西寺郷太と宇多丸 『プリンス論』を語る

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NONA REEVES西寺郷太さんがTBSラジオ『ウィークエンドシャッフル』に出演。著書『プリンス論』の内容について触れながら、宇多丸さんとプリンスの偉大な足跡について話していました。



(宇多丸)・・・とかもしつつ、さらに本もドサドサ出すという。

(西寺郷太)毎月1冊、出しているというね。

(宇多丸)何事なんですか?おかしいでしょ?それ。

(西寺郷太)『Jポップ界の池上彰』を呼ばれております(笑)。

(宇多丸)(笑)。本当ですね。たしかに、わかりやすい解説っていう意味でも池上さんっぽいかもしれないですけどね。『ウィー・アー・ザ・ワールドの呪い』がついに!あれも活字になって。

(西寺郷太)あれも『(小島慶子)キラ☆キラ』の時に初めて言って。あれも発売1週間で重版かかりまして。今回の『プリンス論』も1週間で2刷、決定いたしました。

(宇多丸)おめでとうございます!(拍手)。

(西寺郷太)ありがとうございます。

(宇多丸)ということで、その『ウィー・アー・ザ・ワールドの呪い』とかはね、ある意味ラジオでやったことのおさらい的なのもあったと思うんですけど。プリンスはさ、ちょっと山がさ、デカいじゃないですか。それこそ作品量とかで言ったらさ、アホか!?ってことじゃないですか。

プリンスの膨大な作品量

(西寺郷太)そうなんです。毎年1枚はアルバムをかならず出して。1978年から活動されてますし。その上で、1枚ってたとえばアナログで言うと5枚組とか。3枚組とか。2枚組とかも普通の人なんで。

(宇多丸)多いんですよねー!

(西寺郷太)多いんですよ。それと、未発表曲もたくさんあるし。ライブもさんざんやってるしっていう。もうその、マイケル・ジャクソンで言うと亡くなるまでにだいたいソロアルバム、自分で仕切ったのは6.5枚なんですよ。『Off The Wall』『Thriller』『Bad』『Dangerous』。それから『Invincible』っていう。まあ『HIStory』の2枚目。あと、『Blood on the Dance Floor』を0.5と数える。6.5なんですけど。プリンスは、それだけを入れてもまあ34、5枚。

(宇多丸)(笑)

(西寺郷太)それは2枚組を勘定してないんで。2枚組をそういう風に考えると、もう50枚ぐらい出してる。それだけじゃないですからね。シーラ・E(Sheila E.)から何から。バングルス(The Bangles)から、シンニード・オコナー(Sinead O’Connor)から、まあ、カヴァーされたのもあるし。

(宇多丸)で、いまなおかつ、現在進行形でさ、作品が増えちゃっている人じゃないですか。

(西寺郷太)そうなんです。今度また、10月9日に『Hitnrun Phase One』というアルバムを彼がリリースしまして。NPGレコードから。



(宇多丸)端的に言うと、迷惑っていうやつですよね。これね。

(西寺郷太)いや、本当に(笑)。僕、これライナーノーツ。僕がオフィシャルライナーノーツを今回も前回も書いているんですけど。ともかくね、働きすぎなんですよ。

(宇多丸)で、なおかつね、その仕事量と、もちろん作品のクオリティーも相まってですよ、世界中に、もうたぶん音楽シーンの中でたぶんフランク・ザッパかプリンスか。とにかくうるさ型のファンが。

(西寺郷太)そうなんです!もう、本当に。

(宇多丸)1ミリの間違いも許さない。

(西寺郷太)許さない。本当にそうなんですよ。だから最初に金さんという新潮社の、樋口毅宏さんの『タモリ論』なんかもやられた方ですけど。僕もいろいろ昔から、水道橋博士を中心としたグループの中でお会いしてて。で、『郷太さんに書いてほしい本があります』って言われて、『何かな?』と思って呼びだされて。『ノーアイデアで来てください』って行ったら、このプリンス論っていう表紙をプリントアウトして。

(宇多丸)いきなりこのいまの商品状態みたいな。イメージしやすいようにというか。

(西寺郷太)そうです。帯はなかったですけど、形で渡された時に、『いや、もう大変ですよ!』と。もう1個の間違いを鬼の首をとったかのように言う人が世界中にいるし。日本にも、少なくとも1万人ぐらいいるから。で、実際に書いた人、いなかったんです。日本人で。

(宇多丸)これやっぱり、なぜいままでいなかったんですか?プリンスは。その、やっぱり大変だから?

(西寺郷太)うーん。まあ、これを書いている間にもどんどん新しい動きをプリンスがするので。ついて行けないっていうのもあると思うし。あと、やっぱり今回重版になってすごくうれしいんですけど。やっぱりこう、確実に売れるっていう風に思われてなかったんじゃないですかね?労力の割に。

(宇多丸)ああー、なるほどね。プリンスという人の、名前はもちろんビッグネームですけど。

(西寺郷太)だから、ビートルズとかボブ・ディランとか、もうええわ!っていうぐらい出てるんですよ。正直。で、マイケルもそんなに出てなかったんですけど、亡くなってバコーン!って。いろいろな形は出たんですけど。

(宇多丸)あのさ、現在進行形でワーカホリックな人ほど、存命中はちょっとさ、軽く見られがち問題ってあったりしますよね。

存命中の多作家が軽く見られがち問題

(西寺郷太)そうなんですよ。元ロッキング・オンで働かれていて僕、いますごいいちばん信頼している音楽評論家の宇野惟政さんが『寡作家大好き』って言ってたんですよ。だからディアンジェロみたいな(笑)。

(宇多丸)うんうん(笑)。やっぱ、論じやすいしね。

(西寺郷太)たまにしか出さなくて、悩んでいる人の方がライターとしては書きやすいらしいんですよ。もう、ライターが書いている間に新しいのを出しちゃうし。まあ、昔のポール・マッカートニーとかもそうですけど。もうなんか、軽く作ってるんじゃねーか、こいつは?って思われがちっていうか、実際にそういうところもあるんでしょうけど。

(宇多丸)うんうんうん。

(西寺郷太)ともかく、やっぱりプリンスっていう人については論じられてなかったのと、あと、僕らの世代というかアラフォーだと、『こいつ、気持ち悪いな』っていうか。なんか、ヘソ毛が見えているとか。

(宇多丸)はいはい。これ、今回の『プリンス論』で西寺くんのプリンスの入り口として、やっぱり最初に思ったのは『めっちゃ気持ち悪い』(笑)。

(西寺郷太)そうそう(笑)。マイケル・ジャクソンとかワム!とかカルチャークラブを見ている間に、プリンスの映像が入ると、なんか楽しみにしてたショートケーキの上にミョウガがかかっている感じっていう(笑)。納豆かミョウガがかかって、なんか嫌だなって最初は思ったんですけど。ただ、そういう『気持ち悪いな、プリンス』って思ってくれている世代っていうのは僕にとってはありがたいんです。

