町山智浩・春日太一 映画『人間の條件』を語る

町山智浩・春日太一 映画『人間の條件』を語る たまむすび

町山智浩さんが時代劇研究家の春日太一さんと、TBSラジオ『たまむすび』の中で、仲代達矢さん主演の名作映画『人間の條件』について紹介していました。

(町山智浩)もうひとつの方の、17日の出し物の『人間の條件』について、ちょっとこれからお話したんですけど。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)『人間の條件』っていう映画はですね、9時間半なんですよ。

(赤江・山里)えっ!?

(町山智浩)上映時間、9時間半の映画(笑)。

(赤江珠緒)9時間半!?

9時間半の大作『人間の條件』

(町山智浩)はい。大変でしたよ。これ、見た時。たいていね、オールナイトで一挙上映っていう形で上映されていて。僕が学生時代は。でも、オールナイトでやってもね、夜が明けてからしばらくずっと上映が続いているっていう状態で。

(山里亮太)そっか。そうですよね。

(町山智浩)オールナイトっていうのはだいたい10時か11時ぐらいから上映が始まるんですけど。グルッと回って、全部終わって出てくると、完全にもう街が動いてるんですよ(笑)。うわっ!?っていうね。それが『人間の條件』っていう映画ですね。

(赤江珠緒)へー!それが(笑)。まず、長いと。

(町山智浩)長い。長いってことしかわからない。これ、全6作で、6本の映画がひとつの物語になっているんですね。で、1959年から作られ続けたんですけど。連続して。これ、すごくややこしいのが、6本の映画があるんですけど、2本ずつ1組になっているんですよ。

(赤江珠緒)おおおー。

(町山智浩)ややこしいんですけども。これ、戦争中の話です。で、満州が舞台です。日本が満州に攻めていって。占領してですね、そこで現地の中国人を使って、ひどい過酷な鉱山労働をさせているという状況で。主人公が仲代達矢さん。

(赤江珠緒)ああ、仲代達矢さん。

(町山智浩)はい。で、この人は梶という、まあ官僚ですね。満州っていうのは要するに日本政府がずっと運営してた大政翼賛なんで。国家企業が経営しているわけですが。その鉱山とかを。そこでまあ、中国人の労働者の強制労働の管理をさせられるんですよ。主人公の梶が。ところが、梶っていうのはものすごいヒューマニストなんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、『中国人も人間だ。ひどいことは俺は絶対にしたくない。この戦争は間違っている!俺は中国の人に対して、恥ずかしいことはしたくない!』と言って、なんとか労務管理を人間的にやろうとするんですけど。やろうとすればするほど、ドツボにはまっていって大変な事態になっていくという、非常にやりきれない内容なんですよ。

(春日太一)これ、第一部、第二部、第三部、第六部まで行くのにつれて、どんどん敵は大きくなっていくし、仲代さんはどんどんひどい目に遭っていくっていう映画で。最後はとてつもない悲惨な終わり方をしてしまうっていう話で。第一部で、その鉱山労働の話があって。今度、第三部では、前線の基地で上等兵からいじめられると。で、第四部は今度、ソ連軍が攻めてきて、それとの戦いになってきて。第五部は戦争が終わって、そっから、どうやって戦地から脱出するか?っていう話になり。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)第六部はシベリア抑留されるっていうですね、話になって。どんどんどんどん悲惨になる。

(町山智浩)しかもこれは、原作者の基本的に体験に基いてるんですよ。本当にそうなんです。五味川純平さんの体験をもとにして書かれていて。で、とにかく彼がこの時期にこれを書いてですね、当時、ベストセラーになったっていうのは、あれだけ日本軍って戦争でひどいことをしたわけですよね。海外に侵略して、それでひどいことをしたんだけども。その時に、左翼の人とかインテリはいたはずなのに、彼らはいったい何をやっていたんだ?

(赤江珠緒)たしかに。

(町山智浩)なぜ、戦争を止められなかったんだ?という疑問があったんですけど。大変だったんだよ!っていう話なんですよ。

(山里亮太)それは、ここにメッセージとして。

(春日太一)やっぱり止められないと。

(町山智浩)なんとかがんばったんだけど、どうしようもなかったんだと。

(赤江珠緒)ブレーキをかけようとした人は。

(町山智浩)そうなんですよ。それがもう、生々しく。その人の苦労を描いていくという映画なんですけど。これが、そう聞くと、つまんない感じに聞こえるでしょう?

