菊地成孔 震災から5年後の3月11日に『三月の水』を捧げる

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菊地成孔さんが2016年3月11日24時からのTBSラジオ『菊地成孔の粋な夜電波』の放送で、東日本大震災から5年たった夜にアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲『三月の水』を捧げていました。



(菊地成孔)わざわざラジオのマイクを使って言うのもためらわれるような質問ですが、今夜ばかりはこっそり、させてください。あなたは、5年前の今日から、この5年間で何を考え、何を感じ、何をしていましたか?5年という歳月は特に何も考えず、特に何も感じず、特に何もしなくてもたってしまう長さだとも言えるし、とんでもない重荷のように長く、辛い長さだとも言える。

ちょっと想像してみてください。5年後のことを。端的に言って、東京でのオリンピックはもう、終わっています。もっと違うものが終わっているかもしれない。もっと違うことが始まっているかもしれない。私は57才になる。あなたは、いくつになりますか?自分が楽しく生きているという予感は?自分がみじめに生きているという予感は?自分がそこそこ普通に生きているという予感は?自分がそもそも生きているという予感は?死んでいるという予感は?

お子さんがいらっしゃる方。1人だけで生きている方。5年前にあなたは、現在のあなたを想像できていましたか?10年前のあなたは、現在のあなたを想像できていましたか?20年前のあなたは、現在のあなたのことをそもそも、考えていたでしょうか?これは本当は、言ってはいけないことなんですが、あと数分もすると私はテレビジョンの受像機に映し出され、人間が行う行為の中でこれ以上くだらないことがあるのか?と思うほどの戯れ言を行いはじめます。

本当の本音を言えば、実は音楽があまり好きではない方もたくさんいらっしゃるでしょう。神の存在以前に、愛なんてこの世にないと信じている方だって。でも、いまラジオ局のブースの中にいる私も、テレビジョンの中に映っている私も、音楽がどれだけ豊かであるか。つまり、面白くて、深くて、くだらなくて、崇高で、軽くて、重くて。でも、あなたの人生を変えてしまうかもしれないということを、顔も見えないたくさんの人々に伝えています。私の人生と仕事は、ある時からずっと、それだけになりました。

音楽はどんな音楽であれ、それは耳をつんざくような電子音楽であろうと、聞いたこともない国の伝統民謡であろうと、悪魔崇拝のような服とメイクで血糊をしたたらせながら演奏されるグロテスクな音楽であろうと、基本的には人体。人の心も身体も癒やしてしまう力を持っています。わざわざヒーリングミュージックなどと言わなくても、全ての音楽には治癒効果があります。逆に言えば、音楽は治癒効果から逃げられないとも言える。

それは、音楽というものが第一には現在、たったいま、あなたが聞いているということ。そして、過去からあなたに向けて鳴らされているということ。さらには、未来からあなたに鳴らされているということ。つまり、三方向の時間がひとつになる。だからです。思い出したくない人には、辛い記憶からの開放を。思い出したい人には、あらゆる甘苦いノスタルジーを。忘れてしまっていた人には、みずみずしい記憶の蘇生を。音楽は、過去と現在と未来に関する、あなたが望むものを全て叶える力を持っています。

わざわざラジオのマイクを使って言うのもためらわれるような質問ですが、今宵ばかりはこっそりさせてください。あなたは、5年前の今日からこの5年間で、何を考え、何を感じ、何をしていましたか?私の5年間は、私の務めである音楽を作り、演奏すること。そして、この番組を毎週欠かすことなく続けるということでした。今日、お聞きいただく曲は1曲だけです。最初のシーズンの最終回の最後に流した曲です。

ある曲に心を奪われてしまい、むさぼるように何十回と聞いたことが、あなたにもあるでしょう。それによって胸焼けがしてしまい、一時その曲が聞きたくもなくなってしまったことが、あなたにもあるでしょう。そして、さらに何年かして、改めて聞いてみたらやっぱり素晴らしかったと思ったことも、あなたにはあるはずです。いろいろな全てを、そういう風に生きていくことは、恥ずべきことではない。