(宇多丸)まだ引っかかってるんだよね。

(西寺郷太)あの人、気持ち悪かったとか。たとえば背も157、8センチで小さいっていうのとかを・・・

(宇多丸)まあ『Purple Rain』世代。いま、かかってますけども・・・

(西寺郷太)そうなんですよ。知ってる世代が少なくなったなっていうのも、まあ今回書いた理由ですね。これ、ちょっとちゃんと伝えておかないと・・・

(宇多丸)『最初は気持ち悪がられていた』とか(笑)。

(西寺郷太)そうそうそう。その気持ち悪がられて上等だったとか。いま、『プリンスってどういう人ですか?バンドですか?』っていう意見も実際、あったぐらいなんで。

(宇多丸)おおー!そうかそうか。

(西寺郷太)なので僕は、ゴッホとかシェイクスピアとかミケランジェロとかモーツァルトとか。もちろん。マイケル・ジャクソンとかプリンスっていう人は、百年、二百年先にも『こういうすげえ人がいた』っていう風に残る人だと思っているんです。で、残念ながらマイケルっていう人は亡くなってしまった。しかし、プリンスはまだ生きている。だからピカソとかが生きているのと同じですね。新作がいま、自分らも、まあ今回もEDMみたいなのを取り入れて、文句言われてるんですよ。コアなファンから。

(宇多丸)うんうんうん。

(西寺郷太)だけども年齢だけ考えたら、山口百恵さんとか森昌子さんのあの中3トリオの。桜田淳子さんと同い年なんですよね。同じ学年なんですよ。学校行ってたら。それで、そんな人がじゃあEDM取り入れたって批判されていること自体が貪欲だなっていうか。楽しんでるんですよ。本人、めっちゃ。

(宇多丸)なるほど。うんうんうん。プリンス、また音楽性もさ、語りづらさの一片じゃないですか?

(西寺郷太)そうですね。

(宇多丸)要は、ロック的であり、もちろんブラックミュージック、ファンクミュージックの伝統でもあり。もう括りきれないから。その全てを音楽的に書き手がカバーしてなきゃいけないし。

(西寺郷太)そうです。

(宇多丸)そして常に、その音楽的フェイズの変化も理解してなきゃ行けないし。

(西寺郷太)これはね、僕ね、今日いろいろ語りながら、紐解いていくというか。宇多丸さんと話しているだけでも面白いんですけど、プリンスという人について。『プリンス論』という本について話していきたいなと思っています。

(宇多丸)わかりました。ちなみにですね、今回、特集のタイトルにですよ、『宇多丸よ!』シリーズ。これ、『宇多丸よ!』シリーズってことはあれですからね。『お前は何もわかってねえな、バカヤロー!』っていう、そういうスタンスのあれですよ?

(西寺郷太)はい。

(宇多丸)『はい』って言ってますけど。『君はいま、プリンスってるのかい?』。この『プリンスる』『プリンスってる』?動詞としての『プリンス』?

(西寺郷太)でも、宇多丸さん、もうすでにプリンスってますからね。

(宇多丸)なに?僕、プリンスってるの?

(西寺郷太)だからそれをわかってないでしょ?プリンスってること自体を、この人はわかってないなと思って、指摘しに来ました。

(宇多丸)ああー。そうなんですか。『バカだ!』と(笑)。珍しく、西寺くんからそういう・・・

(西寺郷太)攻撃的な(笑)。

(宇多丸)『プリンスる』とはどういうことですか?これ。

(西寺郷太)いや、『プリンスる』っていうのは、ともかくちょっと後で説明していいですか?

(宇多丸)ああ、わかりました。ともかく俺自身がプリンスってるんだ。現状は。

(西寺郷太)相当プリンスってるんですよ。今回のアルバムなんか僕、大好きですよ。『Bitter, Sweet & Beautiful』。あれなんてほとんど『Bitter, Sweet & プリンスる』ですからね。



(宇多丸)あ、本当ですか?

(西寺郷太)本当です。僕はそう思います。

(宇多丸)バラのジャケがキモいからとか。ちょっとプリンス・・・

(西寺郷太)あれ、『Purple Rain』から取ってるでしょ?バラのジャケ。

Purple Rain (1984 Film)
(宇多丸)んなことはない(笑)。

(西寺郷太)バラのジャケですもん。プリンスの。

(宇多丸)ああー、そうですか。

(西寺郷太)まあ、いいんですけど。

(宇多丸)わかりました。後ほど、それは聞くのね。

(西寺郷太)はい。そこからこの曲。聞いてほしいんですけど。一曲。

(宇多丸)なんですか?曲は。

(西寺郷太)はい。『Purple Rain』に入っています、プリンス。僕が知った曲ですね。『When Doves Cry』。

Prince and the revolution『When doves cry』



(西寺郷太)この『When Doves Cry』。

(宇多丸)大ヒット曲ですけどね。

(西寺郷太)なんか、宇多丸さんも『すげーファンキーだな』っておっしゃってましたけど。

(宇多丸)そうなんです。ファンクを感じます。

(西寺郷太)間があるって言いますか。

(宇多丸)そうですね。引き算がありますね。

(西寺郷太)はい。本にも書いたんですけど、この『When Doves Cry』はベースがないんですね。ベースサウンド。低音という。たとえば、『♪♪♪♪(『Billie Jean』のイントロ)』。マイケル・ジャクソンだったら『♪♪♪♪(『Smooth Criminal』のイントロ)』とか、あるんですけど。

(宇多丸)通常、ダンスミュージックっていうのはベースがね、そのグルーヴを牽引していくものっていう。

(西寺郷太)っていう思い込みがあったのを、パコッと抜いちゃったっていうところが・・・

(宇多丸)これ、もともとは『プリンス論』で初めて知ったんですけど、入ってたんですよね?ギリギリまで。

(西寺郷太)入ってたんですよ。それを『無くそう』って言って。無くした上で、こんな割とベースがないっていうヘンテコなと言いますか。ファンクの王道から外れた曲が1984年のビルボード年間チャート1位になるっていう。84年ってもう、すごいヒット曲だらけなのに、1位になっちゃう。でも、それがなにかプリンスの天才で異才っていうか。

(宇多丸)あと、アメリカ音楽シーンの俺がいちばんうらやましく思うところっていうか。いちばんアヴァンギャルドなものがいちばんヒットしちゃったりするっていう。すげーかっこいい!と思うところなんですよね。

(西寺郷太)だからさっきね、僕、この『Bitter, Sweet & Beautiful』を聞いた時に、まあ為末さんがおっしゃった、『日本人がヒップホップできるのか?』みたいなことに対するアンチテーゼっていうか。そうじゃないだろ?っていうところが結構起爆剤になっていたりもするように思えたんですけど。

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(宇多丸)ええ、ええ。

(西寺郷太)このプリンスっていうのも、これもおかしな話なんですよ。でも、『黒人がロックをするって何事だ?』っていう時代だったんですよ。

(宇多丸)出自を考えたらお笑い種の議論ですよね。

(西寺郷太)お笑い種なんですけど。だけど、やっぱり結局、プリンスの生まれたミネアポリスっていうのは白人中心の街だったりしたので。

(宇多丸)圧倒的にね。書いてあるね。

(西寺郷太)ともかく、プリンスっていう人を紐解いていくと、いろんなことにつながっていくかな?という曲ですね。

(宇多丸)ということでございます。ちょっと先ほどいい忘れましたけど。僕、『プリンス論』。この本を拝読して、僕自身がぜんぜんやっぱり把握しきれてなかったプリンスを把握できたので。すごく勉強になりました。ちょっと、そのあたりもですね、伺っていきたいと思います。CMのあとにプリンス講座、本編開幕です!

