松尾潔 R&B定番曲解説 Bill Withers『Lovely Day』

松尾潔 R&B定番曲解説 Bill Withers『Lovely Day』 松尾潔のメロウな夜

松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、Bill Withers『Lovely Day』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。

(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選し、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明します。

第19回目となる今回は、シンガーソングライター、ビル・ウィザース(Bill Withers)が1977年に発表した名曲『Lovely Day』について探ってみます。『Lovely Day』、ファンがたくさんいますね。もっと言いますと、ビル・ウィザースのファンって本当に多いんですよね。ビル・ウィザースって、晩年の大瀧詠一さんみたいなもんで、その人の曲がいろんな人にカバーされて。もう世の中、みんながビル・ウィザースのことに向き続けているという状態が担保された中で、本人は新曲を出さないというね。

で、このずっと出さないことが彼の価値をまた高めてもいるという、なんて言うんでしょうね? 有り体に言うと、飢餓感を煽るというかね。ビル・ウィザースはそういうことを狙ってやっているわけじゃなくて、長年在籍していたコロンビア・レコード。そこと上手くいかなくなって。「もうレコードを出すということを自分はやりたくないんだ」ということを明確に言い切って。最後に出したのが85年ですかね。『Watching You, Watching Me』っていうアルバム。そこからもう30年以上出していないんですが、いまだにトリビュートコンサートでカーネギーホールがいっぱいになったりとか。

で、本人はまだ元気ですからね。で、彼の人生というか音楽キャリアをたどった映画ができたりして。メッセージは発信しているんですよね。ですが、新曲は出さない。出ない。本当にミュージックシーンが広いと言っても、あまり似た活動の人が思い浮かばない人ですし、音楽的にもそういうことが言えますよね。このビル・ウィザースっていうのは1938年生まれで、世の中に出て注目を浴びた時が70年代の頭で。すでにもう30才を越していたんですね。で、実質オリジナルアルバムを10枚も作らずに引退してしまったので、メジャーで活動したのは本当に15年ぐらいなんですが。

そして、それ以上。その倍以上の時間がそれから経っているんですが、いまだにその音楽が生き続けているという。まあ、そのビル・ウィザース、名曲は多いです。『Use Me』、『Lean On Me』、『Ain’t No Sunshine』。もういまパッと浮かぶ曲だけでたくさん……『Grandma’s Hands』。もういろいろあります。で、いろいろサンプリングもされていますけども、今日は『Lovely Day』をご紹介したいと思います。なぜなら、この季節にぴったりだから。アルバム『Menagerie』の中に収められていました。ビル・ウィザースで『Lovely Day』。

Bill Withers『Lovely Day』

S.O.U.L. S.Y.S.T.E.M. – It’s Gonna Be A Lovely Day

今夜のいまなら間に合うスタンダード。ビル・ウィザースの77年のヒット、『Lovely Day』を取り上げております。これは当時のR&Bチャートで最高位6位。ポップチャートでも30位ですか。ビル・ウィザースの代表的ヒットのひとつとなっております。ビル・ウィザースのオリジナルバージョンに続きまして、92年の世界的大ヒットサウンドトラックアルバム『The Bodyguard(ボディガード)』の中からソウル・システム(The S.O.U.L. S.Y.S.T.E.M.)の『It’s Gonna Be A Lovely Day』。ラップカバーをご紹介いたしました。

このソウル・システムという人たち、ずいぶん久しぶりに聞いたなという方も多いんじゃないでしょうかね。なにしろ、あのホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)とケビン・コスナー(Kevin Costner)主演の映画『ボディガード』のサントラに収められていた曲ですから、聞いている人の数はもう本当、とんでもない数になるんじゃないでしょうか。もしかしたら、ビル・ウィザースの『Lovely Day』よりもこのソウル・システムのバージョンの方が累計で売れている可能性は大ですよね。アルバムだけで言いますとね。ですが、このソウル・システムっていう人たちはほとんど知られていません。

この曲1曲ぐらいしか、ちゃんと出してないんですよね。と、言うのもこのソウル・システムっていうのはまあ企画ユニットのようなものでして。実態はC+Cミュージック・ファクトリー(C+C MUSIC FACTORY)です。90年代前半に飛ぶ鳥を落とす勢いでしたね。ロバート・クリビエス(Robert Clivilles)、そしてデビッド・コール(David Cole)というこの頭文字に「C」がついた2人のプロデューサーでC+Cミュージック・ファクトリーというね。あれ自体がユニットでしたけども、そこの派生ユニットですね。

で、一応メンバーとしては、男性2人、女性2人の4人組っていう体裁をとっていたんですけども。アルバムも予定して、ちゃんとそういう曲もいくつかは録音していたようなんですけどね。結局はこのサントラに収められた『It’s Gonna Be A Lovely Day』のみが彼らのレパートリーとしていま、我々に記憶されているというわけです。僕はこのソウル・システムという響きも大変好きでしてね。一時はこのソウル・システムというタイトルのラジオ番組をやっていたぐらいなんですけどもね。だいたい僕は「これはいい!」っていうのはね、あまり広く長くは伝わらないという(笑)。なにしろね、1曲で終わっちゃったんですけども。