眠くなった方は、どうかそのままお休みください。寝ている間も、この曲は流れ続けてあなたの夢の中に入り込み、音楽の効用を発揮し続けるでしょう。泣きたくなった方は、遠慮せずにお好きなだけ泣いてください。そんな予感がする方は、いまのうちに水分の補給をお忘れなく。人間が感情によって流す水分は涙だけではない。それらは全て、解毒作用の産物です。『同じ曲ばかりじゃないか』と言ってイライラしたり、嫌がらせをしたくなった人は、ちょっとだけ我慢してみてください。もしそれで、だんだん気持ちがよくなってきたら、それは現代人が忘れている喜びをあなたが久しぶりに経験したということです。

お仕事中に流しっぱなしにすることも、コーヒーや紅茶を入れてゆっくり飲みながら、何かを忘れたり思い出したりすることも。愛する人がいなければ、1人だけで。愛する人がいたら、その人と一緒に。歌詞を読み終えたら、番組の最後まで私は現れません。この歌詞は、この曲の作曲家がポルトガル語と英語の両方で書いたものです。ポルトガル語の方は、ブラジルの原住民であるインディオの言い伝えを。英語の方は、ネイティブアメリカンの言い伝えを元にして。つまり、両者の細部は微妙に異なっています。英語の方の翻訳を読みます。

カルロス・ジョビンがこの曲を作った時、40年以上もたった後に、地球の裏側の国で『三月の水』が清められなければならなくなってしまうこと。そして、それはやがてかならず清められることを具体的に知っていたはずはありません。音楽というのはそうやって生まれ、そうやって聞かれ、そうやって3つの時間。過去と現在と未来という区分けを消してしまう。最後まで聞かなくてもいい。最後まで聞いてもいい。わざわざマイクを使って言うのもためらわれるような質問ですが、今夜ばかりはこっそりさせてください。あなたは、5年前の今日からこの5年間で、何を考え、何を感じ、何をしていましたか?

『三月の水』歌詞朗読

三月の水
枝 石ころ 行き止まり 切り株の腰掛け
少しだけ ひとりぼっち ガラスの破片
これは人生 これは太陽
これは夜 これは死 これは銃
この足 地面 この身と骨
道路の響き スリングショットストーン
魚 閃光 銀色の輝き
争い 賭け 弓の射程
風の森 廊下の足音
擦り傷 コブ なんでもない
槍 釘 先端 爪
ポタリ ポタリ
この物語の終わり
トラックが運んでくるいっぱいのレンガ
柔らかな朝日の中
銃声 丑三つ時
1マイル やるべきこと
前身 衝突 女の子 韻
風邪 おたふく風邪
家の予定 ベッドの中の身体
立ち往生した車
ぬかるみ ぬかるみ
そして川岸が語る 三月の水

人生の約束 心の喜び
浮遊 漂流 飛行 翼
鷹 鵜 春の約束
泉の源 最終行き
落胆したあなたの顔
喪失 発見
蛇 枝 あいつ あの男
あなたの手の中の棘
そして、つま先の傷
川岸が語る 三月の水

それは人生の約束
それはあなたの心の喜び
一点 一粒 蜂 一口
またたき ハゲタカ
突如の闇
ピン 針 一撃 痛み
カタツムリ なぞなぞ
狩りバチ 染み
枝 石ころ 最後の荷物
切り株の腰掛け
一本道
そして川岸が語る 三月の水

絶望の終わり 心の喜び
心の喜び 心の喜び
この足 地面
枝 石ころ
これは予感 これは希望

Nataly Dawn & Carlos Cabrera『三月の水』


Anya Marina『三月の水』


Tok Tok Tok『三月の水』


Getz Gilberto『三月の水』


Trio Esperanca『三月の水』


Lottchen『三月の水』


Holly Colle『三月の水』


Art Garfunkel『三月の水』


Cassandra Willson『三月の水』


Soledad Gimenez『三月の水』


Tom Jobim&Elis Regina『三月の水』


Antonio Carlos Jobim『三月の水』



(菊地成孔)というわけで、本日の『菊地成孔の粋な夜電波』。アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲『三月の水』をノンストップでお送りさせていただきました。これらはこの曲のほんの一部。今日は世界の歴史のほんの一瞬。そこにあなたが歌う、あなたの鼻歌が加われば更に1曲、永遠が足されることになります。あなたは、5年前の今日からこの5年間で、何を考え、何を感じ、何をしていましたか?こんな質問をする事は、二度とないでしょう。ありがとうございました。また来週。お相手は菊地成孔でした。

<書き起こしおわり>

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