(CM明け)

(宇多丸)この時間は『宇多丸よ!君はいま、プリンスってるのかい?天才アーティストプリンスに学ぶ音楽業界サバイバル講座』をお送りしております。ゲストは日本人で初めてプリンスについてまとめた新書『プリンス論』を発売したばかりのNONA REEVES西寺郷太さんです。

(西寺郷太)よろしくお願いします。

(宇多丸)お願いします。

(西寺郷太)あのさっき、『気持ち悪いってわかってもらえてたら、それは話のきっかけになるからいいな』っていう、そのプリンスっていう天才がいて。楽器を全て世界超一流にできるんですね。ドラムもベースもギターもキーボードも。で、最初のデビューの時から、本当に何もない、ただの小さな楽器ができるっていう1人の男だったんですけど。それも田舎ですよね。どちらかと言うとニューヨークとかロスとかでもない。

(宇多丸)うん。

白人が人口97%をしめる街 ミネアポリス出身

(西寺郷太)人口の97%が白人だった街、ミネアポリス。もうど真ん中の、寒いところです。そこで生まれたある男が、地元の広告代理店とかちょっと兄貴分みたいな人にがんばってもらって。弁護士とかに。『第二のスティービー・ワンダーだ』って言われて。で、ワーナー・ブラザーズと、自分でセルフプロデュース権の保証をもらい、多額の契約金をもらって、自分1人で作ったアルバム『For You』を出したのが19才の時なんです。



(宇多丸)19ですよ、あのアルバム!

(西寺郷太)そうなんですよ。もう、『なんでお前がそんな偉そうなのかわからない』っていうぐらい偉そうな契約なんですよ。

(宇多丸)(笑)

(西寺郷太)18の時に契約してるってことなんで、19の終わりらへんまで、1年間近くレコーディングしてるんですよ。

(宇多丸)しかも、すごいそうですね。自由を与えられてっていうかね。

(西寺郷太)そうなんです。いや、いまだから『そりゃプリンスは天才だろ?』ってなりますけど。普通だったら、そこに師匠というか。マイケルにもクインシー(・ジョーンズ)がいたり。なんかその、もともとモータウンにマイケル・ジャクソンは同い年ですけど入ってますから。

(宇多丸)たとえば、リック・ジェイムスプロデュースの新人!とか、そういう売り出し方をしてもおかしくない。

(西寺郷太)その当時だったらそれでもおかしくないのに、なぜか、最初からめっちゃ偉そうなんですよ。この人。

(宇多丸)うんうんうん。

(西寺郷太)ほんで、まあいまも『若者よ!レコード会社と契約するな!』とかって言うんですよ。で、一時はワーナーの、自分と契約して、レコード会社にペイズリー・パークっていうレーベルまで作ってもらって。で、副社長にまで90年代になるのに、なんか途中でめっちゃ金もらっておいて、『やっぱ、俺はお前らの奴隷だ!』みたいになって。ほっぺたに『SLAVE』って書いて・・・


(宇多丸)なんかグレてた時期、ありますね。

(西寺郷太)そう。名前も変えるみたいな。『僕は死にました』って言って。で、『プリンスとして契約したから、死んだのでその契約はありません』とか言って。で、『インディーズで作ります』って。NPG(New Power Generation)っていう自分のレーベル作ったりして。いや、お前、そんなお金もらっている奴隷、いいひんぞ?って思うぐらい(笑)。

(宇多丸)勝手だなー!

(西寺郷太)勝手だなって。『死にました』って、名前も読み方、ないんですよ。マークで。『友達とでも呼んでくれ』っつって(笑)。人名だから、写植とかの時代で、みんなどうしようもなくて作って。僕ね、実は『プリンス論』出て、今回の新潮新書。うれしかったのが、そのマークがちゃんと本として入っているっていう。


(宇多丸)ああー。

(西寺郷太)その本の中に印刷されているっていう。

(宇多丸)ちょっと説明しづらいですけどね。ちょっと、オスメスマークのちょっと変形みたいな。

(西寺郷太)マークと音符と合体したようなマークですけど。それもうれしかったですけど。そんなね、めちゃくちゃなことを言ってるんですけど。で、いま『若者よ!契約するな!』って言いながら、『プリンスだからそんなの、言えますよ』って思うんですけど。

(宇多丸)『いま、その地位にいるから言えるんでしょ?』って思うけど・・・

(西寺郷太)思うけど。でも、最初から、なぜかめっちゃ偉そうなんですよ。この、最初から偉そうなことの始まりはこのデビューの時に限らず・・・プリンスってかわいそうなんですよ。お父さん、ピアニストで。ホテルでピアノを弾いているようなピアニストだったんですね。だからジャズマンなんですけど。

(宇多丸)芽は出ず・・・

(西寺郷太)お金持ちがお酒とかを飲んでいるところで、ポロポロとヒット曲を何気に弾いている黒人ピアニストみたいなお父さんだったんです。で、ほとんどそこにいるお客さんは97%白人の街ですから白人ですよ。それで、お父さんはそれだけで食べられず、昼間は働いていたんです。普通に。で、それだけじゃなくてお父さんは最初の奥さんに4人、子供がいたんですけど。まあ、ジャズの演奏をしている時にマッティ・デラ・ショウっていう22才の女の子を歌手として呼んだら、それに手をつけてしもうて。

(宇多丸)ああ、ああ。

(西寺郷太)で、まあ懇ろな仲になり。すったもんだの末、前の奥さんと別れますって言うて。生まれたのがプリンスなんです。

(宇多丸)ああ、なるほど。ちょっと複雑な。

(西寺郷太)そうなんです。なのに、そのお父さんは、その間も元の奥さんと懇ろやってて。本当にほとんど同い年の子供が元の奥さんのもとにも生まれちゃうんです。デュアンっていう。デュエインっていう発音もあるんですけど。で、このプリンスとデュエインが同じ学校に行くっていう。

(宇多丸)おお、おお。

(西寺郷太)ほんで、このデュエインは背も高いし、バスケめっちゃ上手いんですよ。スポーツ万能なんですよ。で、プリンスはちっちゃくて。だから、異母兄弟と一緒に、狭い街なんで。一緒に学校行って。

(宇多丸)しかも、黒人で目立つでしょうからね。

(西寺郷太)目立つし。ほんで、プリンスは身長157センチで。ほいであの、バスケ部も補欠だったんです。俊敏だったんですけど、補欠だったんです。

(宇多丸)うんうんうん。じゃあ、相当コンプレックスをね、感じてた。

(西寺郷太)なんでやねん?って。で、その後、お母さん。マッティ・デラ・ショウ。シンガーのお母さんもお父さんに『女ったらし!』言うて別れたんですよ。もう、関西弁じゃないですけど。

(宇多丸)出ました!

