上げてカバーさせたんですよね。もういま、名前を言いながら、すんごく良質の酒を飲んだかのようにいま、精神的には酩酊状態です。

そんなカミング・オブ・エイジにはお便りもいただいてるんですよ。福島県にお住まいのおなじみバックスピンさん。この方はね、先月の終わり、このカシーフが亡くなったというニュースがネット上をバッと駆け巡った時にすぐにこの番組に、もう本当に深夜にお送りいただいたのを本当にうれしく感じます。この方は、「アリスタから89年に出された作品やその当時制作した他のアーティストへの楽曲は物足りなかった……」。まあ、それまでと比べてっていうことらしいですけどね。「……でも、(音楽誌)bmrでカミング・オブ・エイジのプロデュースをしていると知ると聞かずにはいられなかった……」というね。「……表立った活動は80年代でのれんを下ろしたが、他の曲を聞いてどう思うか? の基準に彼の曲はいつもある」と。つまり、このバックスピンさんのスタンダードであり続けたということなんでしょうね。

まあバックスピンさん、52才ですからね。僕とほぼ同世代。わかります。わかりますとも! もう本当にカシーフ……カシーフ、亡くなっちゃうか……ねえ。イブリン・キングのステージをね、さっきも話しましたけども見て、「カシーフサウンド、やっぱりいいな。なんでホイットニー、亡くなっちゃったんだろう」なんて思っていた時にね。もう、びっくりします。今年はプリンス(Prince)も亡くなりましたし……

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モーリス・ホワイト(Maurice White)も亡くなったけど、カシーフも亡くなったんだよな。うーん。個人的には永(六輔)さんと(大橋)巨泉さんが亡くなったのもたまらないですけどもね。

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本当、失う1年ですね。2016年。この番組、『松尾潔のメロウな夜』はみなさまからのご要望、ご感想をお待ちしております。

(中略)

さて、楽しい時間ほど早く過ぎてしまうもの。今週もそろそろお別れの時が迫ってきました。ということで今週のザ・ナイトキャップ(寝酒ソング)。今夜はさっきもお話しましたね。1984年のサンディエゴのライブ。アルバム化されなかったんですけども、1曲だけ、音盤化されております。それは日本だけでCDになっています。実は僕がメーカーにリクエストしてCD化してもらったものです。これを聞きながらの今日はお別れといたしましょう。カシーフ『Help Yourself To My Love (Live Version)』。

これからおやすみになるあなた。どうかメロウな夢を見てくださいね。まだまだお仕事が続くという方。この番組が応援しているのは、あなたです。次回は来週10月17日(月)夜11時にお会いしましょう。お相手は僕、松尾潔でした。それでは、おやすみなさい。

Kashif『Help Yourself To My Love[Live Version]』



<書き起こしおわり>

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