まあ、話が脱線しましたけども、このビル・ウィザースの『Lovely Day』。実にいろんな形でカバーされております。今日、この曲をおかけする前にバックに流れていたのはロバート・グラスパー(Robert Glasper)のバージョンですね。

松浦弥太郎さんもお好きだというロバート・グラスパー・エクスペリメントの『Lovely Day』。まあ、いわゆるジャズというフィールドの人がカバーしたという例ですし。ソウル・システムの曲をいま聞くと、まあラップカバーというよりも、当時世界的にブームでしたグラウンド・ビートのハウスカバーと言って差し支えなかったかなという気がしますし。もちろん、ストレートにカバーする。たとえばジル・スコット(Jill Scott)とかそういう人たちもいますし。

この曲を元にして自分の内発的なメッセージをさらに織り込んでゴスペル仕立てにしたカーク・フランクリン(Kirk Franklin)みたいな人もいます。

まあ、実に調理しがいのある曲と言えますね。で、曲を作ったのはビル・ウィザース本人と、後はスキップ・スカボロウ(Skip Scarborough)っていう人ですね。もう『メロ夜』をずっと聞いている人は、「あっ、また松尾がスキップ・スカボロウの話をしている」っていう風にお気づきかもしれませんけどもね。アース・ウインド&ファイアー(Earth, Wind and Fire)の『Can’t Hide Love』などで知られる人ですね。

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マザーズ・ファイネスト(Mother’s Finest)『Love Changes』とか、もう実にうっとりするようなメロディーを書く人なんですが。このスキップ・スカボロウが書いた曲にビル・ウィザースが彼の哲学に基づいた詞を乗っけたという言い方が正しいのかもしれませんね。ビル・ウィザースという人は、これまた以前、『メロ夜』のゲストに久保田利伸さんがいらした時に『Just The Two Of Us』論っていうのを展開したんですが。

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その時に出てきましたが、「もしかしたらグローヴァー・ワシントン・ジュニア(Grover Washington Jr.) feat. ビル・ウィザースの『Just The Two Of Us』をビル・ウィザースの曲と思っている人も多いかもね」って言っていたぐらいで。あれなんですよ。シンガーソングライターと言いながらも、意外とというか、割と共作ですとか、共演で名を売った人でもあるんですよね。あとは、『Soul Shadows』っていう曲。これ、クルセイダーズ(The Crusaders)との共演でしたけども。自分名義のヒットも多いんですが、共演ですとか……今風に言うと、コラボレーションというのに長けた人だったんですね。

このビル・ウィザースという人の人となりについて語ると、結構それだけで2時間ぐらいの番組ができちゃうんじゃないかな?っていう人で。なにしろ、歌い始めたきっかけというのが吃音症を治すためだったという風に言われています。これはもう、幼少時の彼にとって大変に深刻な問題だったということは容易に想像できるんですが。で、そういうことであるとか、さっきもお話しましたように、30代になってからメジャーデビューしたとか。そういうことを考えるとね、彼の歌は、それがどんなにポップな歌であっても、そこになかなかに滋味深いものを感じるのはやっぱり理由があるんだなという気がしますね。

10代の時はアメリカの海軍にいたらしいですね。で、海軍にも10年近くいたらしいですよ。で、それからは自動車工場で働いていた時期もあって。要はね、60年代のアメリカの栄光であるとか経済発展とか。そういうのを一身に背負って。その中で、自己実現の難しさとか、そういうのでずっと葛藤があった人なんですよね。なかなかこう、「ややこしいぞ、私は」って言っているような人なんですが。80年代の半ばで作品作りをやめてしまったのは本当に惜しまれてなりませんね。ですが、その彼のグルーヴっていうのは不滅です。

R.ケリー(R.Kelly)も『Feelin’ Single』という曲でこの『Lovely Day』のグルーヴを思い入れたっぷりに引用していましたが。

今日はそれと同じ手法で作られた、これは僕はもうR.ケリー以上の成功例と言ってしまいたいぐらいなんですが。エル・ヴァーナー(Elle Varner)の『Runaway』という曲を聞いてみたいと思います。これはエル・ヴァーナーが2012年にリリースしたミックステープ『Conversational Lush』に収められていた曲です。エル・ヴァーナー『Runaway』。

Elle Varner『Runaway』

今夜のいまなら間に合うスタンダード。1977年発表のビル・ウィザースの『Lovely Day』をご紹介いたしました。最後に聞いていただきましたのはその曲のベースラインを巧みに引用、かつアレンジを加えまして、2010年代風としか言いようがない、かっこよく仕上げていました。エル・ヴァーナーで『Runaway』でした。

<書き起こしおわり>

松尾潔のメロウな夜『いまなら間に合うスタンダード』まとめ
松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲を紹介する名物コーナー『いまなら間に合うスタンダード』のまとめです。 Carole King『You’ve Got A Friend』 松尾潔と久保田利伸 R&B定番曲『Ju...
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