(西寺郷太)『この女ったらしが!』言うて別れまして。ほんで、それでプリンス、また別のお父さん。だから義理のお父さんができてしまうんですね。再婚するんですよ。お母さんが。キレイな人だったんですけど。ほんで、プリンスはその義理のお父さんとぜんぜん仲良くなくて。ほんでもう喧嘩しまして。『出て行く!』言いまして。で、出て行ったのが、バーナーデッド・アンダーソンのおばさんの家だったんです。で、そこにアンドレ・シモンっていう、後に一緒にバンドをやるベーシストですけど。そこに居候をするんです。

(宇多丸)はい。

(西寺郷太)もう自分の家にもお父さんもいないし、お母さんも新しいお父さんといて。行くところがないからってアンドレ・シモンの家に行ったのに、まあその、すごい世話になっているわけですよ。それなのに、このアンドレ・シモンの部屋が汚いという理由で。プリンスはめっちゃキレイ好きなんで。『お前、この真ん中から・・・』。アンドレ・シモンに対してですよ。元の家主の子供に線を引いて『こっから入ってくんな。お前といたら部屋が汚れるから。俺のスペースは俺がきれいにするから、こっから入ってくんな』っていうことを要求。

(宇多丸)それ、アンドレ・シモンからすればさ、『俺んちなんだけど?』っていう(笑)。

(西寺郷太)(笑)。そうなんですよ。それをね、お母さんにも『実は・・・』って。まあ、その地下室があって、演奏できたんです。そこで、ドラムとかギターとか。そこでプリンスとアンドレは一緒になって、代わる代わるいろんな楽器をやって楽器ができるようになるんですけど。お母さんに『ちょっともうアンドレの部屋、汚すぎて。ええとこないですか?』って。プリンス交渉して。『じゃああなた、この部屋をあげるわ』って地下室のもうひとつの部屋をもらったんですよ。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)なんで?

(宇多丸)(笑)。なんで?

(西寺郷太)なんで、最初からそんな偉そうなん?

(宇多丸)(爆笑)

(西寺郷太)『お前、ただの居候やろ?』って思うじゃないですか。

(宇多丸)これでもさ、俺、ちょっと連想したのはJBも似てますよね。

(西寺郷太)あっ、JBもそういうところ、あるかもしれない。

(宇多丸)JB、ボビー・バードの家族にすげー世話になってるのに。

(西寺郷太)妹とね、ヤッちゃったりして。

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(宇多丸)そうそうそう。とかさ。結局ボビー・バードより偉くなっちゃって。似てますよ。ちょっと。

(西寺郷太)アンドレ・シモンも、あとで切られちゃうんですよ。『お前、いらない』みたいな。

(宇多丸)なんだ、そりゃ!?

(西寺郷太)なんだ、そりゃ!?って。だから、ともかく最初からなんか妙に毅然としているやつなんですよね。だからそれはもしかしたら、そのコンプレックスがあったからか・・・

(宇多丸)逆にね。背丈コンプレックスって常に抱えて。それに、たとえば自分を神秘化する壁を作って、常に演出しているのは絶対にあるじゃん。あと、名前じゃないですか?『俺はプリンスだ』って。

(西寺郷太)まあでもね、カウント・ベイシーとか、たとえばナット・キング・コールとか。なんか、あの時代のジャズマンって、結構キングとか、男爵とか公爵とか。デューク・エリントンとかね。結構そういうのがあるんで。プリンス・ロジャースっていうのがお父さんの芸名だったんですよ。だから、まあ息子にプリンスってつけたのは、お父さん的にはまあ、ジャズミュージシャンにあやかったみたいなところはあるのかもしれないですね。

(宇多丸)すごいですよね。プリンスにマドンナですよ?どんな時代だよ?っていう。どんな連中だよ?っていう。

(西寺郷太)で、僕ね、実はプリンスのことをよく知らないというか、日本人の方にちょっと連想してほしいのが、『アメリカの松本人志』だと思ってほしいんですよ。プリンスっていう人は。

(宇多丸)なるほど。

プリンスと松本人志の共通点

(西寺郷太)つまり、松本さんってそもそもなんか出てきた時から偉そうだったじゃないですか。師匠につかずに、NSC一期生で。大阪から来たけど、別にその巨人阪神さんとか、漫才師ヒエラルキーの中にもいないし。

(宇多丸)しかも、出てきた時から『俺は天才だ』っていう感じ、ありましたもんね。

(西寺郷太)そう。なんか、すごく偉そうで。で、実際、それをみんなが納得していくというか。だからなんか、プリンスと僕、同一人物説って前ね、ありましたけど。あそこまでじゃないんですけど。ニュアンスとしてやってきたことも、たとえばその『4時ですよーだ』『夢で逢えたら』『ごっつええ感じ』っていうのがレボリューションを組んでいった、シーラ・Eとかウェンディ・アンド・リサっていうのが今田さんとか東野さんとか。

(宇多丸)おおー!

(西寺郷太)自分のチームを連れて行って。で、面白い同士で融合していく。

(宇多丸)そのファミリー。でも、そのファミリーも時には惜しげもなく捨て、というか。『一人ごっつ』行く。

(西寺郷太)変えて。『一人ごっつ』は『Sign o’ the Times』ですよね。

(宇多丸)ちょっと待って!もうひとつ、共通点見つけちゃった!映画に行ってしまう。

(西寺郷太)そう!映画でかならずしも評判がよくないっていう。まあ、それもあるんですけど。本当にその、あとはたとえば『ごっつええ感じ』がフジテレビでやっている時に、すごく人気があったんだけど、野球の云々とかで喧嘩してやめちゃって。ビジュアルバム作るじゃないですか。自分で売るっていう。コントを売るっていうパターンを、お金を取ってやるっていう。だから結局、ワーナーをやめちゃって、メジャーをやめて俺の好きなことをやるぞ!って言ったプリンスの90年代ともかぶるのと・・・

(宇多丸)なるほど。

(西寺郷太)あと僕、『私、1回死にました』ってプリンスが言ったのと、松本さんが『遺書』っていう本を出したのは・・・(爆笑)。

(宇多丸)(笑)。どんどんこれやっていくと、同一人物説が・・・

(西寺郷太)まあともかく、本当にああいう人なんですよ。だから松本さんも天下とったのに、その後、新しい世代を連れて『すべらない話』なんかも。もっと、今田さんとか東野さんじゃない、もっと若い世代をフックアップしていく。それはニューパワージェネレーションなのかもしれない。だけど、『昔のごっつの頃はよかったよな』っていう人もいるでしょ?

(宇多丸)人もいる。うんうんうん。

(西寺郷太)だから、そういう流れでいま、まあ僕も『ワイドナショー』とかも含め、いろいろね、松本さんの番組、すごい好きなんですけど。それって、じゃあ『ごっつええ感じ』の面白さが好きかどうか?っていうこととはまた別に、なんかいまの松本さんも素敵だなって思っちゃう。やっぱり根っこがファンなんですよ。だからそういうところは似てるし。不機嫌で、なんか許されるみたいな。街で見かけて無視されてもしょうがねえって思わせる、あの最初から偉そうだった感っていうのはすごくプリンスに近いものがあるんじゃないかな?って。

(宇多丸)なるほどね。うんうんうん。

(西寺郷太)だからこの『プリンス論』っていう本を書きながら、なんかすごくそういう、こんなすごい人がいた!って。だからいまの15年ぐらいの松本さんを知っている人に対して、僕もちょうど『4時ですよーだ』ぐらいから同世代で。京都からこっち来た人間ですから。なんかね、誰かに似てるなって。説明するにはこういう風に言えばいいのかな?っていうのが。

(宇多丸)うん。いいんじゃないですか?