(赤江珠緒)いや、なんかものすごく重くなって。どうしよう?みたいな。

(春日太一)むちゃくちゃ面白いですよ、これ。

(町山智浩)めっちゃくちゃ面白いんです。ものすごいエンターテイメント。次から次に事件が起こって。で、出てくる俳優がみんな、なんて言うか一筋縄ではいかない人たちばっかりなんですよ。で、圧倒的な面白さで。最初の話に出てくる、主人公の人間的な労務管理を手伝おうとする人は山村聡さんなんですけど。また、彼がいい・・・インテリじゃないんだけど、ヒューマニストっていうのがいて。この人も、上手く世の中をちゃんと良くしようとするんだけど、全員が失敗していくんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(春日太一)で、それを取り囲む幹部連中が、全部仲代達矢さんの・・・仲代さん、これがほぼ初主演に近いぐらいの若手なんですけど。自分の劇団の先輩なんですよ。実際の。だからもう、余計にすごいプレッシャーの中で戦わないといけないっていう。で、実際、現場大変だったみたいで。『お前、主役なんだからギャラもらってんだろ?』って、夜ずーっと麻雀やらされて。ギャラがスッテンテンになったっていうね。先輩たちに逆らえないんでっていう話があったりっていう(笑)。

(赤江珠緒)うわー!その雰囲気もいい方に。映画に。

(春日太一)そのまんま出てるんですよ。

(山里亮太)追い詰められていくっていう役作りができたっていうか。

(春日太一)第三部の、今度、兵の基地の方に行くと、今度若手がみんな同年代で訓練する話なんですよ。そこで出てくるのが、仲代さんの同年代で。田中邦衛さんが出てきて。結構ナイーブな兵士なんですけど。彼のデビュー作に。

(町山智浩)そうなんですよ。

(赤江・山里)へー!

(町山智浩)あの、まあちょっと話が前後しちゃうんですけど。仲代達矢さんがその後、第三部、第四部っていうのは日本軍に入るんですね。で、ソ連との国境近くの最前線に送られるんですけども。そこでの敵は、同じ日本兵なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

壮絶な軍隊内のいじめ

(町山智浩)要するに、戦争をやればいい、勝てばいいって考えてると、彼は兵隊としては優秀なのにもかかわらず、ネチネチとしたいじめで、隊内で兵士が死んでいくんですよ。戦争に勝つことと関係ないような、くだらないことを日本はやっていたんですね。内側で。

(赤江珠緒)でも、それがリアルな話でしょうね。やっぱり経験された方のね。

(町山智浩)このいじめがひどくて、見てられないんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!?

(山里亮太)その描写も、結構しっかりと?

(春日太一)いやー、すさまじいですよ。もう、本当に。そこで田中邦衛さんがどんどんどんどん、追い詰められていくんですよ。

(町山智浩)そう。田中邦衛さんはちょっと体の弱い兵士で。歳も行ってるんですね。戦争末期だから。で、いじめのターゲットにされちゃうんですよ。で、追い詰められていくんですけど。『フルメタル・ジャケット』っていうスタンリー・キューブリックの映画を見た時に、世界中はみんなびっくりしたけれども、すでにここに描かれているんです。『フルメタル・ジャケット』は。

(赤江珠緒)はー!『人間の條件』。

(町山智浩)『人間の條件』の中に。

(春日太一)まさに田中邦衛、同じシーンがありますからね。そこにね。

(町山智浩)そうなんですよ。だから、スタンリー・キューブリックもびっくり!っていう映画なんですね。で、主人公は最初、左翼だから。共産主義になったり社会主義になって、そしたら日本も良くなるだろう。そうすれば、世界も良くなるんだって信じていて。ところが、ソ連に彼ら、要するに捕虜になっちゃう。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)したら、もっとひどいんですよ。ソ連の方が(笑)。

(赤江珠緒)うわー!

(町山智浩)どこにも救いがねえぞ、ここ!っていう(笑)。

(赤江珠緒)救われないなー、本当。

(山里亮太)『私たちが信じた思想を。それを体現している国が、こんなにひどいんだ!』って。

(町山智浩)ソ連もひでえっていうか、ソ連の方がひでえ!みたいな話で。しかも、その中でソ連軍が捕虜を捕まえて。その捕虜たちの中に上下関係を作るんですよ。その時にその、日本軍の元えらかった人を上につけちゃうんですよ。その、捕虜の中で。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)だから結局、捕虜の中での上下関係はぜんぜん変わらないんですよ。日本軍の頃と。で、徹底的に悪いやつは金子信雄なんですね。

(赤江珠緒)金子信雄さん!また、ここでも!?

超悪役 金子信雄

(町山智浩)金子信雄さん、ここでものすごく悪かったから、『仁義なき戦い』での山守親分があるんですよ。

(赤江珠緒)ああ、そうですか!

(山里亮太)納得だなー。

(町山智浩)そう。でも、これだけ救われない映画で、何もかも救われない映画なんですけども。たったひとつだけ、金子信雄関係の部分がちょっと映画館でオールナイトで9時間半見た時に、9時間の20分ぐらいのところで決定的なシーンがあって。そこ、場内大喝采でしたよ!

(赤江・山里)へー!

(町山智浩)映画館では。文芸座ではみんな、『うおおおーっ!(拍手)。やったぁーーーっ!』みたいな感じで。『9時間待った甲斐があったぜ!』っていう(笑)。

(赤江珠緒)9時間(笑)。ちょっとそれ、経験したいなー。それ。

(町山智浩)っていうのが『人間の條件』で。だいぶ違う映画のように紹介した気がしますが(笑)。

(春日太一)あと、仲代さんの命がけのアクションとかも凄まじいんで。

(山里亮太)アクション?

