松尾潔 1984年アメリカR&Bチャートを振り返る

松尾潔 1992年アメリカR&Bチャートを振り返る 松尾潔のメロウな夜

松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中で1984年のR&Bチャートを振り返り。この年にヒットした曲を聞きながら、解説をしていきました。

(松尾潔)いまでも聞きたいナンバーワン。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。ですが、リスナーのみなさんの中には『そもそもR&Bって何だろう?』という方も少なくないようです。そこでこのコーナーでは、アメリカのR&Bチャートのナンバーワンヒットを年度別にピックアップ。歴史的名曲の数々を聞きながら、僕がわかりやすくご説明します。

プリンス大飛躍の1年

第19回目となる今回は、1984年のR&Bナンバーワンヒットをご紹介しましょう。80年代ね。理屈で言いますと、10回分お届けできるわけですけど、残りわずかになってまいりました。84年のご紹介とまいりましょう。まあ84年といいますと、一言でいいますと、プリンス(Prince)大飛躍の1年ですね。まあ、この頃っていうのはね、僕も高校生活ど真ん中の頃ですから。毎週毎週、ヒットチャートを一喜一憂しておりました。

で、当時はR&Bチャートっていう言い方、してませんでしたね。ブラックチャートって言ってましたけど。ブラックチャートだけじゃなくて、アメリカのナショナルチャートですね。も、目配りしている時期だったんですけども。この頃はもう、プリンスすごかったな。いやいやいや、その前からね、『1999』なんていう作品なんかで、ポップだな、ポップなロックだな、なんて思っていたんですけども。

このあたりからもう、プリンスはポップとかR&Bとか、ことさらに言わなくても『プリンス』というジャンルで認識されるようになった、そんな84年だったと思います。やっぱりいちばん大きかったのは、プリンスが『Purple Rain』っていう自伝的な映画を作ったことですよね。この年に公開されて、そのサウンドトラックという形で、同名のアルバムが出ました。

これは本当にセンセーショナルなアルバムで。本当、ジミ・ヘンドリックスみたいなディストーションのきいたロックギターを聞かせたかと思ったら、ファンクとしか言いようがない、ジェームズ・ブラウン、スライ・ストーン、あとはジョージ・クリントン。こういった人たちの系譜にあるファンカーとしての位置づけもわかりやすく出てましたし。

それまでにも、プリンス名義の作品、あるいは実際には彼が全部作ったと言われておりますザ・タイム(The Time)というバンドですとか。あとは、ヴァニティ・シックス(Vanity 6)、アポロニア・シックス(Apollonia 6)といったプリンスが手がける猥雑な女性グループ。そういった作品群を通して、プリンスっていうのは奇妙な男だな、なんていう印象があったんですけど。ロックスター、そしてポップスターという、双方の地位固めに成功したのはこの84年じゃないかなという風に思います。

まあちょっと、プリンスの話を頭にバッとしましたけど。曲の方を聞いてみましょう。この年のR&Bチャート。まずは4週連続ナンバーワンを飾りましたキャメオ(Cameo)の『She’s Strange』。4月の1月、このキャメオが1位を独走しております。『She’s Strange』っていうアルバム。ジェケットが色っぽくていいんですよね。

『She’s Strange』。これはね、いま考えてみるとちょっとのどかなんですけども。いまの耳で聞かずに当時の感じで言うと、『わっ!ラップしてる!』っていう(笑)。してるだけでかっこいいっていう、そんな時代でした。そして、もう1曲。11月に3週間連続ナンバーワンを飾りましたチャカ・カーン(Chaka Khan)の『I Feel For You』ですね。これはもう、グランドマスター・メリー・メル(Grandmaster Melle Mel)っていう本物のっていう言い方も変ですけども。ヒップホップの世界からラッパーをフィーチャーして。まあ、ラッパーをフィーチャーしてヒットさせる先駆けのような曲ですね。

いま考えてみますとね。で、この『I Feel For You』の曲はもともとプリンスの曲だったという。もう本当に、タイミングのよいカバーだったとしか言いようがないんですけども。その当時のキーワードでありますプリンスと、あとヒップホップっていうのを1曲に詰め込んで、チャカ・カーンの歌力で強引に1曲に仕立てあげたらちゃんと名曲になったという。プロデューサーのアリフ・マーディン(Arif Mardin)恐るべしという1曲だったんですが。じゃあ、聞いてください。キャメオで『She’s Strange』。そしてチャカ・カーン『I Feel For You』。