(西寺郷太)まあ、そんな偉そうなプリンス。デビューしまして。最初のアルバムは売れなかったけど、2枚目で、まあヒット曲を作り上げるんですよ。これ、聞いてもらっていいですか?

(宇多丸)聞きましょう。

(西寺郷太)プリンスで2枚目。『愛のペガサス』から『I Wanna Be Your Lover』。

Prince『I Wanna Be Your Lover』



(宇多丸)はい。プリンス『愛のペガサス』より『I Wanna Be Your Lover』をお聞き頂いております。まあ、名曲ですね。ディスコクラシックとしてもぜんぜん成立してますからね。

(西寺郷太)そうですね。これも、当然のようにというか、この時代はプリンスが全部演奏しているという。ビデオでは全部僕がやってますよみたいな。ちょっとかわいいビデオですけど。

(宇多丸)その後のプリンスの曲のイメージからすると、特にこの『愛のペガサス』はそうなんだけど、まあ超聞きやすいじゃないですか。

(西寺郷太)多分2010年代、いちばん聞きやすい一つがこの『愛ペガ』だと思うんですよ。まあ、ファレルだったりダフト・パンクの『Random Access Memories』だったりで、ブギーとかディスコが好きになった人には、いちばんわかりやすいテイストかな?って。



(宇多丸)名曲揃い。本当に。

(西寺郷太)ファルセットボイスでプリンスは全部自分でやるっていうのにこだわりまして。まあ、当時だったらブラスバンドっていうかね、トランペットとかホーン・セクションはタワー・オブ・パワーとか。後にヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースとかいますけど。あと、アース・ウィンド・アンド・ファイアーとか。大所帯ファンクバンドはかならずすごいブラス・セクションを持っていたんです。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)だからまあ、お金さえ払えば、パッと短時間でブラスのかっこいいのが録れたのに、彼はシンセサイザーを買ってもらっちゃって。もう10代の頃にずーっと、高いスタジオで。いまみたいに家でやったりできないんで。高いスタジオを使って自分で時間をかけて打ち込んで。もう、呼んだ方が早いだろ?っていう時も、まあ打ち込みサウンドでシンセでブラスをやったり、ストリングスをやったりするっていうのの先駆けだった。

(宇多丸)それがまさに、彼のサウンドであり、ミネアポリスの・・・

(西寺郷太)ミネアポリス・ファンクの。

(宇多丸)音楽性になっていく。

(西寺郷太)はい。で、ミネアポリスっていう街はすごく才能ある人をたくさん産んでまして。その中でもいちばん有名なのは、ジミー・ジャム&テリー・ルイス。

(宇多丸)いやー、ジャム&ルイス!プリンスとジャム&ルイスがその人口10%以下の・・・

(西寺郷太)3%ですよね。本当に、今田・東野的なもんですけどね(笑)。ジャム&ルイス。ちょっと後輩で、確実に師匠・弟子っていうほどでもないんですけど。でもやっぱり、ジャム&ルイスっていう2人はプリンスの元で、まあある種、トキワ荘じゃないですけど。いろいろ教え合う中では、プリンスが絶対的なリーダーとしている街だったと。それで、僕が思うにね、『プリンスってあんまり関係ないでしょ?私に』って思う人も多いと思うんですけど。

(宇多丸)ふんふん。

プリンスのサウンドが日本に与えた影響

(西寺郷太)結局、ミネアポリス・ファンクっていうものが、後にどうなったか?っていうと、プリンスをあることで怒らせて、辞めさせられちゃうんですよ。タイムっていうバンドを。

(宇多丸)おかしいですよ。あの経緯ね。本に書いてあるのでぜひ。

(西寺郷太)ジャム&ルイスは辞めさせられる。で、どうしよう?って。プリンスのチームでいたら、それなりに食えたけど。なんとかしなきゃいけない!って言ってたジャム&ルイスと手を組んだのが、ジャネット・ジャクソン。

(宇多丸)ねえ!

(西寺郷太)このジャネット・ジャクソンはマイケルの末妹で。ジャクソン家の本当にかわいがられてたんですけど。で、まあお父さんのジョーっていう人はお兄ちゃんたちのマネージャーですごい不評だったんで、マイケルから首を切られて。どうしようか?っていう時に妹のプロデュースをするぞ!って盛り上がったんですよ。で、まあレコードも出したりしてたんだけど、あまり鳴かず飛ばずだった。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)で、その間にデバージっていうグループのジェームズ・デバージという、超ワルい、バッドボーイで人気あった子に夢中になって。反対をされても結婚をする。で、『もうあんなやつ、やめておけ!』って言ったら、本当にドラッグでヤバかったり溶かして。そういう、もう本当、闇の組織みたいなところに縛られているのをジャネットが助けに行かなくちゃいけないみたいな。

(宇多丸)なんだ、そりゃ!?(笑)。

(西寺郷太)むちゃくちゃな旦那だったんですよ。若くて、もうノリノリの。すごく魅力的な人だったんですよ。いまも、もう牢屋に入ったり出たりずっと繰り返しているような人で。で、それで傷ついた中で離婚したジャネットが、『もう私はお父さんたちのコントロールを受けない。ジャクソン家っていうものから私は独り立ちします!』って言って、すごい決心を固めて。言えば、敵対するプリンス一派のジャム&ルイスのところで、なんとか私は新しく、自分の道を切りひらくわ!って作ったのがジャネット・ジャクソンの『Control』なんですけど。



(宇多丸)ずばり、『Control』なんだ。

(西寺郷太)でもこれは、結局まあ、もっと言うとモータウンの遺伝子を継ぐマイケル・ジャネットと、それからプリンスの遺伝子。ミネアポリス・ファンクの遺伝子を継ぐ、申し子であるジャム&ルイスが作った、そのミネアポリス・ファンクの傑作なんですよ。

(宇多丸)はいはい。

(西寺郷太)これで86年以降の音楽シーンが変わっていき。それこそ、ヒップホップというものがどんどん中に入っていって、『Rhythm Nation』があり。



(西寺郷太)この後、なにが起きるか?って、日本で、たとえばSPEEDだったり、宇多田ヒカルさんもそうですし。安室奈美恵さんっていうのは、僕ね、実際プリンスとかマイケル聞いていたと思わないんですよ。そんなに。

(宇多丸)はいはい。

(西寺郷太)ジャネットを聞いていたんですよ。あの人たちは。ジャネットに憧れて、で、その後に出てきたのがTLCとかも、結局ジャネット・ジャクソンありきだと僕は思うんで。だからそれともう一方にホイットニー・ヒューストンっていう人がいて。それはたとえばAIちゃんとか、歌い上げる系の、ソウルシンガー系の。