(春日太一)本物の戦車の下に潜ったりとか。泥沼の中に荷物を背負って、その中にズブズブと沈んでいったりとか。そういうのがありますから。結構、スタントなしで全部アクション、やったらしいんで。これも迫力ありますし。その見応えもすごいんで。あと、ラストシーンもね、とてつもない。これもノースタントでとんでもないのがあるんですけど。本当に仲代さん、死にかけるっていう。

(山里亮太)へー!

(春日太一)気持よくなっていって、『ああ、死ぬってこういうことかなって感じた』って本人、言ってましたけどね。

(赤江珠緒)うわー!

(山里亮太)それ、9時間後ぐらいにおとずれる、その。

(春日太一)おとずれるんですよ。

(町山智浩)そう。9時間半の地獄の末にね、凄まじい金子信雄のカタルシスですね。はい。

(赤江珠緒)ええーっ!?

(山里亮太)『仁義』の時の恨み、ありますからね。僕らの。

(町山智浩)そう。『仁義』は最終的に金子信雄に決着をつけてないんですけど。それで、『仁義』シリーズを見てムカムカする人は、絶対にこの『人間の條件』、9時間半を見た方がいいですね。はい。『仁義』の恨みを『人間の條件』で晴らすという。

(赤江珠緒)はー。町山さん、春日さんは金子さんが晩年、お料理されていたのは、『ええっ!?』っていう感じだったんですか?(笑)。

(町山智浩)毒入ってるんじゃねーか?と思いましたよ。

(赤江・山里)(爆笑)

(町山智浩)ねえ。そんなもん。

(山里亮太)振る舞うわけがない。料理なんて。

(町山智浩)そう。ぜんぜん信用できないですね。

(春日太一)本人、ぜんぜんやる気なかったですもんね。ワインばっかり飲んでいてね。

(町山智浩)というのがね、『人間の條件』ですけども。

(赤江珠緒)でも、ヒューマニズムみたいなところは奪われずにい続けられるのか?みたいな。

(町山智浩)だからこれ、戦争という極限状態の中で、人間であり続けられるのか?っていうのが『人間の條件』っていうタイトルになっているっていう。

(春日太一)ほぼドキュメントに近い撮影現場で仲代さん、やっているんで。顔がリアルにどんどん追い詰められていくんです。仲代さんの。それもすごいんで。『もう、飲まず食わずで痩せさせられた』って言ってましたから。

(山里亮太)だってあと、実体験で戦争を体験している方々がスタッフさんとか監督とかにいっぱいいるわけですから。それ、描かれていることのリアリティーはすごいですよね。

(町山智浩)途中で満州がソ連に侵略されちゃって。満州の開拓民たちと食べ物が全くない状態でずっと放浪するっていうのが1時間ぐらい続くんですけど。そこ、完全な地獄ですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!?

(町山智浩)子供も、女の人もいっぱいいて。で、食べ物がなんにもないところでずーっと移動している間、見てられないですけど。

(春日太一)実際に合宿やって、本当の兵と同じ訓練を受けたらしいですから。みなさん。で、先輩に殴られるところまで全部再現されたっていうことで。

(町山智浩)パンチ、当たってるんですよ。この頃の映画って。

(赤江・山里)ええっ!?

(春日太一)それ、1カットでやってますから。仲代さん、『本当に青タンができた』って言ってましたね。

(赤江珠緒)聞くだに凄まじい映画ですね。

(町山智浩)だから日本が本当に、戦争の時に何があったか?っていうのは、まあ『沖縄決戦』もそうでしたけども。満州の方はあまり見られてないと思うんで。これを見ると・・・まあ、ここまでひどいことをしたのか!?と思いますね。

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(赤江珠緒)そうですか。

(山里亮太)プラス、それができるまで、どれだけ辛い撮影現場か?ってことも、全部・・・

(町山智浩)あのね、金子信雄はね、中村玉緒をレイプするんですよ。この映画の中で!女子高生の中村玉緒を金子信雄は!ねえ。

(赤江珠緒)ああー、当時の。

(山里亮太)もう、ろくでもないやつですね!

(町山智浩)とんでもないですよ!

(赤江珠緒)役だから。役(笑)。

(町山智浩)はい。役だから。はい。

(赤江珠緒)9月16日の水曜日と17日の木曜日、渋谷ユーロライブで午後7時開演。チケット2500円ということで、詳しくはユーロライブのホームページをご覧ください。町山さんと春日さんの2夜連続トークライブがございます。それ以外のね、いろんな映画も語っていただけるということでね。

(町山智浩)はい。

(赤江珠緒)いやー、これは見たいですね。

(町山智浩)人生に一度、見ておくべき映画が『人間の條件』ですね。まさに『人間の條件』です。人間の条件は『人間の條件を見ること』です。

(春日太一)どこまで自分を試せるか?っていうね。自分との戦いでもありますからね。

(山里亮太)(笑)。戦いながら見れる映画っていう。

(赤江珠緒)はい。あっという間にお時間、来てしまいましたが。町山さん、春日さん、またゆっくりお越しください。

(春日太一)はい。ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

(赤江珠緒)ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

<書き起こしおわり>


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