Cameo『She’s Strange』

Chaka Khan『I Feel For You』

いまでも聞きたいナンバーワン1984年編。2曲ご紹介いたしました。キャメオで『She’s Strange』。そしてチャカ・カーン『I Feel For You』。いずれも当時のキーワード、ラップ、ヒップホップというのを上手く織り込んだ。まあ、やり方は違いますけどもね。それぞれトレンドにキチッと向き合ってちゃんと答えを出したという、そんな2曲でございました。チャカ・カーンの方は、さっき『プリンスの曲っていうお題にラップ、ヒップホップもフィーチャーして、ギュッと力技でまとめ上げた』って言いましたけど。重要なこと、1個言うのを忘れてました。

スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)っていうのも入ってますね。ここにね。いやいやいや、スティービー・ワンダーのハーモニカ、ここでの存在感は半端ないです。最近、スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)がね、ファレル(Pharrell Williams)のプロデュースのもと、スティービー・ワンダーをフィーチャーした『California Roll』っていう曲をヒットさせてますが。

まあ、その曲を聞いたり、ビデオを見たりなんかしてますと、30年前のチャカ・カーンの『I Feel For You』におけるスティービーと同じ扱いで、同じ意味を持っていることにびっくりせざるを得ないですね。ええ。30年たっても、まったく価値が目減りしていないっていうか。まあもちろん、価値が大きくなることはあってもという言い方が正しいのかもしれないですけど。この頃からもう、スティービーがちょっと加わるとパッと景色が変わるという効力が十分にあって。2015年でもそれ、いまだに有効っていうのは大した人だな、なんて思うんですが。

84年はスティービー本人もヒットを出しております。この年、R&Bチャートナンバーワンに輝いた曲は19曲ございます。83年の暮れから、デバージ(DeBarge)の『Time Will Reveal』がヒットを続けておりました。84年の最初のチャートはその居残りで『Time Will Reveal』。これ、結果としては5週間、ナンバーワンを獲得したんですけども。

クール・アンド・ザ・ギャング(Kool & the Gang)『Joanna』。

パティ・ラベル(Patti LaBelle)『If Only You Knew』。

シェリル・リン(Cheryl Lynn)『Encore』。

ロックウェル(Rockwell)『Somebody’s Watching Me』。

キャメオ『She’s Strange』、ライオネル・リッチー(Lionel Richie)『Hello』。

ヤーブロー・アンド・ピープルズ(Yarbrough & Peoples)『Don’t Waste Your Time』。

あとはアーティスト名だけにしますね。デニース・ウィリアムス(Deniece Williams)、オブライエン(O’Bryan)、プリンス、レイ・パーカー・ジュニア(Ray Parker, Jr.)、ビリー・オーシャン(Billy Ocean)、プリンス、スティービー・ワンダー、チャカ・カーン、ニュー・エディション(New Edition)、アシュフォード・アンド・シンプソン(Ashford & Simpson)、そしてミッドナイト・スター(Midnight Star)。

で、スティービーは10月に一応3週間続けました。これは『I Just Called to Say I Love You』。邦題『心の愛』でしたね。

うーん、そんな84年ですね。なんかちょっと、しみじみと自分のハイスクールデイズを思い出したりもしてるんですけどもね(笑)。いやー、まあまあまあ、豊かな音楽が生み出された時代とは言えますよね。で、『あれ?マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)ってこの頃、やってないの?』っていう風に思われたかもしれません。この前の年、83年に『Billie Jean』がロングヒットしてますからね。『Beat It』なんてのも83年のヒットですけども。

実は、スリラー現象はずっと続いておりました。ただし、それは新作準備期間中で、ソワソワする感じで続いていたんですね。ただその、マイケル・ジャクソンのオーラの断片利用みたいなことができる立場の人がいまして。それは誰か?といいますと、ロックウェルですね。『Somebody’s Watching Me』っていう曲、これ5週間連続ナンバーワンヒットなんですけども。このロックウェルっていうのは親父さんがモータウン(Motown)の創設者のベリー・ゴーディ・ジュニア(Berry Gordy, Jr.)なんですよ。

で、マイケル・ジャクソンにとってみると、もともとモータウン出身のマイケル。自分の恩人の息子であり、まあある種、幼なじみのような関係でもあったということで。その、昔からの友達のアーティストデビューに際して、力を貸した。で、ちょっと意地悪な言い方をすると、『Somebody’s Watching Me』っていう曲はマイケル・ジャクソンの声を大きくフィーチャーしているからヒットしたっていうのはもう、疑いようがないですね。その後のロックウェルの活躍の乏しさがそれを証明しています。時間をかけて証明されましたね。