(宇多丸)MISIAとかね。

(西寺郷太)MISIAさんとか。あっちは本当にアレサ(・フランクリン)から連なる、もうボーカリスト!っていう。

(宇多丸)ゴスペルの血が流れている系のね、やつだね。

(西寺郷太)そうです。そうです。パワフルに歌うで!高いところまで声出ます!っていうホイットニーの流れ。これ、まあマライア(・キャリー)とかも入ってくるんでしょうけど。なんか、ジャネットってそうじゃない。

(宇多丸)クールに歌いますね。

(西寺郷太)クールに。これは、でも結局ミネアポリス・ファンクなんですよ。の、進化系なんです。つまり、じゃあ宇多田ヒカルさんの『Automatic』もミネアポリス・ファンクの遺伝子を継いで日本でこれだけ売れたわけですから。



(宇多丸)はいはい。

(西寺郷太)っていうことはやっぱり日本の歌謡曲にも、実はプリンスがやったあの人口の3%しかいないミネアポリスの音楽の息吹きというか血がどんだけ流入しとんねん?っていうことを僕はすごく言いたいんですよ。だから、マイケル・ジャクソンってビデオを作ったとか、後ろでバックで踊るようなシステムを、MTVのシステムをマイケルが作ったって言われてますけども。プリンスの遺伝子。ジャム&ルイスのミネアポリスの遺伝子っていうのは、知らず知らずのうちに私たち日本人の中にめちゃくちゃ入っている。それが、日本でいちばん売れた『First Love』の根っこにあるってことを僕はすごく言いたいんですよ。

(宇多丸)なるほど。宇多田さんね、その後・・・

(西寺郷太)宇多丸さんの『宇多』も。

(宇多丸)ああ、そうですね。それもありますけど。っていうことは、俺も?

(西寺郷太)だから、プリンスってるんですよ!

(宇多丸)いやいや、遠いわ!

(西寺郷太)(笑)。むっちゃプリンスってる!

(宇多丸)むっちゃ遠いわ!(笑)。むっちゃ間接的だわ!

(西寺郷太)ミネアポリスなくして宇多丸なし、みたいな。

(宇多丸)まあ、もちろん僕はプリンスもさることながら、そのジャム&ルイスサウンドはずーっと、何年も何年も何年も大好きだし。まさにその、辞めるきっかけになったS.O.S.バンドの『The Finest』っていうアルバム、大好きですよ。本当にね。

(西寺郷太)はいはいはい。そうですよね。その、まあある土地で、ジャム&ルイスがプロデュースをしてたら、豪雪。ブリザードが吹いてきて。プリンスがやっている自分のバンド、ザ・タイムとのバンドに間に合わなかったからクビになっちゃったという。だけど本当は、女の子とイチャイチャしてると思って、プリンスは『お前、そんなことしないで音楽やれよ』とか笑ってたのに、本でS.O.S.バンドのプロデュースしてるっていうことがわかった瞬間に『クビだ!』って(笑)。

(宇多丸)やっぱ自分のコントロール下に置きたかったんでしょうね。

(西寺郷太)そう。やっぱりシマの中で『こいつらはヤバいな。抜かされるかもしれない』っていうのがやっぱりプリンスにあったかもしれないし。まあ、そういう意味でもプリンスに注目することで、90年代以降の音楽も見えてくるんじゃないか?っていう風に思っているんですけど。この曲、宇多丸さん、プリンスってる代表曲だと思うんですけど。ライムスターにこういう曲名、ありましたよね?アルバム。

(宇多丸)あ、それは・・・ちょっと、はい。正直、拝借しちゃったやつですかね。

(西寺郷太)いや、もうこれは僕はね、大好きな歌なんですよ。

(宇多丸)いや、僕もそうですよ。それは。

(西寺郷太)プリンスってすごくアヴァンギャルドなイメージもあると思う。まあ、これもアヴァンギャルドな部分、あるんですが。1曲、聞いてもらっていいですかね。じゃあ、プリンスで『Pop Life』。

Prince『Pop Life』



(宇多丸)はい。アルバムで言うと、『Around the World in a Day』というね、アルバムに入っている『Pop Life』。



(西寺郷太)そうですね。

(宇多丸)以前、ライムスターのそれこそアルバム『Pop Life』出した時に、タイトル的にこれを連想される人、当然多いでしょうってかけたことあると思いますけど。

(西寺郷太)いやー、僕も本当、指折り好きな曲で。この『Around the World in a Day』というアルバムを出した時に、まあテンポの遅いグラム・ロックのような『Raspberry Beret』っていう曲だったり。僕はT・レックスのマーク・ボランっぽいななんて思ったりもするんですけど。それまでの、いわゆるR&B。まあ、形が作られていたダンスミュージックみたいなものと、圧倒的に違うような音楽をプリンスがどんどん提示し始めた時に、まあ白人にすり寄ったというか。そういうような論点の人もいたんですよ。

(宇多丸)なるほど。そういう批判も受けた。

(西寺郷太)批判もあったんです。だけどやっぱり、プリンスが育った街は97%白人だった。そして、つまりインターネットもない時代ですから。スマホもないし。ラジオからかかってくる音楽が唯一得る・・・まあ、お父さんがジャズマンだったっていうこともあると思うんですけど。彼の場合。だからそういう中で、彼は開き直りじゃないですけど。『いや、俺、好きだったし。いいじゃん』っていう。

(宇多丸)『こういうの聞いて育ってるからね』って。

(西寺郷太)そうそうそう。それに、『そもそもロックって白人のものだけじゃないでしょ?』って。

(宇多丸)っていうか、まあ黒人が作ったんですけど・・・っていう。

(西寺郷太)そう。チャック・ベリーとかいろんなものが積み重なって。ロックということになると、なんか白人のものってなっちゃってたんですけど。

(宇多丸)だし、黒人音楽に憧れたやつらがディベロップした文化じゃないですかね。

(西寺郷太)そうそうそう。だからそれで、まあプリンスは割と強気にこう、ロック色を出す。で、まあメンバーの中に白人がギタリスト。まあ、女性のウェンディっていう方が弾いていたり。キーボード、リサ・コールマンっていう人がいたり。まあ、そういうような人種混合のバンドで。

(宇多丸)人種・性別構成。明らかに。

(西寺郷太)そういうのも入り乱れたバンドで彼は80年代に天下を取っていく。それで、自分のレーベルを作って、たくさん。宅録なんかもちゃんとしたスタジオでできるような状態を作り。レコード会社から『そんなに出さなくていいよ』って言われるような話もしました。

(宇多丸)作りすぎてね(笑)。

(西寺郷太)作りすぎて。で、90年代に、先ほども言ったんですけども、レーベルと大喧嘩をする。で、『僕は死にました』って言って、『自分のレーベルを作ります』っていうようなことを言う。それとほぼ同時に、マイテというダンサーを引き抜くんですけど。若い女性ですね。エスニックな、もう本当の美女ですけども。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)若い女性、マイテ。まあ、このマイテと実際に日本で若い頃のマイテと一緒に会ったというような人の証言を聞くと、もうともかく、素朴ないい子だったと。プリンスの奥さんになるなんて思う前に、本当に田舎から来た美しい子。だんだんと垢ぬけていったんだけど、最初は本当、その美貌をかわれて。天然っていうぐらい美しい心を持っているから、プリンスにも気に入られた。で、『The Most Beautiful Girl in the World』。

(宇多丸)あの有名な曲。

(西寺郷太)『The Most』ですよ。最も。『Beautiful Girl』。美しい女の子。『in the World』。世界中でいちばん美しい女の子っていう曲も捧げられ。で、大ヒットをして。で、プリンスは結婚します。で、まあいろいろ女の人の噂は絶えない人で。もう本当にいろんな女の人と浮き名、ありました。マドンナと付き合っていたこともあると言われて。

プリンスと妻・マイテ


(宇多丸)キム・ベイシンガーとか。

(西寺郷太)キム・ベイシンガーもある。それからまあ、シーラ・Eとも、くさい仲だったんじゃないか?と言われる。まあ、いろいろありまして。それを経て、『いや、僕は本当の愛を見つけました』みたいな感じで。『Emancipation』っていうアルバムを出すんですよ。で、それは60分のアルバムが3枚組で。だから180分。



(宇多丸)むちゃくちゃ・・・

(西寺郷太)ものすごいアルバムで。それも、いかにマイテが好きか?っていうことをのろけているような。で、『一緒に子供を作ろう』っていうような歌が入っている。『Let’s Have A Baby』という曲。『The Holy River』っていう、『いろんな闇をくぐり抜けて、川を泳いで君にたどり着いて。僕は「結婚してくれますか?」と言った。そしたら君は「はい」と言った』という美しい歌なんですよ。で、そういう歌が入っている、自分のレーベルからアルバムを出す。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)でも、この頃には実はあんまり出しているのと、もう名前も変えちゃってるし。例のシンボルマークに。

(宇多丸)ゴタゴタがあって。

(西寺郷太)もうなかなか、昔からのファンが、もうついて行けねえなっていうようになっていたのも事実なんです。

(宇多丸)正直、僕もこのへんはあんまりフォローできてないですよね。

(西寺郷太)いや、いま聞くと素晴らしいんですけど。やっぱりそれもわかるんです。多いわ!っていうね。180分のアルバム。で、そん時に、日本にキャンペーンに来るんですけども。それもマイテから『キャンペーンした方がいいわよ』って。

(宇多丸)ああ、そういうサービスとかする人じゃないからね。本当はね。

(西寺郷太)しないんですけど。これもね、プリンスの悲劇のひとつなんですけど。『わかりました』っつって。もうレーベルを離れてますから、自分が意識して来たんです。原宿のクエストホールっていうところで。

(宇多丸)あんな・・・おっきくないよ。ぜんぜん。

(西寺郷太)そこで試聴会なんかもやって。

(宇多丸)あそこにプリンスが来たの!?

(西寺郷太)来たんです。そしたら、残念なことに、もともとはグレゴリーくんっていう息子がマイテの胎内にいて、子供が生まれますって。『受胎』っていう曲を作っていたり、心拍の音でビートを作ったりとか。もう、うれしくてしょうがなかったんですよ。自分の部屋の中にひとつベッドを作って。『ここで、この息子の部屋にするんだ!』って言ってたんだけど、その子が先天的な障害を持って生まれてくるんです。本当に生きられないような。それで、プリンスが一千万円以上すると言われている延命装置を一応買うんだけど。

(宇多丸)うんうんうん。

(西寺郷太)だけど、その時にマイテと意見が分裂するんですよ。もうお医者さんは『もう無理だ。どうしようもない。この子は生きられません』って言うんだけど、マイテは『そのままずっと生かしいておいてくれ』って。まあ奥さんは言うんですよね。先ほど言ったように純粋な方なんで。でもプリンスは、やっぱり現状を見て、『これは残念ながらしょうがない』って言って。その延命装置を切ることを指示するというか。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)そこで、もう決定的にマイテとプリンスの仲が悪くなっちゃうんです。まあ、マイテはずーっと泣いているし。で、それで、その時にプリンスは『Emancipation』のキャンペーンで日本に来てるんです。

(宇多丸)図らずもだね。

(西寺郷太)マイテに『行け』って言われて。たぶんこれ、ワーナーにいたままだったら、『ちょっと一身上の都合で・・・』って言ったと思うんですけど。

(宇多丸)まさに、そのマイテのあれだ。

(西寺郷太)頼まれて、たぶん祝福のアルバムが出る直前に息子さん、グレゴリーくんが亡くなってしまうっていう。で、そこからのプリンスっていうのは、やめたりとか。たとえば自殺するとか、たとえばそのカート・コバーンにしても、いろんなスーパースターが最大に行った時に、自分を追い詰めるような結果っていうのを。まあ、ジミ・ヘンドリックスにしても、何にしても。いろんなスーパースターの末路ってありますよね。ドアーズのジム・モリソンとか。

(宇多丸)うんうん。

さまざまなアプローチで音楽を売るプリンス

(西寺郷太)だけど彼は、また音楽を選ぶんですよ。で、そこから、いわゆるその当時あったネット配信っていうのに目をつけて。NPGミュージッククラブっていう年間1万円ぐらい払えば、僕のアルバムが毎月届きますよみたいなのとか。そういうことを散々やったりとか。未発表曲集を出したりとか。で、2000年代にどういうことをやるか?っていうと、ライブに来た人にアルバムがついてくるっていうキャンペーン。これ、AKBとかよりも早いんですけど。複数枚買いさせるために、『Musicology』っていう2000年代中盤のアルバムは、ライブに来る人にはかならずチケットがついているっていうシステムにしたもんで、爆発的な売上になるんですよ。

(宇多丸)なるほど、なるほど。

(西寺郷太)だからプリンスのライブ、何回も行く人もいるんで。10回行くと10枚売れたことになるんですよ。

(宇多丸)ああ、そうかそうか。やるか?

(西寺郷太)(笑)。それで、2004年度かな?年間の、その年の音楽で稼いだ長者番付の1位にプリンスが躍り出るんです。それでまた90年代の、名前変えたりなんだかんだっていうのの、みんなが『どうしたのかな、あの人?』って言っていたのが、まあさらに注目を集め。それからまた、ユニバーサルに籍を移した『3121』っていうアルバムでは、『自分の家でライブをやるから、何十人かを招待します』っていうチケットが入っているっていうこともやるんです。

(宇多丸)ああ、あれだ。ミスター・ウォンカのね、チョコレート工場に行けますよカードが入ってるんだ。そりゃ買うよ!チョコレート。

(西寺郷太)そうなんですよ。そんなことをやったり。あとは、もうCDを売るのをやめた。『新聞に広告としてつけちゃいます』とか。『雑誌に、ローリングストーンズとかに、買ったらプリンスのCDがついている』とか。そんなこともやって、メジャーレコード会社から怒られたりとか。