ただね、ここで終わらないこのベリー・ゴーディDNAっていうか。ロックウェルのさらにひとつ下のジェネレーション。息子たちがLMFAOっていうユニットでね、大爆発しますね。ほんの、一昨年ぐらいの話ですか?3年ぐらいたちますかね?まあ、なにかやってくれるんですよね。あのモータウンのブラッドラインを持っている人たちはね。

まあ、いまこのチャートを見てみますと、やっぱりビッグネームがちゃんとヒットになっていたっていう、そのことに改めて驚かざるを得ないですね。なぜなら、このパティ・ラベルですとか、シェリル・リン、ライオネル・リッチーっていうのは84年以前からもうヒットを何曲も出している人たちなんですよね。まあ、スティービーももちろんそうですし、チャカ・カーンもそうですよ。で、そういった人たちが、もう雲の上のところでボールを互いに回しあっているっていうか。なかなか新しい人が上に出にくいような状況があったような気もいたします。

これはひとつには、R&Bっていうのがラジオ音楽っていう性格が非常に強いので。ラジオでかかるものっていうのはどうしても、以前から信頼のあるアーティストになるっていうことがしばしば言われるんですよね。まあもちろん、『これ、面白いな!聞いたことないサウンドだ!』っていうのを好むDJにいますけど。R&Bの本質が変わりゆく変わらないものである以上、以前から親しんでいる声で、以前のヒットを思わせるけどちょっと新しいっていうものはどうしても、わかりやすいんですね。

ここがまあ、R&Bの世界の難しさというか。たとえば久保田利伸さんとかがアメリカに行って、『ラジオでかかるの、難しかったよ』っていろいろお話をされたり。いまね、淡々とお話とかされますけども。いや、本当に大変だったと思います。それはもう、こういうちょっと村社会みたいなところに入っていくのは非常に大変なんだなという、ちょっとシニカルな見方もできる。そんな好サンプルという84年なんですが。

えー、1曲ここでなにをご紹介しようかなと思いましてね。まあ、84年は凪とは言わないけども、マイケルが新譜を出してない分、まだ1位を取りやすかったということもありますんでね。こんな曲がひょっこりと1位を取ったりもしたという。この84年にあって、ソウル好きがみんな快哉を叫んだヒットです。パティ・ラベル。もともと、ラベルというグループで大活躍をしつつも、ソロになってから、決定的なヒットに恵まれなかったパティ・ラベルがこんな地味な曲で大復活を遂げた。そういう見立てもなりたちます。パティ・ラベル、1984年1月28日から2月18日まで4週間連続ナンバーワンヒットを記録したこちら、聞いてください。『If Only You Knew』。

Patti Labelle『If Only You Knew』

パティ・ラベル。かつてグループ、ラベル時代に『Lady Marmalade』というナンバーワンヒットをカバーしておりますけども。

なんとそれ以来、9年ぶりのナンバーワンになりました。『If Only You Knew』。84年のR&Bシーンでずっといまでも語り継ぎたい、そんなヒットです。もうひとつ、84年ということでひとつご説明を加えたいのは、この頃、映画のサントラからのヒット、多かったですよ。『フットルース』からのデニース・ウィリアムス『Let’s Hear It for the Boy』。

『Purple Rain』からのプリンス『When Doves Cry』。『ゴーストバスターズ』からのレイ・パーカー・ジュニア『Ghostbusters』。

そして、プリンスの『Let’s Go Crazy』ももちろん『Purple Rain』からなんですが。もう1曲、忘れちゃいけないのがスティービー・ワンダー『I Just Called to Say I Love You』。こんな滋味深い映画なんですけども、映画の方は本当にね、安手の作りで。それ故に愛おしいという感じでしたね。映画と言えば、最近音楽好きの間で話題になった映画『セッション』っていうのがありますね。原題『Whiplash』という。

バディ・リッチ(Buddy Rich)を目指す若きジャズドラマーのお話ですけども。あれの製作総指揮をとりましたジェイソン・ライトマン(Jason Reitman)という人のお父さんがゴーストバスターズの監督のアイバン・ライトマン(Ivan Reitman)ですからね。まあ一見、つながりのなさそうなゴーストバスターズとセッションっていうのがね、親子という太い絆で結ばれております。

<書き起こしおわり>
https://miyearnzzlabo.com/archives/32657

タイトルとURLをコピーしました