(宇多丸)いろんなやり方で。

(西寺郷太)いろいろやって。今回、ストリーミングの、AWAとかLINEとか、いろいろありますよね。Apple Musicとか。それも全部下げちゃって。TIDALっていうのでしか出さない。と、言いながら、フィジカルも今度、出すと。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)で、なんかみんなが、『あ、出してくれるの?』みたいな感じで喜んでいるっていうような状況を作ったりとか。非常になんか、最初は何をやってるのかな?っていう感じなんですけど、自分の音楽をちゃんと高く売りつける。ちゃんとその、自分が偉いっていうことをわからせる。ストリーミングとかだと、やっぱりずーっと全部聞けたりすると、まあ嫌じゃないですか。まあ、正直。聞く側としてはいいんですけど、アーティストとしては。

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)でもそこも、ちゃんと、ここには莫大なお金を取って、TIDALには契約する。だけど、他のところには俺は下げるよ。YouTubeなんかも下げちゃう、みたいなことを繰り返しながら、実は2000年代中盤に、すごくそういうネット環境を、なんだかんだ上手にツンデレで使っているのはこのおじさんなんじゃないか?っていう。

(宇多丸)こんなキャリアが長い人が。要するに時代の変化っていうのもちゃんと読みつつ。とか、やっぱり常にこっちのさ、『こっちのが長いんだから、俺がこうやって弾けっつったらこうやって弾けなんだ』ってさ。やっぱり『Lovesexy』とかさ。アルバム全部、まるごと1曲。

(西寺郷太)全部1曲。40何分。

(宇多丸)もうはっきり言って、『もう、やめてくださいよ』っていう。

(西寺郷太)どれだけドSやねん?っちゅう話なんですけど。

(宇多丸)俺、でも『Bitter, Sweet & Beautiful』、本当はそれで出したかったですよ。全部通しで聞いてほしいから。

(西寺郷太)プリンスってるじゃないですか?

(宇多丸)あっ!図らずも・・・(笑)。

(西寺郷太)(笑)。いや、んなことはないですけども。まあでも本当に、僕ね、ライムスターの今回の『Bitter, Sweet & Beautiful』はやっぱりその、5年後ぐらいに、5年間でひとつフェイズが変わるみたいな。僕、『マニュフェスト』以来のアルバムだと思ったんです。やっぱりその、小学校とか中学校の時って、中1と中3ってぜんぜん違ったり。高3と大学1年って1才違いだけど、だいぶ違うでしょ?

(宇多丸)うんうん。

(西寺郷太)でもなんか、僕らおじさんになると、5年ぐらいでガッ!ってフェイズが変わる時ってあるんです。

(宇多丸)まあ、変えてやろうっていう。

(西寺郷太)変えてやろうっていう。だからすごくそれを感じて。だからプリンスも同じように、だからこそ57才まで。いまは、25才のプロデューサーとやっていますから。ジョシュア・ウェルトン。


(宇多丸)なるほど。

(西寺郷太)PUNPEEですよね。

(宇多丸)PUNPEEとやっている。あっ!

(西寺郷太)(笑)

(宇多丸)プリンスってる!?

(西寺郷太)プリンスってるでしょ?

(宇多丸)プリンスってる!プリンスってる!

(西寺郷太)だから、若い血も入れながらローリングしていくっていう。そこはすごい、僕は憧れています。

(宇多丸)いやいや、とんでもない。それは、NONA REEVESだって十分もうそういう・・・

(西寺郷太)いやー、がんばってますけど。はい。

(宇多丸)作品量で言えば、プリンスってるじゃないですか。

(西寺郷太)プリンスってますね。プロデュースもしてますしね。いやいや。

(宇多丸)お互いプリンスって、なんとかここまで来ているということで。

(西寺郷太)プリンシってるなー!プリンスってなー!(笑)。

(宇多丸)いや、慣れてないし(笑)。

(西寺郷太)『プリンシってる』って言っちゃった(笑)。

(宇多丸)はい。ということでまあ、膨大なプリンスの作品の全てを言及する時間はもちろんございませんので。ぜひ『プリンス論』を読んで。プリンスの作品、絶対にすごく聞き返したくなりますので。ぜひ、これを読んでいただきたいと思います。ということで、お知らせごと。まとめ、からのお知らせをお願いします。



(西寺郷太)新潮新書『プリンス論』が発売中。で、この『プリンス論』は増刷がかかりました。ありがとうございます。そして、『ウィー・アー・ザ・ワールドの呪い』もNHK出版新書から出てまして。



これと、前回出した『マイケル・ジャクソン』。講談社現代新書。これも最近、また増刷かかったんですけど。



この3冊を読んでもらえると、80年代が多角的に見えるかな?と思っております。

(宇多丸)80年代、なおかつ、そのなぜ90年代にいろんな理由があるにせよ、もうひとつほら、音楽的にちょっと音楽シーン全体のフェイズが変わったからとか。そういうのも見えるから。80年代を軸に、前後もわかるっていうのがすごくいいと思います。

(西寺郷太)そうですね。楽しんで読んでもらえる本になっていると思います。あれだけ心配したプリンスファンからも、概ね好意的で。『文句があるとしたら、もっと長く書いてくれ』っていう。『もっと詳しく書いてくれ』っていうのはあるんですけど。『あそこが違う』っていうのはまだ1個もない。

(宇多丸)おおー、いいですね!よかった。

(西寺郷太)ありがとうございます。ツナさんっていうね、ブレーンを呼んできて作っただけあって、あれなんですけど。で、10月9日発売のプリンスのニューアルバム。いまの『FallInLove2Nite』という後ろでかかっている曲もかかっていますが。『Hitnrun Phase One』日本盤のライナー解説を僕が書いています。ここはまた、その『プリンス論』の続きのような。ライナーの方が後で書いたんで。



(宇多丸)はい。

(西寺郷太)それと、12月18日金曜日のNONAの『ヒッピー・クリスマス2015』が開催されるので。クラブ・クアトロ渋谷。来てください。一般発売中です。

(宇多丸)時代もね、ちょうどファレルとかもそうだし。ブルーノ・マーズとかさ。ちょっと風吹いてますよね。

(西寺郷太)そうですね。

(宇多丸)ということで、このタイミングだからこそ。

(西寺郷太)プリンス、生きてますから。これからまた日本に来る可能性も・・・

(宇多丸)生きているうちに。

(西寺郷太)生きているうちに褒めましょう!

(宇多丸)本当だよ、これ!

(西寺郷太)多作家を褒めましょう!長く続ける人を褒めましょう!俺たち、プリンスってますから。

(宇多丸)俺はちょっと少なめだけど(笑)。

(西寺郷太)(笑)

(宇多丸)がんばります。はい。ということで、西寺くん。今回のプリンス論、ありがとうございました。お互いプリンスってることがわかりました。西寺郷太さん、ありがとうございました!

(西寺郷太)ありがとうございました。

(CM明け)

(宇多丸)西寺郷太さんの『プリンス論』はプリンスの話だけじゃなくて。たとえばBPM論。曲の速さの国民的な好みの話とか、そのへんもむちゃむちゃ面白いところなので。

(西寺郷太)ありがとうございます。

(宇多丸)ぜひ、本当、読でください。

<書き起こしおわり>

西寺郷太『ウィー・アー・ザ・ワールドの呪い』を語る
NONA REEVES西寺郷太さんがTBSラジオ『Session22』に出演。名曲『We Are The World』の制作された時代背景や、その後の音楽業界の変化について話してい...